98.嘘
「いや、待て、まだ…………そうだ、魔法薬でスキルを獲得したって?」
「あぁ、≪自傷≫の事か。スキルとは、反復から得られるパターンが一番簡単だ。
食事、睡眠、性交など、本能に基づく部分はまた別だがな。
そういう意味で、人どころか動物までも、痒い時に自分を掻くなんて事はしている。だから、自傷と言うスキルは、呪術師達であれば簡単に」
「そうじゃない!そんな事が可能なら!モンスター化を解除する薬も作れるんじゃないのか?!」
「あ~…、まぁ…、そうだな…………。鎮静と、幻覚と、スキル付与を組み合わせて…、攻撃衝動はどうしようか、何か、別の物に向かわせる仕組みが必要だな…、そう言った事が可能なスキルがあれば…。例えば、他の本能。いや、食欲と性欲は駄目だな、攻撃と近い…。暫く眠らせるか…。だがその場合タイムラグが…」
「何でもいい!そ、それを作れ!今すぐ!!眠らせる魔法なら、俺が!!」
(そんな事が可能ならっ!……モンスターは、殺すしかない、そう思っていたのに!)
「…………何故だ?」
「…は?」
「モンスター化を、なぜ解除する必要がある」
「何を言って…」
「さっきも言っただろう。元々加害欲が無ければ、モンスター化はしない。
つまり人なんてのはな、その殆どが、加害欲を持っているって事なんだよ。
知らないのか?人は、高尚な生き物なんかじゃない。
むしろ半端につけた知恵で、他人の信頼さえも、己が欲のみで、平気で騙し、貶め、裏切る。それも、そんな自分が正しいと誤認してな。
悪知恵を付けた人と言うのは虫にも劣る。勝っているのは、知識だけだ」
「…そ、そうだとして!お前は、その騙しや裏切りってのを増やしてるんだろ!」
「…………結果としてはそうかもな。だが、言葉を変えれば、私の魔法薬は人を素直にしているだけだ。嘘がなくなるんだよ。皆が生きたいように生きられるようにしているだけだ」
「屁理屈を!」
「真実だ」
「違うだろ!俺は、殺したくない殺しをしてしまった人を知っている。
そりゃ、一時はそう思ったのかもしれない、でも、その場の衝動を抑えるような、
理性こそが、人が、人らしくあるために、必要な事なんじゃないのか」
「…モンスター化しても、理性は働くと報告が」
「それを!お前が増やした加害欲が上回るんだよ!!本当に解んねぇのか?!」
「………なるほど。呪術が強すぎたんだな。呪いとは、憎しみだから…。少し抑えて貰うべきだったか」
「っ!そんな話をしてるんじゃない!お前がやった事の話を!」
「………なぁ、いいだろ。解った、私が悪かった、これで良いか?
別に、私はただ、無駄な事をやりたくないと思っただけだ、
それを君が必要だと言うのなら、やってやっても良い!それより!まず、君の事を教えてくれっ!頼む、今!私にとっては、それが最優先なんだ!」
「……こいつ…。じゃあ、それが終わったら、モンスター化解除の薬を作れ。
約束するなら。お前の拘束を解いて……毛でもくれてやる……」
「解った!!!!!約束する!!!」
(即答…。こいつマジで…っ!)
「………………………≪リリース:呪力反転≫≪アームパライズ:腕縛り≫」
ママルはインザルを解放すると、自身の尻尾の毛を数本毟って渡した。
インザルは、その毛を両の掌の上に乗せて魔法を唱える。
「あぁ!!ありがとう!!≪エルシデ:解明≫!!!……………………。
くっ!……………………硬い!!なんだこのっ!……ぐっ!
ゥゥゥゥオオオオオ!!!こんな!!!
凄い!!こんな!見た事もない!!アダマンタイト鉱以上だ!!」
インザルが掌に乗せた毛は、徐々に、枝毛が出来る様に表面が剥がれ、崩壊していく。
「………………………」
(俺の毛、そんなに硬いのか?)
ディーファンに滞在中、ユリとテフラが髪を切りに行った事があった。
だが、ママルはずっと毛が伸びてはいない。
抜け毛等はある物の、特に本体の形状に変化がある様にも思えない。
気になるが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
「もう少し!!もう少しだ!!!きた!来た来た来たァ!!!!」
「…………………何が解った?」
「……くっ…こっ…そんな…あぁ!!!やはり!!神は居た!!!
そして!!!もう1つの世界!!!!」
「っ!お、お前っ………!」
「ママル様!!え゛んっ!!!」
「おい。インザル」
「なっ、お前!!!」
突如、眠っていた筈の錬金術師のニクスが起き上がり、インザルに声をかけ、
ママルは驚愕の声を上げてしまうが、ニクスはこちらを気にしていない。
「インザル、なぁ、お前。嘘をついたな?」
「あ……っ!い、いや、ついてません!!!私は!!あなたに逆らう様な真似は!」
「今、こいつを≪エルシデ:解明≫で探っていただろう」
「そ、それは!これ程の対象を調べないなど、私には出来ません!」
「つまり、こいつの話を受けたんだ。と言う事は、終わればモンスター化解除の魔法薬を作る。そう言う話をしていた。俺に不利益が生まれる様な行動はしないと、約束したのに」
「い、いや!それは!!違います!!作りません!決して!!」
「となれば、お前はこいつに嘘をついた、と言う事だな」
「うっ………」
「所詮、お前もただの人間か…。くだらない。良い友人だと思っていたのに。
裏切りやがって。気持ちわりぃな…死ねよ」
「ま、待ってください!!」
「≪アームパライズ:腕縛り≫!!………なんだか解らねぇけど、今そいつを殺されると困る…」
≪コーマ:昏睡≫と≪アームパライズ:腕縛り≫の効果が、どういう訳がキャンセルされたにも関わらず、ママルは焦って同じ魔法をかけ直す。効果は表れるだろうか。
「…………まぁ、お前からしたら、そうだろうな。しかし、おかしな魔法を使うな。肩から先が全く動かせん……≪ゲート:空間隧道≫」
ニクスは魔法を唱えると、右手の先に黒い空間が現れる。
「おい!チッ!≪バニシック:燃焼≫!!」
赤い霧が水晶からニクスに向かって飛ぶ。だが、ニクスは黒い空間を射線上に移動させると、それに触れたバニシックはどこかへと消えていく。
そのまま黒い空間はインザルとミラーをなぞる様に動くと、
地面ごと抉る様にして2人の姿は掻き消えた。
「くっそ!≪ペイン:痛覚刺激≫!!」
「……?……呪術か?無駄だよ。この肉体は俺じゃないからな。
あいつらと、この体はちゃんと殺しておくよ」
「お前は……。≪アプライ:鑑定≫!」
●人間:錬金░師:░クス Lv░7 そ░他不░。
░░░░░░の意░が宿って░る
░の他詳░░明
(くそっ!!こいつは!!)
ニクスは、アプライによる微弱な魔力の動きを無視しながらも、
そのまま自分自身を黒い空間で包もうとした、
その瞬間、ママルの背後に目を向けて大声を上げる。
「お前!!!巫女か!!!」
≪人避けの守り:人認識阻害≫で姿を隠し、こっそりと同室で話を聞いていたユリが看破されたのだ。
「なっ!!」
「なるほどな…。くっく……。
最近呪術師側の計画がやけに狂っているようで、ムカついてたんだけど……、
まぁ、結局本筋は……。となると、こっちは一旦良いか…」
「お前は何だ…巫女を知ってるのか?!」
「あ~…、俺って独り言多いからな。勘違いさせたか。
悪いけど、会話するつもりはないよ。お前の事は気になるけどな。
ちゃんとインザルから聞いておくよ。じゃあな」
「ま、待てよ!!!」
ニクスは、自身の両腕を除いて黒い空間で包むと、その姿は消失した。
取り残された両腕は、中空に停止したまま、切断面から血を流している。
「くっそ!!!」
「……お……お主よ。今の奴の中に在った人格は……、
アレこそが、例の先程の、インザルが言っていた【彼】ではないのか?
何の確証もない話だが…。流石に、そう思ってしまうのだが…」
「そうだね…タイミング的にも、何か色々訳知り顔でブツクサとホザいてたのも、
そう言う事なんだと、俺も思うよ…」
そのママルの言葉を遮る様に、死体となった両腕の呪いは解け、
床に落下してゴトリと音を鳴らした。




