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歴史が変わってしまう

 

 金曜日の朝、雪哉はいつもより少しだけ緊張した様子で仕事に行った。

 椙山達はこのまま紀尾井町でお留守番してもらい、私と香取くんはいつもの車夫に来てもらって吉原に向かう。


 因みにこの車夫は内務省に詰めている八坂さんの後輩で、登庁した雪哉が手配した。内務省付きを辞めて故郷に帰ったはずの八坂さんが老婆の格好で私達が出掛けるのを玄関で見送っているのにこれっぽっちも気づかないようだ。


 khorosho(ハラショー)



 吉原神社の御神木は逢初桜と呼ばれている桜の木で、春には美しい桜が咲くらしい。

今はもう霜月になろうとしている冬枯れの木の下に女性になった吉原健吾が儚げに立っていた。

 私たちがいつ来るかわからないため毎日この時間には神社に参拝する習慣ができたようだ。今日も来ないだろうか帰ろうかと思っていた時に私たちが現れたらしく満面の笑みで駆け寄ってきた。


 ヤバい!かわいい!! かわいすぎる!!!

 ついうっかり心臓が跳ねてしまった・・・


 ふと横をみると香取くんも顔が紅潮している。

 美少女というには薹がたっているけれど、女性と呼ぶには幼い雰囲気がある。そういえば吉原健吾の顔はどちらかといえば童顔だったかもしれない。

 銀座のおねぇさんがお好きな鳳編集長にはどうなんだろう?

 編集長のようなタイプの男性は女の子の頼み事は無下にできなそうだけど・・・


 「ねぇ健吾くんはさぁ、吉原(ここ)にいたいの?知らない男性と同衾しても平気?もし嫌だったらこっちに来ない?」

 「えっ?」

 かわいこちゃんを見てはしゃぐおじさんのように、ついうっかり挨拶もまだなのに本題に入ってしまった。ヤバす!


 「ホントに?いいの?」

 再び満面の笑みで頬を紅に染めながらはにかむ。

 あれ?なんだか前回来た時よりも女の子になっている気がする。

 少し前に会った時には女の子の見た目で中身は男の子たったのに、もはや男の子の雰囲気がほとんどない。


 ってことは、私もどんどん女性要素がなくなってしまっているのかもしれない。


 私が「む~ん・・・」と考え込んでる間に、香取くんが

 「……というわけでね、次の火曜日に一席設けるから、君はこのまえの女の子連れて、綾先輩と一緒に鳳さんの接待をお願いしたいんだ。その後、君が望めばこちらに残ってくれても構わない。住むところの面倒はみれるよ?どうする?」

 「ホントですかぁ~?!是非お願いします!!」


 あっ、あれぇ~~~?

 私より香取くんの方がさりげなく思い通りに運んでで優秀とかいう?


 「そういえば健吾君は『健吾』じゃまずいよね?なんて呼べばいい?」

 私の場合は綾之助とか姉吉とか言いながらも本名貫き通している。

 名前変えて呼ぶならなるべく早く慣れないといけない。

 

 「私のことは夢とお呼びください。吉原(ここ)でもそう呼ばれているので」

 「夢ちゃんかぁ~可愛いね!ぴったり」

 「ありがとうございます」

 ……なんか香取くんが女の子なんぱしているように見えてきたのは私の僻みだろうか?


 「ところでさぁ健……夢ちゃん、姫野先生ってどこに居るかわかる?」

 またもや前振り無しの唐突な核心をやっちまいました……


 「姫野先生……も、こっちにきているんですか?」

 「あ~やっぱ知らないよね。じゃあさ、姫野先生の本名ってなんだかわかる?安倍晴明の子孫だったんだってね!」

 「あぁ、安倍晴明の子孫って言っても土御門(つちみかど)家からは分かれていますよ。たしか……石上里佳子だったかと……」


 「香取くん、石上?って神社あったっけ?」

 「石上神宮(いしのかみじんぐう)じゃないですか?日本の三大神社だし、日本最古?みたいなとこです」


 「……強そう」

 「……ですね」

 「えっ?えっ?何がですか?」

 健吾が小首を傾げる。

 「今度会った時にその辺の話も詳しくするよ。とりあえず火曜の15時にここに来るから女の子よろしくね。健吾くんはさりげなく引っ越しの準備もね」

 「わかりました。よろしくお願いします。楽しみです!」





 「石上……奈良か。そういえば鳳さんの実家も奈良の寺だったな。それほど遠い親戚でもないのかもしれないな」


 紀尾井町に帰るともう雪哉も戻ってきていて、鳳方向の報告をしていたので、私と香取くんもすぐに混じって健吾の話を報告する。


 「本名がわかったのはかなりな前進ですね」

 八坂さんがお茶を淹れながらさりげなく褒めてくれた。

 嬉しい。私今日ダメダメだったから。

 八坂さんが淹れてくれたお茶を雪哉に回そうとした時、雪哉が急にビクッとした。


 「え?なに?どうしたの?雪哉……」

 「あっ、5年位前にさ、綾が淹れてたコーヒーのサーバーを僕がぶつかってこぼしちゃったことあったじゃない?あれからちょっと怖くてさ。こぼれて火傷したとこにサーバーが割れてささって血だらけになってさ、あの時の傷まだ手の甲にあるんだよ?ほら……」

 「え?雪哉……何言ってるの?うちにコーヒーサーバーなんてなかったじゃない?ぶつかってケガさせた覚えもないんだけど」

 「綾こそ何言ってるの?あんなに泣きながら謝ってくれたのに……ほら右手の甲の……ここにある傷だよ。本当に覚えてないの?」


 「どういうこと?そんな記憶ない。子供のころならまだしも5年前にそんな怪我をしたのに忘れるわけがない」

 「おい雪哉(ゆっきー)!お前そんなとこに傷なんてなかったぞ?いつできたんだ?悪い冗談はやめろよ!綾先輩が混乱してるじゃないか」

 「冗談なんていうかよ!なんで聖太朗(せーた)は僕の話を信じないで綾の味方するんだよ!」


  雪哉は泣きそうに俯いて私も完全にパニックになって、どっちが本当なのかと空気が悪くなった。


 悪くなった空気をぶった切って椙山が一言

 「まずいな……」

  と呟いた。


 「何がまずいんですか?彰人さん!」

 「二人の記憶が違っているし、香取くんもそんな傷を見たのははじめてだといった……もしかしてタイムパラドックスかもしれない」

 「どういうことなんですか?!」

 「鳳さんがパラレルワールドの検証をしたのを覚えているか?」

 「はい。自分の先祖を殺したのに自分は消えなかったって話しですよね?」

 それが何か?と私は食い気味に椙山に迫った。

 「仮説だが、先祖が子孫を残さず死んだ場合、自分は生れてこれない。なのに存在しているということは過去を変えてしまったという事。先祖が死んでしまった過去から自分が存在するためには違う過去に変わらないといけないと思う。つまりそこにはタイムパラドックスが発生するはずだよな。今気づいたんだけど…鳳さんが検証の後、以前と違う事を言っていた記憶がある」

 「……で?」

 「Q.E.D.」

 「いや、勝手に終わらせないでください。私と雪哉と香取くんの記憶が変わってしまったという事は?どうしたらいいんですか?」

 「だから、君たちの記憶が違うって事は今の自分が存在するために必要な歴史に、転生者の誰かが干渉してしまったってことだな。俺がまずいなって言ったのは、これからもそんなことは起こり得る事で、早くあいつを倒さないとどんどんずれが生じてくる可能性がある」

 「そんな?!どんどんずれちゃったらどうなっちゃうんですか?共有することで元に戻れるとかないんですか?」

 「共有したとしても、それは誰かにとっては真実でも誰かにとっては嘘の記憶ってことだぞ?……そんなことが起こりすぎると……」

 「起こりすぎるとどうなるんですか?!」

 「人格が変わってしまう事もあり得るし、本当に本当の最悪は……」

 「最悪は?……」

 「ここにいる仲間や兄弟が誰だかわからなくなってしまうという事も……」


 そんな?!

 自分の生きてきた過去が変わってしまうという事は、雪哉や彰人さんや香取くんや八坂さんと出会わなかった過去に変わってしまうって事もあるって事?

 そんなことになったら絶対に嫌だ!


 私は怖さに茫然自失した。

 


 

 

 

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