⑫喜怒哀楽を
本家では後日、沙良は宗一郎に謝罪され、慌てて首を横に振った。いろいろあったが、特にそこまで被害はなかったと認識していたからである。
本家で結城はふてくされていた。
「ちょっとしたジョークだったのに」
と子供らしい言い訳で拗ねている。それを宗一郎が激怒一括し、黙り込んだ。
「ここはナツに任せてもらえないでしょうか? 結城様には反省していただかなくては」
結城の傍で控えていたナツが珍しく進言する。結城の顔が真っ青になった。
「ちょっ! それって!」
「久しぶりにナツがたっぷりご指導いたします」
ニヤリと笑うナツ。それを見て蒼は終始ニヤニヤしていた。
ナツは子どものころから武道一般を蒼と結城に叩きこんできた云わば「師匠」である。その指導は指導と言う名の地獄であり、死んでもおかしくない過酷なことのオンパレードだった。二人が強いのは卓越した身体能力と「ナツの修行」のおかげだった。それを身に染みて知っている二人にとって、ナツの指導は恐怖以外なにものでもなかった。
今回の結城の件は、流石に組長である祖父・宗一郎も見逃すわけにはいかなかった。娘であり結城の母親である一条茉菜から寛大なご配慮を、と懇願されていた。ナツのことは周知の事実である。この罰はちょうどいい、と宗一郎と同意した。
「反省しろや」
と一言、宗一郎が言い放った。
「そういえば……久しぶりに蒼様と『共演』いたしましたが……身体が鈍っているご様子でしたけど……」
ナツが付け加える。蒼の血の気が失せた。
「な……何言ってるんだ、ナツ!」
「勉強とやらばかりだったからか。では蒼もナツに頼んでもいいか?」
宗一郎はふむ、と納得しナツの意向を汲み取る。
「いえいえいえいえいえいえいえ! 今回はあのガキがしでかしたことで俺は何も!」
「そうだな、蒼も行ってこい。まぁ、ナツこいつは少し手加減してやってくれ」
焦って手を振り遠慮するが、そんなことを誰も聞き入れてはいなかった。ナツが「承知いたしました」と一言頷く。傍で結城がケラケラと笑っていた。
そのやり取りを沙良は微笑ましく安心して見守っていた。見守っていながら、「なんか身体が寒いかも」と感じていた。そのうち、周りの声が頭の中で反響したと思ったら意識が遠のいていく。そのままその場に倒れこんだ。
沙良の意識は虚ろだった。
夢の中なのか……よくわからない空間を漂っている感覚だった。
母親の後姿を見つけ駆け寄る。手を伸ばし掴もうとした時――、母親が血に染まっていく。暗くなった闇の中、血の海の真ん中に立っていた。傍に死体が転がっている。
悲鳴を上げようとして、何も声が出ないことに気づき……目が覚める。
着替えられていたパジャマは全身汗でびっしょりになっていた。いつの間には布団の中に居る。
「どうした? 気が付いたか?」
優しい声に気づいて顔を上げる。声のする方へ顔を上げると、沙良は初めて蒼に抱きかかえられて眠っていることに気づき瞬きした。
「え、ちょ……これは?」
「沙良が凍えていたから抱きしめていただけ」
「そう……じゃなくて! ちょっと違うでしょ」
焦っている沙良を見て蒼は泣きそうな顔をしていたが、すぐに微笑みながら球を軽く撫でた。。
「沙良! ちょっと焦った? ドキッとかした?」
「じゃなくて! なんでここにいるの!」
そういう沙良の顔は赤くなって焦っている。それが何を物語っているか蒼には痛いほど分かった。
「……よかった。ほんとによかった」
「蒼くん、どうしたの……?」
蒼は沙良を優しく抱きしめた。抱きしめられ沙良は困惑していたが、うーん、と考えるととりあえず蒼の頭をポンポン撫でる。
撫でながら、沙良は疑問をぶつけていた。
「蒼くんは知っていたのでしょ。私の『異変』を。感情無くなっちゃったの? 私……」
それを聞いて蒼は顔を上げると、額をコツンとさせる。
「感情なくなったらこんなに『真っ赤』にはならない」
そう言った蒼と沙良の視点がお互いを捕らえる。
「沙良……」
「ん……?」
蒼は沙良の耳元で静かに囁く。それを聞いて沙良はびっくりした顔をして真っ赤になった。
「そ、そんな……あの……」
困惑しながら何て言っていいのか沙良は戸惑っていた。それを察して、蒼はクスッと微笑んだ。
「いいんだよ、沙良はそのままで」
そして蒼は優しく唇を重ねた。
一瞬沙良の視線が止まった。それは優しく心地よくて……静かに目を瞑る。
徐々に蒼は自分の鼓動が高まっていくのを感じていた。このままいくと理性が吹っ飛びそうな衝動を抑えるのに……必死だった。こんな初心な感情持ったことがない。
可愛らしい舌を絡め捕ると沙良の吐息が漏れた。そのまま無意識に蒼の掌が沙良を愛撫しようと優しく触れていこうとして……。
「はい、そろそろ終わりましょうね」と言う言葉で二人は現実へ引き戻された。障子の隙間からナツの視線が刺さる。
「まったく……添い寝は許可しましたが、それ以上の許可は出しておりません」
障子が開くと、ナツは沙良の着替えを持って入ってきた。見られていたことに恥ずかしくて死にそうになる沙良。蒼は横向きで肘をつくと、チッと舌打ちをしてナツを恨めしそうに見ていた。
「こういう時は『遠慮』すべきじゃないのか」
「いえ、そういう配慮は一切いたしません」
ピシッと言い返すナツ。まるでハブとマングース的な睨み合いである。
「さぁ、沙良様、汗びっしょりのご様子。着替えましょう」
そう言うと、さっさと蒼を追い出してしまった。




