107.忘れない
その日、ママルはアルタビエレと出会った出来事を、
皆に話して聞かせながら、紙に書き連ねて行った。
その作業が終わった後。ラディアスが食事を用意してくれたので、
皆で食卓を囲む。
そして食事中、ユリに改めてアルタビエレの話をすると、
皆は先ほど話した内容を、すっかり忘れてしまっていた。
紙を見せると思い出し、ユリ達はすまないと謝ったが、
食事が終わる頃には、また忘れていた。
(俺は、アルタビエレの姿を見た。だからもう忘れない…。名前もしっかり解る。
だけど、皆は忘れてしまう…。なんだよこれ…。存在が曖昧とか、意味解んねぇ、
確かに異質な力みたいな雰囲気はあったけど、普通の男だっただろうが……)
これまでは、些細な情報でも仲間内で直ぐに共有していた。
それぞれが得ている情報が違ってくると、ろくな事にならないと思っていたためだ。だが、これからはそうも行かないのかもしれない。
会話が成り立たないと言うストレスは、中々にキツイものだ。
今日、たった数時間の出来事でこれなのだ。
(このまま、何日も皆と一緒に居たら…。俺は…)
宿へ戻り、既に寝る体勢で色々考えていると、
同室でベッドに腰掛けているユリが声をかけてきた。
「……なぁ?その、お主よ。なんか辛そうだな………。大丈夫か?」
「……………………」
「なぁ?話してくれないと解らんで?言葉は交わすべきだで。
ちょっとしたコミュニケーション不足によって、不幸が生まれるなんて事になったら、それほど馬鹿々々しい事もなかろ?お主がいつだか言っていた話だ」
ママルは無言で、アルタビエレについて書かれた紙束を渡す。
全てを読み終わった後、ユリはママルにまた謝った。
「そうか、そうだったな……すまん………」
「いや、いいよ。そういう物らしいし…」
「………………わしが忘れるまで、どのくらいだ?」
「10分くらいじゃない……?」
「早いのぅ…。いや……………、最初、城の地下で会った時は、もう少し覚えておった気がする…。………そうか、これは、情報が多すぎるのか…」
「知るほど消えちゃうらしいからね…」
「ママルよ。すまん。勝手だが、この書類はわしらが見られないようにしといてくれ」
「まぁ、見ても意味ないからね…」
「代わりに、お主が伝えたいと思う情報を、最小限に絞って、書き出してくれまいか?」
「!!な、なるほど、確かに、そっか。試してみよう」
ママルは気を取り直して暫く思案する。
何か具体的な情報があると、以前知った情報を連鎖的に思い出して、結果忘れる、
みたいな事にもなりそうで、中々難しい。
15分以上の時間が経った後、一行を書き出した。
[モンスター化騒動の元凶と思われる奴。知るほどに忘れる。ママルは対面したので、全部覚えている]
「ふむ。良いんじゃないかの?ちなみに、ソレについてずっと考えていたら、流石に忘れんかったで」
「なるほど…、でも、それなら結局寝たら忘れちゃいそうだな」
「まぁ、そうだな。毎日目を通すようにするでな」
「………ありがとね」
「いや、よい…。と言うか、辛かろう…。すまんな……」
「俺も一回忘れてたから、気持ちは解るし、良いって」
「………………なぁ、わしらが最初に会った時の事、覚えておるか?」
「な、何?!変なフラグ立ちそうで嫌なんだけど…」
「?…お主、たまに良く解らん事を言うのう」
「いや、ごめん、覚えてるよ。……巫女服似合ってたね。久しぶりに見たいな」
「っ………。ま、まぁ!あれを着ると星霊力を行使しやすくなるからの!!
また神降ろしをする時にでもな!」
「?………照れとるんか?」
ママルは、いつしかのユリの真似をしてふざけて見せた。
「!!ちがっ!!……………。お主に会った時、嫌な奴だと言ったのを少し気にしておった。だから、お主はやっぱり、良い奴だ。と言いたかったのだが、やっぱりお主は、嫌な奴だのう!」
「…じゃあ、今のナシで頼む」
「アホか……。バカたれ……寝るで」
明かりを消して、それぞれベッドに横になる。
空は曇って来ていて、雨が降りそうだ。
月明かりが薄いため、部屋の中は真っ暗で、殆ど何も見えない。
「……俺は、ユリちゃんは良い子で、いっつも優しいなって思ってるよ」
「なっ…なんだ突然っ!」
「突然じゃなくて、流れでさ。言っておこうって」
「………………………お主はやっぱり、良い奴かもなっ」
「いや、真面目な話、人ぶっ殺しまくってる奴が良い奴なワケないっての」
「くっ!おい!!お主は!!」
「はははっ、ま、寝よ」
「…ったく…ほんとに……まったくお主は…」
(ウジウジしてても仕方ない。俺だけしか覚えられないなら、
俺だけでもきちんと考えておこう…。一旦、まとめるか…)
アルタビエレ。あいつは、悪魔をこの地に召喚したい。
だがどうやら、この大陸でだけ、それは叶っていない。
スライムの様な低級悪魔は出来る様だが、それ以上が出来ないっぽい。
なぜこの大陸でそれを行いたいのかは解らない。
ここの土地に意味があるのか、世界全てを埋めることに意味があるのか。
そしてその手段として、モンスター化、争い、呪術等を使っている。
おそらく、どれも悪感情エネルギーと言うのを増やす目的だ。
いや、呪術に関しては消費するから、それを利用して、より増やしてる、みたいな感じか。
何故か存在が曖昧らしく、この目で見るまで、自分の精神がアルタビエレが存在すると認識出来ないので、記憶しても、知るほどに情報が抜けていく。
姿は中肉中背の男。見た目の年齢的には20代かそれより若いくらい。
フランクな口調で話す。全てを舐めてる感じだ。
ママルと似ているとか言っていたが、どういう意味なんだろうか。
(俺と同じ………………………。例えば、転生者?ありえるのか?
まぁ、ないとも言えないか…。神様に聞いてみようか。一言くらいなら行けるって言ってたっけか。もう使ってもらおうか…どうしようか…)
確認出来たスキルは、ゲートと言う、おそらくワープゲートを出現させる物。
そしてリターンと言う、消える物。言葉の響き的に、多分元の場所へ帰るスキルだ。それとトランスファと言う、どこかへ転送する物。
これらから思うに、転移魔法系を扱うクラスなのだろう。
ただ、他人の意識を乗っ取るような事もしている。
しかも、乗っとる以前から会話が聞こえていたかの様な物言い。
……インザルの話から、知るほどに忘れてしまう。と言うのは、おそらくこの世界の現象。結果論で、アルタビエレのスキルとかではない気がする。
いや、そういう現象を誘発させるスキルを使っている、と言う可能性もあるか…。
では、どこまでがスキルで、どこまでが現象なのだろうか。
そして何気に一番気になるのは、一目でユリを巫女と見抜いたことだ。
少なくとも、他の巫女を知ってると考えるのがシンプルか?
星霊力と言う独自の力を宿してるなら、それで判別したのだろうか。
……俺は、何をしたら良いんだ。
わざと悪感情エネルギーを増やしたい、そんな、あんな奴がいるのなら、
いくらモンスターを殺したって、意味が無い。
減った人口から、またモンスターを生まされるだけだ…。
いつでも、どこにでも現れて…。
最初会った時は、俺の魔法もゲートで無効化された………。
どうしたらいいんだ。あんな奴。
…………いや、どこにでも、じゃない。おそらく、アルタビエレが仲間にした奴だ。………そうだ、……多分、いや、間違いない。意識を乗っ取るのも、それ以前から会話を聞いていたのも、仲間にした奴に限定して効果を発揮するんじゃないか?
一回仲間になって情報だけ聞こうとも一瞬考えてたけど、ならなくて良かったな。
相手の同意が必要な魔法。そんな話を、ユァンさんがしていた…。だから想像出来た。…………もう少し、話したかったな………。
………………アルタビエレに、次に会ったら、最大強化した魔法を叩きこむ。これしかない。あいつにスキルを使わせない様。初手で、一撃で終わらせるんだ。
即死に至る魔法…。もし、同レベルくらいだと仮定すると、そんな物はない…。
恐らくぶん殴るのも同様だ。
いや、≪パラライズ:金縛り≫や≪ぺトロ:石化≫なんかが完璧に通れば、勝ち確か。≪プロバアブソル:付着確定化≫と≪マジックテールⅥ:魔法ヒット率超大幅上昇≫をかければ、完全にヒットするはずだ。……………耐性とかが、なければ。
「なぁ………、お主。起きとるか?」
そんなユリの声が聞こえて来たと同時に、
雨音が聞こえてくる。いつから降っていたのだろう。
思考に海に沈んでいたママルは、雨音にすら気づかなかった。
「ま、まだ寝てなかったんだ…。起きてるよ…」
「……………例え、わしらと会話が通じなくなったとしても。お主は、1人じゃないからのぅ?」
「…えっ…。な………何……」
「…言葉通りの意味だで」
「………………………やっ……やめてよ…………」
ママルのその返事は、ユリが聞いた事もないような、か細い声だった。
「ど、どうした?」
「………俺は、皆より強いんだよ。……一番年上だし。元は、男だし。
神様から、なんとかしてくれって、言われてるしさ……」
「まぁ、そうだな…?」
「………絶対泣かないって、決めてんの!」
ママルは何故だか涙腺を刺激され、スン。と一度鼻を鳴らした。
そんな音がユリに聞こえてしまう事が、なんだか恥ずかしい。
「は、……はは…。そうか……………そうか……」
「………ごめん、忘れて…」
「そうだな………。絶対忘れてやらん……」
読んで頂きありがとうございます。
長くなりましたが、これで8章は終わりです。
9章からは、暫く週1の月曜更新になるかと思います。すみません…。
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