5.消失の魔法陣
リーエンは興奮したように黒曜石の瞳を輝かせ、ユーティリスに質問してきた。
「王族の赤になるのは成人後じゃなくてもいいんだね。そのタイミングはどうやって決めるの?」
ユーティリスは彼の質問に答えた。
「魔術学園に入学前の年齢だと〝魔力持ち〟とはみなされないんだ。だけど魔術学園で消失の魔法陣を覚えたあとなら、いつでも儀式はおこなえる」
「消失の魔法陣?」
「エクグラシアでは強い魔力を持つ者は、死したあとに体を解いて魔力を凝集させた魔石のみを遺す。それはたしか……〝魔力持ち〟の体を、素材として利用させないためだって教わったけど」
エクグラシアの〝魔力持ち〟ならだれもが知っていることを教えると、その説明にリーエンが首をかしげた。
「サルジアでは精霊のカケラたる魂が重要で、肉体は精霊の力を包むただの膜、衣のようなものだ。魔力が宿るものは爪や髪の毛だって利用する。でも消失の魔法陣か……興味深いな。学園で教わるのかい?」
「リーエン様!」
影のように控えていたレクサが声をあげ、リーエンは不機嫌になる。
「何だいレクサ、サルジアにない魔法陣に僕が興味を持ったっていいじゃないか」
「消失の魔法陣ならそれこそ、ロビンス先生が詳しいよ。魔法陣研究の第一人者だ」
ユーティリスの答えが思いがけなかったのか、レクサとリーエンのふたりが固まった。レクサがぐるりと彼を振りかえり、真剣な表情で彼にたずねる。
「ロビンス先生とは……我々の担任をされている、あのウレア・ロビンス教諭のことですか?」
「そうだよ」
ふたりのようすを不思議に思いつつもユーティリスがうなずけば、リーエンはつややかな輝きを放つ自分の黒髪をくしゃりと握りしめて、しぼりだすようにつぶやいた。
「そうか……ははっ、まさかロビンス先生に聞けばよかったなんて。僕は何をやっていたんだろう」
「よけいなことをリーエン様の耳にいれないでいただきたい」
レクサに注意されたユーティリスは、ムッとして彼へ言いかえす。
「レクサ、ひとつ忠告しておく。リーエンが大切なのはわかるけど、ちゃんと学園生としてふるまわないと、学園で孤立するぞ。サルジアに帰ればもう僕たちとは関係ないと、考えているのかもしれないが……」
「お前たちに何がわかる、西方の蛮族めが!」
「レクサ」
従者のはなった暴言に眉をあげ、リーエンが指をすいと滑らせると、ユーティリスには判読できないサルジアの魔法陣がレクサのまわりに展開した。
青い顔で膝をついたレクサに向かい、主である彼は冷たく声を発する。
「お前、僕に恥をかかせたね?」
「お許しを、リーエン様……私はっ」
「リーエン!」
あわててユーティリスが止めにはいり、とがめるような視線をリーエンへと向ける。
「サルジアでは魔術を使って人を痛めつけるのか?」
「……あぁ、そうだった。ここはエクグラシアだったね」
怒りをたたえていた黒曜石の瞳は、まばたきとともにふだんの落ち着いた光をとりもどす。魔法陣がほどけ、ぐらりとかしいだレクサの体をユーティリスが受けとめると、リーエンは肩をすくめて言いわけをした。
「サルジアでは皇家の者が、魔力で人を支配するのは当然だよ。だって僕らは〝精霊の末裔〟だから。魔力がある者は支配するかされるかだ……ドラゴンに守られているきみたちには、きっと理解できないだろうね」
〝王族の赤〟となる儀式は〝竜王神事〟で使う祭壇と同じ場所で行われる。
緊張のあまり眠れなかったユーティリスが、テルジオとともに会場に到着すると、正装を身につけたリーエンとレクサが目にはいった。
金糸と銀糸でびっしりと刺繍された華やかな色彩の衣装は、エクグラシアの王族など霞んでしまいそうな豪華さだ。
(彼がきているなら無様なところは見せられないな)
ユーティリスが身につけているのは簡素な訓練着、契約の場は階段をのぼった壇上にある。さすがにテルジオも心配そうだ。
「殿下……ケガしないでくださいよ?」
「わかってるよ」
ギュラアアアアァ!
竜騎士団長のデニス・エンブレムが緑の髪をなびかせて、竜王ミストレイとともに舞台に降りたった。
魔術師団長のローラ・ラーラと、まだ見習いのレオポルド・アルバーンは舞台袖に待機する。
白い仮面をつけた錬金術師団長グレン・ディアレスは、国王アーネストの横に座り、儀式を見守っている。
「ドラゴンの足元で暮らそうなんて、僕のご先祖様はとんでもないことをよく思いついたよな」
「まぁそうですね、ミストレイは竜王としてはまだ若く、やんちゃ坊主です。契約には手こずるかもしれません」
ユーリのぼやきに、テルジオが何のなぐさめにもならない言葉を返した。