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10.約束

 細くて長い指が鈍色のチョーカーにふれた。


「僕が生まれたとき、まだ母の立場は弱くてね。ただの皇女でないほうが都合がよかったんだ。留学もこのチョーカーをつけることで許された」


 手を伸ばせば届く距離に彼女がいる。それを意識したとたん部屋にふたりきりなのが、ユーティリスは急に息苦しくなった。


「そのチョーカーが外れるのはいつ?」


「時がきたら、ね」


 はぐらかすような答えが返ってくる。時はだれに対しても容赦なく平等に過ぎていく。


 リーエンのほっそりした白い首から、鈍色のチョーカーが外れたところを、ユーティリスは何とか想像しようとした。


「時がきてそれが外れたら、きみはどうするつもりなんだ」


「サルジアでは皇族の世話は傀儡たちがやる。まわりには人がほとんどいない。だからバレないと思うよ」


 肩をすくめ何てことないように答えるしぐささえ、気づいてしまえば華奢で危うい。


 知らされた秘密はたったひとつ、だけどその重さを考えるとユーティリスの頭は混乱する。


「そんなに、きれいなのに……」


「えっ……」


 ポツリとこぼしたひと言に、リーエンがびっくりしたように目を見開いた。


「きみはとてもきれいな女の子なんだから、もったいないよ。成長して大人になったらきっと、ものすごい美人になると思うし」


 ぽかんとユーティリスの顔を見返したリーエンは、しばらくしてから困ったようにほほを染めて顔をそむけた。


「……ふい打ち。どうしてそんなこと真顔でスラスラ言えるんだろう。エクグラシアの男ってみんなそうなのかな」


「だって、どう考えてもおかしいだろ、僕が女役できみにダンスでリードされるなんてさ。あと数年たてば僕だってぐんと背が伸びて……」


 リーエンはまだよく知らないのだろう。魔力持ちが集う魔術学園では、将来のパートナー探しも盛んだということを。


 ユーティリスだって相手を見つけることを期待されている。まだ女の子はだれもが同じに見える……なんて口が裂けても言えないけれど。


 彼よりも補佐官を務めるテルジオのほうがよほど、学園の女子たちにはその家族関係も含めてくわしい。


「それいいな。そうなったら、ちゃんと髪を伸ばしてドレスアップするからさ。僕とダンスを踊ってよ。きっとアーネスト国王みたいな堂々とした体格の、カッコいい青年になるんだろうなぁ、きみは」


 さっきは困ったようにほほを染めたくせに、リーエンは瞳をきらめかせて明るくいうと、窓からふたつの月をみあげる。


 昇りはじめた月の色は明るくて、長いまつ毛に縁どられた黒曜石の瞳は、星のしずくを閉じこめたような輝きをはなつ。


 ユーティリスはその横顔に一瞬息をするのも忘れた。


 紺色のローブからのぞく白い襟に届かないくらいに、短くカットされた髪が長く伸び、首が隠れるさまを想像する。


 月明かりの反射で、ローブさえもかげろうの羽みたいな、薄いドレープがついた白いドレスに見えないこともない。


(何を想像しているんだ、僕は……)


 首をふってユーティリスは頭を占めかけていた想像を追いだす。窓辺でリーエンの隣に立てば、赤く染まった髪と瞳が自分を見つめ返す。


 祖先ゆずりなのか生来のものなのか、ユーティリスの中で眠っていた勝ち気さが頭をもたげた。


「なら約束しろ」


 なぜそんな約束をもぎとろうと思ったのか、ふたりのつながりはただ同級生というだけで、リーエンの帰国とともに断ち切られる運命だとわかっていたからか。


「この僕に女役をさせたんだからな。僕が大人になったら、ちゃんときみをエスコートして踊りたい。べつに卒業バーティーじゃなくてもいいから……」


 人目につく晴れやかな場所に彼女を連れだせないことは理解した。


 それでも細いウェストに手を添えて、彼女をリードする……その役目をほかのだれかにゆずりたくはなかった。


 幸い王城ならひっそりと踊れる場所などいくらでもある。


 リーエンは窓ガラスに映るユーティリスの強い眼差しに、一瞬ひるんだようにまばたきをしてから、自分の短く切りそろえられた髪に手をふれた。


「うん、約束するよ……」


 窓ガラスに映る彼女は泣き笑いのような表情を浮かべていた。





 翌週おこなわれたダンスの授業では、やはりリーエンが注目の的だった。


 あくまで授業だから、みな数をこなさなければならない。女子からも積極的にダンスを申しこみ、即席のカップルがいくつもできあがった。


 リーエンは女子の順番待ちができるほど人気があった。


「初心者だし、形からはいろうと思ってね」


 まだ初回だからローブのまま参加する学園生たちも多いのに、エクグラシアで仕立てたという夜会服は、細身で長身のリーエンによく似あっていた。


 肩や腰回りはちゃんと細工がしてあるのだろう、キビキビとした動きからは女性らしさは感じとれない。


 手袋をはめた手で優しくエスコートするさまは、どんな貴公子よりも堂々としていて、手をとられた少女たちはみな、恥ずかしそうにほほを染める。


 少し眉をさげ遠慮がちに接するしぐさは、エクグラシアの男たちにはない奥ゆかしさがある。


 いっぽうユーティリスはダンスの授業でも、いまひとつモテなかった。


 赤に染まる前のほうがまだ、女子たちから気安く話しかけられていた気がする。


 〝王族の赤〟を意識させるこの色になってからは、遠巻きにされているような感じだ。


 そのうえヒールを履いた女子たちはぐんと背が高くなり、まだ成長期を迎えていないユーティリスを見おろす形になる。


 だから女子たちに人気なのは、むしろレクサのほうだった。


 背が高い彼がリーエンにつき従う姿や、武人らしい身のこなしはエクグラシアの男にはないものだったし、苦手らしい魔術や呪文詠唱の授業に苦労しているさまが、女子からは逆にかわいくみえるらしい。


「いちどお話してみたくて」と囲まれ、彼が閉口しているところをユーティリスは初めてみた。

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