バタフライ効果
「思ったよりも時間がなさそうだな」
椙山が溜め息をついて困った顔をする。
いつも自信満々だけどさりげなくどんな仕事もサラッとこなす姿しか見たことない椙山の困った顔に心がざわつく。
「彰人さん、まず、最終的に何をしないといけないのか、それができなければどうなるのか教えて下さい!」
そんなところからかと思われてもいい。確認は大事だ。
「最終的には姫野を殺す。それができなければ、世界がどうなるのかわからない。姫野はタイムリープで好きなようにに歴史を変えられて、好きなように他人を洗脳できる。生かしておいてどうこうできる相手じゃない」
椙山がいとも簡単に殺すという選択をするとは思えなかったので、ビクッとして身体が震えてくる。
「殺すって……人間ですよ?他に方法はないんですか?」
「綾、アイツを生かしておいて誰かが拘束できると思うか?」
「でっ、でも……」
「綾先輩、ここは令和じゃないです。自分も明治で生きるために沢山の御庭番殺しました。俺が怖いですか?」
「そうは言ってないけど……」
「他人を殺す位なら自分が死んだ方がましって思いますよね?自分もそう思ってました。守る存在ができるまでは」
「……」
「香取くんの言う通りだ。綾、姫野がこのまま生かされた未来を思い浮べてくれ。どれだけの人が犠牲になると思う?限りなく世界の人口に近い数になると思うぞ?」
椙山に諭されて俯きながら膝をぎゅっとつかむ。
それを見た雪哉が私に向き直る。
「綾、椙山さんなんかあの人に何回殺されたと思う?」
「雪哉?」
「俺たちだって殺されたんだよ?八坂さんだけは判らないけど、僕たち全員姫野って人に殺されているんだ!納得して協力してよ。とどめは僕たちがやるからさ」
雪哉が見たことない程大人な顔をしている。
そっか、みんな自分と周りを守るために誰かを殺した事があるんだね。
「私も覚悟を決めないといけないって事なんだね……」
「本当にこれだけは頼む!」
椙山に懇願されても「わかった」と声に出せずどうにか頷いた。
「編集長と健吾くんはどうなるの?」
少し涙目になりながら聞くと椙山が眼をギュッと閉じたあとに
「編集長は……はっきり言ってわからない。どの位危険か今の時点では判断できない。吉原健吾は……たぶん被害者だ。だけど信用できない。姫野と通じてないとは思えないんだ……」
「じゃあ健吾君は保護して仲間にした方が……」
「綾、待て!あいつを信用するな」
「なんでですか?姫野先生の被害者で漫画家になりたかったのに逃げて警備員になった子ですよ?かわいそうじゃないですか!」
椙山が暫く言いづらそうに空を睨んでいたが、やっと話し出した。
「俺……の能力のタイムリープなんだが……エネルギー的な制限って事なんだがちょっとした時空なら1日に1~2回はできるんだ。どうやら着地しようとしても、俺の場合『椙山神社』にしか降りられないみたいだ。だが、他の場所の場合時空の空間から覗く……的なことができる」
「覗く?どこでもですか?相手にバレないように?……あぁっその手があったのかぁ!」
「香取くん、最強の異能がありながらなんでそんなに悔しそうなんです?それより椙山さん続きを!」
八坂さんがさりげなく本筋に戻す。
なかなか有能な助手だ。
「つまり俺が吉原健吾をここに入れたくない理由は……吉原健吾と姫野が通じている場合、吉原健吾がここにいれば姫野もここを覗くことができるってわけだ。人知れずにな。まぁ姫野の場合は着地できるのが関西だからすぐにの危険にはならないかもしれないけど、ここのからくりとか作戦会議が全バレになるってことだ。まずいだろう? ……俺のタイムリープと同じ仕組みと仮定して、だが」
「姫野って人がタイムリープの能力があるのは確実なんですか?」
雪哉が椙山に問う。
「90%以上の確率で持っていると思う。君と香取くんが姫野の手の者に殺されたんだとすれば、姫野が未来を見通してやったって事になる。なぜなら君たちが殺された時点で俺は綾と出会ってないからだ」
「僕たち予備校の帰りに通り魔に殺されたんですけど、あの時に他にも殺された子がいるならその子たちも僕たちと同じ時間軸にいるんでしょうか?」
「そうかもしれない」
「その子たちが何も知らずにここにきて、僕たちの祖先と拘わるような何かをしたとするとタイムパラドックスは発生しますか?」
「あぁ、なるほどどういうことか……君たちのルーツの明治のころ、だから4代位前はどこにいたかわかるか?」
「たしか、父方の方が名古屋で母方の方が茨城です」
「名古屋か、熱田、洲崎、豊国、山田……茨城も名所が多いな三社巡りだと、鹿島、息栖、香取、スペースシャトルから光の柱が立ってみえたという、えっと御岩?」
「えっ香取?」
「香取神宮だな。君は香取神社に降りたんだったか?香取神社もいっぱいあるぞ?話が逸れたな。他にも有名な神社はいっぱいあるけど今言った苗字に心当たりはあるか?」
「山田さんはいたね。予備校に……でもめずらしい苗字じゃないし……」
「鹿島……どこかで聞いたような……でもわかりません」
雪哉と私が答えた。
「その人たちがもし君たちの先祖と接触している場合、君たちの先祖が本来出会うべきじゃない人と出会うのだからバタフライ効果で雪哉くんと綾の記憶に違いが生じてしまったって事かもしれない。でも探しに行くには無理があるな。『前世の記憶がある人~』なんて問えないしなぁ。
とりあえず上野の近くに安宿を手配したからそこを仮の本拠地にして吉原健吾を匿おう。大丈夫そうなら俺の仕事を手伝わせればいいし」
火曜日は千鳥ヶ淵の座敷を借りて鳳編集長の接待をすることになった。
私は健吾とその紹介の遊女を連れてくる係だったので香取くんと二人で迎えに行った。
吉原神社に着くと健吾と同じくらいの歳の女の子が立っていた。
もう遊女として働いているのだから年嵩の女性を想像していたけれど、かなり若い。
「桔梗と申します。今日は遊郭の仕事ではないので化粧も話し言葉も普通にしていいでしょうか?」
「あぁ、うん。ありんす~とか言わなくていいと思うし、そのメイクで充分だと思うよ?」
「良かった。よろしくおねがいします」
かわいいなぁ……健吾と二人で立っているとすごく似ている気がする。もう香取くんなんて鼻の下がいつもの二倍くらいの長さになっている。でも何か違和感を感じる。なんだろう?
「とりあえず向かいましょう。早めについて打ち合わせもしたいし」
私と健吾、香取くんと桔梗さんで人力車に乗りこんだ、健吾はちょっとした風呂敷を数個抱えている。
走り出すと健吾が私にぴったりと貼りつき顔を寄せてきた。
令和で似たようなことをされた覚えがある私はちょっとドキドキする。
いやいや、今生では男女反対だからね!
「綾さん、内緒話があります」
なんだ……内緒話だった……
「桔梗さんは3年前から吉原で働いているらしいですが、たぶん10代後半か20歳くらいです」
「うん。健吾と同じくらいに見えるよ?」
「……………………………………ダメだ、違う話から始めればいけるかと思ったのに」
健吾は口をはくはくして何かを話そうとして声がでないような仕草をした。
「言わなきゃいけないことがあるんです!でも…………………………」
「無理しないで!少し落ち着こう?」
私は静かに涙をこぼし始めた健吾の背中をさすってあげる。
これは呪いかなにかなのだろうか?
椙山に聞いてみないと……
私ってほんと一人じゃないにもできないし解決できないみたい。
一緒に泣いちゃおっかな――
バタフライ効果;蝶の羽ばたきが少しづつ大きな効果につながるよ~みたいなヤツ。風が吹けば桶屋が儲かる的なアレ。




