黒幕は誰だ!
見張りのお庭番が英語をたしなむ程度にわかると言っていた。
でも、私たちの会話の中にわからない単語があっても
「それはどういう意味だ?」とは聞いてこないから、むしろ香取くんとの日常会話は気を使わなで話せる事に気づいた。
チーズバーガーとか、スカイツリーとか、ナイトプールとか言っても絶対わからないだろうし、わからなくても説明する必要がらないから。
なので、わざと英国で、
『雪といったら雪だるま、雪だるまといったらバケツ……』
のような言葉遊びをして時間をつぶした。
正確には、『暇だから言葉遊びをしている』風を装い、わざと番人の知らないだろう単語を連ねて情報を交換したり共有したりできるということに気づいた訳だ。
単調に繰り返される単語だけのやり取りに、番人の彼は飽きて耳がヒューヒューという顔をしている。
きっと言葉のわからない外国でラジオきいてる感じなのだろう。
飽きて夜は早めに居なくなった。
一日中喋り続けて、私と香取くんも疲れた。
少し眠くなってボーっとしていると外で猫が爪を研ぐような音が聞こえる。
疲れて仰向けにゴロっとした香取くんが音もなく腹筋だけで起き上がり外の様子を伺うと、徐に簀子を引っ掻いたり軽く叩いたりし始めた。
何事?
あ、もしかしてモールス信号?
期待で震える腕を両手で押さえて香取くんを見ると、私の方を向き満面の笑みで頷いてくれた。
雪哉!
無事で良かった!
ここを発見してくれたんだね!
嬉しくて涙が溢れる。
ずっと胸にこびり付いていた汚れのような感情が綺麗に洗い流されて、まだ頑張れる!と思えた。
香取くんが短いやり取りの後 微笑みながら立ち上がり、
「先輩、自分厠使います」と言いながらウインクした。
あ、雪哉に声を聞かせたいんだね。
嬉しくてうわずりそうな声を深呼吸して抑える。
「わかった、反対向いてるね」
香取くんに微笑み返すとニヤっとしながら
「一緒にツレションどうですか?男の特権ですよ」
いつもの軽口をたたく。
「もう、勘弁して!」
見つめあいながら2人で盛大にニヤニヤした。
その夜は雪哉が無事だとわかったせいか久しぶりによく眠れた。
夢に愛しい班長の椙山がでてきて、作家から届いたばかりの原稿をみせながら私に説明する。
「ラスボスにこのセリフを言わせると弱そうになるだろう?だから腹心の手下が勝手に行動したという設定に変えたんだ。そうする事によってオチであるメインディッシュがより美味しそうに見えると思わないか?」
「メインディッシュ……ですか?」
「そう!ストーリーのオチの部分はメインディッシュだから、エピソードとかサブキャラとかセリフで味付けしたり副菜を増やしたり減らしたりする事によって同じ料理でもうんと美味く、つまり面白くなるんだ!ラスボスの名を利用した腹心が前哨戦で、ラスボスだと思ってたキャラが実は傀儡でもっと悪い組織に操られていたなんていう付け合わせはベタだけどアリだろう?付け合わせというより隠し味か?」
どっちだと思う?と優しく微笑む彼に触れたくて心が痛む。
与謝野晶子の「さびしからずや道を説く君」ってきっとこんな感じなんだろう。
「椙山さん……」
自分の寝言で目が覚めた。
「椙山って一緒に死んだ、好きだったヤツですか?そんな切なそうな声で……どんな夢見てたんです?!」
朝から機嫌悪そうな香取くんに話しかけられた。
「えっ?いゃあ、そんな色っぽい夢じゃないよ。残念ながら……」
香取くんにメインディッシュの話しをしてみた。
「……」
「あ〜ごめんね。仕事の話しなんて興味なかったよね?」
どんな夢か聞かれたから答えたのに……
「そうですね。先輩!」
「何が?」
「つまり大きな組織ほど一枚岩になるのは難しいって事です」
「ごめん、寝起きで頭がはっきりしないから何言ってるのかわからない」
「内務卿の名前がたくさん出すぎて不自然だと思ってたんですよ。内務卿の腹心が勝手にやってる可能性も、なんなら内務卿が誰かに何か言われて協力……って事もあるのでは?自分を拷問したヤツ、越後屋っぽい後藤ってヤツ、御庭番の翠龍、みんな少しづつ話しがズレていて1人の上役の号令と思えなくてモヤモヤしてたんです」
「つまり内務卿は?」
「内務卿をメインディッシュだと考えてみてください。そうすると、メインディッシュと嘯く副菜か、メインディッシュを用意させた誰かが今回の黒幕じゃないかと。目的はわかりませんが……」
「目的……メインディッシュを見せて釣り上げたいか、若しくはメインディッシュを食べちゃって片付けて欲しいとか?」
思わぬことを言われたという顔で香取くんが笑う。
「前者だったらやっつけないと。後者だったら近づかない方がいいですね」
今日は奥の部屋で数人が動く気配があって、見張りがなかなか来ない。
私達の拘束は今、右手首に縛られた縄が杭を回って左手に結ばれていて、右足、左足も同じように縛られている。
排泄に困らないくらいの長さがそれぞれあるので私と香取くんが工夫しあえばギリギリ触れられる。
なので、見張りがいない時を狙って二人で協力して結び目を解いて、バレないようにすぐに解ける結び方に変えてある。
大久保卿に会わせろと言ってからすでに2〜3日たっているけれど、会わせるとも会わせられないとも言ってこない。
ならば私達の拉致は誰に利のある事なんだろう?
仮に逃げたら黒幕の手下が始末しにくるのだろうか?
『言う通りにするよ』と言っているにも拘らず放置されているところをみると、大久保卿は黒幕じゃない気がする。
だって連絡系統が雑魚すぎるでしょう。
夕方になってやっと越後屋と呼んだ方が似合う後藤がやってきた。
「内務卿にはいつ会えるんですか?もし英国側に潜入捜査するなら、ここに監禁されてる意味ないですよね?」
後藤が越後屋スマイルでいけしゃあしゃあと
「内務卿は京都にいるので、まだ連絡がつかない」と言う。
は?まだそんな事言ってるの?
「大久保卿はもう戻ってますよ。それは翠龍っていう御庭番も認めました」
香取くんが呆れた顔を取り繕いもしないで言う。
越後屋後藤が茹でたての蛸のような顔で目をぎょろぎょろさせ
「なんだと?!おい、翠龍っ!来い!」と怒鳴る。
翠龍が「うるせーな」と言いながらやってきた。
翠龍は内務卿の指示で云々と言ってたけど、どうやらこの二人に主従関係はないんだね。……というか越後屋後藤、バカにされてるっぽい……
二人が言い争いを始めたその時だった。
もの凄い衝撃と共に外につながると思われる開き戸と戸板が叩き切られた。
大剣位の威力で切られた戸板の向こう側には、短剣か脇差かと思われる短い刃渡りの剣を振り下ろした姿が土壁の煙の中に霞んでいる。
誰?と目を凝らそうとしたが香取くんが自分と私の縄を秒で解き、私を守るように抱え込んだので誰だか確認できなかった。
相変わらず、素晴らしい反応速度だ!
「助けにきたぞ!綾乃介殿!」
その声でやっと凄い威力で戸板を叩き切った人が誰だかわかった。
「斎藤一さん……」
かっ、かっけぇ〜!!!!!




