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9.サルジアの魔道具

 ユーティリスの父アーネストは竜騎士だけあって、がっしりした体つきで背も高い。


 自分も成長すればきっとあんなふうになるだろうけど、父みたいにむさ苦しいのはイヤだと思う微妙なお年頃だ。


 リーエンはユーティリスの気持ちなど気にも留めず、軽い調子で頼んできた。


「たのむよ。あとでサルジアから持ってきた珍しい魔道具をひとつ、きみに見せてあげるから」


「……わかった」


 ユーティリスはわざとゆっくりため息をつき、なるべくもったいぶってうなずいた。


 本当は『珍しい魔道具』という言葉にあっさりと釣られたが、それをリーエンに見透かされたくはなかった。


 魔道具いじりが好きなことや、ヒマさえあれば魔導回路を眺めていることは、彼にはもうバレていたけれど。


「ありがとう!」


 パアッと顔を輝かせたリーエンの笑顔に、自分の心臓がドキリと跳ねたことなどこのさいどうでもいい。


(サルジアの魔道具が気になるだけだ!)





 自習室の机や椅子にたのんで移動してもらい、部屋の中央でユーティリスとリーエンは向かい合わせに立った。


 エクグラシアで男女が組んで踊るダンスは、たがいの距離がとても近い。


 しかもユーティリスは女子のパートだ。左手をリーエンと合わせれば、合わせた手も自分の腰にかかる彼の左手もやはり小さいと感じる。


(リーエンは武道とかはやってなさそうだから、それでかな……指は長いのに手のひらは小さい)


 自分の右手を彼の肩にかけると、服越しに伝わるその感触に、ますますその違和感が大きくなる。


(これはいったい……相手にたずねるべきか。でも……)


 ユーティリスはだいぶ混乱してパートナーの顔を見たけれど、相手は涼しい顔のままだ。


 漆黒の艶がある黒髪に黒曜石の瞳、精霊のようにきれいな顔がユーティリスを見つめていた。


 音楽はなし、リズムを刻みながらゆっくりと順番にステップを踏み、何度かターンを決める。


 絡めていた指先をほどいて、ひっかけるようにすればユーティリスの体がくるりと回った。


 そのあいだもおたがいに視線を外さない。体の向きが戻ればまた指を絡ませる。


 リーエンの動きがぎこちないのは本当で、ステップをまちがえてユーティリスの足に被害がでた。


「てっ!」


「ごめん……」


 困ったように眉を寄せて謝るリーエンに、ユーティリスは首を横にふる。


「体の軸がブレずにステップの順番をまちがえなければちゃんと踊れる。もういちど最初からやるかい?」


「たのむよ。あのさ、さっき……」


「何?」


 何か言いかけたリーエンに眉をあげて聞き返せば、はにかむようにして答えが返ってきた。


「クルッときみがターンしたの、うれしかった。ターンを終えたきみと目が合うとドキリとしちゃったよ」


 僕もだよ……という言葉は胸にしまったまま、ユーティリスは探るようにリーエンの顔をみつめた。


 けれど自分の疑問を口にすることなく、もういちど彼はリーエンが伸ばした手を取った。


 ステップのまちがいも減り、動きがだいぶ滑らかになるころには、ふたりともしっかり汗をかいていた。


 動きの優雅さとはべつに、ダンスはけっこうハードな運動なのだ。


「すっかりつきあわせちゃったね。ありがとうユーティリス、これでだいぶさまになったかな」


「来週の授業くらいはイケるだろ」


 汗をぬぐって楽しそうに笑うリーエンに答えて、ユーティリスは踊るあいだずっと抱いていた疑問を口にする。


「リーエン、ひとつ聞いていいか」


「うん?」


 それをたずねることで、ふたりの関係がすっかり変わってしまうことも覚悟しながら。


「きみは女の子だろう、なぜ男のふりなんか……皇位継承のためか?」





 彼の質問にリーエンの顔から表情が消えた。しばらくして硬い声で聞いてくる。


「どうして急にそんなことを。僕が女顔だからかい?」


 ユーティリスは首を横にふった。判断の基準は顔じゃない、体術の心得もある自分には、骨格からくる差はごまかしようがなかった。


「服の上から触れただけだけど、肩や手の骨格とか筋肉のつきかたで……少食だし華奢だなとは思っていたけど、女性だと考えたらふつうだ」


「……」


「きみは武術の授業ではかならずレクサと組むね。体をだれかにさわられることを避けるためかい?」


「ユーティリス!」


 キッとにらみつけてくる黒曜石の瞳は思いのほか強く輝き、声は硬いままで彼の覚悟を確かめるように聞いてくる。


「それを口にすることで、きみは自分の身が危険になるとは思わないの?」


 ユーティリスは息を吐いた。赤となったことが彼を大胆にさせた。


「……ちがう、僕はきみの力になりたいんだ。どういういきさつか知らないが、このままサルジアに帰ったらきみは困るんじゃないか?」


「ちゃんと考えてるよ、ちゃんとね……」


「学園生活だっていつまでもごまかせないだろう、僕らは成長するんだ」


 ――可能ならエクグラシアに亡命したっていい。


 そう声をかけたかったが、それはちがうような気がした。


 どうして初対面ですぐに気づかなかったのだろう。リーエンはまつ毛の長い、キリッとした顔立ちの美しい少女だ。


 だれも疑問に思わなかったことが不思議だった。同時に、自分も気づいたのは竜王と契約してからだと気づく。


「成長か……そういえばサルジアの魔道具をひとつ見せてあげる約束だったね」


 リーエンは何も持っていないから、後で見せるか部屋に取りにいくのだろうと思っていた。だからユーティリスは彼……彼女のとった行動にぎょっとした。


 リーエンは着ていた紺色のローブの前をひらくと白いシャツのボタンを上から外す。


「ちょっ……!」


「静かに。レクサが戻ってくるかもしれない。これだよ、皇族がつけさせられることが多いんだ」


 あわてるユーティリスを手を挙げて静止して、ぼうぜんとしている彼に首にはまった鈍色のチョーカーを見せる。


 鎖骨のすぐ上にあたる部分に赤褐色の魔石がはめこまれたチョーカーが、リーエンのいう珍しい魔道具なのだと、ユーティリスは少し遅れて理解した。


「それは……」


「さっききみは言ったね……いずれ体が成長すればごまかせなくなると。このチョーカーが働いている間はだいじょうぶ。魔力は成長するけれど、体は成長しないから」


 ユーティリスはそんな魔道具をひとつ知っている。話だけは聞いたことがある、錬金術師団長グレン・ディアレスが自分の息子につけさせたという魔導具だ。


 あれもたしかチョーカーだったと……。


「これが外れるときは要石が赤く輝く。きみが染まった赤のような鮮やかな色に」


 リーエンの黒い瞳が暮れかけた自習室の中で昏く輝き、血の気がない白い顔は人形のようだった。

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