114.グラスエス
「この辺りからは、グラスエスに入っています」
「まぁ、当たり前だけど、特に景色が変わったって感じでもないなぁ…」
やはり変わらず緑が多い。サンロックで見たほど高い木々はそれほど無く、
シーグラン国内でよく見た草原や林が続く。
そう思っていた矢先、意外にも景色が変わって来た。
「水気が多くなってきましたね」
「ふむ、どこもかしこも湿っとる」
「歩いたら大変そうだわ」
「おー、でっかい水溜まり…」
「と言うより、池とか川と言った方が良いかもしれません。グラスエスの多くは湿地帯となっています。そのため、馬車でロォレストを目指そうと思ったら、大きく迂回しなければいけませんが…。少し、揺れますよっ!掴まって下さい!」
フローターは、そのまま大きな池に向かって直進し、
後方へ大きく水しぶきを上げながら、その水面を走り出した。
「ま~~~~じか!!」
「完全に水の上を渡ってますよ…」
「す、凄いのう!!こんな事まで可能なのかっ」
「おもしろ~い!!プラムちゃん!もしかして、これなら海の先にも行けちゃうの?!」
「いっ!いえっ…。あまり長時間は、その、…しゅ、集中力が、持ちませんのでっ」
「ちょ、メイリーさん!今は話しかけない方が良さそう!!」
「だなっ、ミスったら沈んでしまいそうだで!」
メイリーが自分の両手で口を塞ぐと、
先程一瞬上がった皆のテンションに、やや緊張の色が混ざる。
そして2、3分の後、また大地の上に立ち、いや、浮き上がった。
「ふぅ…、えっと、それで、なんでしたっけ?」
「今の芸当は、お主の水魔法と関係あるのか?」
「直接は関係ないんですが………。えっと、≪フロート:浮遊≫の魔法って、
言ってしまえば、地面から少し浮く、と言うだけのものです…。
なので、その、魔法が向いている面との反発を利用して普段は走行しているわけですが、水面との反発を、うまい事前進する向きに変えるのは、結構難しくって…。
魔導核の安定した魔力とは別に、細かい操作で私自身の魔力も消耗してしまって…。でも、私は水に慣れてますから、まだやり易いのかもしれませんが」
「なるほどのう」
「あ、そうだ、魔導核って、どうやって作るんですか?」
「え?…えっと…」
「魔力を込めておける石が原材料だで。名前はそのまま、魔石だな」
「へ~~~」
(魔法士で知らない人いるんだ…。子供じゃないって言ってたけど、なんか、可愛いな…)
「どういった過程で、魔石の様な鉱物が出来るのかはよく解らんらしいが、
使ってもまた魔力を込めて再利用できるし、そこまで珍しい物でもないで?」
「なるほどね~~。……じゃあさ、その魔石とかに、気力を込めたらどうなるの?」
「……それは難しいのではないか?」
「そうなの?」
「気力は、魔力よりももっとこう、何と言うか、物理的なんですよ。
なので、物を覆ったりは可能ですが、物に込めると言う事は難しいかと」
「っなーほーね~~~っ!」
「お主はやはり、こんな話を聞いてる時楽しそうだのう」
「なんて言うか、面白いんだもん」
「それは良かったです」
テフラがなんとも満足そうな笑みを向けていると、
メイリーがママルの頭を撫で始めた。
「なっ……なんで?」
「えへへっ、なんか、可愛くって!」
「そ、そう……」
「皆さん、先にお話しておきますが、今向かっているのは、ムゥムェと言う村です」
「ふむ。一応わしらもヴェントを発つ前に、ローゼッタからルートだけは聞いとるで」
「その…リザードマンの村なんですよ。私も話に聞いただけで、実際見た事は無いんですが」
「リザードマン!!おー、楽しみだな」
「誰か、リザードマンを見た事がある者はおるか?」
「ないですね…」
「私もないわっ」
「皆さんは、グラスエスについての知見は?」
「ロォレストにエルフがいる、と言う事くらいしか知らぬな」
「では…。おほん。グラスエスの国土は暗黒森まで含めるとシーグランより少し広いくらいで、極一部にエルフ、それ以外はリザードマンが多いです。
ロォレストは王都と呼ばれてはいますが、それは他国がそう呼んでいるだけで、
実質的に国内全てを見ている訳ではありません。基本的には、ロォレストだけで完結している場所と考えて貰えれば」
「ふむ…」
「そもそも、グラスエス内の各地の多くは、不可侵条約を結んでいるはずです。
勿論、害さなければと言う意味で、ただ入っただけでどうこうなると言う話ではないらしいですが」
「なるほどのう。それではなぜグラスエスは一国として扱われておるのだ?」
「少なくとも200年以上前ですが、各地で戦争が活発だった頃、この辺り一帯の領主達が手を組んで、それこそシーグランとかと戦ったらしいです」
「ふむ。そういう事か…」
「と、それで、ロォレストだけで完結している、と同じ意味で、シーグランがグラスエスを奪った、と言うのは、ロォレストだけを奪ったと言う事ですね。そして、ロォレストの人口の半数近くが、今や人間となっています。元はヴェントから派遣された常駐兵を基盤としたコミュニティだったらしいのですが」
「…つまり、ロォレストのエルフは、侵略してきた人間と共に暮らしておるのか……?」
「対外的には、武力誇示のためそう流布してますが、
神殿から神聖力を、ヴェントの聖堂へ飛ばすための装置を置かせてもらう様、
交渉し、対価を払っているだけですよ。ロォレスト側も、攻められたらシーグランが出て来ると言う牽制が出来るので、お互いが良い意味で利用している形です」
「…………それ、言って良いんですか?」
「まぁ、今の話の流れ的に、どっちみち解るかなと思いまして」
「うむ。シーグランが本格的にグラスエスの地を奪おうとしたならば、過去の戦争と同じように、ロォレストの周囲の村が黙っておる訳ないからのう。だが事実として黙っておるのだから、シーグランは侵略戦争はしていないと言う事か」
「そう言う事です。そして、それは今回も同じです。
敵の目的が侵略ではなく神殿の破壊なのであれば、直接干渉してこないかと」
「なるほどねぇ…」
「まぁ、そこにダークエルフが干渉して来た理由は解りませんが…」
「会ったら聞いてみよう」
「うむ。大分助かった。プラム、お主詳しいのう」
「た、大半はローゼッタ様が仰っていた事の受け売りですが…」
「情報と言うのは、その殆どは受け売りと言う名の伝聞だでな」
「ま、まぁ、そうですね…。そ、それで、ムゥムェは一応、ローゼッタ様は安全だと仰っていましたが、リザードマン自体は中々に好戦的な種族だと聞いた事もあります。その、大丈夫だと思いますが、いらぬ争いが起こらない様、注意しておいて下さい」
「了解しました」




