松戸神社の御神木ふたたび
申の刻(20時)に家を出た。
令和ならば宵の口であろう時間だけど、この時代では明かりも少ないのでとっぷりだ。紀尾井町の家から日比谷迄は30分位で着きたいけど、色んなリスクを考えたらまずお堀にでて、お堀沿いに移動したい。この時代の番人はもう三ノ丸には棲んでいないはずだし、ならばお堀沿いに移動すれば、左側は警戒しなくて済むからだ。
袴に縫い付けてある内ポケットに火打石を入れて火の入れてないカンテラを其々に持つ。かなりドキドキするイベントだ。
家をでて2〜3百メートルで既に誰かにつけられている気配がする。まだ永田町を過ぎた辺りなので早くお堀迄到達したい。3人とも無言で全力の早歩きになった。
こんな事なら八坂さんに家まできて貰った方が良かったのでは?
お堀まで到達した時には息切れしていた。はぁはぁする息が白い。広い通りだし、お堀はかなり低いところに水面があるので、とりあえず左側から吹き矢が飛んでくる事はないだろう。この道の先のお堀が左に向かう角が日比谷なので桜田門を過ぎればあとは八坂さんと合流するまではなんとかなるだろう……
と思っていたのに……
桜田門を過ぎた辺りに人影が見えた。
「あれはどっちだ?フツーの人か、隠密か?ゆっきーどう思う?」
「フツーの人がこんなに暗いのに手明かり無しだと思う?ここは銀座じゃないよ?」
まずい。行くてを阻まれる場所に登場なさったよこれ!
左手はお堀、右は広い道、後ろは今来た道……
戻るのは嫌だ。ならば右……
という同じ考えだたんだろうね。三人一斉に右に走ってしまった。後ろに逃げるとはぐれるかもしれないから仕方ないというのもある。
昔、剣道をやっていた頃もあれこれ考えていると大概負けたなぁ。なんて考えながら走っていたら小石につまづいてしまった。私がよろけたのを見た香取くんが小さく舌打ちして敵に向かって突進した。
「ゆっきーは温存しろ!」
懐に手を突っ込んで小脇差を出そうとした雪哉が急いでやめて私の前に守るように立つ。香取くんはそのまま小刀をかざして向かってきた黒装束にピンポイントで雷を落とすと集中豪雨を降らして黒装束を堀に流して落とした。
「クソっ!まだ潜んでいるやつがいたら聖太朗の能力を知られちゃったかもしれない!」
まだ八坂さんの所まで1キロ弱ある。走り切れるのかな……
その時奥の方から黒い塊がもの凄いスピードで迫ってきた。何これ黒装束の大軍?
「稲妻が見えたからもしやと思って急いで来てやったぞ!お前ら早く乗れっ!」
黒装束の大群ではなくて八坂さんだった。
しかも引いているのは内務省で使っている馬が引く事もある屋根付きのヤツだ。
「ありがとう!コレ内務省から借りてきてくれたんだ?!」
雪哉が嬉しそうに「3人乗れるヤツ!」と喜んで私を最初に乗せる。
「借りたんじゃねぇ!戴いてきたのさ。もう戻るつもりないもんでね!」
八坂さんを完全に巻き込んでしまったみたいで申し訳ない……
3人が乗り込むと八坂さんはわざと銀座のガス灯通りを走しった。明るい道を通って追跡がいないか確認しろと言う事なんだろう。追手は見える範囲にはいなかった。
「どう思う?家から付けてきたヤツ1人だったのかな?俺の特殊能力バレたかな?」
「どうなんだろう?僕にはわからなかったけど……」
「しょうがないよ。誰かと戦う必要があるならいつまでも隠しておけないし、わかったからといって対策できるような能力でもないじゃない?それより私は何の能力を願えばいいかな?」
「椙山さんのお勧めは『増幅』か『コピー』でしたっけ?先輩は何ができるようになりたいんですか?」
「私はね、必要な時に必要なものがパッと出てくるのがいいな〜と思ってたんだけどね。武器とか、ライターとか、変装道具とかお砂糖とか……でも、椙山さんのお勧めにした方がいいんだよね?」
「『生成』とか『具現化』とか言われてる能力ですね?お砂糖ってw」
「姉さ……綾が言うのも面白そうだけど、ぶっちゃけ敵をよく知っているのは椙山さんだしね……」
急にみんな黙り込んだ。
私の能力については他人事ではなく、自分たちの戦闘力のアップに繋がるんだから慎重にならざるを得ない。
そういえば八坂さんの、椙山からの伝言はイマイチわかりづらかった。私と椙山の共通の知り合いに敵がいて、いずれその人と戦わないといけない理由があると言っていた。その戦闘に私達の力が必要だという事も。だとしたら内務卿なり、その飼い犬のお庭番なりを操ってでも命とりにきてるターゲットって私じゃないの?だって元凶のそいつは出版社若しくは漫画関係者で、弟たちの事は知らないんじゃない?あっ、でも椙山さんも、弟たちの事を知らないはずなのに知ってたわけだし……うーん。
とにかく私はその元凶……第一容疑者は鳳編集長なのかな?……と対峙した時に有利な能力を得ないといけないわけで……だとすると椙山のお勧めの方がいいのでは?と言う雪哉の意見もわかる……でも……この先も明治にいるんだったらライターがシュッてでてきてくれたら嬉しいしこんなカンテラじゃなくて懐中電灯でてきたら便利だし、戦闘にも使い勝手よさげだし………………だがしかし、編集長と闘える気がしないんだよね。令和でも怖かったのに時代という名のリミッター外しちゃってるんだよ?………………あ〜班長に会いたかった。会って直接話しが聞きたかった。
………………男同士ってどんな感じなのかな。
班長はあんなとこに潜んでるんだから、やっぱり経験あるのかな…………
なんか悶々としてきた。
大学の時の友達(女)が、彼氏が男の娘と浮気した〜って騒いでた時に、浮気相手が男だったらまだ許す的な発言して論議を呼んだ事があった。私はその時、相手が男性なら浮気っていわないんじゃないのかな?とか言った気がする。
今わかった。両方とも絶対に嫌だ!……まぁ私達は付き合ってないんだけどね。
「先輩どうかしましたか?顔恐いですよ」
勝手に想像して怒ってたから変な顔になっていたに違いない。香取くんに心配されてしまった。
「あ、緊張してるとかじゃないよ。男同士ってどんな感じなのかと思って」
あ、しまった!
「せっ、先輩っ?もしかしてヤる気満々?」
香取くんが真っ赤になった。
「姉さんっ!何を口走っちゃってるのっ?独りで椙山さんに会いに行ったらダメだからねっ!」
雪哉、もう綾って呼ぼうともしてないし……
「そうじゃなくて、ほら、八坂さんも蔭間に身を潜めようとしてるから、どんな所か気になっちゃってさ〜あははは……」
恥っず!
油断しすぎた。
八坂さんはさすがの能力で屋根付きの大きな車ひいて体感100キロ以上で飛ばしているので、もう追手は完全に後をついてこない。馬車道を外れてガタガタする道を通って水元の小合溜に引いてきた内務省の車を隠す。そして小合溜から小舟を2隻出してきた。
「残念ながら、俺の人力車は江戸川を越えられねぇ。地図によるとこの辺から船で渡って支流をいけば、支流沿いに松戸神社がある。と地図には書いてあった。戦力からいって俺と香取くん、綾さんと松戸くんで別れて乗るのが、いいだろう?先行は松戸兄弟だ」
「それはどういう組み合わせなんですか?」
八坂さんの考えを聞いてみたくて質問する。
「まず、松戸くんは御神木がどこにあるか知っているし、俺が危険を察知して香取くんに言えば後方から援護できるだろう?それより少しザワザワするんだ。早く川を渡っちまおう」
確かに何か嫌な気配がする。私達は小舟を担いで川縁を走って川に舟を浮かべようとしたけど……
「まて、アレは葦じゃねぇ。水遁だ!舟置く前に香取くん、カミナリだ!」
香取くんが「俺なんかポケモンぽい」と言いながら水面に電撃を繰り出した。
月明かりしかない暗闇が目眩しのような明かりに照らされてた。10人以上はいそうな黒い人影が水面に浮かび上がって浮いている。
「えっ?何これ!待ち伏せされてたの?」
私は急に怖くなって
「危ないなら能力なんて要らないんだけど」
完全に怖気づいてしまった。
「綾さん何言ってんだ! 松戸くん、早く綾さん乗せて先に出て!」
八坂さんに怒られてしまった。
「松戸くん船頭を11時の方角に向けて櫂で漕いで」
「香取くん、舟の方向に強風吹いて」
八坂さんの言う通りに進んでいくと2時の方角の対岸から人影のような気配がこちらに向かってくる。
こちらは必死に漕いではいるけれど、香取くんが八坂さんの微調整の指示で風で川の流れを作っている方が主な機動力だ。
「雪哉、対岸から動いている影って敵だと思う?」
「それ本気で聞いてる?僕能力ないし、両手で漕いでて刀も抜けないし。あ、そうだ、僕の懐に入れてある脇差をとって綾が持っていてよ。剣道部副部長だったんだから素手よりはマシでしょ?」
「……私さぁ、真剣怖いんだよね。持ってるだけで震えるの」
「じゃあ鞘ごと振りなよ。一応妖刀らしいよ」
「私が雪哉の能力奪っちゃってごめん。ん?私の能力?」
フェロモンとやらは今この場で何かなるかな?川の水に手を突っ込んでぴちゃぴちゃしてみた。
だか、何も起こらなかった。
「何やってるんだよ姉さん。支流に入るよ。突き当たりを右に進むと川沿いに御神木たってるから準備して!」
支流に入ると狭い川幅に水量が少ないのか両岸が見上げるように上の方にある。
岸と言うよりは崖のような所から数人の影が見える、と同時にちょうど私と雪哉の頭を目掛けて刀を抜いて飛び降りてきた。
「姉さん危ないっ!」
決死の覚悟で脇差で応戦しようとした時、後ろから強風が吹いて間一髪で黒影は舟の後ろに落ちた。
「ぼやっとしないで、次来るっ!」
さらに数人飛び降りてきたけど、香取くんに邪魔できたのは1人だけだった。私と雪哉の乗っていた小舟は強風と降ってきた黒装束の重みで座礁して崖に激突した。
冷たーーーっ!
よくこの人達こんな水温で泳いだり潜んだりできるね!
「姉さん、崖を走れーっ!」
雪哉は香取くんに邪魔されて崖に激突した黒装束の刀を奪って戦っていた。私達が川の中にいると香取くんには手出しが出来ないらしい。ふと香取くんの方を見ると、凄く疲れた顔をしていて、ドキっとした。
江戸川についてから能力を使いっぱなしになっているけど大丈夫?この能力って無尽蔵ってわけないよね?
「先輩危ないっ!走って早くっ!」
「姉さんもう少しだ!早くっ!」
その時、私の目の前に大男っぽい黒装束が飛び降りて来た。これはヤバい。力勝負じゃ勝てない。
刃を向けられてはいるけど、空中にいるうちは私のほが有利だ。むしろ着地される前に何とかしないと勝ち目はゼロ。私は着地地点を目測してしゃがみ込み渾身の力で相手の脛を脇差で叩きもう片方の足を蹴った。
相手の刃がしゃがんだ私の頭上を掠めていった。
「姉さん上ーーーーーっ!」
雪哉の怒声に上からの敵を想定して仰ぎ見ると崖の真上に金色に光る銀杏の木が見えた。
あれが松戸神社の御神木の銀杏の木!
急がないと光が消える。という事が感覚で解る。
あぁぁ、しまった!どうしよう何をお願いすればいいんだっけ?
「神託を望む者よ早く希望をいいなさい」
それは言葉ではなく感覚として頭の中に響いてきた。
「えっと、私はその時々に必要なものを『生成』というか『具現化』できる能力が欲しいです。あっ、でもどうしよう、『増幅』とか『コピー』とかも必要らしいので、うーん……でも『増幅』……
バフ、デバフは私には使いこなせないんだよね。そういうのは雪哉が得意だったから『増幅』は雪哉が貰えば良かったのに!私は無理かなー……えっと、『コピー』。『コピー』はいっそのこと、この脇差にあったらいいのにね。やっぱり私は『生成』で!ファイナルアンサー!……あ、でもその『神託』の能力は無尽蔵なの?」
はっきりしない頭を捻っていたら松戸神社の鳥居の影からさらに1人の黒装束が飛び降りてきた。
さっきと同じようにすかさずしゃがんで迎撃をくりだす。背、小さくて良かった!
御神木に着いたのにまだ敵が降ってくる。しつこい!
「もういいよ!」
と叫びながらそいつの弁慶の泣きどころを脇差で叩いて転がすと、御神木のいちょの木がぼうっと光を増して
「神託の力は心力によって増幅する」
という感覚が流れ込んできて、銀杏の木から光が消えた。
「あっ、えっ、ちょっと待ってーーー私に神託下さい〜!」
なんてことだ!神託貰い損ねた!
「先輩ー!」
香取くんが走って私が座り込んだ崖の途中迄きてくれた。
「香取くん、どうしよう……ミッション失敗……」
「何言ってるんですかミッションって!それより、何をお願いしたんですか?御神木の光が先輩だけじゃなく、雪哉にも届いてましたよ?」
「えっ?私何も頼んでないよ。考え事しているうちに終わっ……あれ?ファイナルアンサーとか言った気がする……あ、私っ『生成』をお願いしたかも」
「何か想像して作ってみて下さい」
「どうやるの?」
「念じて想像です。最初は指さしたりするとやりやすかったですよ」
私は川の水面を指差して
「モーターボート」と呟いてみた。
なにも起こらなかった。
「先輩、想像ちゃんとしてますか?」
「あ、そっか」
指でモーターボートの形をなぞるようにして
「モーターボート」と呟いた。
なんと私が想像した通りの4人乗れるくらいの大きさのモーターボートが現れた!
「おおっ!」
「これに乗ってとりあえず早く帰ろう!」
私と雪哉はびしょびしょで震えながら神社の社に向かって
「安全になったらゆっくり参拝に来ます。ごめんなさい」
と言ってボートに乗り込んだ。
「綾先輩、はやく動かしてみて下さい!」
香取くんがワクワクしながら言うが、申し訳ない。モーターボートの動かし方なんて知らない。
「ごめん動かし方わからない。雪哉わかる?」
「わかんない……バイクと同じかなぁ……」
いきなりやっちまった。
「仕方ねーな。元海軍の俺が運転してやるよ」
「何から何まで本当にすみません。今回は本当に八坂さんがいてくれなかったらダメでした。私が神託得られたのは八坂さんのおかげです」
「俺は椙山さんに惚れたんでしばらくあそこでやっかいになるからな。惚れたっつても綾さんが心配する方じゃないから大丈夫だ」
そうして帰りもすっかり八坂さんにお世話になった私達は無事1時間後には紀尾井町について、急いで雪哉と一緒にお風呂に入って一緒に寝たけど次の日には熱をだした。
「八坂さんは今頃、椙山班長と一緒なのかぁ……心底羨ましい……」




