3.近づく距離
補佐官に命じられるだけあって、テルジオは万事にそつがない。しかも彼の性格なのか、わりと楽しそうに何でもやる。
王城勤めならではのめんどうなこともあるだろうに、テキパキと片づけて彼はユーティリスのそばにいる。
まわりからわりといいコンビだと思われているのは解せないが、テルジオ以外の人間だときっとユーティリスはイライラしてしまうだろう。
彼とユーティリスの関係は、たしかにレクサとリーエンとはだいぶちがっていた。
(テルジオはあんなふうに主以外の人間を見下したりしない。そばにレクサみたいなヤツがいたら、僕は孤立するしきっと困る)
あのようすでは長いつきあいなのだろう、リーエンは困った顔をしつつも、そんなレクサを許しているようだった。
学園が始まればユーティリスは忙しくなった。
父のアーネストが国王に即位し、彼も卒業前に竜王との契約を済ませることが決まっている。補佐官としてつけられたテルジオといっしょにその準備に追われた。
「本来なら〝王族の赤〟となるのは成人後でもいいのだが、レイメリアが抜けてずっと父上と俺のふたりだったからな。カディアンもいずれ卒業前に契約することになる」
サルジアからの留学生……それも皇太子がやってくるなど、エクグラシアの五百年という歴史の中でもはじめてのことだ。
気にはなったがユーティリスも覚えることが山のようにあり、リーエンはサルジアからつけられた、レクサとふたりでいることが多かった。
ひと月ほどたったある日、学園の食堂でランチをとるユーティリスのむかいにリーエンが座った。
「なんだい?」
ユーティリスが顔をあげて琥珀色の目をみひらけば、リーエンは形のいい唇をちいさくとがらせた。
「僕は寮なのにきみは王城に帰るから、ふだん全然話せない。せめてランチぐらいはいっしょにと思ってね」
「ユーティ、でいいよ。僕と話したがっているとは思わなかった……失礼したね」
ほとんど食べ終わっていたトレイを脇にどけてユーティリスが向き合えば、腕組みをしたリーエンは「ユーティ」と口の中で転がすようにつぶやいた。
「ユーティか……でも僕はきみの〝ユーティリス〟という音の響きが好きだ。そのままでもいい?」
「もちろん。ふだんは何をして過ごしてる?」
その問いに彼はかるく肩をすくめた。背の高さのわりには思ったより肩幅はないんだな……とユーティリスは感じた。
「いまのところ学園と寮の往復かな。この学園の中だけでも探検しがいがある。ロビンス先生のところにお邪魔したりね」
「ロビンス先生は魔法陣研究では第一人者だ。いまは学園に落ちつかれているが、エクグラシア各地をまわって遺跡に残された魔法陣を調べられたというよ」
先生の家は魔法陣だらけだという。ユーティリスが自分の知っている話をすると、リーエンは目を輝かせてうなずいた。
「そうなんだよ。精霊言語たる古代紋様はエクグラシア独自のものもあった。それを使った魔法陣だって。サルジアからもたらされたものもあるけれど、それぞれのいいとこどりみたいな発展形もあった。それは発見だったな!」
涼やかなキリッとした顔立ちから、もっと物静かで冷静な落ち着きがある少年だと思っていたのに、意外にも話しだすと黒曜石のような瞳に熱がこもり、力強い輝きをはなつ。
まるでいつも面白いことを探している、やんちゃ坊主みたいだ。
「それにさ、遊びながら魔力の使いかたを覚えるってすごい発想だよ。僕の国では魔力の源は精霊の力……皇族の力はまず国の運営に使うものなんだ。それで遊んでいいなんて思わなかったな」
「そう?」
「こないだはパパロッチェン勝負をやったんだ。レクサはイヤがったけど自分以外の何かになるって新鮮だったな。そうそう、これは授業だけど転移マラソンも面白かった。学園にもいろんな場所があるんだって発見したよ!」
「なんだか僕より学園生活を楽しんでいるね」
ユーティリスの放課後はテルジオとすごしてばかりだ。少しうらやましくなってそういうと、リーエンは一瞬キョトンとしてから、にっこり笑ってうなずいた。
「当然だろう?ここにくるために必死にエクグラシアの言葉を覚えたんだ。言語的には似ているんだけど……おかしくない?」
男だとわかっていてもドキリとするような涼やかな美しいほほえみに、ユーティリスが一瞬みとれたことなど気にもしないようすで、リーエンはのどに手をあて心配そうに彼へ聞いてくる。
「とても滑らかだと思うよ」
ユーティリスが保証すると、リーエンはうれしそうに顔をほころばせた。その笑顔はやはり見る者の心臓をとめてしまいそうだ。
(心を騒がせるほどの美貌って……こんど魔術師団長になるとかいうあの男もだけど、リーエンも大人になったらすごそうだなぁ)
ぼんやりとそう思っていたら、レクサがやってきて持ってきたトレイをリーエンの前にそっと置いた。
「リーエン様、こちらを」
「ありがとうレクサ。食器は自分で下げるから、あとは自由にしていいよ」
リーエンが笑顔をむけると、レクサのほうはチラリとユーティリスに視線を走らせてから、頭をさげて離れていった。
ユーティリスはレクサよりも置かれた料理のほうが気になってしかたない。
育ち盛りの子どもたちのために食堂で作られた食事は、スパイスに漬けてソテーした肉に揚げトテポ、ディウフとタラスのサラダ……デザートにピュラルのゼリーもついていた。
いろどりも鮮やかで肉や野菜のバランスよく、量もじゅうぶんなものだ。
けれどそれらはすべてつつかれた跡があり、まるで食べかけの食事を渡されたようだ。
「それ……」
「あ、うん……彼は毒見もしてくれているんだ。ここの食堂を信用してないとかじゃなく、ただの習慣だから気にしないで」
眉をひそめたユーティリスにサラリといって食事をはじめ、それにつきあいながらお茶を飲む彼に、リーエンはうれしそうに笑いかけた。
「ずっときみと話したかった。毎日だと忙しいきみの負担になるだろうから、ときどきでいいんだ。こうして一緒に食事ができないだろか」
「こちらこそ……僕から声をかけるべきだったね。リーエン、きみにとってここは異国だ。何か困っていることはない?」
彼の名を呼んでなにげなく問いかけると、リーエンは勢いよく答えた。
「たくさんあるよ!」
「え……」
リーエンは残念そうに眉をさげて、とっても残念そうに深くため息をついた。
「学びたいことが多すぎるんだ。寝てる時間ももったいないのに、夜がきてしまうとベッドにいかなきゃいけないんだ!」
「……寝たほうがいいと思うよ」
ユーティリスの返事に目をみひらいたリーエンは、不満そうにほほをふくらませて唇をとがらせた。
「きみもレクサと同じことをいうね」
「当然だろ」
でも自分だってよく魔道具をいじってやらかしては、テルジオに同じことを言われる。
テルジオそっくりの表情でリーエンに文句をいうレクサを想像して、ユーティリスは自分のことを棚にあげて心の中で彼に同情した。