表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【短編集①収載】きみを渡さなければよかった(魔術師の杖⑦発売記念)  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/14

12.呼び寄せの紙

よろしくお願いします。

 やってきた新たな世話役は、緩くカールした黒髪を持つ呪術師マグナゼという男で、サルジア皇家につながる血筋らしい。


 リーエンはほとんど学園に姿を見せなくなり、世話役とともに社交の場に参加し、エクグラシアの貴族と顔をつなぐようになる。時には夜遅くまで社交に興じていると、補佐官のテルジオがユーティリスに教えた。


「交易の発展に力を入れているみたいですね。経済交流のほうが留学生の交換より、すぐに結果がでますから」


「そうかもしれないけど……これじゃリーエンは、ゆっくり勉強する時間もないじゃないか」


 テルジオがからかうように、ユーティリスの顔を見る。


「ははぁ、わかった。殿下寂しいんでしょ」


「寂しくなんかないよっ!」


「レクサがいたときはよかったですよね。週に三回は放課後もいっしょに勉強して食事までなさって」


「そうなんだよなぁ……」


 強がってはみたものの、パタリとそれがなくなったことで、ユーティリスは心にぽっかりと穴が開いたようだった。


 たまにちらりと姿を見かけても、世話役のマグナゼがぴったり張りつき、リーエンには話しかける隙もない。そしてその距離感がまた、見守る彼にはおもしろくない。


(近すぎだろう!)


 張りつくのはレクサも同じだが、獲物を狙う蛇のようにこちらをうかがう、マグナゼの目つきや態度が何となく気にいらなかった。


(前みたいに図書室で過ごして、わからないところを教え合って、食事をいっしょにするだけじゃなく、リーエンを王都に連れだして、貴族の社交場とは違う場所もいろいろ見せたいのに。もうムリなのかな……)


 そこまで考えて、ユーティリスは赤い髪をガリガリとかきむしった。


「やめだ、やめ。ここはエクグラシアで、僕はユーティリス・エクグラシアなんだ。今度は僕から近づけばいいじゃないか!」


 それから猛然と机に向かった彼を見て、補佐官のテルジオは目を丸くした。





 久しぶりに登校したリーエンが、授業が終わってすぐに帰ろうとするのを、ユーティリスは呼びとめた。


「リーエン!」


「ユーティリス……」


 少し顔色が悪いのが気になったけど、ユーティリスは何も聞かずに数冊のノートをずいと押しつける。


「きみ最近授業にでていないだろう。テストのとき困るだろうから、要点だけまとめたんだ。参考書は図書室でも借りられる。そっちもリストにしておいた」


「わざわざ僕のために?」


 リーエンは目を丸くした。彼の表情にユーティリスは、どうしてと聞けないもどかしさを感じる。


「その、無理をしてないか? 社交界につなぎをつけたいなら、僕がお祖母様に頼んで……」


 公務で忙しい両親と違い、王太后ならのんびりとした話の聞き役だ。高位貴族の夫人たちを招いたお茶会は、利害関係の調整も兼ねているし、皇太子のことも気遣ってくれるだろう。リーエンは黒曜石の目をまたたいた。


「それは……師団長たちも出席するのかい?」


「え、彼らは参加しないけど……」


 リーエンは受けとったノートを抱えたまま、力なくふっと笑った。


「そう。悪いけど社交についての判断は、世話役のマグナゼに任せているから……僕の一存では決められないな」


「リーエン?」


「これはユーティリス殿下、リーエン様と親交を深められ、誠に喜ばしい。ただしすべて私が付き添いますこと、お許しいただければ……」


 いつのまにあらわれたのか、迎えにきたマグナゼの言葉に、リーエンがびくりと身を震わせた。ふるまいこそ礼儀正しいが、王子を見る呪術師の目には憎しみが浮かぶ。


 レクサより数段激しい、殺意にも近いそれに戸惑ってリーエンを見ても、黒曜石の瞳には何の感情も浮かんでおらず、そのことが逆にユーティリスを焦らせた。


(いったい……どうしたんだ、リーエン⁉️)


「じゃあまた。ノートは後できちんと返すよ。行こうかマグナゼ」


 背を向けて歩きだしたリーエンの後ろ姿を、ユーティリスは気になっていつまでも見送った。





 魔導車に乗りこんだ呪術師マグナゼは、すかさず遮音障壁を展開して皇太子に話しかけた。


「あの王子は利用しがいがある。せいぜい仲良くなさるといい。意思を奪って傀儡にしたら、ドラゴンを飼い慣らす役に立ちましょう。この大陸はすべてサルジアのものですからな」


「…………」


 無言のまま硬い表情でいる皇太子など気にせず、マグナゼは楽しそうに語り続ける。


「今までは辺境に目が行き届かなかったが……タクラから王都へ向かう途中、ルルスの魔石鉱床を目にしました。さすがに部外者は入れず、カラスの目を借りましたが見事なものだ。あれなら数百年はもつだろう」


「欲をかいたか、マグナゼ。そう簡単にことが運ぶと思うな、ここはエクグラシアだ。王都三師団の護りは堅い……出征だけでも莫大な損害がでるだろう。我らにはもう死霊使いがいないのだから」


 皇太子がこわばった声でたしなめても、マグナゼは気にも留めず不敵に笑った。


「だからこそ内側から崩すのです。我が国を生かすために、この地を活用してやりましょう。〝黒〟の長子……あなたに不穏な動きがあると、お目付役として派遣されて幸いでした。私もこの国の魅力にとりつかれそうです」


「……何をする気だ」


「リーエン様はご案じめさるな、すべてこのマグナゼにお任せを。もちろんあなた様をサルジアへ、無事に連れ帰る役目も忘れておりません」


 リーエンは不安そうな顔で眉をひそめた。





 いくら魔力持ちとはいえ連日の饗宴に、成長しきっていない体は疲れきっていた。その日の社交を断って、彼はひとり学生寮の部屋に戻った。


 ようやくほっとして椅子に座り、ユーティリスから借りたノートを取りだすと、びっしり書かれたノートに、リーエンはほほえみを浮かべた。負けん気の強い、努力家の少年……憧れにも似た気持ちが湧く。


「このままじゃ、サルジアにいたときと変わらない。僕はどうしたらいいんだろう……ユーティリス」


「わ!」


 つぶやきと同時に短い叫び声がして、どすんと落ちてきた人影に、リーエンは目を丸くした。


「どうしてきみがここに……転移かい?」


「ああ、ええと……ごめん。ノートに〝呼び寄せの紙〟をはさんでおいたんだ」


 ユーティリスは自分のお尻をさすりながら立ちあがった。〝呼び寄せの紙〟はふれて名前を唱えれば、その人物を部屋に招くことができる……そういう紙だ。


 ただちょっと……本人には教えてはいなかったから、呼ばれるタイミングまでは考えてなかった。


「気になったんだ。食事はちゃんと摂れているのかって。それにしばらく会ってなかったから……話がしたかった。けどきみはそんなこと考えないかもしれないから。それで〝呼び寄せの紙〟に賭けたんだ」


「ユーティリス、どうしてそんな……僕に会うために?」


「あたりまえじゃないか、卒業まで僕らは助け合うんだ。そうだろう?」

次話『呪術師マグナゼ』は20日に更新予定です。

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓この作品が収録されています。 【魔術師の杖短編集①錬金術師グレンの育てし者】

短編集①公式サイト
3ufi2jcyh9w6ijnsb2rp30tbesaw_5yx_xc_is_
作者にマシュマロを送る
☆☆11/1コミカライズ開始!☆☆
『魔術師の杖 THE COMIC』

『魔術師の杖 THE COMIC』

シリーズ公式サイト
小説版『魔術師の杖』
☆☆NovelJam2025参加作品『7日目の希望』約8千字の短編☆☆
『七日目の希望』
☆☆電子書籍販売サイト(一部)☆☆
シーモア
Amazon
auブックパス
BookLive
BookWalker
ドコモdブック
DMMブックス
ebook
honto
紀伊國屋kinoppy
ソニーReaderStore
楽天
☆☆紙書籍販売サイト(全国の書店からも注文できます)☆☆
e-hon
紀伊國屋書店
書泉オンライン
Amazon

↓なろうで読める『魔術師の杖』シリーズ↓
魔術師の杖シリーズ
☆☆粉雪チャンネル(Youtube)☆☆
粉雪チャンネル
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ