⑦画策は水面下で
コンコンっと軽くノックが頭の上で響く。
スーッと障子が開いて、エプロン姿の金髪の男の子が覗き込んでいた。
「えーっと、夕飯いいっすか」
その声で我に返る。今日は会食キャンセルしてからのバタバタ騒ぎで、夕飯のことはすっかり忘れていたことを思い出した。
「ナツさんが見てこいって言うから来たんっすよ」
「え、ナツさんが?」
「お二人がお腹空かせてるだろーから聞いてこいって」
それを聞いて、蒼はちょっと青くなる。
「い、急ごう……ナツを怒らせると厄介だ……」
そう言うと、沙良をお姫様抱っこして立ち上がった。
蒼にとってナツは頭の上がらない人の一人だった。
小さいころから格闘技や武術は仕込まれていて、ナツは師匠と言っていい存在である。その指導は修行を通り越していると蒼は認識していた。死を覚悟したことも何回かある。小さいころから身体に染みついているトラウマは未だに拭いきれていない。
見た目にも年齢を感じさせない彼女は、組イチの魔性の女だった。素性も何も蒼は知らない。物心ついた時にはウチにいる存在だった。
そんな女性だから……沙良の世話係を推薦したのも蒼だった。彼女は敵と認識するとキリングマシンのように獲物を狩り尽すまで戦い続ける。実はこの界隈では有名人だった。ただ一つ弱点は苦手なものがあることが……そこが万能ではない人間染みている部分である。
その蒼にとって唯一逆らえないうちの一人である彼女が呼んでいるのだから、直ぐに行かない理由は無い。その夜、蒼は変な汗をかきながら屋敷を走り回った。
❖ ❖ ❖ ❖
結城は調査結果を見ながら「ふぅん」と言うと、見ていた書類を机に向かって乱雑に置いた。バサッと紙が散らばる。
「なんでまぁ、蒼兄もこんな女に入れ込んだんだ? つくづく意味が分からん」
理解不能と言いながら、考え始めた。
「さて……どうしようかなぁ」
頬杖を付きコツコツと机を叩く。
「止めときましょうぜ……流石に桐生の若頭に手を出したら……」
それを聞くと、結城は不機嫌そうに机を蹴飛ばす。ガタンッと大きな音が響いた。
こんな結城の素行の悪さは周知の事実であるので怯えるのみだった。だいたいこの流れから画策されることで面倒事以外は無かったのだ。
「俺に意見するなんて、いつからそんなに偉くなったんだ?」
結城を止めようと進言した若い組員を掴み睨む。その目は血に飢えた肉食獣のように目が合ったら最後、誰しもが直感的にヤバいと感じるものだった。実際、手段を選ばないのが結城である。宗一郎というバックがなければ今頃こうして安穏と生活はできなかったであろう。
結城はバカではない。上手く怒られる手前で遊んでいた。実際、結城の逆鱗に触れて行方不明になる者もちらほら居るという噂はみんなが知っているが、恐ろしくて確かめたことがない事実であった。
結城は別に蒼に恨みも何もなかった。格闘戦に於いては負けるものの結城も充分強い。頭脳に関しては自分の方が高い、と思っている。ただ、歳の近い従兄に嫉妬している部分があった。
そしてイタズラは嫌いではない。
「やはり初めましてのご挨拶はしなきゃ……ね」
そう言うと、舌なめずりをした。




