8.ダンス・レッスン
魔術学園の一、二年生のカリキュラムはゆるめに組まれている。
魔力が伸びてくる成長期に無理をして、魔力暴走でも起こしたら大変な騒ぎになるし、それぞれ属性がちがう〝魔力持ち〟は慎重に育てられる。
いきなり高等な術式を覚えさせず、遊びながら体を自然に魔力を使うことに慣らしていく。
それでも魔術学園ではいつもどこかでだれかがやらかして、教室が凍りついたり窓ガラスが吹っ飛んだりするけれど。
魔力も豊富なリーエンは魔術の扱いも巧みで、初めて習うことでも理論を理解すると、すぐに応用までやってしまう。
休み時間も教師を捕まえて熱心に質問するさまは、もう彼に魔術学園でわざわざ習うことなどないのでは……と思わせた。
「飛ばしすぎじゃないか、リーエン。五年かけて学べばいい内容を、きみはこの一年で終えるつもりか?」
ユーティリスの言葉が思いがけなかったようで、リーエンはキョトンとしたあと困ったように眉を寄せて顔を曇らせた。
「ああ、うん……不安なんだ。いつ帰国が命じられるかわからないからね、学べるうちに学んでおきたくて」
不安に思う事情が何かあるのか、とは聞けなかった。
ぴったりと張りつく従者に、これまでなかった国交、サルジア側に留学を快く思っていない者もいるらしく、リーエンの言動はときどき不穏な気配を感じさせる。
「もしそんなことになっても。僕が教科書やノートをきみに送る。卒業証書だってもらえるよう、ダルビス学園長にかけあうよ」
リーエンはびっくりしたように顔をあげて、それから少し動揺したように黒曜石の瞳を揺らした。
かみしめるように口を閉じて視線を落とすと、すこし間をおいてささやくように言葉をこぼす。
「……ありがとう。でもまずは現実にならないよう祈ってて」
「それはもちろん」
ふわりとリーエンがうれしそうに笑うだけで、ユーティリスも心が弾む。レクサに向ける相手を気づかうような笑みじゃないのが、なんとなくうれしい。
学園では休み時間もピッタリとリーエンに、張りつくレクサも放課後は姿を消す。
それはユーティリスを信用しているのか、ほかに用事があるからなのかはわからない。
「そういえば結局、僕はひっくり返ったままだったけど……師団長たちとは話せたのかい?」
「それどころじゃなかったよ。それよりちょっと困っていることがあってさ。来週ダンスの授業があるだろう?」
魔術学園の卒業パーティーにはダンスはつきものだ。生徒たちには最初から習っていて踊れる者もいれば、ダンスなんてしたことがない未経験者もいる。
初心者でも卒業までにはそれなりに踊れるように、魔術学園ではダンスの授業があり、ふだんは厳しい魔術の訓練を受ける〝魔力持ち〟にとって、気楽に参加できる授業のひとつだ。
憧れの上級生と踊るチャンスもあるから、ダンスの授業前はみんなソワソワしている。
「ああ、うん。あるね……それが何か?」
「サルジアでは男女がふれ合って踊ることはないから、こんな風習があるなんて知らなくて。僕はまるっきり初心者なんだよね。それでレクサ相手に練習しようとしたんだけど、あいつは僕より背が高いし、僕以上にダンスが苦手で」
ユーティリスはイヤな予感がした。リーエンは黒曜石のような美しい瞳を、キラキラと輝かせて言葉を続ける。
「ユーティリスなら僕よりちっさいし、女子のパートをお願いしたいんだ!」
「ちっさいはよけいだよ!」
ユーティリスは真っ赤になってさけんだ。