警備員の健吾くん
怖かった!
姫野先生の圧倒的な黒いオーラに怖気付いた私は、気がつけば自分の勤める社屋のエントランスにいた。椙山班長に連絡するのも忘れて一目散に退散してしまったので、少し冷静になって考える必要がある。まだ少し震えが残る身体を抑えてエントランスに設置された打ち合わせブースに座り頭を整理する事にした。
姫野先生は栄光出版社のパーティで椙山に一目惚れして、次の連載が決まりかけてた少女漫画誌を無理矢理抜けてうちの編集長の鳳に取り入って少年誌に来たらしい。
だとしたら私は…自分の作り上げた椙山と懇意になる為の完璧なストーリーの原稿に意図せずできていたインク汚れの様なものかもしれない。そしたらホワイトで必死に消そうとするよね…
「そんなに震えてどうしたんですか?」
突然耳元にウィスパーボイスで囁かれ今までとは違う震えが全身を駆け抜ける。
「けっ健吾くん⁈」
警備員の吉原健吾君だ。とても人懐こい彼は、笑うと私の3年前に亡くなった弟によく似ていて年齢も同じだった。
可愛くて私の癒しだった彼は、人目のない所で遭遇すると肩を抱かれたりハグされたりする距離感のつめ方がエグい子なので最近は少し距離を置く事にしていた。
「椙山さんと一緒に外出しましたよね?姫野先生の現場に行ったんじゃないんですか? 」
「えっ?どうしてそれを?」
「俺は松戸さんの事なら何でもわかりますよ」
「だってまだ誰も知らない事だよ?それって……」
「姫野先生に意地悪されたり脅されたりしたんじゃないですか?」
「なっ、なぜそれを⁈」
「あの人は優しい素敵な女性演じてますけど少女漫画描いてた時、編集とアシスタントを奴隷の様に扱ってましたから」
「どっ奴隷の様にって…」
「使い走りは当たり前、締め切りのデッドラインをいつも同じ位正確にオーバーして、担当が印刷所に金払ってたんっすよ」
マジすか?!
「でもなぜ社員でもない健吾くんがうちの課の編集事情や、他の雑誌や作家の内部事情を知ってるの?印刷所にお金払ってなんて編集長にも秘密にする事じゃない」
健吾くんは開きかけた口を閉じて私をじっと見ると「ふっ」と意味ありげな笑い方をした。
なっ、何?!
「知りたいですか?」
黒い笑みを浮かべた彼が立ち上がって距離を詰めてきた。あっ、これヤバいやつ……
いつもいきなりパーソナルゾーンに突っ込んでくる距離感エグい彼だけど、これは絶対逃げなきゃいけないヤツだ!獲物を狙う肉食獣の光を瞳に宿してどんどん距離を狭めてくる。パテーションの向こうには人の気配を感じる。もしもの時は助けを呼べばいい。そう思っているのに金縛りにあったように声が出ない。
こ、声ってどうやって出すんだっけ?
怖い!癒し系のイケメンだと思っていたのに!!捕らわれた小動物のようにビビる私の耳元に
「今、俺のこと怖いと思ってますね?」と吐息の混ざったウィスパーボイスで問いかけてくる。
なんなの?!なんで今日は2回も誰かに距離詰められて脅されるわけ?
「なっ、何が目的なわけ?何で私を脅すの?!」
あっ、声でた。よかった、かなり震えてるけど……
「脅してる?俺が?あなたをですか?」
キスされた!耳に!
「やっ、やめて!そーゆーのほんと無理だから!」
お前はホストか?!
「じゃあどうすれば俺の想いに応えてくれるんですか?」
「あははは」
まさか笑うと思わなかったのに笑い声がでて自分でもびっくりする。何かおかしい。愛を求める男性の想いの発露とは違う気がする。
「想いって何よ?何を企んでるの?まさか私を好きだとか言うんじゃないでしょうね?そんなのに引っかかる程小娘じゃないのよ?」
「ふっ……心外ですね。そんなに俺は信用ないですか?企むなんて、そんな理由ないですよ」
そっと差し出された手を思いきり振り払う。
「ざっ、残念だったわね。こんな場所じゃ力技にはでっ、出られないわよ!」
「ビビりながら強がっても可愛いだけです。俺の本気を証明しましょうか?」
抗えない力で腕を引かれた。
私、健吾くんな何か悪いことしたっけ?!
10/29 誤字脱字、わかりにくい言い回しを改変しました。
編集長の名前を変更しました。