【Side】松戸雪哉 ~拐われた姉 その2
庭におりて小脇差を抜いて振ってみた。
……何も起こらない。
剣道の素振りを思い出して掛け声付きで力一杯振ってみた。
……清々しい程何も起こらない。
木の手前で振ってみたらブワってなって木を薙ぎ払うみたいなのできないかな?
……葉っぱが2枚ほど落ちただけだった。
ん〜
八坂さんは湯気のようなものが見えると言ってたけれど、自分には何も見えない。
「これは御神木が教えてくれた角度にあったんだよね?同じ光が現れて取れという感じだったよね?」
これを持てば戦闘力が2上がりました。
なんて しょっぱいレベルアップだったら哀しい。
「攻撃力がほぼない僕が2上がっても、しょっぱすぎる場合どうしたらいいんですか?神様!」
そもそもこの刀が妖力なり神力なりを持っていたと仮定しても、『それなりの使い手』じゃないから無駄なんだろうか?
よし!剣の達人になろう!
……なれたらいいな
……絶対なってやる!
剣の鍛錬をするには道場を探すべきかもしれないけれど
まずは達人の技が見たい。
完成形を頭に入れてから訓練すると近道というし。
そういえば、姉と香取くんを拉致したのは
内務省だと思い込んでいたけど、敵は一体誰なんだろう?
内務省はこの国最大の組織だ。
今年(明治10年)の最初に警視庁も警視局とされ内務省に含まれている。
つまり、敵が誰かによっては
「お巡りさ〜ん」と言っても無駄なわけだ。
香取くんを拉致したのは姉と同じ犯人じゃないかというのもただの憶測だ。
その夜。
八坂さんに教えてもらった姉の監禁場所に向かった。
もし八坂さんが敵だった場合は罠かもしれないが、大事な2人を拐われて尻込みしているわけにはいかない。
その武家屋敷の離れには行燈が灯されているようで、屋内には数人の気配があった。
八坂さんが言う通り外に見張りはいないけれど、屋内に見張りがいるかどうか。
そして、姉が本当にいるか、香取くんも一緒なのかはわからない。
トンツーツーツートン……
爪で軽く木を引っ掻いたり叩いたりしながら小さい音でモールス信号を送ってみた。
すると中から同じように爪で引っ掻く音が微かに聞こえてきた。
それは、普通のモールスではなく、アルファベットの方で、ゆっくりと間隔をあけながらの返事で……
「2人とも無事、内務卿の番人が見張りで他の部屋にいる。そいつは英語がわかる。もう少し探りたいからここに残る」
という内容だった。
良かった!2人が一緒にいるならきっと大丈夫だろう。
できれば声が聞きたい。
そう思った時
「先輩、自分厠使います」と言う声が聞こえてきた。
「わかった、反対向いてるね」
「一緒にツレションどうですか?男の特権ですよ」
「もう、勘弁して!」
いつもと変わらない2人の穏やかな会話がきこえてきた。
それは2人が、
『こっちは大丈夫だから』と伝わるように気を遣ってくれたのかもしれないけれど、
『そっちも頑張れ』と言われているような気がした。
家に戻り、食べ物、飲み物、脇差を持って蔵の隠し部屋にこもった。
大事にあたり、自分1人で考えて行動するのはとても勇気のいる事だと知った。
「2人が帰って来るまでここで過ごした方がいいな」
今僕が拉致されれば二人の足を引っ張ってしまうから。
姉と香取くんは自分達が囮になって首謀者を炙り出そうしている。
あの状態ならば、夜中に僕一人でも特効すれば、連れ戻すことはできた。
香取くんを屋外に引っ張り出せばいいだけだから。
でも首謀者と目的がはっきりしなければ、また同じ目にあうし、2回目は無事でいられるかわからない。
相談できる人が欲しい!
できれば味方になってくれる人。
香取くんがモールス信号で
『内務卿の番人が……』と言っていた。
でも、犯人が内務卿とは言っていない。
仮に内務卿だとして内務省全員が敵なのかといえば、そんな事もないはずた。
だって内務卿、大久保利通は暗殺されるのだから。
「あれ?それって来年だよね?たしか犯人は加賀藩士。陸軍の軍人もいたはず」
いや、待て待て、そいつらに関わるのは危険だ。
来年、大久保卿が暗殺される『紀尾井坂の変』はこの近くでおこる。
関与を疑われたら処刑されかねない。
いくら自分が通り魔に殺される直前に習ったとはいえ、犯人の名前まで覚えているわけがない。
誰に近づいても大丈夫で、誰なら危ないなんて判断は無理ゲー過ぎるだろ!
逆に今 確実にしなきゃいけないのは、この小脇差(妖刀かもしれない)を使いこなす努力だけじゃないか……
陸軍の中に接触したらいけない人がいるなら寧ろ警察か?
西南戦争で警官隊も派兵されたんだっけ?わっかんねぇ~
まぁいいや。
内務省の知り合いに頼んで警官の訓練を見学させて貰えるように頼もう。
サーベルだけど真剣だし。
姉と香取くんの無事を確認できて安心したせいか、久しぶりに泥のように寝た。
翌朝は普通に内務省に赴き警視局の担当者を捕まえて訓練の見学をさせて貰えるように頼んだ。
広い道場のようなそこは懐かしい匂いがして、竹刀、木刀、真剣に分かれて訓練する人達がいる。
「では、剣の鍛錬を見学させて頂きます!」
そう言って真剣の稽古の一角に向かおうとすると
「待て!」
と誰かに声をかけられ、振り向くとそこには斎藤一がいた。
「先日は大変失礼した。見学するなら稽古をしてみてはどうだ?私が先日のお詫びにいろはのいから教えても良いが?」
「えっ、まさか、良いのですか?」
先日のお詫びとは彼が姉に沖田総司と間違えて抱きついた事件だろう。
あの時は大変だった。
斎藤氏が姉のフェロモンで酔ってなかなか離してくれなかったから……
その元々の原因作ったの僕なんだけどね。
寧ろごめんね………………なんて絶対言わないけど。
だってこんな剣の達人に教えて貰えるなんて!
雪谷神社の御利益かもしれない!どーんと乗っかろう!
「ご指導宜しくお願い致します!」
※豆知識
明治10年、和文モールス符号は日本に入ってきていますが
現在のものとは違うようです。
欧文モールス符号の方が日本に入ってくるのはもうすこし先なようです。




