連れ去られた場所
私のあげた空砲で玄関前に控えていた香取くんがすぐに来て、それから10分とたたずに椙山と老婆の体の八坂さんも駆けつけたけれど、私と雪哉の放心状態は収まっていなかった。
「大丈夫か?ふたりだけ……という事は?吉原健吾と遊女は鳳に拐わかされたのか?」
私と雪哉の放心状態から予測不能の事態になった事を悟った椙山は気づかわし気に返事のしやすい事から質問してきた。
姫野らしき
「突然 姫野らしき人が現れて吉原健吾を拉致して行きました。呪いとか呪文のような逆らえない系の命令をして連れ去ったようです。その異常事態に乗じてお開きになることを危惧した鳳さんが桔梗さんを連れてどこかに消えました」
放心しているように見えて雪哉は冷静に状況を説明した。私は口がはくはくするだけで相変わらず声がでない。
情けない……私ってこんなに情けないやつだったんだ……
「姫野が現れた? 綾、それは間違いなく姫野だったか?見かけや性別は変わっていたか?」
椙山に軽く肩を叩かれ目が覚めたように我に返った私は
「姫野先生でした。見かけも雰囲気も声もオーラも何ひとつ変わってませんでした」
と答えた。
「裏切り者って言ってました……健吾くんのことを。どこに連れていかれちゃったんでしょうか?」
健吾が連れ去られた時に最後に見せた表情をおもいだして、胸が押しつぶされそうになった。
「健吾くんアシスタントやってた時もたぶん姫野先生にひどい目にあわされていたんです……今生で千里眼の異能を得たのも姫野先生から逃げるためだったんじゃないかと……ここに来る途中も泣いてました。私達に何かを伝えようと必死に口を動かしていたんです。でも私は読唇術ないし。香取くんに見てもらえばよかった……なんで忘れてたんだろう?泣きながら何かを必死に伝えてくれようとしていたのに……食事してから続きを聞く約束したのに……こんな人のいっぱいいるとこに突然現れて3分足らずで連れていかれちゃうなんて。どうしよう、私がこんなお願いしなければ危ない目にあわなかったのに!」
声が出なかったのにしゃべり始めたら止まらなくなって涙も止まらなくなった。
私のせいだ!助けなきゃ!急いで飛び出そうとしたところを椙山に抱き留められた。
「おちつけ綾!姫野は吉原健吾を連れて玄関から逃げたのか?違うだろう?まずはおちつけ!冷静にならなきゃ最善策はさがせない!姫野が突然現れて突然この部屋で消えたのなら残念ながら連れ去られたのは近くではない。もしかすると違う時間軸に連れていかれたかっもしれない。まずはおちつけ!」
「椙山さん」
雪哉が思い出したように話しかける。
「鳳さんが明日の朝桔梗さんを迎えに来いと言い残して連れ去ったんですが、どうしたらいいですか?どこにとも何時とも言わずに急いで出ていったんですが、この場所にっていう理解であってるんでしょうか?時間も朝っていっても幅広いですし……」
「困ったな。綾が混乱するのもわかる。とりあえずここにいると姫野に聞かれている可能性もあるから場所を移そう。」
「姫野先生は編集長をマークしていたって言ってました。ここから移動しても居場所はわかってしまうんじゃ……」
「ここで場所の名前を言わなければ大丈夫だ。タイムリープの穴を使った尾行はできない。誰かを雇って物理的な尾行をさせるってこともあり得るから一応気をつけろ」
私たちは椙山たちが控えていた靖国神社の側の安宿に一旦移動した。
「今日はここに泊まって明日の朝、さっきの料亭にもう一度いってみよう。さっき金を払うときに迎えに来るのが遅くなった場合人目につかないところで保護してもらえるように頼んできた」
「さすが椙山さん!」
香取くんが椙山をよいしょすると椙山が
「俺の案じゃなくて八坂さんに言われたから」
と八坂さんを見た。
ちょっと予想外の事が起こるとパニックおこしてしまう現代人の私達に対して、戦争という過酷な体験のある八坂さんは冷静さを失わないことが多い。
「椙山さん、吉原さんを匿うために借りる予定だった神田の家ですが、そのまま借りて作戦本部みたいにしませんか?上野から近いですし、潜んだり逃げ込んだりするにも仲間が増えたりするにもいいと思うんですよ。椙山さんの風呂屋のひとつも近くにありますし」
「はぁ……」
香取くんがため息をひとつ吐いた。
「俺たち軍師だとか攻略家だとか効率厨だとか言われてきたけど、戦時中に生きてきたホンモノにはかなわないって事だな。無駄よりも冷静に保険かけてくるし。 その家も少しいじりますか?」
「隠れ通路とか扉とか一個あってもいいけど、そこに時間とお金かけるのは違うと思いますよ聖太朗くん」
「それより、違う時間軸に拉致されたら助けようがないんですか?椙山さん」
雪哉が言う。
「僕たち死ぬまで諦めないって決めてFPSの世界大会までいきましたから。僕たちは実戦つんだ八坂さんのように冷静さもないし、時間かけて準備した椙山さんほどの知識もありません。だけど、時間軸とか世界線とかの考え方は八坂さんよりは慣れている分柔軟になれるはずです。だから椙山さんが司令塔になって意見出し合って得意な分野から攻めたらいいんじゃないですか?其々が得意分野を勝手にやったらチームワークなくなるからやっぱり司令官が必要だと思うんです。それぞれ勝手に話をすれば聞き逃したり脱線したりしますよね?一回自分の能力と得手不得手を其々書いてみませんか?そのうえでわからないことは質問すればいいし。僕と香取くんは令和で死ぬとき受験生だったんで、わからなくなるととりあえず項目にして書いてました」
「雪哉くんそれはいいねぇ。俺なんか一人だけ昭和だからさ、みんなの言うカタカナっぽいやつで理解できないのはたくさんあるよ。この際だからわかるまで聞くから理解できるまで教えてくれな」
「わかった。じゃあとりあえず明日の遅い午前にさっきの料亭に出向いて女の子送り届けたら紀尾井町に集合しよう。書き物には君たちの家が一番向いているだろう?」
椙山が「書いてみるのは全面的に賛成だ」と言って笑った。
健吾が拐わかされた事は皆の心労になっていたらしく、そのあとは無口になり夜は静かに更けていった。
次の日の昼前に私と雪哉が料亭に行ったけど、鳳も桔梗さんも来ていなかった。
料亭の人の話によると鳳は予め裏口に人力車を待たせてあったらしくさっさと女の子を連れてとんずらしたらしい。
どういうことなんだ?
もしかしてもしかすると編集長は姫野先生が来るのを知っていたとか?
そう考えてみればあまりにも普通で驚きもなかったね。
椙山が心配していた「鳳も吉原健吾も信用するな」とはこういう事だったのかと改めて理解した。
健吾くんはそんな子じゃないって思っていたけれど、健吾くんが何かをするんじゃなくて健吾くんに執着した姫野が現れたんだもんね。
人物だけじゃなく、背景もきちんと見ないといけないって事だね……漫画家なだけに……
桔梗さんを送っていく必要のなくなった私たちはそのまま紀尾井町の家に戻り其々自分たちの能力についてレポート作業に入り、雪哉だけは仕事に向かった。
夕方帰ってきた雪哉が「みんな聞いて!」と叫んで疲れて座りこんだ。
「雪哉どうした?鳳探しに大蔵省にも行ったんだろう?」
香取くんが急き込んで尋ねた。
「鳳さんは柏原と言う名前で大蔵省に居たわけだけど、大蔵省の人達 誰に聞いてもそんな人知らないって言うんだ。手当たり次第聞きまくってたら内務卿が出てきて……前回行った時 柏原は内務卿と一緒にいて話をしていたんだ。仲もよさそうで信用もしていたように見えたんだけど……柏原なんて知らないって怪訝そうな顔された。ついでに鳳って人は?って聞いてみたけど、そんな名前の知り合いいないって……」
「それってつまり……」
「そう、たぶん内務省の全員にマインドコントロールで自分を覚えていないような暗示かけたと思う」
「そんな数を相手に……ってことはもしかして」
「椙山さん、何か思いついたことでも?」
「増幅の能力者が近くにいる……あるいは姫野かもしれない」
戦いに勝利しなければならない場合、闇雲に根性論ぶち上げて勢いで立ち向かう事が有効な場合もあるだろう。
でも大概の場合は相手をよく研究して立ち向かわなければ臨機応変に戦えない。
まさか鳳編集長までこのテの戦いに精通しているとは思わなかった。
「すなかけ」的なデバフをくらった気分だ。
御神木の能力を貰いに行く時に椙山に『おすすめはコピーか増幅』と言われたのを今やっと理解した。
これはゲームじゃなくてリアルなんだ……
私は恐怖で目の前が暗くなった。




