強制イベントが始まってしまった!
私をペロペロした香取くんがこの世の終わりみたいな顔で家を飛び出した後、消息不明になった。男同士の接吻がトラウマで戻れないのかと思ったけれど、その直後、家にも賊が入ったので香取くんは何者かに連れ去られた可能性が高い。私は2人の力作である隠し扉ならぬ隠し穴からのエスケイプで無事に脱出&雪哉に会う事ができた。
心配症の雪哉が香取くんを心配をしてイライラしてるし、私だってかわいい後輩が心配でたまらないけれど、何の情報もないので手の打ちようがない。雪哉には、わんこ風ペロペロの話しはしていないので、何かに気づいた香取くんが家を飛び出したのだと思っているようだ。
夜になり朝になっても香取くんは帰って来なかった。無駄だと知りつつ、私は雪哉と二人で玄関の外に立って表通りを眺め 香取くんが帰ってくるのを待っている。何の手掛かりもなく途方にくれていると、家の前に屋根付きの人力車が止まった。
「あ、もしかして!」
香取くんが帰ってきたのかと私が通りに出ようとした時、
「姉さんダメだ!」
雪哉が叫んだけどれど遅かった。扉が開いて中にいた誰かに強く腕を引かれて中に連れ込まれてしまった。私は猿轡をかまされ紐で縛られ目隠しをされる。
迂闊だ。
迂闊すぎた。家に賊が侵入する経験を二度もしているにも拘らず、まだ平和ボケがなおってなかった。恐怖と後悔と自己嫌悪で頭の中はぐちゃぐちゃで知らない間に意識が暗転していた。
目が覚めると縄で縛り上げられ土のような感触の上に転がされていて寒さからか怖さからか身体が小刻みに震えている。顔にはマスクの様な布を掛けられていて、かろうじて明暗は判断できるけど、どうにか取り払いたい。口の少し上迄かかっている汚い布を、あむあむと表情筋でずり下げ、口に届くとさらに咥えてひっぱりながらずり下げた。
目が見えるとそこには顔が腫れあがり身体は血だらけになった香取くんがいた。血の気が引いて頭が真っ白になる。
「香取くん?!だ,大丈夫?無事っ?」
「あ、あやせんぱい……」
「何があったの?どうして血だらけ?」
「...拷問されました」
「なんて事を!!」
私は腑が煮えくりかえる怒りを覚え、少しでも香取くんに近づこうとズリズリ動いた。手足は縄でどこかに縛られているけれど、ある程度移動できるようだ。
「誰にこんな事を?」
「わかりません。でも政府関係の人間ではないでしょうか。指示してる奴が薩摩訛りでした。綾先輩も拐われてしまうなんて!全部自分のせいです。申し訳ありません」
「拷問はなんで?何の自白を強要されたの?」
「自分には何を言ってるかわからない内容でした。もし主犯が明治政府関連なら、雪哉が何らかの陰謀に巻き込まれたのかもしれません。たぶん拷問の達人がいます。『こいつは知らないみたいだ』と指示してるヤツに話しているのが聞こえました」
香取くんは片目が腫れあがって見えていないようで、試合後のボクサーのような顔をしていた。口の中も腫れているのか切れているのか、話す度に唇から血が滴り落ちる。よくみると手も血だらけで爪を何枚か剥がされたのかもしれない。
「知らない事を話せって拷問されるなんて!」
私は香取くんの受けた理不尽と自分の無力さに涙が溢れた。
悔しい!
香取くんが家を飛び出す前に何とかするべきだった。こんな事なら、何でもいいから能力を授かるべきだった。後悔で息が詰まりそうだ!
「綾先輩!静かに!もし連中の狙いが雪哉だった場合、我々は人質って事てしょう。チャンスがあった時の為に、なるべく無傷で体力温存しておく必要があります!」
私は泣きながら何回も頷いた。
香取くんの忠告も少し遅かった。私達の声が聞こえたらしく、一人の男がやってきた。
「あぁ、お前もやっと起きたんだな」
よくドラマで見るいかにも下っ端の悪役面の男がしゃがみこんでヘラヘラ笑う。
「にぃちゃん女みてぇな顔してんなぁ。肌もキレイそうじゃねぇか、本当に男か?」
悪役面に袴を脱がされ着物のまえをはだけさせられる。
「なんだ……本当に男かよ!けっ!」
私は確かに今生では男だけど、意識は20年以上女だった!羞恥で顔が真っ赤になると、ふと昨日の香取くんペロペロ事件を思い出してしまう。
あの時私の息がかかった香取くんが意識をなくして奇行に及んだよね。もしかして……いやでも、こいつに試すのはヤバ過ぎるし……ん〜でも、いざという時の為に試して把握しておきたい。
私は私の胸元をはだけさせて覗き込む男の顔にふっと息を吹きかけてみた。
「あぁ?なんだぁ?」
悪役面が急に酔ったようにフラフラになった。立ち上がりそこねて仰向けにひっくりかえり、眠ってしまったようだ。私はクロロフォルムかw でもこれは使いようがある力じゃない?
「あや先輩、今何を?」
香取くんが腫れた目を見開いて私を見た。
「いや、実は昨日香取くんに私の息がかかった途端 意識が変になった様に感じたから、ちょっと試してみたかったというか……変な事思い出させてごめんね。雪哉にも話してないし、あれはなかった事にするから安心して」
「雪哉に内緒にしてくれてありがとうございます。でも先輩は忘れないで下さい。チャンスがあれば自分が命をかけて先輩をお助けします!だから……もし自分が死んでも……先輩は自分のこと忘れないでくれたら嬉しいです」
「何言ってるの?!縁起でもない事言わないで!」
心臓が嫌な音をたてて跳ねた。かなり酷い怪我をさせられているけど、内臓とかは無事なのかな?
あぁ神さまっ、香取くんを助けて下さい!
私が大きい声をだしてしまったからか違う輩が来てしまった。絵にかいたような悪役面の二号と三号だ。
「おい!うるせぇぞ!」
「なんだぁ~?、イチタローの奴、男の袴脱がして気絶してるぞ!男色家か?こいつ!」
「お前コイツに何かしたか?」
私は悪役面二号に問われてフルフルと首を振った。
「へぇ、女みたいな奴だな。お前が男色家でこいつ誘惑したのか?」
私はさっきより強めに首を振った。冗談じゃない。
もし椙山班長が男で転生していたら男色になる未来もあるかもしれない。だがしかし、相手がこいつなのは勘弁!
「じゃあ、なんで袴脱いでんだよ!」
「手足縛られてるんで、自分では脱げません」
私の返事は悪役面三号の気に触ってしまったらしい。
「何を言い返してんだ?生意気な餓鬼だ!」
悪役面三号は言い返された腹いせに私の顔を汚い足で踏みつけた。
「……っ、うぅ……」
「やめろ!その人に触るな!乱暴なら俺にしろ!」
「香取くんやめて!香取君がそれ以上何かされたら私もう・・・」
悪役面三号が嫌な笑いとともに香取くんを振り返ると
「ははははは、男色はお前だったのか!おもしれぇ。ここでその女みたいなにぃちゃん襲ってみろよ。そしたら手の縄だけ解いてやるよ!」
なんて下劣な人間なんだろう!この時代では普通なの?いや、令和にもいたかもしれないけど。香取くんが逡巡しながら顔を真っ赤にさせている。
やめて!香取くんが赤面して血行がよくなったら出血が増えちゃう!……あ、いや、そうじゃない。
舞い上がってないでもっと建設的なこと考えよう。もし、口車にのったふりをして縄を緩めてもらえば香取くんだけでも逃げられるかも。その方が能力使える空のある場所に移れるかもしれない。
私は小声で香取くんに「be deceive」とつぶやいた。香取くんがびくっとした顔でこちらを見る。
「わかった。この人とヤればいいのか?」
香取くんがうつむいたままそう答える。嘘のつけない子だ。棒読みすぎw
私はできるだけ物欲しそうな眼をして
「おねがい。私、屋外じゃないと興奮しないの」と言って二号と三号にまとめて大きく吐息を投げた。
二号がやや興奮した面持ちで
「こんな状況でその気になるなんて、にぃちゃんもしかして男娼か?肌キレイだしな」
といいながら引き戸を開けようとした。ここが普通の土間ならば戸を開けた先は空が見えるかもしれない。
よし開けろっ!
香取くんがスタンバイOKとばかりにこちらを見てにっこりと笑う。二号と三号は少し離れていたので私の息がどの程度かかったのかわからないけど、少し判断力の弱まった顔になっている。よっしゃこれ、私 ここ(明治)にきて初めて役に立ったかもしれないカンジ?もうすこし!早く開けろっ!
「やったか?」
と思ってしまった私がアホだった。
「何をしようとしてるんだお前ら!」
今度は悪役顔ではなく、身なりのいい強面が出てきてしまった……
明日以降にイラスト追加すると思います。
9/24イラスト追加しました。
10/29 誤字脱字、わかりにくい言い回しを改変しました。