椙山のお仕事
「綾、明日紀尾井町に戻るならばしばらく二人きりにはなれないな……意地はってないでこっちに来い。痛い事はしないから」
他にもできることは色々あるだろう?と少し意地悪に上目遣いで椙山が私を腕の中に引き寄せた。
たしかに紀尾井町の家に彼が泊ったとしてあそこではいちゃつけないね。香取くんにだって甘い雰囲気を見せたくないけど特に雪哉に気づかれるのは本当の本当に無理だ。
無理寄りの無理!
私が気を取り直して甘えるしぐさを見せると椙山が大げさに喜んだ。
「令和でもずっと……早くこうしたいって……思っていたんだ……」
口づけをしながら話を紡ぐ彼の腕の中で幸せを感じながらも
『今日は後ろはやめてね!』と恐怖でドキドキしてしまう。
ふと疑問が湧いてきた……令和にいるころから私を好きだったという彼は、本当はどっちなんだろう?
「あの……彰人さん、彰人さんは女の私と男の私とどっちが好きですか?」
編集部で彼が私に気があると思うシュチエーションは何度も感じた。なら今生で男になった私は残念なんだろうか?
「綾は綾だ。どっちでも俺は愛しいと思うよ」
『本気だよ』というように優しい笑みを浮かべているけど、ちょっと待って……女も好きだけど、男もいけるんだよって事?
つまりバイですか?
って聞いたらせっかくの甘い雰囲気が壊れそうなので今は聞かないでおく。
今はね……
陰間の宿に住んで他の男性とも経験があるのかもしれないと思ったらなぜか無性に悔しくなって涙がでそうになった。
涙なんか流して意味を問われるくらいなら見せない努力をしたほうがいい。
我慢、我慢!
私、男の身体になってからの方が嫉妬深くなった気がする!
翌朝目が覚めると椙山はいなかった。
「綾さん起きてらっしゃいますか?」
八坂さんがお粥と香の物とみそ汁を持ってきてくれたので一人で頂くことにした。
「綾さんって声をかけてくれたっとことは、八坂さんは椙山さんがいないのを知っていたってことですよね?」
ひとりでご飯を食べるのがさみしかった私はむりやり八坂さんにお茶で付き合ってもらっている。
「そうですね。私は椙山さんの秘書みてぇなもんですから」
八坂さんはなぜか私と彰人さんにだけ敬語を使ってくれる。
「その答え方は、どこに何しに行ったか聞かないでおけってことですね」
元々仕事の関係だから、そんなのあたりまえなのに私が寂しそうに見えたのか八坂さんが優しげに
「お仕事ですよ」とだけ答えた。
普段がべらんめぇ調なだけに敬語になると気を使われている感がはんぱない。
何か隠している?
ふと夕べの『他の男の子を抱いている』 椙山を妄想して胸がモヤモヤしてきた。
なんでモヤモヤするんだろう……女の子の時はイケメンと可愛い系の男の子を妄想でカップリングしてニヤニヤすることでストレス解消していた私なのに……
私、わりとBL好きだったんだけどな……
当事者になるとこんなに難易度高かったのか……
椙山が留守だと八坂さんも暇なようで、夕方まで他愛ないおしゃべりに付き合ってもらった。
「綾、お待ちどう。一緒に風呂に入ろう」
夕方帰ってきた椙山がご機嫌で私をお風呂に誘う。
風呂から出たら食事をして紀尾井町に向かおうと八坂さんと打ち合わせてしている。
「お風呂……」
女の子でもあるまいし断ると自意識過剰だと思われそうで嫌だ。
私のつぶやきを拾った椙山が絶妙な笑顔で振り返った。
なんだあの笑顔は。からかってるのかな……
「綾、おいで……」
悩んでいるうちにさりげなく手を引かれ湯殿に連れていかれた。
仕方ない、腹をくくろう。
「ここに座って」
椅子に座るとまめまめしく全身を洗って流してくれた。
お返ししたほうがいいのかなと悩んでいたら
「俺はさっき入ったばかりだから洗わなくていいよ」と言い、私の手を引き湯船に浸かった。
え?さっき入った?じゃあなんで一緒に入ってるの?
ちょっと警戒しながら椙山をじっと見つめていたらお湯の中でもニャっと笑って抱きしめられた。
「綾、そんなに警戒するな。これが俺の仕事なんで、説明するより見てもらおうと思って連れてきたんだ」
「これが仕事って?陰間のお客さんの身体を洗うことが?」
私が驚いて聞き返すと一瞬目を見開いてそして豪快に笑いだした。
「違う違う。明治10年位から改良風呂という銭湯ができ始めるんで、俺は先手を打って陰間なんかの赤線を中心に小さめの銭湯を作ったんだ。二回目に来た時に基盤を作った。戦うには金が必要だからな。吉原にも手を伸ばそうかと考えたんだが綾に誤解されたくないから今のところ陰間専門なんだ。陰間が客に別料金もらってここでサービスできるって、どっちからも感謝されている。あまりにも喜ばれているんで、俺も綾が来たら洗ってあげようって思っていた。そこは男の子でよかったところかもな」
「だから陰間茶屋が基盤になっていたんですね!そっか……お風呂のサービスなんてこの時代にはなかったんだ」
「反対だよ。江戸時代に湯女という大衆浴場で髪や身体洗う仕事の女が売春までしたのが流行りすぎて吉原が大打撃をくらった過去があったんだ。だから厳しい禁止令がでて廃れた文化なんだけど、反対に赤線に先に取り入れたらと思って先手を打った。改良風呂が流行る前に街の銭湯もいくつか作れたし資金はけっこう貯まってきた」
「そうなんですね」
椙山も弟たちも順応してお金稼げているなんて凄い。私一人で明治にきていたら瞬殺だったに違いない。
「ホントに凄いな……」
感動がつい口から出てしまったけどそれを聞いた椙山が嬉しそうにさらに強く抱き寄せ頬ずりをしてきた。
「はぁ……和む。次の時は綾に洗ってもらいたい」
わかる。お風呂ってα波でるよね。好きな人と入れば尚更。人によってはここでお酒呑んだりもするんだろうなぁ。
少しのぼせ気味にお風呂をでて八坂さんと三人で食事をする。
椙山がすき焼きを買ってきてくれたので久しぶりにゆっくりお風呂に浸かってお肉をたらふく食べた。
この時代、牛鍋と呼ばれている『すき焼き』がとても流行っているので上野広小路のお店で材料だけ売ってもらったらしい。
「テイクアウトとかできるんですねぇ」と私が呟いたら椙山が
「金を余分に払えば何でもできるさ」と言って笑った。
夜も更けて人気がなくなってきたので私たち三人は天満宮下まで歩いて、そこで私がスモールカーを生成して乗り込んだ。久しぶりの運転でテンションが上がる。
追跡はなさそうだけど永田町の辺りで車を消して紀尾井町まで歩いた。
今日は決起集会みたいなノリでみんなでお酒を飲みながらお互いの情報を共有して作戦会議は明日からにしようと椙山が日本酒の一升瓶を3本抱えている。
なんかものすごく楽しそうだ。
「ただいま~!」
まだお酒を呑んでいるわけでもないのにテンションの高い私達を雪哉と香取くんがちょっと引き気味に迎えてくれた。
「ただいま!あのね、美味しそうな純米とすき焼きがあるよ!」
「すきやき!」香取くんがぱぁっと顔を輝かせて一気に私達と同じテンションまでアゲてきた!
雪哉はちょっと嬉しそうな顔をしかけて香取くんの『いきなりMAX』に弾き飛ばされたらしい。
嬉しそうな悔しそうな顔で固まっているから私が思いっきり抱きしめた。
「彰人さん!私の弟の雪哉ですっ!かわいいでしょう?」
「一度会ったよな。抱きしめた覚えがあるよ。椙山ですよろしく。君は綾と似ていてかわいいなぁ、あっ悪い。かわいいと言われたら嫌だったか?」
雪哉は顔を赤くしていて答えない。きっとキスしてしまったことでも思い出しているのだろう。
「椙山さん!自分は香取聖太朗といいます。よろしくお願いします。かわいいと言われるの自分は大歓迎です!」
香取くんが体育会系の挨拶しながらさり気なく雪哉のフォローをしている。
よくできた子だ。
椙山も同じことを思ったらしく、
「よろしく!君もかわいいなぁ別のタイプだけど」と嬉しそうに笑った。
椙山が真ん中の部屋に通され日本酒を香取くんに渡して、鍋を焙り火鉢に置こうとヤカンに手をかけた。
「あれっ、この火鉢はフェイクか……」と驚いた声をだす。
もう気づくの?それに!そっちの方が驚きだよ!
香取くんが満面の笑みで
「あ、これ動くんで! でも五徳とヤカンを溶接してあるだけだから、五徳を取り換えれば鍋も置けますよ」と言う。
「香取くん?!」
雪哉がびっくりして香取くんを見つめた。
「言ってもいいだろう?椙山さんは綾さんが全幅の信頼をしている人だ!俺も100%信じる。その結果裏切られて死んでも後悔しない」
すこし険しい顔で雪哉を諭す香取くんの顔がいつもより強張っている気がする。
私がいない間になにかあったのかもしれない。
「わかった。僕も綾を1000%信じているから椙山さんのことも100%信じるよ」
椙山を信じる度合いが二人とも同じなのに、思いは別らしい。
「二人ともありがとう。俺は綾を2000%信じているから君たちのことも2000%信じるよ」と椙山がにかっと笑った。
「大人げない……信じる信じない以前に私の弟たちのことはあらかじめ調べてあって協力してほしいって言ってましたよね!」
「あっはっは~そこでマジレス?なんかかわいかったから仲間に入れてほしかっただけなんだけど!」
雪哉と香取くんは毒気を抜かれたように目が点になっている。
「わかるよ~それ。私も入社配属が決まってすぐに直属の上司が涼しい顔でさり気なくバリバリ仕事してたかと思ったら、担当してたギャグマンガのオヤジギャク読んでひーひー言って笑ってる姿見た時に引いたもん」
誰だったかなぁ~と椙山を見ると
「楽しいは正義だろう?」と意味不明な持論を繰り出した。
ちょっと、いやかなり飲みすぎかもしれない。
「世代の溝は酒で埋めましょう」と八坂さんがコップに日本酒をついでくれた。
香取くんが五徳を取り換えて鍋を置いて
「このフェイクもしばらく使わないことになればいいなぁ」という。
そういえば見張られていた時とは家の玄関付近の空気の重さが軽くなった気がする。
すきやきをつまみにお酒を呑みながら私たちは自己紹介とか、前世の話とか今生の能力や仕事について自己紹介のように話し合った。
八坂さんと私達紀尾井町組はもう気ごころ知れているから、これは椙山に知ってもらうための会だと思っていたけど、改めてこうして話をすると新しい発見だとか、知らなかった特技なんかも見えてきて新鮮だった。八坂さんが思ったより若かった件は弟たちも驚いていたし、鳳編集長の行いについても驚いていた。
「ぶっちゃけその鳳さんって人は信頼できるんですか?」
香取くんが身を乗り出して聞いてきた。雪哉が現在進行形で苦労しているので気になるのだろう。
「鳳さん?信用しない方がいいよ。吉原健吾も信頼しない方がいい。ただ、二人は俺たちより姫野りかと繋がりのある人たちだ。だから協力は必要だし信頼しているふりも必須だ。だから明日から作戦会議をして、誰に、どの情報をどの程度見せたり隠したりするか決めないといけないと思う。作戦会議が終わるまで俺と八坂さんはここに泊めてもらうことになるが構わないか?」
「どうぞどうぞ!一部屋空いてますので……」
香取くんは社交性の高さを発揮しているけど、雪哉は今日は特に口が重いようだ。
「じゃあ俺はそこに泊まらせてもらうんでいいか?」
八坂さんが普段使っていない部屋の襖を開けて確認している。
「布団は押し入れに入ってます、行燈は……」香取くんが八坂さんに説明をしながら
「あっ、でも布団は1部屋に1組しか用意してなかった」と困った顔で呟く。
それを聞いた椙山が
「じゃあ俺は綾の部屋で一緒に寝るんでいいな?」と満面の笑みで答える。
その瞬間雪哉と香取くんの笑顔が凍った。
「僕はいつも姉さ……綾と寝ているので、僕が一緒に寝ます」
意を決した風に雪哉が否を唱える。
「雪哉くんは誰かと一緒じゃないと寝れないの?じゃあ俺と一緒に寝る?」
と椙山がしれっと言うと雪哉が
「いえ、そういうわけでは……」とたった一言で心を折られてしまっている。
「私弟と寝ますので彰人さん私の部屋で寝てください」
心を折られた雪哉がかわいそうになって私が味方をすると
「綾、何言ってんの?綾が基本ここに住むなら俺に味方しないと連れて帰るよ?どうする?弟と一緒に寝て、会議が終わったら俺と上野に帰る?」
「……彰人さんと寝ます」
あっけなく論破されてしまった。
ここにいる間は何もしないでもらわないといけない。
もし仮に静寂の中、この人たちになにか聞こえてしまったら居たたまれない。
弟たちは下を向いてしまっている。
八坂さんは気の毒そうにみんなを見て言った。
「さぁさぁ、眠くなるギリギリまで呑んで眠くなった人からぱっと寝ましょう」
どんな集まりの中でも大人が一人いるとうまく回るよね。
と八坂さんを見て思った。
椙山はふだん完璧なエリートだったのにこんな子供っぽい押しの強さもあったなんて意外だった。ちょっとかわいい。
あれ?でも八坂さんと同じくらいの歳のはずだよね?




