ふたりのおくりもの
2020.01.13
表現を修正しました。
わかった→だがそういうことならば
「おかえりなさい、あなた」
勇者が小さな包みをもって家に戻れば、賢者はすでに待っていました。
いつものように優しく笑う彼女は、なぜかシスターのようなかぶりものをしています。
「どうしたんだい、おまえ。シスターのコスプレなんかして」
「いやあね、あなた。わたしはもともと村の修道女ですよ。
ちょっとだけ、初心に帰ってみただけですわ」
「そうか、そうか。
それじゃあ、そのかぶり物を取って、じまんの綺麗な髪を見せておくれ。
そうして目をつぶってくれたなら、おまえにいいものをあげようね」
「あなた……!」
賢者は、とてもかしこいけれど、素直で純粋な女性です。
こんなふうに言われたら、いつもならにこにことして上を向いて目をつぶるのですが、今日ばかりは様子が違います。
困ったようにうつむいて、もじもじとしてしまうのです。
「どうしたんだい、おまえ。まさか、猫耳でも生えたのかい?」
「いいえ、いいえ。そんなのじゃないわ。
でもあの……怒らないで頂戴ね。
わたし、髪を切って、売ってしまったの。
どうしても、あなたへの贈り物を買いたくて。
だからもう、見せてはあげられない。
ごめんなさい。ごめんなさいね、愛するあなた」
「ああ、なんと。
切ってしまったのだね。その長く、美しい、絹のような髪を。
大切にしていた髪を切るなんて、どれだけ思い切った決断だったろう。
すまないね、いとしいおまえ。わたしのため、わたしへの贈り物のために。
けれど、すっかりと剃ってしまったわけでもないだろう?
ほんとうの美人こそ、ショートヘアが似合うというじゃないか。
だからさあ、みせておくれ、わたしの天使」
「あら……じゃあ、思い切ってお見せするわ!」
被り物を取った賢者の頭は、ろうそくの明かりをはじいて、美しく輝きました。
「え……いやそのちょっと……えええ……」
『えええ……』
「どうせだからね、思い切ってスキンヘッドにしてみたの。
どうかしら、似合う、あなた?」
「イヤナンデスキンヘッド。」
「だって、いうじゃない。ほんとうの美人こそ、ショートヘアが似合うものだって。
だからね、究極を目指してみたの!」
賢者はにこにこと笑います。いや、確かに美しいですし、いっそありがたみさえ感じますけど、勇者的には想定外の上をいっておりました。
「あら、だめだった?
まあいいわ。髪の毛だったら『パーフェクトリカバリー』でいくらでも元に戻せますもの。
とりあえずあなた、わたしの贈り物を開けてみてちょうだい。きっと驚くわよ!」
そんな手があるなら髪の毛売っていくらでも儲けられるじゃん。とか言ってはダメです。この時代でも髪は女の命、それを売るのは一世一代の大決心なのですから。
そのわりにかるいノリで元に戻すよな、とかいうつっこみも禁止です。
『このナレーション……心読んでるッ?!』
そんなことはありません。
『ぎゃああああ?!』
まあそんな冗談はおいておいて。
勇者は半べそをかきつつも、賢者のさしだした小さな包みを開けてみました。
するとそこからは、一体全体どうやって入っていたのというような、大きくがっしりとした首輪が姿を現しました。
『ななななにこれ怖いっ?!』
「お、おおおおまえ?! わわ、わたしにはそんな趣味はないよ?!
で、ででもおまえがどうしてもというならば……」
「いやあね、あなた。これはあなたの時計ちゃんにつけるためのものよ!」
「え?」
「え、てあなた。時計ちゃんよ。かいじゅうどけい。
いつも大事にしていたでしょう?」
「あ、ああ……あいつな……」
勇者は焦ったように目をそらします。
「あーその、やつは今日は留守にしているんだ。
その、三日。あと三日待ってくれればたぶん、もどってくるはずと……」
「ほんとうに?」
「ほ、ほんとうだとも!!」
勇者はしまったと思います。
こんなことなら、あの作戦はもうすこし後にするのだった。
でも、あと三日。三日もすれば月末だ。
そうすればきっと、なんとかなるだろう。
『いやさ、そもそも<かいじゅうどけい>ってなに……?』
説明しよう!
このセカイには、いろいろとふしぎなものがある!
そのひとつが、アーティファクトファンタズム!
道具と幻獣の融合した、幻の生命体だ!!
『いや、誰、アナタ?』
わたしです。ナレーションです。
説明のためちょっとテンションを上げてみたのです。
でもちょっぴり疲れたので、やはり元に戻しましょう。
『疲れるのはやっ!』
実は、勇者の<時の竜>。それも、アーティファクトファンタズムのひとつ。
幼い賢者がお小遣いをはたき、ふしぎな露店商から買ったものです。
実は子供のころの勇者は、とんでもなくおねぼうさんでした。
なんとかそれを直してあげようとおもった賢者は、町に行って<めざまし時計>を買おうとしました。
けれど、もちろん、それはとってもお高いカラクリ。こどものお小遣いでは手が出ません。
とぼとぼと帰り道を歩いているときに巡り合ったのが、神出鬼没、ふしぎな露店商でした。
話を聞いた露店商はニコニコとわらって、小さな竜型のアーティファクトファンタズムを差し出します。
「それなら、これをお持ちなさい。
これは<かいじゅうどけい>といってね、いつでも時を告げることができ、望んだ時間に起こしてくれるすぐれものだ。
けれど、こいつは試作品でね。ほうっておくとどんどん大きくなってしまうんだよ。
もしもボーイフレンドのお寝坊がなおったら、すぐに返しに来るんだよ。
今日受け取ったお金も、その時に返すからね」
その日から、小さなドラゴンが、勇者のおともになったのです。
さいしょこそ、けんかばかりのふたりでしたが……
『時計ちゃん』と名前を付けて、毎日一緒に過ごすうちに、すっかりと情がわいてしまったのです。
勇者は、露店商に頭を下げて、小さなドラゴンを正式にもらい受けたのです。
かならずこの子を一生めんどう見ます、絶対に幸せにしますと約束して。
露店商はニコニコわらって言いました。
そうかい、それならお譲りしよう。
けれどね、もし、もしもこの子のことで困ったら、もう一度僕を訪ねておいで。
全財産と引き換えにはなるけれど、この子を制御するための道具をあつらえてあげようね、と。
賢者は、それを思い出したのです。
「わたしたちは町を離れ、田舎に引っ込むことを決めた。
けれど、いまやスイーツ大魔神と化した時計ちゃんにとって、それは大変なことでしょう。
だから、これをあつらえていただいたの。
これをつければ、時計ちゃんはあの小さなかわいいドラゴンにもどれるわ。
そして、またわたしたちといっしょに、ささやかなお茶とおやつで幸せになって、笑って暮らせることでしょう。
だからあなた、時計ちゃんを呼び戻してちょうだい。
ほら、時計ちゃんのためにと買ってきた、あんドーナッツも今日はあるのよ?」
「ああ! すまないおまえ!!
そうとも知らず、わたしは時計を……」
勇者は涙ながらに打ち明けました。
勇者には、お金にできるものが何もありませんでした。
勇者としての装備は、高価すぎて値が付きません。
使い古しの洋服は、とっくにお金に換えてしまいました。
輝かしい装備を解除したなら最後、まるはだかになってしまう勇者。
売りに出せるほどの毛髪がもう残っていない、往年の勇者。
彼に残された手段は、もう『それ』しかなかったのです。
なんとかなしい、スレ違いでしょう!
みなまで聞く前にすべてを悟った賢者は、ああ、と口元を押さえます。
それでも、そこは勇者です。
あきらめることなくさっと立ち上がり、凛々しいお顔でこういいました。
「だがそういうことならば、いますぐ連れ戻しに行ってこよう。
魔王の再来たるあの質屋への潜入作戦は、またいずれ行えばいいさ」
「でしたら、わたしも。わたしも一緒に参りましょう」
「いいや、おまえ。
だいじなお前に、けががあってはいけない。
どうかここで、おとなしく待っていておくれ」
「いいえ、あなた。
わたしはあなたの妻ですわ。
たとえ老いても、その誓いは変わりません。
病めるときも、健やかなるときも、
いついかなる場所へでも、わたしはともにありましょう」
「ああ、なんと強く、やさしい女性だ。
ならばともにゆこう、妻よ。
老いたるとはいえわたしも勇者。かならずや、愛するお前を守って見せるからね」
勇者は賢者のおでこにやさしくキスをします。
そうして、ふたり手に手を取って、町はずれの質屋へと向かったのです。
続きは明日朝投稿予定です。
どうかお楽しみに!