12.呼び寄せの紙
よろしくお願いします。
やってきた新たな世話役は、緩くカールした黒髪を持つ呪術師マグナゼという男で、サルジア皇家につながる血筋らしい。
リーエンはほとんど学園に姿を見せなくなり、世話役とともに社交の場に参加し、エクグラシアの貴族と顔をつなぐようになる。時には夜遅くまで社交に興じていると、補佐官のテルジオがユーティリスに教えた。
「交易の発展に力を入れているみたいですね。経済交流のほうが留学生の交換より、すぐに結果がでますから」
「そうかもしれないけど……これじゃリーエンは、ゆっくり勉強する時間もないじゃないか」
テルジオがからかうように、ユーティリスの顔を見る。
「ははぁ、わかった。殿下寂しいんでしょ」
「寂しくなんかないよっ!」
「レクサがいたときはよかったですよね。週に三回は放課後もいっしょに勉強して食事までなさって」
「そうなんだよなぁ……」
強がってはみたものの、パタリとそれがなくなったことで、ユーティリスは心にぽっかりと穴が開いたようだった。
たまにちらりと姿を見かけても、世話役のマグナゼがぴったり張りつき、リーエンには話しかける隙もない。そしてその距離感がまた、見守る彼にはおもしろくない。
(近すぎだろう!)
張りつくのはレクサも同じだが、獲物を狙う蛇のようにこちらをうかがう、マグナゼの目つきや態度が何となく気にいらなかった。
(前みたいに図書室で過ごして、わからないところを教え合って、食事をいっしょにするだけじゃなく、リーエンを王都に連れだして、貴族の社交場とは違う場所もいろいろ見せたいのに。もうムリなのかな……)
そこまで考えて、ユーティリスは赤い髪をガリガリとかきむしった。
「やめだ、やめ。ここはエクグラシアで、僕はユーティリス・エクグラシアなんだ。今度は僕から近づけばいいじゃないか!」
それから猛然と机に向かった彼を見て、補佐官のテルジオは目を丸くした。
久しぶりに登校したリーエンが、授業が終わってすぐに帰ろうとするのを、ユーティリスは呼びとめた。
「リーエン!」
「ユーティリス……」
少し顔色が悪いのが気になったけど、ユーティリスは何も聞かずに数冊のノートをずいと押しつける。
「きみ最近授業にでていないだろう。テストのとき困るだろうから、要点だけまとめたんだ。参考書は図書室でも借りられる。そっちもリストにしておいた」
「わざわざ僕のために?」
リーエンは目を丸くした。彼の表情にユーティリスは、どうしてと聞けないもどかしさを感じる。
「その、無理をしてないか? 社交界につなぎをつけたいなら、僕がお祖母様に頼んで……」
公務で忙しい両親と違い、王太后ならのんびりとした話の聞き役だ。高位貴族の夫人たちを招いたお茶会は、利害関係の調整も兼ねているし、皇太子のことも気遣ってくれるだろう。リーエンは黒曜石の目をまたたいた。
「それは……師団長たちも出席するのかい?」
「え、彼らは参加しないけど……」
リーエンは受けとったノートを抱えたまま、力なくふっと笑った。
「そう。悪いけど社交についての判断は、世話役のマグナゼに任せているから……僕の一存では決められないな」
「リーエン?」
「これはユーティリス殿下、リーエン様と親交を深められ、誠に喜ばしい。ただしすべて私が付き添いますこと、お許しいただければ……」
いつのまにあらわれたのか、迎えにきたマグナゼの言葉に、リーエンがびくりと身を震わせた。ふるまいこそ礼儀正しいが、王子を見る呪術師の目には憎しみが浮かぶ。
レクサより数段激しい、殺意にも近いそれに戸惑ってリーエンを見ても、黒曜石の瞳には何の感情も浮かんでおらず、そのことが逆にユーティリスを焦らせた。
(いったい……どうしたんだ、リーエン⁉️)
「じゃあまた。ノートは後できちんと返すよ。行こうかマグナゼ」
背を向けて歩きだしたリーエンの後ろ姿を、ユーティリスは気になっていつまでも見送った。
魔導車に乗りこんだ呪術師マグナゼは、すかさず遮音障壁を展開して皇太子に話しかけた。
「あの王子は利用しがいがある。せいぜい仲良くなさるといい。意思を奪って傀儡にしたら、ドラゴンを飼い慣らす役に立ちましょう。この大陸はすべてサルジアのものですからな」
「…………」
無言のまま硬い表情でいる皇太子など気にせず、マグナゼは楽しそうに語り続ける。
「今までは辺境に目が行き届かなかったが……タクラから王都へ向かう途中、ルルスの魔石鉱床を目にしました。さすがに部外者は入れず、カラスの目を借りましたが見事なものだ。あれなら数百年はもつだろう」
「欲をかいたか、マグナゼ。そう簡単にことが運ぶと思うな、ここはエクグラシアだ。王都三師団の護りは堅い……出征だけでも莫大な損害がでるだろう。我らにはもう死霊使いがいないのだから」
皇太子がこわばった声でたしなめても、マグナゼは気にも留めず不敵に笑った。
「だからこそ内側から崩すのです。我が国を生かすために、この地を活用してやりましょう。〝黒〟の長子……あなたに不穏な動きがあると、お目付役として派遣されて幸いでした。私もこの国の魅力にとりつかれそうです」
「……何をする気だ」
「リーエン様はご案じめさるな、すべてこのマグナゼにお任せを。もちろんあなた様をサルジアへ、無事に連れ帰る役目も忘れておりません」
リーエンは不安そうな顔で眉をひそめた。
いくら魔力持ちとはいえ連日の饗宴に、成長しきっていない体は疲れきっていた。その日の社交を断って、彼はひとり学生寮の部屋に戻った。
ようやくほっとして椅子に座り、ユーティリスから借りたノートを取りだすと、びっしり書かれたノートに、リーエンはほほえみを浮かべた。負けん気の強い、努力家の少年……憧れにも似た気持ちが湧く。
「このままじゃ、サルジアにいたときと変わらない。僕はどうしたらいいんだろう……ユーティリス」
「わ!」
つぶやきと同時に短い叫び声がして、どすんと落ちてきた人影に、リーエンは目を丸くした。
「どうしてきみがここに……転移かい?」
「ああ、ええと……ごめん。ノートに〝呼び寄せの紙〟をはさんでおいたんだ」
ユーティリスは自分のお尻をさすりながら立ちあがった。〝呼び寄せの紙〟はふれて名前を唱えれば、その人物を部屋に招くことができる……そういう紙だ。
ただちょっと……本人には教えてはいなかったから、呼ばれるタイミングまでは考えてなかった。
「気になったんだ。食事はちゃんと摂れているのかって。それにしばらく会ってなかったから……話がしたかった。けどきみはそんなこと考えないかもしれないから。それで〝呼び寄せの紙〟に賭けたんだ」
「ユーティリス、どうしてそんな……僕に会うために?」
「あたりまえじゃないか、卒業まで僕らは助け合うんだ。そうだろう?」
次話『呪術師マグナゼ』は20日に更新予定です。
ありがとうございました!










