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神様と白蛇になった男の話  作者: 藤崎周
1/1

緑の髪の少年の神様

アマノヒナドリノミコトという神がいる。異世界とこの世を繋ぐ神である。


ひなと緑の鳥の名とがまじり、緑の髪の緑の瞳の少年の姿をした神は

(ひわ)と呼ばれるようになった。


長い石段の上の社に祀られ、人の願いを叶えることを日課にしている。鶸は死を間近にした人間にしか見えない。

(さかき)



 もはや体の傷も痛みも感じず



 雪の上に沈んだ体を起こす気力もなかった。



 白の中に染み込む この鮮やかな赤は自分の血だろうか。思ったより綺麗なものだ。


 ただ臼灰色の空から絶え間なく落ち続ける白い雪片をぼんやりと目に写しながら、ああ、もう死ぬのだ、と感じていた。


 失ったものは大きく、裏切りに対する憎しみも不思議となくなっていた。


 そうだ、このまま目を閉じるだけで楽になれる 。ただ楽になれる。


 不思議と目が熱くなり頬を温かいなにかが伝う。


 自分に心なんてものがあったのか。


 体の傷は感じなくなった というのに


 体の内側、胸の中が痛む気がした。


 もう充分だ、こんな痛みは。


 目を閉じれば楽になる。痛みなど感じない世界へ行ける。


 そこへふいに白灰色の冬空に似つかわしくない鮮やかな新緑の色が視界に映り込む。


 それが誰かの髪だと気づくのにしばらく時間がかかった。緑の髪の少年が、倒れた私の顔を覗き込んでいるのだった。


「死ぬなよ。」


 死を目の前にしている人間に深い緑色の澄んだ瞳で真摯に訴えかけるように言葉を口にする。


「死ねば楽になれるんだろうけど。」


 少しだけ、申し訳なさそうに少年は言うと、私の傍らに跪き、心臓の上辺りをその大人よりひとまわり小さな手のひらで触れた。

 すると、体がふっと軽くなり幾分か楽になった。


「傷は塞いだが、血をだいぶ失ってる。失ったものは、戻せないんだ。起きれるか?」


 体の感覚が変わったのが不思議で重い腕を動かしてわき腹の傷口だった部分に触れると、衣服や服にこびりついた血はそのままだったが、皮膚の裂け目は綺麗になくなっていた。


 ん、と言いながら少年は手を差し出す。


「なぜ、このまま死なせてくれなかった。」

(うな)るように言うと、


「このまま死にたいならこのまま外で寝てりゃいいさ。楽に死ねるよ?」

 少年は嗜虐的に(わら)う。雪の降る中、外で体を動かさずにいたら凍死だと暗に言っているのだ。


「で、どうする?手をとるか、死ぬか。」

 手を差し出したまま、少年は深緑の瞳で、榊の瞳を真っ直ぐに見る。


 雪は変わらず降り続いているのに、まるで少年の周りだけを避けるように雪が少年に触れる前に消えていく。

 ああ、そうか、彼は、人ではない。

 自分の傷が治ったことと彼が(あやかし)の類であることは全く繋がっていなかった。そんなことは想像もしなかったのに、その光景を目の当たりにしてようやく気付く。


 生きているうちに人ならざるものと出会うのも何かの運命(さだめ)か。


 恐る恐る手を伸ばし少年の差し出した手をとると、少年はふわりと緑の目を綻ばせ微笑み、私の手ごと自分の方へひっぱり、私の上半身を起こすのを手伝ってくれた。少年の手はこんなにも寒い雪の日だというのに温かかった。


「さすがに一人で運ぶのはしんどいから、頼むよ」


 私が起き上がったのを見計らって、少年は手を放し何者かに声をかける。


 繁みの中から二頭の大きな鹿が姿を現した。両方とも白い毛並みの立派な角がある牡鹿だった。

 片方の鹿が、掴めというように角を私の目の前に差し出すので掴むと、もう一頭が首を私の腹の下に潜り込ませてぐいっと掬い上げた。くの字形に折れ曲がった状態で鹿の背に乗せられた。先ほど角を貸してくれた鹿が今度は下になった私の上半身を、私が乗っている鹿の首の上に位置を直してくれた。私がずりずりと力を振り絞って、鹿に跨がると、そのまま鹿たちは歩きだした。少年も付き添うように横を軽やかに歩いている。

 鳥居をくぐり、石段を登り、たどり着いたのは、神社だった。


 神社の上り框の辺りで、降りろというように鹿が首を下にして合図するので、またずりずりと這いずるようにして降りた。

「ありがとう。助かったよ。」

 少年が言うと、二頭の鹿はすり寄るように親しげに顔を少年の頬に寄せてから、ゆっくりと去っていった。


 「少し、眠りな。」


 少年の声が、遠く聞こえた。




 目が覚めると、白い日の光が丸い形の格子窓と両側面の障子戸から間接的に差し込み、二十畳はある広い畳の和室を柔らかく照らしていた。床間には素朴な草花が簡素に花瓶に生けてある。体の下には敷き布団が敷かれ、上には綿の掛け布団が懸けてあった。ザラザラと音のなるそばの実の固めの枕が頭の下に置いてある。

 体に痛みはない、どれくらい眠っていたのか。最後に意識を失った神社の入り口とは違う場所だ。


 体を起こすと、目の前が真っ白になった。グラグラと揺れる頭を抑えるために布団の上で蹲る。貧血だ、と思うと同時に快活な声がした。

「血が足りてないんだろ。朝御飯にしよう。」

真白な視界が治まり、声がした方を見ると、淡い色合いの着物に白い割烹着、頭には白い三角巾をつけてほかほかと湯気の出る鍋がのったお盆を持った少年がいた。

「お母さんか。」

 思わず榊は脱力して突っ込む。

「俺の仕事着だよ。着物のままじゃ汚れるだろ。俺は汚れないけどなんか嫌だろ。掃除するにも料理するにも割烹着は最高だ。着物の袖が邪魔にならない。」

 少年はキラキラした瞳で割烹着の素晴らしさを語る。

「血が足りないあんたのために、薬膳粥だよ。」

傍らに座り、お盆を畳に置き、その上の小さな陶器の鍋の蓋をとる。ふわりと蒸気とともに米の匂いが立ち上る。

「粥は、あまり好きじゃない。」

 ふいっと、榊が顔をそむけると、

「好き嫌い言うんじゃありません。」

 したり顔で少年が言う。

 れんげに掬ってふぅふぅと少年は息を吹きかけ、おもむろにお粥がのったれんげごと榊の顔の前に差し出す。

 しぶしぶ首を伸ばし一口開けて食べてみると、薬草とおぼしき緑の物体は細かく刻んでありさほど気にならず、塩味がほどよく効いていて意外と美味しかった。水分とともに柔らかく煮られた温かい粥が喉を落ち、空っぽの胃に染み渡る。

 食べさせてもらってしまったことに気付き、

「あとは、自分で食べれる。」

と、お盆ごと鍋とれんげを受けとった。


 少年は横に胡座をかいて、ほうれん草粥を食べる榊を愉快そうに見ていた。

「あんた、名前は?」

 問われて答える。

(さかき)


 気づけば、着ていた血まみれの服も、清潔そうな厚地の綿の着物に替えられていた。

 私の動きが止まったので、少年は少しだけ首を傾げ、私の顔を深緑の瞳で見る。「あぁ」、と思い当たったように頷き、私の声に出していないはずの疑問に答える。


「布団にそのまま寝かすわけにはいかないから、着替えさせといた。(さかき)の服は洗濯しといたよ。体についてた血も拭き取ってある。しばらくはゆっくり休むと良い。回復したら次のことを考えりゃいいさ。」


 粥は少なめに用意されていたようで、すぐに食べ終わった。少年は、食べ終わった様子を見計らって自然な様子で盆ごと両手で受け取り下げてくれた。左足をずらし立ち上がる所作もきびきびとしていて隙がない。部屋から去ろうとする少年に、声をかけた。

 「あ、」

 呼び掛けたは良いものの、なんといったら良いのかわからなくて、言葉を濁す。

 一体少年が何者なのか、なぜ助けたのか、二頭の鹿についても聞きたい、頭の中を整理しようと固まっていると、少年は振り向き様に、子供に言い聞かすように穏やかにあやすように私の疑問にひとつずつ答えていく。疑問は未だ喉から声になって出てはいないのに。


「俺は、(ひわ)って呼ばれてる。ここの社の主だ。要はここに祀られてる神ってことだ。助けたのに理由はない。俺が助けたかったから。榊を運んだ鹿は友達。」


 美しくたくましい友を誇るように少しだけ自慢げだ。それから、光をたたえる目でいたずらっぽく微笑むと部屋から出ていった。障子戸は勝手に開いて勝手に閉まったように見えた。

 

 こっそり確認したら、(ふんどし)は、さすがに以前からはいているのをそのままはいていた。すると、廊下から声をかけられた。


「お湯を沸かしてある。動けるようなら後で西側の庭に運ぶから、そこで湯浴みをすると良いよ。」


 神様の家事能力が高すぎる。


「湯浴みをしたくなったら、そこの鼠に言ってくれ。」


 天井裏を小さな足音が走る。

榊は飄々としてますが、情熱家であり、苦労人でもあります。

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