39話 黒い秘書そして敗北の味
何かしてはいけない約束をしたような気がするが……。
まあ、うん、気のせいと言うことにしよう。
「お、大将。起きてたのかい」
「おはようございますだぞい、主殿」
「おはようございます、ラクィーサさん、ムジィーカさん」
「なんだい大将、そのなんとも言えない表情は」
「何かあったのかぞい?」
「いえ、してはいけない約束をしてしまったような気がして」
「ふん。命を取られる訳じゃないんだ、くよくよ悩んでるんじゃないよ」
!?
そうか、そうだよな。死ぬほどのなにかって訳じゃないし、気に病む必要なんかないよな!
「ちなみに、何があったんだぞい?」
「えーと、色々とはしょりますがかくかくしかじかで……」
……。
え?なにこの沈黙。
「うん、すまないね。命に関わる問題だったね」
「え」
「じゃがどうにかなる問題でもないぞい」
「それもそうさね。大将、諦めも肝心だよ」
へ?諦め?
「あまり気にしないことですぞい」
なんかさっきと同じような事言われてるのに、全然空気が違う!
「今、命に関わる事と」
「細かい事は気にするんじゃないよ。世の中なるようにしかならない事もあるんだよ。なに、大将なら大丈夫だよ、(おそらく)」
「主殿であれば乗り越えられるぞい、(くわばらくわばら)」
「いや、私の目を見て行って下さいよ」
「そ、それは、ほらあれだよ」
「ぞ、ぞい」
二人とも不自然すぎるほど目が泳いでるんだが。
「んんー」
「ほ、ほら。ロカが起きたよ。細かいことを気にしてる場合じゃないだろ」
「いや、それとこれとは」
「おやぶーん!」
「わぶっ」
空とぶ大海!!
「ほらほら、儂らのような爺婆と関わっとる場合じゃないぞい」
「らふぃーふぁふぁん、むふぃーふぁふぁん?」
「んん。そこでモソモソされるとくすぐったいぞ親分」
「じゃあ、あたし達はこれで」
「らふぃーふぁふぁん! むふぃーふぁふぁああん!」
「ん、んあ、お、おやぶん」
逃げられた!しかも、なんか悲しい目でこっちを見ながら。そしてこの大海から抜けられる気が、これっぽっちもしない!
「ほらほら、ロカちゃん。嬉しいのはわかるけどご主人さまが苦しがってるわよ。放してあげないさな」
ふう、危なかった。空気がうまい!
「親分、ごめんなさいだぞ」
く、このしょんぼり上目遣い。セリスさんか?これはいいものだ、だがダメだ。すべてを無条件で許してしまいそうになる。そのちょっと前に出た頭をわしゃわしゃしたくなってきた。
「いえいえ、気にしないでください。それよりもロカさんおはようございます」
「えへへ。おはようだぞ親分」
うん、勝てませんでした。良い笑顔だ。
「我が主」
ぬお!首筋に白い腕がからみついてきた!
「妾にも頭に手をのせ朝の挨拶を」
……この差し出された頭をポンポンしろと?
「妾にも」
はあ。これはたぶんやらないと駄目なやつなんだろうな。
「おはようございます、紅さん」
「うむ。妾は満足だ、我が主」
ふう、なんというかロカさん達のスキンシップ?が激しくなったような気がするんだが。まあ、あからさまに嫌われるよりはマシか。
っとそれよりも今はやらなきゃいかないことが。よしよし、運営から荷物しっかり届いてる。中身は……
【ガロンディアの鍵】
《異なるエリア同士をつなぐ扉を開く鍵。ⅩⅣ狼専用。ガロンディアの祝福、もしくはそれに類する力を持つものを記憶し、何時でもその記憶した場所に移動できる。また初回のみ選択肢が出現し、その中から行ったことのない場所に飛ぶことができる》
うん、これが違うエリアにつがる鍵ってやつだな。
「市長? どうされたのですか?」
「いえ、実はちょっとしたものが届いていまして」
「ちょっとしたものですか?」
「ええ、これです」
「これは? 鍵?」
「違うエリアに移動できるアイテムです」
「なるほど、新しい住人を探しに行かれるのですね」
へ?
「新しい住人を探す? どういうことでしょうか?」
「そのままの意味です。他の場所に住む方々で、市長の領地に移住を希望される方を探しに行くということです」
「希望者がいれば、移住させることが可能なのですか?」
「それは勿論です。流石に魔獣転生のみで、住人の方々を増やし続けるのは難しいですから」
確かに。結構強めの魔獣でも転生しないヤツがほとんどだしな。転生だけに頼るのは無理があるよな。
「ちなみに、移住してもらうにはどうすればいいのですか?」
「簡単です。移住契約書にサインをもらうだけです」
「移住契約書? それは一体」
「市長。頭の中で念じてください、出でよ契約書と」
んー、出でよ契約書!
……あれ?でないな。
「出てこないようですが」
「それは念じる力が弱いのかと、もっと強く念じてください」
もっと強くか……。
こんな感じか? むうううう、出でよ契約書!
「だめです、でません」
「市長諦めてはいけません、心のそこからその思いが溢れるほどに念じるのです」
「なるほど、やってみます」
溢れるほどに念じる。むうううう、契約書、契約書、けいやくしょ。
「市長、良い表情です、その感じで続けてください!」
「わ、わかりました」
ぬぉあおおおおあああ!
けぇえええ、いぃぃぃぃいい、やぁぁあああああ、くぅぅううう、しょぉぉぉぉおおおおお!
「はあ、はあ、はあ。ど、どうですかセリスさん!」
「ぷ、く、くくくっ。よ、良い出来だと思います。ど、どうぞメニューを開いてご確認ください、ぷぷっ」
?へ?メニュー?
あ、あった。移住契約書の項目が増えてる。でもさっきのセリスさんの言い方だと、契約書が直接表れるみたいな言い方だった気が。
「素晴らしい力み具合でした、くくぷ」
はっ!? ま、まさか。
「ぶぷぷ」
やられた!
「市長の勇姿は、しっかりと動画に納めてありますのでご安心ください」
は?動画?
「動画の撮影なんて可能なのですか?」
「ええ、市長が私達に通話機能を開放してくれた時に、撮影機能も開放されたようです」
「え?」
「大丈夫です。市長の勇姿は私が大切にコレクションしていますから、安心してください」
全く大丈夫な気はしないし、これっぽっちも安心できない。むしろその黒い笑顔に色々な不安を掻き立てるんですが。
「ちなみにその大切の意味は、どんな意味なのでしょうか?」
「市長。女性の秘密を探ろうとするのは、あまり良いことではありませんよ」
「いや、人の動画を勝手にコレクションする女性に言われても」
「市長。私の大切なコレクションの事よりも、契約書の件です」
露骨な話のそらしかただな、おい。
「いえ、それより「契約書の件です」」
く、でたな。強引なドリブルめ!
だがしかし、そう何度も押しきられてたまるか!
「ですが「契約書の件です」」
「でも「契約書の件です」」
……。
「あ「契約書の件です」」
く、頭の中にYOU LOSE!の言葉か響いてきやがる。いいだろう、今回も俺の負けだ。完全敗北といってもいいだろう。
だがしかし! いつか見てろよセリスさん、いつか多分きっとリベンジしてくれる!
「どうかされましたか、市長」
「いえ、説明お願いします」
「おまかせください、市長」




