『第5回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』参加作品
5年前の約束
「ワガママだってわかってる。でも諦めきれないんだ」
付き合って3年、そろそろ結婚を考えていた私に土下座する彼。
「諦められないって、小説家として成功すること?」
彼は商業作家を夢見て投稿サイトや公募に自作の小説を出している。
「ああ、あと少しで手が届きそうなんだ。今構想中の作品を形に出来れば……」
初めて投稿した作品がコンテストで佳作に選ばれたから力はあるのだろう。2年目の今年は公募で最終選考一歩手前まで残っていた。
「結婚してからでも小説は書けるじゃない」
「それじゃ駄目なんだ。本を出して金を稼げるようになってからじゃないと俺自身が納得できない」
「……本当にワガママな人ね」
「すまない」
まあわかってはいた。不器用な人だから、同時に色んなことが出来ないのだ。
「わかりました。それじゃあ3年……いいえ、5年までは待ちます」
「あ、ありがとう!! 俺頑張るよ」
彼はペンネームをブルーベリーに変えた。
2年目に実を付け、5年目には多くの実を収穫できるところにあやかったのだという。
「くそ……なんであんな作品が大賞なんだよっ!! 俺の作品の方がはるかに面白いだろうがっ!!」
また駄目だった。いつも惜しい所まで行くんだ。でもあと一歩というところで届かない。
今年はあいつと約束した5年目だ。もう時間が無いんだ。
結果待ちのコンテストは後一つだけ。今から新作を書いても間に合わない。
どうする? また土下座して頼むのか?
そんなこと口が裂けても言えるわけない。俺のワガママで5年も待たせてしまったんだ。アイツは俺との約束を守ってこの5年黙って俺を支えてくれたんだぞ。今更そんなこと言えるかよ……。
「ふふふ、苦悩しているわね」
彼の背中から心の声が聞こえてくるようだ。あの人が考えていそうなことぐらい手に取るようにわかる。
「まだ結果が出ていないコンテストがあるんでしょ?」
「あ、ああ……」
「もし結果が出せなかったら……」
「うわあああっ!? た、頼む、俺を見捨てないで――――」
「もう1年だけ待ってあげても良いわ」
「……へ? 良い……のか?」
「ええ、でもこれが本当に最後のチャンスだからね?」
「わ、わかった、今すぐ新作に取り掛かるよ」
キーボードを叩く音が聞こえてくる。
ああ、やっぱり私は小説を書いている彼が大好きなんだ。
このままずっと私だけの彼でいて欲しい。
苦悩しているアナタも可愛くて好き。
だからまだ――――
受賞の連絡が来たことは教えてあげない。