7.赤に染まる
ミストレイと相対するユーティリスをみあげながら、リーエンは国王アーネストにたずねた。
「アーネスト殿、竜の生き血とはどのような味なのですか?」
赤獅子とも呼ばれる国王はその質問に首をかしげた。
「味はふつうに血の味だったと思うが……」
「髪や瞳の色以外に何か変化があるのですか?」
「いいや、とくに性格なども変わりはせん。契約の儀を終えても気にせず、今まで通り接してくれてかまわない」
「竜王と契約することで、王族は何か特別な加護を得るのでは?」
アーネストはサルジアの皇太子から質問されて、赤い頭をボリボリとかいた。
「ドラゴンたちはただ自分の縄張りを守っているだけだ。王族が契約で得られるものは特にないが、初代バルザム・エクグラシアが契約を交わした際に伝えられし魔法陣を使い、血を飲むことで竜王に連なる者と認められる」
「得られるものは特にない……?」
ヴォオオオオオオォ!
リーエンがなおも質問しようとしたとき、竜王の咆哮が祭壇から発せられた。
魔術師団長ローラ・ラーラがすかさず魔法障壁を展開し、レオポルド・アルバーンがそれを補助する。風の波動により魔法障壁がビリビリと震えた。
ミストレイの巨体が空に浮かびあがり、祭壇にひとり立つユーティリスに向かって急降下した。
「あぶないっ!」
リーエンがさけぶと同時に、ユーティリスの足元に転移魔法陣が展開する。
ミストレイの体は転移後の輝きを失いつつある魔法陣をすり抜け、ユーティリスは祭壇の端に移動している。
ミストレイがイライラしたような雄叫びをあげた。
ギュラアアアアアァッ!
渦を巻いて吹き荒れる風がユーティリスを襲う。とっさに展開した防御魔法ごと切り裂くように、今度はかまいたちが四方八方から襲いかかる。
「あれがドラゴン……」
青ざめるリーエンにアーネストが教えた。
「まだ序の口だぞ、雷を使っていないからな」
ドラゴンの爪や牙を転移魔法でよけながら風の攻撃も受け、一方的にユーティリスがなぶられる展開だ。
魔術師たちが守る空間で、ミストレイとの追っかけっこが続き、ようやくレクサが言葉を発した。
「ずいぶんと荒っぽい儀式なのですね。このままでは生き血を飲むなどとても……命の危険もあるのでは?」
「そのために竜騎士団長が騎乗し、ミストレイが本能のままに殺そうとしたら彼がとめる。〝赤〟の候補に選ばれると鍛錬もみっちりやらされるから心配ない」
そこまでいってアーネストは、ふたりの顔が青ざめているのに気づいた。
「まともにやったら勝てないから、みな知恵を絞る。肉弾戦にみえるが頭脳戦だ。俺はユーティリスのことはとくに心配しとらん。指導役たちもみな口をそろえて『大丈夫』と保証した」
バチバチバチバチッ!
魔術師たちが守る結界のなかで火花が散り、ユーティリスの小さな体ははじけとんで、祭壇の床に転がった。
「ユーティリス!」
リーエンが叫んでもピクリとも動かない、その体に向かってドラゴンが急降下する。
「いやあああぁっ!」
悲鳴をあげるリーエンの体を、隣にいたアーネストがしっかりと支えた。
「落ち着かれよ、あれは王族に伝わる〝身代わりの幻術〟だ。ユーティリスではないっ!」
「ちが……う?」
恐る恐る顔をあげたリーエンの目に、ドラゴンの真上に転移し白刃をきらめかせるユーティリスの姿が映った。
全身の体重をこめて真っ直ぐに、翼の根元に刃を突きたてる。
ギャオオオオオゥッ!
怒りの咆哮をあげたミストレイが、魔法障壁にぶち当たりながら暴れまわる。
刃の柄を握りしめたまま、ユーティリスは振り落とされまいと必死で翼にしがみついた。
(一滴……一滴でいいんだ!)
なめらかなドラゴンの鱗はしがみつくのに向いてない。焦れば焦るほど、つかみどころがなく手が滑る。
いま突き立てた刃が本当に、竜王の体を傷つけられたのかもわからない。それでも必死に押しこんだ。
ユーティリスは固定の魔法陣を展開し、腕ごと刃にしっかりと固定してミストレイが暴れるほどに、体が持っていかれそうになるのを必死に耐えた。
暴れまわる竜王にしっかりとまたがって、騎乗するデニスと目があう。
彼は自分の左肩を押さえており、ユーティリスは自分が竜王にダメージを与えることができたのを知った。
師団長たちは見守るだけだが、彼らのサポートがなければ、子どもの自分が竜王と渡りあうなどとてもできない。
ミストレイが一気に上昇に転じた。魔法障壁に囲まれた空間に嫌気がさして、上空へと飛翔をはじめたのだ。
飛ぶ方向が定まったことで安定した足場にぐっと体重をかけ、ユーティリスは自分の腕ごと刃を引き抜く。
地上へと転移すればズン、という衝撃とともに足が床をとらえる。
手にした刃の先端が赤く濡れているのを目にし、ユーティリスはその刃先を口にくわえた。何度も教わった契約の魔法陣を展開し、舌で赤い血を舐めとると鉄臭い味がする。
そのままごくりと飲み干せば、全身の血が沸騰するような感覚があり、ユーティリスはその場で気を失った。
「ユーティリス……ユーティリス!」
自分の名を呼ぶ声がだんだんハッキリとして、意識をとり戻したユーティリスが目を開ければ、涙で顔をグシャグシャにしたリーエンが彼をのぞきこんでいた。
「リー……エ……」
「無茶苦茶じゃないか、こんなの!」
「うん……そうだね」
泣きじゃくるリーエンを安心させるため、笑おうとしたのにうまく顔の筋肉が動かない。
「バカ、みたいだろ?」
「バカなんかじゃないよ、ユーティリス。それに琥珀の瞳も好きだったけど、鮮血のような赤い瞳も僕は美しいと思う」
ユーティリスの赤く染まった瞳をみて、リーエンは泣き笑いのような表情を浮かべた。
【赤の儀式】
竜王にとって赤候補は、血を飲みに時々やってくる虫に近い。はたき落としたい。
デニス「よくがんばったなぁ、ミストレイ」
ミストレイ「グル……」
デ「何年かしたら次はカディアン殿下だからな、よろしく頼む」
ミ「グル⁉️」