【Side】香取聖太朗 ~明治に転生した俺
俺は 香取聖太朗享年18歳。
一緒に死んだ 松戸雪哉くんには「セータ」と呼ばれていて、俺は松戸くんを「ユッキー」と呼んでいる。気やすい仲だ。
ユッキーとは学校の剣道部で仲良くなった。ユッキーは真面目で大人しく、でも男気のあるやつだ。それに対して俺は妹2人の3人兄妹で、女の本性を見て育った長男なので女子の扱いには慣れている。それが原因かはわからないけど、よく『ちゃらい』と言われてしまう。
だがしかし彼女がいたことはない。
隣のクラスにいる校内ナンバーワンの真希ちゃんも好きだし、予備校で一緒の心愛ちゃんも好き。どっちでもいいから彼女になってくれないかなぁ……真希ちゃんは俺と同じ予備校に通っていて心愛ちゃんとは仲良だ。どちらかに告って玉砕したら2人ともアウトだろうから、当たって砕けることもできない。
もう一人、剣道部の副部長の綾先輩も真希ちゃんと心愛ちゃんの次に好き。
袴姿で姿勢良く立ち、キリッとした目で見つめられると思わず下半身に血液が集まってしまう程に好きだと言える。俺は浮気者のカテゴリーに入るのだろうか?いや、誰にも告ってないし、妄想で抱くなんて男なら誰でもする事だろう?
綾先輩が大学に進学してからは、週2日位で稽古をつけに来てくれた。道着の清廉な姿が美しく、きっちりと着ている袴姿が乱れる妄想で俺の「俺」がいきりたつことをやめてくれなかった。
綾先輩がユッキーの姉貴だと知った時には死ぬほどがっかりした。しかもユッキーは自分では気づいてないみたいだが、かなりなシスコンだ。羨ましい。どうせ抱けないなら弟として溺愛されたかった。
その日は予備校で歴史の講義をとっていた。歴史は先週から大政奉還とかの辺りをやっている。
俺の愛しい真希ちゃんと心愛ちゃんは、英文科を受験するらしいので社会科系の講義にはいない。
テンション下がる日だ……
予備校の帰り道、
「長崎の出島ってまだあるのかな、行ってみたいな」
ユッキーがまた変な事言いだした。
「長崎行くんならハウステンボスじゃね?」
「姉さんはグラバー園で夜景見ながら食事したいって言ってたことあったな」
良き!綾先輩と長崎の夜景を見ながらしっぽり……なんて事を考えていたら後ろから女子の悲鳴が聞こえた。振り返った瞬間、包丁持った黒い服の何者かに腹を刺された。ユッキーが折りたたみ傘を鞄から出して竹刀の様に構えたのと、自分がアスファルトに溜まった自分の血の中に倒れ込むのが最期に見た風景だった。
「あ、俺死ぬんだな。ユッキー、俺の敵をとってくれ!」
漆黒の暗闇の中に光が見えたのでそちらに向かって進んでいく。気づくと神社の境内にいた。
なんだ?ここは! この社に閻魔さまがいて天国か地獄にいくのだろうか?
なんとなく入るのが嫌で境内の石の階段に腰掛けて考えた。悪いことはしてこなかったはず。たぶん天国に行ける。でももし、もしもだよ、地獄に行けと言われてしまったら……少しでも時間を稼ぎたい。俺は境内をうろうろしながら半日粘った。
「そういえばこの木 光ってるよな?」ぼーっとした頭で見上げていると、今まで誰も来なかった境内に誰か来た。
「間違ったらごめんだけど、香取くん?」
2,3歳若くなった雰囲気で汚れた袴姿のユッキーがいた。こいつも結局刺されて死んだのか。いくら剣道強くても狂気と凶器には勝てなかったんだな。
ユッキーは自分の身に起こった事を説明し始めた。
ここは令和ではない?
願いが叶う御神木?
ちょっとおもしろい夢だな。それ!
「俺は天候を支配したい!」
小さい頃からあったらいいなと考えていた憧れの能力を口にしてみた。およそ現実味がないこの状態を夢ではなくて何だというのだ!
どうやら夢ではなかったらしい。
ユッキーは自分たちが殺されて転生したという絶望の中に『姉が三年後にやってくる』という活路を見出してこの時代で生活の基盤をガンガン築いていった。正直、こいつにこんな行動力と判断力があったのかと舌をまいた。
ちょうど殺される直前に学んだばかりの時代だ。未来を知っている事も語学力も俺の『天候を支配できる能力』もあって、ちょっとしたRPGの感覚で考えうる盤石な基盤を整えられた。ユッキーすげぇ!姉のためなら策士にもなれるのか!
当然俺も頑張った。だって綾先輩と一緒に住めるんだぜ?俺も弟ポジションで甘えられるようになるはずだ!もしかしてもしかすると幸せな未来もあるかもしれないしな!
再会した綾先輩は男になっていた。今まで生きてきた中で一番かもしれない『がっかり』だ。幸せな未来は来ないことに決定したよ!でも、なんだ?この色気のようなオーラは!
このオーラは弟をもメロメロにしてしまってるらしく、ユッキーは綾先輩から一時も離れない。俺にも甘えさせてくれよぉ~!
そのオーラ?フェロモン?は、あの斎藤一をも魅了してしまった。
あぁ、そうか!これがユッキーがずっと心配していた『御神木に願った、姉が万人に愛されて・・・』という、つまりユッキーの特殊能力の一つだったんだ・・・
綾先輩は毎日ユッキーを甘やかせていて隙がない。俺も甘えたい!男だっていい!綾先輩がほしい!
綾先輩から「ハグ程度ならいつでもどうぞ」という言質をとった!俺も甘えまくろう!
ユッキーは明治政府の翻訳の仕事をしている。明日は大蔵省で仕事があるらしい。俺は英国公使館の方の翻訳をすることが多いのでほぼ家にいる。英国公使館(後の大使館)は品川にできるはずだったが、15年前に高杉晋作らによって焼き討ちされて、今は皇居の横にある。紀尾井町からもとても近い。そして明日は家で仕事をすることになっている。
つまり綾先輩と二人きりになれるチャンスがやっとやってくる。妄想で何度押し倒していても、現実にはハグで充分だ。抱きたい。なんて言っても、おれは男同士で何をするのかもよくわかっていないからな。池之端に男娼の赤線なんかもあるし、男同士を否定するつもりはない。むしろちょっとした好奇心はあるが、俺にBLはハードルが高すぎる。まぁ、男女でも何するのかの詳細はわかっているとは言えないけど……ほっとけ!
「セータ、姉さんをよろしく。誰か来ても絶対に家には入れないで!」
「わかった!ユッキーも気をつけろよ!」
ここは令和ではない。
今の明治政府を占めている薩長の奴らは敵が多くて安全ではない。通り魔に殺された過去を持つ俺たちだ。常に懐に小刀を仕込んである。
『真ん中の部屋』で英語→日本語に翻訳の仕事をしていると遅く起きた綾先輩が入ってきた。
あぁ、貴方はなんで男性になった今でも俺をこんなにふわふわした気持ちにさせるのですか!
雑談してお茶を淹れてもらい一緒に飲む。なんかすげぇ穏やかな気持ちになるなぁ。
茶器を下げるために立ち上がった先輩を見て、今だ!と思った俺はすっと立ち上がる。
「先輩、自分が洗います。井戸水冷たいですから!」そう言って茶器をとり上げ台所に運ぶと、思った通り綾先輩もついてきた。
「先輩、約束のハグお願いします!」
俺は『弟カテゴリー』に入れるようになるべくかわいく見えるような笑顔をうかべた。
あざとく首を傾げて先輩を見ると、先輩も面白そうに俺の顔を見ながら
「おいで」と諸手を広げてくれた。
「綾先輩っ!もし自分が犬だったら今しっぽがちぎれそうなくらい振ってると思います!」
「犬ってw 初めて会った頃に比べて香取君は大きくなったよね。今じゃ大型犬だね。」
優しく頭を撫でられて俺は幸せすぎてわけがわからなくなってしまった。
気が付けば俺は夢中で綾先輩の唇を食んでいた。
「あっ……」
しまった!こんなことをしてしまったら俺はさっきのような幸せな未来は二度とないじゃないか!
おもわず涙が滲んだ。
「おっ、俺はなんてことを……」
パニくって謝ることもできずに落ち込んでしまった俺に綾先輩が
「仕方ないよ。これも私の出してるフェロモンとかのせいなんでしょう?もしかして初めてだったの?ごめん、私のせいで初めてを奪ってしまったかな?」
こともあろうに綾先輩に慰められ、おでこに短いキスが落とされる。
罵られるより、ビンタくらうよりもっと辛かった。
いたたまれなくなった俺は家から走って逃げだした。
綾先輩を守らなきゃいけないのに!今、賊に入られたらどうするんだ!逃げ出してしまったけど、これは最低の悪手だ。帰ってちゃんと謝ろう。その時俺の後頭部に鈍い痛みが走った。
次に目が覚めた時、俺は手足を縛られて冷たい土間に転がされていた。どこだここは!微かに誰かの話し声が聞こえる。英語?日本語? 聞き取れなければどうしようもない。なんだよ土間って!せめて屋外なら能力が使えるのに!残念ながら俺の能力は空が見えるところじゃないと発動しない。
綾先輩っ!どうか、どうか無事でいてください!
10/29 誤字脱字、わかりにくい言い回しを改変しました。