洞窟に行こう
洞窟や遺跡など、ダンジョンの奥には豪華なアイテムの入った宝箱がある
ある男が演説している。
「人生には、諦めが必要だ。諦めは、賢い選択だ。勝てるはずのないレースから降り、自分の幸せを見つけ、人より早くリタイアする。それは決して、悪いことではない」
男は中肉中背の40代前半で、ジャケットをラフに着こなしている。押し出しの良い実業家、と言った印象だ。
「私は生きる道を示そう。貴方達が自分らしく、そして幸福に生きるための道を」
第七突撃隊のプライベートルーム、ナナはスマホ型の端末で動画を見ていた。数日前にリリーから貰ったジャケットを羽織っている。隣からアランが画面を覗く。
「誰だこいつ?」
「東雲雅彦……カルトの教祖よ」
「こいつがか……」
カルトの教祖と聞いて怪しい法衣やら民族衣装を着た人物を思い浮かべていたが、ビジネスマン風の見た目をしていたのが意外だった。
「なんて教団名だったっけ?確か……」
「実践安楽教団」
彼女は唸るようにその名前を口にした。
「あんまり見てると洗脳されちまうぞ」
その時、ログインしたジョーが端末を取り上げた。
「大丈夫だよ。私は洗脳されない。これは敵勢調査だから」
部屋のリフォームはこの数日でかなり進んだ。仕切りを置いて個別の仮眠所を作り、部屋の端には会議用のテーブルが置かれ、その後ろにはプロジェクター用のスクリーンもある。部屋全体の雰囲気は以前と同じだ。
「今日さ、東の端にある洞窟に行こうよ!まだ行ったことないよね?」
少し遅れてログインしたリリーの提案に「任せるよ」とアランが答える。
「そういやそうだな。俺も異論無いぜ。隊長殿は?」
ジョーがナナの方を向いた。
「じゃあ、そうしよっか」
改めて見ると、この世界のマップは広大だ。中央には巨大な大陸があり、北は寒く、南は温暖な気候が再現されている。その他に島もいくつかある。今回向かう場所は森の奥にある洞窟だ。
「3人は結構長くやってるんだろ?行ったことない場所あるの意外だな」
「前はストーリーモードとかイベントもあって、そっちメインだったからな」
「狩場も気に入った所は何度も行ったしね」
4人はシステムボックスで瞬間移動した後、車を使って目的地まで向かった。
森は入り組んだ地形をしており、車では行けなかった。木々が生い茂る、薄暗い森を5分ほど進んだ時だった。銃声がし、先頭を歩くナナの足元に弾が当たった。
「どこだ!?」
ジョーがAKを音の方向に向ける。音は木の上からだった。
「カルトの連中か?金の3分の1を渡して引き返せば、見逃してやろう」
樹上を見ると、黒い服に身を包んだ人物がこちらを見下ろしていた。
「私達はカルトじゃないよ!寧ろアイツら大っ嫌いだから!」
「この先の洞窟に用があるだけなの。通してくれないかな?」
ナナとリリーが彼に訴えた。するとその人物は枝から飛び降り、着地した。
「……確かに、腕章は無いな」
彼の容姿は10代後半の黒髪で赤い瞳の男だ。上下とも装飾の多い黒い服に、これまた黒いロングコートを着ている。両腰には短い剣を差しているのが見える。
「とりあえずは信用してくれたかな?私はナナって言うの。あなたは?」
「俺は漆黒の流星フリードだ。どこにも属さぬ、孤独な戦士さ」
フリードがそう言うとジョーが吹き出した。
「おい、どうかしたか?」
フリードは彼の方を怪訝そうに見た。
「いや、すまん。いい名前だと思うぜ。なぁ、アラン」
「まぁ、そうだな」
「フリード君か。よろしくね。あ、剣使ってるんだ。私も刀持ってるよ!なんか親近感感じるね」
リリーは腰に付けた打刀を彼に見せる。
「……そうだな。ところで洞窟に行きたいと言ったか?この先は俺の縄張りだ。案内してやろう」
「いいの?」
とリリーが目を輝かせる。
「ああ。着いてこい」
彼はコートを翻し、歩き出した。フードの付いたそれの背中には、白で大きく逆十字が書かれていた。
「ありゃ筋金入りだな」
ジョーが小声でそう言った。
フリードの案内で洞窟まではスムーズに進めた。岩山に空いた巨大な入り口を潜ると、道が3つに分かれていた。
「どこへ進むかはお前達次第だ。後悔のない選択をしろよ。運命に従うのもまた一興だが」
「この先は知らないのか?」
アランがそう聞くが、彼は答えなかった。
「どうしよっか。アランはどう思う?」
「真ん中で」
ナナに話を振られ、適当に答えた。少し狭い道を5人は進む。
「フリードはどれくらいこのゲームやってるんだ?」
「半年……だな」
「このゲームで剣使うやつって割と多いのか?」
「さぁな。だが俺もここで仲間が見つかるとは思わなかった」
アラン達は彼に色々と質問しながら進んでいた。いつの間にか先頭はフリードだった。
「剣の腕には自信がある。俺は別のゲームではギルドの……」
突然彼の姿が消失した。アランが慌てて確認すると、彼のいた場所に深い穴が空いている。
「落とし穴か……大丈夫なのか?」
「多分ね。死んだらどっかで復活するだろうし」
ナナはドライに受け止めていた。
「だな。でも一応手榴弾落としとくか。出られない時の自決用だ」
ジョーは手榴弾を1つ穴の中に転がした。
「私達も注意して進まないとね」
ナナは穴の先をFALカービンで撃って確認すると、飛び越えて先に進んだ。
地面をライフルで叩いて確認しながら4人は奥へと進んだ。緩急はあるがどうやら地下へと進んでいるらしい。時間はかかったが、広い空間へと辿り着いた。
「見て!何かあるよ!」
リリーが奥にある宝箱を指差した。
「待って!落とし穴があるかも!」
ナナは制止したが、リリーは既に駆け出していた。そして突然、彼女の身体が中に浮いた。
「何これ!?助けて!」
彼女を助けようとナナが前に出る。だが彼女も足元を掬われ、そしてリリーと同じような状況になった。
彼女らは巨大なウミウシのような紫色のモンスターから伸びる触手に捕まっていた。
「何なのコイツ……」
逆さ吊りの状態でナナは拳銃を抜いて抵抗した。リリーも刀を振り回すが、上手く当てられなかった。
「少女と触手モンスターか……喜ぶやつがいそうだな」
「アホなこと言ってないで助けるぞ!」
アランはジョーを小突くとストーナー63をモンスターに向けた。しかしモンスターは触手で捕まえた2人を盾のようにしながら後退している。
「卑怯な奴だな……」
「いっそあの2人ごとやっちまうか?」
意外にも冷淡なジョーに驚いていると、後ろから足音が聞こえた。
「遅くなったな」
洞窟の暗い道から現れたのはフリードだった。彼は双剣を鞘から抜いてゆっくりと歩いている。
「無事だったか」
「鞘が上手く穴に引っ掛かってくれてな。それはそうと手榴弾を投げ込んだのは誰だ?」
「それならジョーが……」
「そんなことは後だ!とりあえずあの2人を助けてくれ!」
ジョーは慌ててモンスターの方を指差した。
「任せろ」
そう言うとフリードは身体を低くして前に飛び出した。洞窟の壁を素早く駆け上がり、思い切り壁を蹴って真横に跳躍、2人を捕らえている触手を切断した。
「無事か?」
「うん、なんとか」
彼は剣を収めると落下するリリーを受け止めた。後ろでナナが地面に激突し、ダメージを受けた。
「こっちは無視!?」
「すまんな」
リリーを降ろすと、彼は剣を抜いてモンスターへ再び突進した。
「あたしも!」
リリーも後から加勢する。2人は触手攻撃を掻い潜りながら、次々と剣撃を叩き込んだ。
「あれじゃまるで別ゲーだぜ」
ジョーは2人の戦闘を眺めていた。
「見てないで支援してやろう」
アランはストーナー63を構え、モンスターの上の方を狙った。この位置なら前衛の2人に弾が当たるリスクも少ない。
「終わりだ!!パニッシュメント・ブレード!!」
フリードが再び壁を駆け上り、モンスターに真上から剣を振り下ろして戦闘は終了した。
「ありがとう!お陰で助かったよ!」
「……気にすることじゃない。それより、箱を見たらどうだ?」
フリードは手を取って喜ぶリリーにやや冷たく答えた。リリーは彼の手を離すと宝箱に走り寄り、中身を確認する。
「どう?何かあった?」
ナナが後ろから声をかける。
「大した物無かった」
そして落胆の声を漏らした。
洞窟から出るとすっかり日が暮れていた。
「よかったら第七突撃隊に入らない?」
ナナはフリードに手を差し出した。
「……群れるのは好きじゃない」
彼がそう言うとリリーは肩を落とした。
「そっか……似たプレイスタイルだから仲間になりたかったんだけどな」
「……今回は特別だ。加わってやろう」
「群れるのは嫌いじゃないのか?」
すぐに意見を変えた彼にアランは軽口を言った。
「気まぐれさ。ただの」
彼はナナの招待を受け取り、第七突撃隊のメンバーになった。
「俺はこれからも1人でいることが多い。だが、必要なら呼んでくれ。この剣で敵を斬り捨ててやろう」
フリードは剣を抜いて高く掲げた。