【Side】椙山彰人 想い 其の弐
姫野の仕事場に行くと案の定、俺は体よく追い出された。
予想通りこの女は松戸綾を警戒している。
つまりだ、姫野もタイムリープできるという事に他ならない。
松戸は高校の時に剣道部の副主将を務めていたらしく、調べたところによると彼女の弟は全国大会まで勝ち進んだ記録があった。
もし俺が未来で見た松戸に面差しが似ている男の子が松戸の弟なのだとしたら、三年前に亡くなった理由は姫野の関係の者に殺されたのかもしれない。
姫野がいったい何を企んで何を望んでいるのかはわからないが、この女は間違いなく俺より先に松戸姉弟のことを知っていて俺の部下になることもわかっていたに違いない。
そう思うと無性に腹が立ってきた。
この女が何年もかけて俺たちの邪魔が入らないように入念に準備してきたのだとすると、俺も片手間では動けない。
姫野の仕事場から戻る途中に俺は明治に向かった。
どうせなら1年くらいかけて入念な基盤を作ってやろう。
どうせ姫野のところに向かった時間軸に戻れば令和での時間は1秒もたってないのだから。
戦いと言えば資金源と基盤だ。
令和の貯金は全く使えないから困る。
明治の古銭を買いあさり、歴史や情勢を調べまくった。
明治10年の社会で潜伏するのにちょうどいい住処も得た。
そういえば、未来で見た男の子が松戸の弟ならば彼は今ここにいるはずだ。
どこをどう探せばいいのだろう?
名前をだして人探しをすれば彼にも迷惑がかかるかもしれない。
俺は令和に帰ったら、綾と一緒に爆発に巻き込まれて明治に来る予定だ。
ならば……
俺は綾がこちらにきたであろう日付から、つまり今日から半年後に飛んでみた。
半年もあれば俺が松戸を見つけられなくても松戸が俺を探し出してくれると思ったからだ。
俺が半年後に飛ぶと松戸は俺の腕の中にいた。
俺、手が早すぎないか?
しかも松戸はやはり男性になっている。女性としての彼女を抱いていないのに男性の……いやいや……俺は男色ではない。
ボーイスラブに手を伸ばすのにはまだ早すぎだろ……
タイムリープで通るウォータースライダーの筒のようなものの中から俺たちの行為を見守った。
ものすごくいけないことをしている気分で胸が痛い。
自分なんだからいいだろ?
これも道徳的にアウトなのか?
男を抱く趣味はないし、松戸のことは気に入っているが、これはどうなんだ?
松戸と想いあう未来を見てからは彼女のことをずっと意識して見ていた。恋愛感情とまではいかなくても彼女のことが気になって仕方なかったからだ。
彼女も俺の視線に気づいたらしく最近では俺を意識してくれるようになった。
松戸はいつ俺のことを好きになってくれるのだろう?
相手に対してそんなことを思った時点でもうすでに沼っているのだと気づき、冷静ではいられなくなった。
松戸を抱いている未来の俺に嫉妬心が芽生え始め
「くそっ!」と呟いて半年前に戻ってきた。
俺はまぁまぁモテる人生を歩んできたし、女性に対して執着したこともなかった。
俺のことが好きなら俺のところにいればいいし、他のヤツが好きになったならばソイツのところにいけばいい。
そう思って生きてきた俺が、誰かに嫉妬するなんて思ってもみなかった。
「しかも嫉妬している相手が未来の自分とか……バカなのか?俺は……」
松戸弟の居場所を知るための目的で半年後に行ったが目的を果たす事ができなかったので、一晩寝てエネルギーをチャージしてもう一度半年と少しだけ先の未来に向かった。
松戸の弟と彼と一緒に殺されたらしい同級生は紀尾井町に住んでいた。
偵察に行った俺は驚くべき仕掛けと能力に舌を巻いた。
なんだ?!あの屋敷は!! 知らない時代にきた高校生二人に築き上げられるものなのか?
しかも弟、松戸雪哉の方の能力はわからずじまいだった。
まぁいい。綾が彼らとすぐに合流できるのなら何も心配はないだろう。
それよりも気になったのは吉原健吾だ。
あいつは俺が担当したかった吉原だろう?姫野の現場に住み込みでアシやってたはず。
姫野の男じゃないのか?……あぁ、今は女性になっているようだが。
松戸と吉原はどこで接点があったんだ?
もしかすると令和で姫野が吉原を使って松戸を探らせていたんじゃないか?
「あいつは敵か味方かわからんぞ?」
編集長は話にならなかった。
姫野が何か企んでいるといっても乗ってこない。
「あいつは小さい頃から可愛いというよりは綺麗な顔をしていて頭もよかったから、親戚中にちやほやされて育ったんだ。たぶん学校なんかでもそうだったんじゃないか?」
自分の思い通りにならないと癇癪おこしていたからなぁと笑っている。
「そういえば、自分が安倍晴明の子孫であることをとても誇りに思っているらしい。明治の初めまでは土御門家という清明の子孫の家系であることは間違いないんだが、千年以上前に妖狐の血が混じっているとか本気で言っているわけじゃないと思うがな……」
なんだって?
明治という単語がでたことに心がざわつく。
編集長は俺と違って自由に時代を行き来できるわけじゃないんだから情報が得られないのならそれで終わりだ。
今の発言で少なからず親戚の子としてかわいく思っているのはわかったし、問題を問題と捉えられない人物だという事もわかった。
なんで自慢のように言うかな?
あんただって二回も殺されてんだぞ?
明治に潜伏先も見つけ、金を稼ぐ算段もできた俺は令和に戻り驚いた。
なんと打合せブースで松戸が吉原健吾に言い寄られている。
吉原は警備員の制服を着ていて二人はどうやら少し前からの知り合いのようだ。
姫野!やっぱり自分の情夫を使って松戸に何かしようとしていたのか!
何を話しているのか暫く身を潜めて探っていたがとうとう彼女に手を出しそうになった吉原に、俺の理性は吹き飛んだ。
おもわず彼女の手をひっぱって吉原からひきはがした。
さらに腹が立ったことには松戸は耳にキスをされて顔が紅潮してるじゃないか!
いつも凛とした雰囲気の彼女が、そんな「女の顔」になっている。
俺だってそんな顔させたことないのにふざけんな!
こいつがもし姫野のスパイでもこちらで懐柔できたなら編集長よりはましな情報を得られるかもしれない。
だがしかし、俺は思ったよりも寛容な男ではなかったようだ。
こいつは明治にいた。
ということはこの後の爆発に巻き込まれて死ぬのだろう。
これ以上こいつに敵意は見せない方がいいかもしれないな。
姫野の仕掛けたであろう爆弾は19時ちょうどに爆発するはずだ。
俺は夕やけが映るフィックスの窓に松戸を閉じ込め「その時」を待った。
俺も小さい頃から武道をやっていたから松戸の普段の凛とした瞳を好ましく思っていたが、
照れて俺のうでにしがみつく彼女もどうしていいかわからない程愛おしかった。
どうせなら爆発なんて起こらないでこのまま彼女をずっと胸に抱いていられたらいいのに……
「綾、蔭間の宿にいるからできるだけ早く俺のところに来てくれ」
そう言って彼女に口づけをしたが、俺の唇には何も触れなかった。




