戦争を始めよう
ディープ・ダイバーを直接外す強制ログアウトは大変危険です。必ず所定の方法でログアウトしてください
ナナが近くの箱を殴った。
「ふざけるな!クソ教祖!」
「ねぇナナ、あたし達ここから出られないの!?」
リリーはパニックを起こしナナの裾を掴んでいる。他の面々も皆動揺していた。その中で、唯一ジョーだけは冷静だった。
「お前ら、まだ外部と連絡出来るウチに現状を伝えとけ!親でも友達でも、誰でもだ!」
そう言うと彼はスマホ型の端末でメッセージを送った。アラン達も慌ててそうする。ディープ・ダイバーは携帯やパソコンと連携していればメールやメッセージを送れる。
「そうか!じゃあ誰かにディープ・ダイバーを外して貰えば……」
外部に連絡出来るのであれば、その手があったとアランは思い付いた。ログアウト出来なくとも、外部から強制切断すれば脱出出来るはずだ。
「それはやめた方がいいよ。外部からの強制切断は脳にダメージが出るリスクがあるから。パソコンも直に電源切らない方がいいって言うでしょ?」
しかしナナに止められ、下を向いた。
「とにかく、今は現状を伝えるのが最優先。ログインしたまま死ぬことだけは絶対に避けて」
「とりあえず状況は伝えた。次は?」
「……今出来るのはそれくらいかな。各自、解散」
無事、全員が閉じ込められたことを外部に伝えた。アランの場合、しばらくして戻れないならゲーム機ごと入院することになったらしい。ディープダイバーには予備電源があるから、移送に問題はない。ナナが「解散」と言うと、それぞれが動き出した。フリードやいちごマン達は転送装置でどこかへ移動し、部屋には最初の4人だけが残った。
「……ごめん。私のせいだ」
ナナは椅子に座り、力なく俯いていた。
「私が拠点荒らしを始めたから、周りも便乗して、アイツらを怒らせた……。もっと慎重になるべきだった。奴らは運営だから、こんなことくらい出来るって想定すべきだった……ごめん」
彼女はそれきり沈黙した。
アランは俯くナナの前に立った。彼女は下を向いたままだ。
「ナナだけのせいじゃない。俺達も、便乗した他のプレイヤーも関係してる。それに、奴は名指ししてなかった。そうだろ?」
「……だとしても、責任の一端はあるでしょ?このゲームに縋り付いてたのも事実だし、私がいなれければ、巻き込むことはなかった……」
彼女はどこまでも沈み続けているように見えた。そんな彼女に、アランは痺れを切らした。
「過ぎたことはどうしようもない。大事なのはこれからだろ。それに、俺はナナのせいだと思わない。あの教祖のせいだ」
「……ありがとう。じゃあ、今は私達のやれることをしよう。一つ案があるんだ」
約1時間後、アラン達4人は車に乗って、教団支配地域との境界線に近付いていた。この辺りには砂漠が広がっている。
「上手く行くのか?これ」
「ジョー、とりあえず出来るのはこれしかないんだから。行くよ」
ナナは車から降りると先頭を歩いた。高く、白旗を掲げている。
やがて前方にオアシスが見えてきた。
「何のつもりだ?」
そこは拠点になっていた。教団のメンバーが駐屯している。アラン達はその1人に銃口を向けられた。ナナが彼と交渉する。
「争うつもりはない。教祖と話がしたい」
「東雲様はお忙しいんだ。部外者は帰るんだな。撃たれないうちに」
「じゃあ上の人に伝えて。教祖じゃなくても、幹部の人と話せればそれでいい。もしそうしてくれないなら、こっちにも考えがあるけど。上の人に電話するのと、仲間に迷惑掛けるの、どっちがいい?」
「……卑怯な奴め。待ってろ」
渋々だが、彼は無線で何かを話していた。
しばらくして、ヘリコプターの飛行音が聞こえて来る。真っ白に塗られた輸送機だ。それが2機飛来した。1機は上空に留まり、もう1機が近くの空き地に着陸する。扉が開き、全身白い装備で固めた人物が6人降りて来る。
「天使だ……」
ナナは小さく呟いた。アランはカルトの精鋭部隊である天使を初めて見た。彼らは白の覆面を被り、同じく白く塗られた近代的なアサルトライフルを装備している。
「中で話がある」
天使の1人はそう言うと、ついて来いと指示を出した。アラン達は彼らに囲まれ、拠点の中の建物へと入った。
「来たのはあなた達だけ?」
建物の中、椅子に座っての話し合いが始まった。しかし、ここに来たのは精鋭部隊だけだ。
「……」
天使は答えなかった。代わりに、入り口の方を見ると突然同時に立ち上がった。
入り口から、3人の人物が入って来る。護衛の天使2人を引き連れ、実践安楽教団のトップ、東雲雅彦が現れた。彼は銃も持たず、現実世界とほとんど変わらない見た目をしている。
「さて、私と話をしたいそうだね。入信の相談かな」
彼は椅子に座ると、話を始めた。警戒している様子ではなく、あくまで自然体だ。
「……わざわざ来てくださったのはありがとうございます。ですが、入信の相談ではありません」
ナナの口調は丁寧だった。普段はクソ教祖やロクデナシなどと散々罵倒していたから意外だった。
「今回お呼びしたのは、私達をログアウトさせて欲しいからなのです。私達は、あなた方の救済を必要とはしていません」
「………素直になるのには時間が必要だ。君は私や教団、信者達が嫌いかね?」
「……正直なところは」
「では、なぜゲームをやめなかった?なぜ他のゲームに移らなかった?」
「私達の方が先にここにいました。あなた達は後から入って来て、私達の居場所を……」
強い言葉が出そうになり、ナナは口を閉じた。
「その通りだ。ここは君達の居場所だ」
雅彦はゆっくりと頷いた。
「君達は現実世界に嫌気が差した。努力しても報われない、幸せになれない、そんなリアルに愛想を尽かした。だからこの世界を居場所としたのだ。そうだろう?」
「そうじゃありません!」
「そうだ。勝手に決めないで欲しい」
アランも反論に加わる。どうにかして彼の勘違いを正さなければならない。しかし、彼は首を横に振るだけだった。
「やはり、素直になるのには時間が必要だ。我々に同化する必要はない。ただ、今は自分を見つめ直し、新しい人生を受け入れるのだ」
そう言うと雅彦は立ち上がった。
「待ってください!」
「話は以上だ。君達は自分を見つめて受け入れる必要がある。私は本の執筆に戻るよ」
ナナが引き止めるも、彼は天使数名を引き連れて外に出た。全くもって、話が通じない。
「と言うことだ。すぐに立ち去れ。それとも送り返してやろうか?」
その場に残った天使が銃口を向ける。
帰り道、ナナは一言も話さなかった。何か考えているようであった。プライベートルームに戻ると、彼女は召集をかけた。メンバーはログアウト出来ないので、すぐに集まった。前に立ったナナが話を始める。
「さっき、カルトの教祖に話をして来た。返して貰えるように。でもダメだった。まるでこっちの言い分を聞いてくれない。この方法は無駄だった」
交渉は意味がなかった。彼は本気で、ゲーム世界に閉じ込めることを救済だと思い込んでいるのだ。
「じゃあどうするんだ?大人しく受け入れるのか?」
フリードは腕組みをして立っている。他の面々も、皆彼女を見つめている。
「平和的解決は不可能。だから実力行使に出よう。奴らを徹底的に妨害して、邪魔してやろう。私達を閉じ込めたことを後悔させてやろう」
彼女は前を向くと強い口調で言った。
「本気なのか?」
ナナはそう言ったアランの方を見る。
「本気だよ。話の通じない相手にはこうするしかない。このまま何もしなければ、奴らの思う壺だよ」
「……なるほどな。俺は乗るぜ。まずはどうする?教祖の家にでも放火するか?」
座っていたジョーが立ち上がり、ナナの横に並ぶ。
「あの連中を斬れるなら断る理由はないな」
フリードも前に出る。
「……交渉は意味なかったしな。やるしかないか」
仕方なく、アランも前に出る。大切なのはこれからを考えるべき。そう言ったのは自分だ。交渉が無駄なら、これしかない。否定しても、ナナよりもいい案を思い付く自信がない。
「僕達も何も思い付きませんでしたしね。やりますよ」
いちごマン達3人も頷いた。最後、皆の視線がリリーに集まる。
「この状況で断るわけないじゃん。それに、ナナがやるって言うんだからね」
彼女は刀を抜いて高く掲げる。メンバー全員がナナの元に集まった。
「ありがとう。本当に」
ナナは頭を下げて礼を言った。そして顔を上げる。その眼は決意に燃えるようであった。
「それじゃあ、戦争を始めよう」




