妖刀
斎藤一は池田屋襲撃事件の時、名刀 鬼神丸国重を用いたとも関孫六を用いたとも云われているが、両方とも長刀だった気がする。なぜ脇差なのだろう?
「姉さ……綾っ!」
「雪哉!」
斎藤一のあまりのかっこよさに見惚れ過ぎて、最愛の弟が目に入ってなかった……猛省。
弟との再会に涙している間に斎藤一は越後屋後藤を捕縛して、自称御庭番の翠龍もあっさりねじ伏せた。
翠龍は力自慢と言いそうな雰囲気の体型だけど、力で押し負けたらしい。
さすが斎藤一だ。
いや、呼び捨ては失礼だよね。
斎藤一殿?斎藤一様……うん。様の方が似合うね。
「さすが今年、警視局の警部補に昇進しただけある手際だな」
香取くんが私を後ろ手で引き寄せながら呟く。
「綾乃介殿大丈夫でしたか?」
「斎藤さま、助けて頂きありがとうございます」
「早々に家に戻り休みたいと思われるが、もう少しだけお付き合いいただきたい」
そう言うと斎藤氏は捕縛された後藤と翠龍をすぐに連行せず尋問を始めた。
先程凄じい威力をみせた脇差を鳩尾に突きつけながら
「誰の指示だ?」と問い質す。
後藤はきょどきょどと狼狽はじめたけど、腐ってもお庭番である(らしい)翠龍は死んでも言わないという顔だ。
「斎藤さま、そいつは御庭番で、大久保利通内務卿に頼まれた。と言いました」
私の告げ口とは無関係に後藤が口を割る。
「大久保さまに呼ばれて紹介された小早川という者に頼まれたのでございます。松戸雪哉の家の者を拉致しろと。頼まれた場には大久保さまは席を立たれていらっしゃいませんでした。私は米を扱う問屋を営んでいまして、大久保さまにはかなりの資金を融通させて頂いています」
お金を工面しているだけで企だてには参加していないと主張する。
どっちにしてもアウトやん。と思うのは私が平成生まれだからなのか……
後藤は豪商だったらしい。
だから越後屋っぽかったのか……
それより、内務卿の資金源って事?
「内務卿に金を貸しているというのは本当か?」
斎藤氏もそこにひっかかりを覚えたらしい。
「本当でございます。維新をあの方の理想の世にするためには資金が足りず、私財を持ち出されているのでございます。そこにいる御庭番も大久保さまの密偵として動いていますが、報酬は私が出しているのでございます。」
越後屋後藤が翠龍に一瞥をくれると、翠龍は激昂した。
「貴様!余計な事をペラペラと!」
翠龍は瞬時に縄抜けして立ち上がり後藤に向けて吹き矢を放つと、開戸を開けて逃げ出した。
今まで見ていたダメダメな雰囲気は全くなく忍と呼ばれるに相応しい敏捷さだ。
私はまるで時代劇でも観ている感覚で間抜けな顔をしていたのだと思う。
翠龍は、「牽制するにはちょうどいい」と言い捨てて
屋外に逃げながら私に向けて吹き矢をかまえた。
「姉さんっ!」
「先輩っ!」
「綾乃介殿っ!」
長刀に慣れているはずの斎藤氏が脇差を振り抜いたが、到底届くはずもなく……
同じタイミングで放たれた香取くんの雷も、周りで控えた警官隊に遠慮して威力も低く……
二人の攻撃は当たらなかった。
そう見えた。
雪哉が,私の腕を引き私の前に出たところまでは見ていたが……
警官隊が口々に「なんだこれは!」と叫んでいる。
雪哉の背中から覗くと翠龍が焦げて倒れていた。
「何が起こったの?」
「エンチャント……」雪哉が、私に答えるともなく呟いた。
「エンチャントってなんだっけ?」
私の質問に、雪哉がはっとした顔でこちらをむいた。
やっぱり返事じゃなかったのか……
「あの、ほらゲームとかで特殊能力を付与する感じのヤツ!」
「……うん。で、何がエンチャント?」
「え?今の見てなかったの?」
「だって雪哉の後ろにいたから……」
「あ、そか……」
我が家の日常のような間抜けな会話をしていたら、その場にいた全員にじっと見られていた。
あっ、ヤバい!ユキヤとか姉さんとか言い合った気がする。
後で愛称だと言い張ろう!そうしよう!
割と冷静な香取くんの説明によると、脇差が雷を纏って斬撃が放たれ、稲妻の蛇のようなうねりになって翠龍を攻撃したらしい。
翠龍は死んでしまった。
振り返ると後藤も吹き矢をこめかみにうけて死んでいた。
現実を受け止めきれなくてボーっとしていると雪哉に肩を掴まれた。
支えてくれているつもりらしいが、目がギラギラしていて鼻息も荒く、
「妖刀すげぇ」と呟いた。
香取くんはやっぱり冷静らしく、斎藤氏に『警官隊に今見た事をくちどめするように』と頼んでいた。
斎藤氏は、気心のしれた数人の精鋭を連れ出しただけだからこの一件ごと緘口令を敷くことに決めたらしい。
黒幕が内務卿の関係者ならば知らないことにした方が良さそうだと判断したためだ。
警官隊はそれぞれ帰って行き、私たちは斎藤氏をつれて我が家に帰宅した。
久しぶりの我が家!
まだ一月も住んでいない我が家だけど、心の底から安堵した。
さて、この特殊能力を斎藤一氏に何て説明するの?
というか、どういう経緯で彼が助けに来たんだろう?
「真ん中の部屋」に斎藤氏を招いて雪哉が淹れてくれたお茶を飲む。
番茶だけど無茶苦茶美味しい。
数日ぶりに飲んだお茶に感激していると雪哉が突然語りだした。
「実は斎藤殿にはすべて話した!誤魔化したり嘘吐いたりしていたら辻褄が合わなくなった時に信頼関係が崩れるから」
「全部って?」転生も含めて?という意味で雪哉に聞くと
「全部!僕達が令和で殺されたところから全て!」
「それを信じたんですか?」と香取くんが斎藤氏を見る。
「さすがに何を言っているのかとは思ったが、作り話にしては整合性がとれているし、本当に妖刀ならば扱ってみたいと思うだろう?さっきのあれをみたら全て本当の事なのだと納得した」
「その妖刀って……何なの?
雪哉が私が拐われた後の事を語りだした。
八坂という人に、妖刀に見えるが剣の達人じゃないと使いこなせないだろうと言われた事、警視局で頼んで稽古を見学させてもらったら斎藤一氏が稽古をつけてくれた事、斎藤一氏がその『妖刀かもしれない小脇差』を振ったら凄い威力になった事、私の事を聞かれ正直に答えて相談した事……
だから助けに来てくれたんだね。
「その八坂って人には湯気を纏っているように見えたのか。自分には見えないけど先輩見えます?」
「私にも見えないよ。というか、八坂って……有名な神社あるよね。その人は幕末の生まれなの?その人の特殊能力だったりしてね……」
「え?」
「あっ……そうですよね。自分と雪哉がここに来て、で綾先輩も来たんですよ!他にも来てる人がいるかもしれないって事ですよね?何で今まで気づかなかったんだろう」
「もしその……妖刀?……が、他の人の特殊能力をエンチャントするんだったら、能力を持つ人は知っていた方が良くない?椙山さんも絶対にどこかにいると思うし!」
「すまない。話しが半分位しかわからないのだが、香取殿ができるのは雷だけか?」
斎藤氏もわからないと言いながらも、少し興奮した顔をしている。
「いえ、自分は雨も雪も嵐も天候ならすべていけます」
「それは是非見てみたい!」
タイミングよく天井でビー玉が転がった。
雪哉と香取くんがニヤっと笑う。
「聖太朗雪ってどうだと思う?」
「雪哉奇遇だな!俺も同じ事を考えていた!」
いつものように裏庭に続く襖を開けながら走る。
「いくぞ!抜刀しろ雪哉!」
「応!」
追い詰められ行き場を失って切りかかってこようとした黒装束に向かって吹雪を纏った刀身が振り下ろされる。
畝る蛇のような吹雪が黒装束を飲み込み、氷ついた。
「おおっ!」
興奮した斎藤氏が私の手を握った。
「……このしょっちゅう番人が侵入してくるのって、小早川って人のせいでは?」




