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11.ロビンス先生

 シャングリラ魔術学園初等科教諭ロビンス先生の部屋は、校舎の裏手にある古びた小屋のような建物で、うっそうとした木立に囲まれていた。


 魔術学園にいる教師たちの中でも穏やかな性格をした彼は、生徒たちからの人望も篤い。


 魔法陣研究の第一人者である彼の部屋には、学園の図書館にはない本もたくさんあり、それらの本目当てでやってくる生徒も多かった。


 きょう彼をたずねてきたのは留学生のリーエン・サルジア、なんと隣国サルジアの皇太子でもある。


 レクサという従者とともにやってきた彼の目的は本ではなく、ロビンス先生から魔法陣をひとつ、教えてもらうためだった。


 窓辺に立っていたロビンス先生は、丸眼鏡をはずして自分のまぶたを軽くもんだ。


「きょうはこの辺までにしておこうか。本来ならもう少し時間をかけて完成させていくものだからね、〝消失の魔法陣〟は」


 それを聞いたリーエンは筆記具をかたづけて術式を写しとったノートを閉じると、立ちあがってロビンス先生に礼を言った。


「ありがとうございます、ロビンス先生。僕に〝消失の魔法陣〟を快く教えていただき感謝します」


「まさかサルジア皇太子であるきみが、この魔法陣を覚えたがっていたとはね」


 丸眼鏡の奥から小さな目をくりくりとさせて、ロビンス先生は意外そうに答える。


「はは……そうですよね。でもこれは僕のだいじな目的のひとつでした。これを知るために留学したといってもいい」


 そういってだいじそうに抱えた自分のノートを見おろすリーエンに、ロビンス先生は心配そうに問いかけた。


「その魔法陣はサルジアから逃れた魔力持ちが、死してなお支配され……その体を利用されるのを防ぐために編みだされたものだ。きみはそれを自分に刻むつもりかい?」


「ロビンス教諭、サルジアを侮辱する気か!」


 そばに控えていたレクサがたまらず声をあげたが、ロビンス先生は引かなかった。


「侮辱ではない。エクグラシアの魔力持ちたちは、それほどまでに〝死霊使い〟に怯えていた」


 サルジアの広大な国土を維持するために〝死霊使い〟が組織した〝死者の軍団〟は、戦えば戦うほど戦場に倒れた屍を飲みこみ、その数はふくれあがったという。


 とくに膨大な魔素を内包することができる魔力持ちは、死してなお戦力として珍重され、敵地においても〝魔力暴走〟をひきおこすことで、周囲に壊滅的な被害を与えた。


「その魂さえ刈りとってしまえば、物言わぬ死者はかんたんに使役できる。自分が死んだあとに兵器として使われ、故郷に刃をむけることになるのを魔力持ちたちは恐れた」


「そのような妄言……聞き捨てならぬ!」


 抗議しようとしたレクサを手で制し、リーエンはロビンス先生に向き直った。


「先生、それは過去の話です。サルジア国内でも〝死霊使い〟は絶えて久しい。それに先生らしくない誇張が含まれています。実際には彼らの術はもっと素朴なものでした」


 しっかりした低めの声で、彼はロビンス先生の目をまっすぐに見返す。


「〝死者の軍団〟は死してなお、故国や自分たちの家族を守ろうという彼らの願いが具現化したものです。〝死霊使い〟が使役できるのは、彼らの血縁者に限られていました」


 その説明を黙って聞いていたロビンス先生は、だれも口にしなかった可能性を指摘した。


「ならば……自らの体に魔法陣を刻むほどに〝死霊使い〟の力を恐れた者たちは、彼らにかなり近い血族だった……ということになる」


 キョトンとしたように目を見開いたリーエンは、口元に手をやって「ふふっ」とおかしそうに笑みをこぼした。


「その憶測……とてもロマンチックですね。だとしたらユーティリスと僕は遠い親戚かもしれない」


「リーエン様、おやめください。西方の蛮族と血が近しいなどと」


 おどけたように返事をしたリーエンをレクサがとがめるようにたしなめ、ロビンス先生に厳しい視線を向けた。


「ロビンス教諭も口を謹んでいただこう。もしもここがサルジアであれば、重い処罰を課せられる」


 だが魔法陣研究の第一人者で、世界中を旅したとされる男もひるまなかった。


「幸いなことにここは私の研究室でね。レクサ、きみは反対しないのか。彼はいずれ皇国の頂点に立つ身だ。この魔法陣を刻むのは反対する者もいるのではないか?」


「それは……」


 鋭い質問に気まずそうな顔でレクサが口ごもり、リーエンがふたりのあいだに割ってはいった。


「先生、レクサをいじめないでください。それに僕はおそらく……皇帝にはなりません」


「ではエクグラシアで暮らすのかね?」


「いいえ。僕はサルジアを愛している。どんな形であろうと必ず母国に帰ります」


 キッパリと言い切ってリーエンはレクサの腕に手をかけた。


「僕がここまでこられたのもレクサのおかげだ。感謝しているよ」


「リーエン様……」


 とほうに暮れたような顔をするレクサに、リーエンは安心させるようにほほえみかけた。


「僕のわがままにお前まで巻きこんですまない。もう少しつきあってくれないか。留学の目的はほぼ達成できたし、あとは学園生活を気楽に楽しもうじゃないか」





 けれどレクサはそれからすぐに学園を離れ、リーエンのそばから姿を消した。


 レクサには急な帰国が命じられ、彼の代わりに新たな世話役がサルジアから派遣された。


 やってきたのはサルジア皇家につながる血筋らしい、クセのある黒髪を持つ成人した男で、名をマグナゼといった。

だんだん事件が近づいてきました。

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