「その後」の勇者と賢者
昔々、とある国の小さな町に、一組の年老いた夫婦がおりました。
夫は、かつて魔王を倒した勇者。
妻は、勇者を支えた賢者でした。
『え、そういう話なの?』
もともと、ふたりはおさななじみ。
おなじ小さな村に生まれ、ほのかな思いを抱きあっていましたが……
故郷が魔物に襲われて旅立ち、ともに魔王の軍勢と戦ううちに、ゆっくりと愛をはぐくんで……
やっと世界が平和になったのち、めでたく結婚したのです。
『あっ、なんかいい話っぽいかも!』
けれど、若き日々を戦いばかりに費やしたふたりは、とても不器用でした。
各地に魔物や、魔王の呪いが残っている間はまだよかったのですが――
それらがなくなってしまえば、勇者も賢者もただの人。
武術の道場を開いてみても、もって生まれたチートスキルのせいで、みんななかなかついてこれません。
『……はい?』
だからといって、みんなにまじって普通に働くことも、また難しかったのです。
なにぶん、勇者と賢者です。
ほっておいても、100人分、いえ1000人分の仕事をサラッとこなしてしまうのです。
しかも「あれっ? 僕、何かやっちゃいました?」とまるで悪気がありません。
これでは、町のみんなも商売あがったりです。
「勇者様方にこんな仕事をさせるわけにはまいりませんから!」とうまく口実をつけて、そうそうにくびにされてしまいます。
そんなわけでふたりは、王さまからもらう俸給と、たまーにある武術大会の賞金で、ほそぼそと暮らすしかありませんでした。
『なにこの逆に世知辛い物語……』
いや、ちょっと待ってください。
救世の勇者と賢者が、王さまから頂く俸給。
そして、そこらの武術大会を総なめにしてかっさらう賞金。
それだけあって、ほそぼそした暮らしになんかならないだろう、って?
それが、なってしまうのです。
原因は、勇者の連れている<時の竜>。
とてもとても大食いで、やたらとフリーダムなドラゴンのせいです。
心優しい勇者は、ともに旅した相棒を、鎖でつなぐなんてことはしませんでした。
そもそも、そんなことは必要なかったのです――ドラゴンの好奇心と、おなかを満たしてくれる、強い魔物がそこらをうろうろしていたころには。
けれど、いまや世はすっかり平和です。
もう、ドラゴンの相手になるような強い魔物も、食欲を満たしてくれるような大きな魔物も、どこにもいないのです。
『てことは……まさか』
そうなるとドラゴンは、ひとりでそこらをうろついて、良さそうなケーキバイキングやパンケーキショップ、タピオカミルクティーの屋台なんかを総なめにしてしまうのです。
『まさかの甘党っ?!』
そんなわけで、稼いでも稼いでも、勇者と賢者のお財布に、お金が貯まることはありませんでした。
それでも二人はお互いを支えあいながら、細々と、幸せにくらしておりました。
『世知辛ぇ……。』
さて、そんな風につましく暮らしてきたもと勇者ともと賢者ですが、300年もたつうちに、さすがに年老いてきました。
『長くない?』
あ、言い忘れてましたが、ここは魔界です。
勇者と賢者、そして町の人々はみな、魔界の住人なので、老化もとてもゆっくりなのです。
『その情報必要っ?!
ていうか、じゃあ魔王とか魔物って何?』
「ニンゲン」という種族だそうです。
大きくても身の丈30cm程度の魔界人からすれば、1.5m以上ある成ニンゲンは、まさしく巨大な悪魔なのです。怖いですね。
『そういう情報は先に出してほしかった。』
まあ、たいして重要でもない情報なので、忘れてくれて大丈夫です。
『雑!!』
――そんなわけでおじいさんとおばあさんになった、勇者と賢者。
年老いても、貧しい暮らしに落ちてもなお、お互いを深く愛する二人でしたが……
ドラゴンのスイーツ代のおかげで暮らしは困窮し、お互いに聖降臨節のプレゼントを用意することすら、難しくなっておりました。
もう、自分たちは町では暮らしてゆけない。
年明けを待って、故郷の村のあったあたりに帰ろう。
そして、豊かで広い自然を相手に、家賃と水道光熱費と町会費のかからない、ゆったりとした老後のスローライフをおくることにしよう。
実際のところ、田舎でスローライフなんて、そんな楽なものではないのですが……
そこは救世の勇者と賢者。
いまだ衰えをみせぬチートなスキルとステータスで、ご都合主義を全開にしてでもスローライフを送ってしまう事でしょう。
『なろう系かよっ!!』
けれど、そんな暮らしで手に入らないものもあるのです。
それは、おしゃれな贈り物。
もと勇者と、もと賢者はとても不器用です。
自分の手で――つまりスキルや魔法なしで――何かを作ろうとしても、まったくうまくいかないのです。
だから、おしゃれな贈り物をしたければ、こつこつとためたお金をもってお店にいって、ささやかなプレゼントを買い求めるしかないのです。
けれど、町を離れてしまえば、それも難しくなってきます。
人里ですごす、最後の聖降臨祭。
その日にふたりはどうしても、愛する伴侶にきれいな贈り物がしたかったのです。
それぞれこっそり町に行き、こっそりと大事なものを売り払い、贈り物を買い求めました。