初恋と初対面
高校に入って、人見知りの俺になんとか友達が出来た。もちろん――とわざわざ言うのも変かもしれないが、全員男友達だ。俺はモテないから、女友達は出来た事がない。
それからすぐ、好きな人が出来た。初恋だった。
相手は、友達付き合いで見学に行った演劇部の、一年先輩の女性。
とにかく覚えやすい人だった。俺の目の高さまでしか身長がないからだ。俺自体の背が低い方なのに、その俺より明らかに低い。
そんな人物は学校に一人しか居なかったので、非常に分かりやすい目印となった。
その先輩の名前は、高山宮子。
顔つきも体つきも幼く、女性というより女の子といった外見。
仮入部に行った初日から、見た目通り――と言ったら怒るかもしれないが、人懐っこくよく笑う人だった。そしてなにより、俺みたいな奴にも優しかった。
屋上に部活を見に行ったその日、用意された椅子の一つに教師の物らしき上着が畳んで置いてあった。
きっちり見学者の人数分しか椅子を運ばなかったのか、予備の椅子はなさそうだった。
俺の友達はさっさと違う椅子に座っていた。台本のコピーを貰ったようで、真面目なフリして読んでいる。
なにしろ、俺がなんとか友達になれたグループだ。大人しくて人見知り。今の所そんな印象の、良い意味で人畜無害な友人達である。
俺は椅子に座れずに困ったが、わざわざ先輩達に頼んで違う椅子を運んでもらうのも気まずいと思った。既に先輩達が、今から演技するであろう台本を真剣に黙読し、集中していたからだ。人見知りグループの中でも最も人見知りな俺としては、声を掛けにくかった。
もう勝手にどこかに置いてしまおうかと、俺が椅子に置いてある上着を無造作にヒョイっと持ち上げた。それがマズかった。
直後、ガシャンと派手な音が響いた。俺が持った上着のポケットから、スマホが滑り落ちたのだ。
慌てて拾おうとしたが、運動が苦手な俺は、何故かスマホを上履きで蹴ってしまった。ちょうどアスファルトがむき出しになっている部分を、スマホがガリガリと嫌な音を立ててながら滑った。
何が起きたのかと、先輩達が一斉に俺を見た。
しかし、俺は「すみません」と一言謝るのがやっとだった。こういう場面には非常に弱いのだ。とても説明は出来なかった。
高校生にもなってこれかと、泣きそうになった。
その時、俺の運命を変えたのが高山先輩だった。
後から分かった事だか、先輩は俺の一連の失態をちょうど見ていた。先輩は裏方志望なので、新入生の案内役をしていて、台本を読んでいなかったのだ。
高山先輩は傷だらけになったスマホを拾いあげると、謎の上着を持ったままオタオタしていた俺の手を引っ張って、無言で階下に向かった。
――騒がしくしてしまったから、この先輩に怒られるんだ! 俺は覚悟をした。血の気が引いた。
だが、そうではなかった。
高山先輩は、階段の踊り場まで駆け降りると、笑い出した。俺が呆気に取られている中、笑い続けた。俺の顔とスマホの傷を交互に見ながら、苦しそうにヒイヒイ笑い、俺の肩を遠慮なくバシバシと叩いた。
ようするに、俺の残念な様子を見ていた先輩は、笑いを堪えきれなくなったのだ。一刻も早くあの場から離れて思う存分笑いたくて、慌てて俺を引っ張った。そういうことだったらしい。
「君、何君だっけ?」
「中谷です」
「中谷君、面白い。最高だった」
先輩は、俺の顔と名前を一発で覚えてくれた。