終焉(三条ルート)
そして、今日・・・大きなこの会場には所狭しと並ぶ・・・人々で溢れていた。この会場を貸し切るために、どれだけのお金が動いたのだろう。
もちろん、この試みはネットを介してでもよかったのだと思う。でも、俺の要望で、このステージを借りることになったのだ。俺は逃げてはいけない。どんなに無様な終幕だとしても、面と向かってこの物語に決着をつけなければならない。妹のように向き合うことを逃げているだけでは、だめなのだ。
ここに集まったものたちは、今から催されるものに興味津々といった様子だった。自分たちに手を差し伸べてくれたプロジェクト、きっとこの催しものにも、俺たちの期待に応えるだけの・・・何かがある、そのことを彼らの目は信じて疑っていなかった。
催し物が開始される時間が迫ってくる。いまだ、BGMさえも流れることのない会場に、若干の戸惑いを覚えながらも、観衆たちは、その時が来るのを今か今かと待っていた。
でも・・・・
十時ちょうど、開催時刻になり、ライトアップされたステージに張り出された横断幕には・・・
「卒業式」
そう書かれていた。
場は、静まり返る。あまりにも予期していなかった事態。予想できるはずのない事態。卒業式という言葉は、ただ彼らの門出を示しているわけではない。その言葉は、GHQプロジェクトの終了という意味も意味していた。
それは、あまりにも拍子抜けな結末。・・・数秒の間・・・場は静まり返っていた。そして・・・誰かが漏らした一言
「・・・ふざけんなよ・・・」
その言葉を皮切りに、会場は地鳴りを思わせるほどの、ブーイングの嵐となった。
鳴りやまぬ、怒りの嵐。当然といえば当然だろう。エンディング、エピローグどころか、ストーリーさえ存在しないいきなりの幕切れにプレイヤーたちは行きどころのなくなった感情を爆発させる。
部屋にいることを当たり前のこととして世界を構築せざるを得ない彼らと、彼らを部屋から出そうとしている俺たちとでは、意見が一致することなんて、あり得るはずもなく、俺たちは彼らの学力を上げることで、そんな気になっていたけど、事態はそんな簡単なことではないのだ。
大事なのは、たとえつらいことが溢れていても、彼らにその先の未来に、目を向けてもらうこと。
だから、彼らの居場所を守る殻となりかねない、このプロジェクトを、いつか壊すということは、ある種の必然事項だったのかもしれない。
(ちゃんと終わらせないとな、なあ、花蓮。)
俺は、一人ステージのマイクに向かう。
ブーイング。
ブーイング。
ブーイング。
「きっと、俺もまた、このエンディングを予想できなかった人の一人なんだろうなぁ。」
俺の独り言のような独白に当然だけど、周囲の人は気づかずブーイングを続けている。
「きっと、この場にお前がいるんだろうと、いつまでも信じていた。」
もし、そのエンディングが存在したならば、どれだけ嬉しかったろうなぁ。
「きっと、明るい未来を仲間と一緒に語っていたはず。」
――もう、お前はいない。でも・・・
「きっと、誰かと結婚して、子供を産んで・・・そんな未来が待っていたんだろうな。」
――もう、お前はいない。でも、
「きっとまた、二人で笑えたはずなんだ。」
――もう、お前はいない。でも・・・
あいつと俺が越えることのかなわなかった分岐点を超えた奴らはたくさんいる。俺と花蓮ではこえることのかなわなかった一線を越える、可能性を秘めた人達がこの会場にはたくさんいる。
――なあ、そうだろ花蓮?
「あんたらいつまでそこにいるつもりだよ。」
その言葉は、意図せずして、自然と漏れた。
それは、謝罪の言葉ではなく、一種の怒りだった。
相変わらず、ブーイングは続く。
「どれだけ手を伸ばしても届かないその場所にあんたらはいるのに、まだ後ろばかり気にしてんのか・・・。」
俺の言葉は、独白に近い。少しずつ俺の話に耳を傾ける奴がいる。きっと、無様な言い訳を聞こうとしてるんだろう。
俺は反感を買うと分かってても、この感情を隠すことをしない。
少しづつ、本当に少しずつブーイングが収まっていく。
「あんたらの場所にたどり着こうと思って、たどり着けなかった奴は、きっとたくさんいる。」
――世界は醜いから――
「自分の殻から抜け出したくって・・・抜け出せなかった人は・・・たくさんいる。」
――社会は残酷だから――
「もがきたいと思っても、もがくことさえかなわなかった人はたくさんいる。」
――現実は悲しみで溢れているから――
「社会復帰したいと思って、できずに人生を終えた奴はたくさんいる。」
――人は冷たさを内包しているから――
なあ、でもさ・・・・
お前らは・・・たどり着けただろ?
「ここは、エンディングの場所なんかじゃない。プロローグの場所だ。今までの人生がどうであろうと、ここは始まりでしかない。物語が始まる前にいちゃもんをつけるなよ。」
もう、全部わかってんだろ?
薄れてなくなりつつあるブーイング・・・・もう、全員が気づいているんだ。ただ、目をそらしているだけ。
「つまらないストーリーでも、一人っきりのストーリーでも・・・大切な・・・物語だろ。あんたらの人生くらい、自分の目で見てやれよ。」
ブーイングは完全に・・・収まっていた。
「別に、フリーターでも何でもいいじゃないか・・・、綺麗な人生じゃなくてもいい。醜い人生でいいじゃないか。・・・・・でも、部屋の中で終わってしまう人生なんて、人生なんかじゃない。なあ・・・」
そうだろ?
目の前の群衆を再度見た。
「お前らの居場所はそこ(二次元)なんかじゃあ、ないだろ?」
そして、
俺の居場所もそこじゃ・・・ないだろ・・・
「お前らの物語は、まだ始まったばかりだ。」
支配する沈黙。誰もが分かっていて、誰もが目をそらすこと。それは引きこもり以外にも当てはまることだ。もうみんな気づいている。とっくに踏み出す準備は・・・整っている。
一人、席を離れて出口へと向かっていく。まだ見えない、未来を求めて。
誰も支持などしていない。でも・・・誰もが心の底で理解していることを求めて。
自分の人生を動かせるのは・・・自分だけなのだ。
一人また一人と、席を立った。楽しいかどうかもわかりはしない、未来を・・・それでも自分の目で確かめようとして・・・。
きっと、勉強を教えたり、知恵を貸したりすることはできる。でも、その人自身が人生の中にある歯車を動かすことを諦めてしまっていては、絶対に物語は進まない。
――みんなが知っていることだ。
――当然自分も。
「さよなら、花蓮。」
どれくらい経過したのだろうか?騒がしかった会場は、いまや物音一つ聞こえない。ただ、この会場にまだ残っているものが二人、一人は自分・・・もう一人は・・・
「私は・・・」
ギャルゲーのイラストを担当した、双葉さんだった。
「・・・。」
彼女は、観衆に紛れて、今日の催し物に参加していたようだ。
「
私は、GHQのやり方が悪いものだとは思えない。」
「・・・かもね。」
俺は、その意見を肯定も否定もしなかった。なぜなら、それも答えの一つだからだ。
「どれだけ、世間がそれを批判したとしても、この事業がなした成果が大きな事には変わらない。」
「・・・・。」
この事業は、一体どれだけの人の心を・・・動かせたのだろうか?
「だって、この活動が多くの人のプロローグを作ったんだから。」
「・・・・・。」
確かに、ニートたちを更生できる一歩手前まで導けたという事実は胸を張れるものだ。
「だから、GHQが今日この場でなくなったとしても・・・」
「・・・・。」
「私が新しいGHQを作ってみせる。」
「・・・・。」
「人生の出発点を見失った人のために、それは必要だから。」
「・・・・。」
それだけ言うと、双葉さんは会場を出ていった。
あえて、俺には助けを求めては来なかった。もしかすると、俺自身のことをもう役には立たないものだと思ったからかもしれないし、それ以外の理由なのかもしれない。
ただ、分るのは、彼女の目は決して下を向いていないという事実だけだった。
双葉さんの出ていった出口から、今度は一人の女性が入ってきた。すらりとした長い黒髪と、整った顔立ちを持つ、芽衣先輩だ。
「終わったのか?」
「ええ・・・終わりました。」
「そう・・・。」
「やっぱり、何かが・・・終わるのって・・・・・寂しいものですね。」
「そうかもな・・・・。でも・・・ここは始まりの場所でもある。」
「・・・・・?」
俺もニートたちに向けて言った一言だ。でも、俺たちにとっては、終わりでしかないように思えた。
「だから・・・」
芽衣先輩がステージの上へとすたすた歩いてきた。
「私達だって・・・」
俺の方をまっすぐ見つめた。相変わらず、綺麗な見た目とは相反して、何だか男っぽい言い方だな、なんて思う。
「もう一度、やり直せるはずだ。」
先輩が笑った。懐かしい笑顔だ。
「・・・そう・・・かもしれませんね。」
俺も、笑った。
なくすことだけが、人生じゃない。何かを失ったならば、それに代わる何かを得るチャンスを得たということなのだから・・・。
俺と先輩は、手をつないでこの会場を後にした。
世界というのは、思った以上に明るいものなのかもしれない。一見醜さに支配されたように思える世界でも、探してみれば綺麗なものがたくさんある。
先輩や彩さんが付いてきた嘘は、人によっては許さないと思うのかもしれない事実だけど、やはりその中にも、優しさは含まれていて、俺はその優しさを純粋に受け取ることはできなかったかもしれないけれど、でも、それを優しさだという事実には・・・変わりはしないのだ。
だから、思う。俺たちはそれに気づけていないというだけで・・・思った以上に世界は優しさで溢れているのかもしれない・・・と。
あの日から、数週間が過ぎた。GHQというプロジェクトがなくなってから、学校に人が戻るようになった。今では、前と変わらない授業風景が見られる。塾も平常運転を行っていた。相変わらず、三階ではアイドルのライブ会場かと思わせるほどの、黄色い声が今日も響いているし、地下では怪しげな実験のような授業が行われている。
俺たちにとって、何でもない日常というのは、すぐに帰ってきたのだ。
そんなある日、俺は、帰り際に本屋に立ち寄った。
「えーっと・・・あった。」
俺の求めていた本は、すぐに見つかった。妹の書いた本。双葉さんからもらったものがあったけど、やっぱり自分自身でそれを買ってやりたかった。
やはり、なぜかそこに書かれた物語は鮮明に頭に残っていて、俺の頭の中でそのことが・・・小さなしこりとして残っていた。
俺は、次に花屋さんで花束を買った。ちゃんと、妹の墓参りに行くことができてなかったからだ。
花を抱えながら、俺は物語を再度読み終わった。
「ふう。」
結局、主人公が全てを忘れてしまうというエンディングは、一抹の寂しさを残す。明るかった妹には、ちょっと似合わないエンディングだった。俺は再度表紙にある著者の部分に目をやった。
「・・・・・ん?」
一つ、気がかりなことがあった。著者名のところには、間違いなく土屋カレンという名前が書かれている。でも、正確にはシナリオ、イラスト:土屋カレンと書かれていたのだ。
「?」
それは・・・ありえない。だって、妹は昔からかなりの不器用だったのだ。折り紙の鶴を一度も折れてないぐらい、彼女の不器用さは折り紙付きで、正直、シナリオを書いたことは頷けても、イラストを書けたとは、到底思えない。
「どういう・・・ことだ?」
俺は、著者の残したあとがきの欄を見た。そこには、こう書いてあった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これは、未完結の物語です。
完成する前に・・・あの二人は、いなくなってしまったから。
だから、私が・・・・結末を書きました。
ねえ?これでよかったのかな?花蓮?土屋?
できれば、三人みんなで・・・この物語を終わらせたかった・・・
いや・・・・違う・・・・・
私は、もう一度、三人で笑いあっていたい・・・だけなのかも・・・
・・・あの頃に・・・戻りたいなぁ。
かなうことのない、願い事・・・・半分でもいいから、いつか、叶いますように。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それを見た途端、何かがフラッシュバックした。
埋まることのなかった、記憶の最後のピース・・・・
「・・・そうか・・・・そういうことだったのか。」
俺は、確認するように巻末に書いてあるこの本の発行日を見た。発刊されたのは2007年の9月と書かれている。妹が亡くなった時よりも、後にこのライトノベルは発行されていたのだ。つまり・・・
いつの間にか霊園にたどり着いた。墓場というコントラストに彩られて、いつも以上に空が青い。紅葉は散って何もいない枝の上で、閑古鳥がうなだれている。誰もいない道を独り、腐りかけの葉っぱを踏みつけながら静かに歩いた。
誰もいなくなってしまった道を独り・・・黙々と歩いた。
目的地の墓の前には、一人の女性が先立って、手を合わせていた。俺は・・・声をかける。
「カレンは、あなただったんですね・・・・双葉さん。」
墓の前で手を合わせていた女性が顔を上げた。
「やっと、思い出したんだ・・・土屋。」
双葉カレン、妹と同じ名前を持つ女性で、俺と妹の親友だった人。
青空のもと、双葉さんは、寂しそうに笑った。
ちょっとだけ、昔のことを回想しようと思う。
俺には、昔から体の弱い妹がいた。中学生の時までは普通に生活できてたんだけど、俺が高校に上がる前、事態は急変した。
妹が倒れたのだ。
病院で、俺と彩さんが聞かされたのは、妹がどのように倒れたのかという経緯と、妹が倒れた原因が、一切分からないという事実だった。
日に日に元気をなくしていく妹、それをはた目から見ているというのは、とてもつらい。
妹は、空想話をするのが好きで今日も病室でそれに付き合っているのだけれど、もうすぐこれも聞けなくなるかもしれないのだ。
その時の感情、どういえばいいんだろうか?・・・きっと言い表すことなんて不可能だ。ただ、夕暮れの病室で何かに耐えるような顔で笑う妹の表情がいつも頭の中でフラッシュバックしていた。
本当言うと、学校なんてほっといてずっと妹のそばにいたかったのだけれど、もちろんそんなわけにもいかず、俺はしぶしぶ学校に通っていた。そして、二人の少女と出会うことになる。
一人は図書館で出会った。その頃の俺は、いつか妹の病気を治してやりたいと思って、将来医者になろうと思っていた。そのために、時間のある時に図書館で勉強していたのだけれど、
「勉強ばかりして、楽しいか?」
そう、声をかけられたのだ。振り返ると、とても、美人な女性がそこに立っていた。これが、三条芽衣先輩との出会いだ。
「楽しくは・・・ないかもしれません・・・ただ・・・」
「ただ・・・?」
「俺には、必要なことなので・・・。」
「ふーん。」
一拍
「ねえ?」
一拍
「私が勉強・・・教えてあげようか?」
俺と芽衣先輩は休み時間にちょくちょく合うようになり、勉強を教えてもらう関係から二人手を握り合う関係へと変わっていく。
休憩時間のわずかな時間などを使って、俺たちは勉強にいそしむこととなるのだけど(もちろん、彩さんにも勉強を教えてくれと頼んだのだけれど、こちらは教えるのがたいそう下手だった。よく、今では塾長をするまでになったものだ)、妹の病状は日に日に悪くなって、とてもじゃないけど俺が大学生になるまで生きながらえているとは思えなかった。
そんな時に、二人目の少女に出会う。
二人目の少女は、その人から声をかけてきた。ある日突然、教室の後ろのドアがガラッと空いたかと思うと、ツインテールの女の子が、俺の机の前までやってきたのだ。
「これ書いたの・・・あんた?」
目の前には、学校で毎年送っている作文コンクールで佳作に引っかかった、俺の作品が掲げられている。
「ええっと・・・そうだけど。」
俺は、ただ作文を書くというのでは味気ないなと思い、短編小説風に作文を書いたのだけれど、それが審査員の目に留まり佳作まで至ったのだ。
「これ読んで・・・感想聞かせて。」
そう言って、渡されたのはラノベの原稿のデータの入ったUSBだった。
結論から言ってしまうと、それはつまらなかった。文章の書き方だとか、プロットみたいな、部分はかなりうまいのだけれど、物語の設定や、世界観、一人一人のキャラの作りこみは、正直お粗末なもので、お金を出してまで買いたいものではなかった。
ただ、驚いたものが一つ。次の日・・・
「この、イラストって、ネットから持ってきたの?」
「いや、私が書いた。」
「このイラストを?」
「そう。」
話しかけてきた、ツインテールの女の子、イラストがかなりうまかったのだ。俺は、それを聞いた途端、双葉さんに頼まれていた、作品の批評そっちのけで、双葉さんに頼み込んでいた。
「放課後・・・ちょっと・・・付き合ってほしいんだけど・・・。」
「・・・どうして?」
「どうしても、イラストを書いてほしい人がいるんだ。」
双葉さんは、どこがぼうっとした表情でその時も俺を見ていた気がする。
「・・・・・いいよ。」
双葉さんは二つ返事で返した。
妹は、双葉さんのイラストにかなり喜んでいた。というのも、妹はかなりのアニメ好きで、目の前でイラストが描かれるというのはおおきな衝撃だったのだ。
そして、双葉さんにとっても妹との出会いは強い印象を与えた。俺が作文のコンセプトは妹の空想話が元ネタになっていることを話すと、双葉さんは自ら妹にその話を聞かせてとせがんだ。
妹の方はというと、最初は断っていたのだけれど、あんまりにも双葉さんが聞かせてほしいとせがんでくるものだから、ぽつりぽつりとしゃべりだした。双葉さんは、いつもそれを熱心に聞いていた。
最後に衝撃的だったのが、妹と双葉さんが同じ名前を持っていたことだ。花蓮とカレン。そこまで多く見かけることのないこの名前が一緒だったということは、何だか運命みたいなものを感じると、二人は話していた。
双葉さんは、それから毎日花蓮のお見舞いに来ていた。二人はいつも楽しそうに話をしていたのを覚えている。双葉さんから話しているときだけは、妹がもうすぐなくなってしまう予感が和らいで・・・、俺自身も双葉さんが妹に会いに来てくれるのは嬉しかった。
妹は初めて芽衣先輩を見たときに、目をまん丸くしていた。俺の彼女だと伝えたのだけど、妹は、嘘だーというばかりで、最後まで信じようとしていなかった。
余談だけれど、やっぱり芽衣先輩は学校でもかなりの美人と評判らしくて、そんな人を彼女に持った俺は、周りの人にかなりジト目で見られてたのだという。
そんな楽しいひと時も、終わりを迎えようとしていた。妹の病状は悪化の一途をたどるばかりで、ついにはほとんど目を覚まさなくなったのだ。彩さんも自分の研究室で妹の病気について研究したのだけれど、終ぞ見つけることはできなかった。
そんなある日、双葉さんがあることを提案してきた。
「妹ちゃんの考えた話・・・・小説にしてみたい。」
はじめ、それを聞いたときは、何を馬鹿なこと、なんて俺は思ったのだけれど、妹が起きているときに、それを聞かせたら、意外なことに、妹が是非やってほしいといってきたので、俺もだんだんとその話に耳を傾けるようになった。
そんなわけで、平日の休み時間を使って芽衣先輩と勉強をし、放課後妹の見舞いをした後と、土日を使って、ライトノベルを書くこととなった。
俺がシナリオを書いて、隣で双葉さんが添削をする。なぜか俺たちの息はぴったりで、物語は、驚くほど早く作られていった。そして・・・・・完成が間近に迫ったある日。
妹が・・・死んだ。
そのあとのことは、今となってもよく思い出せない。気が付くと、俺は妹が引きこもりだと勘違いし、彩さんが塾を作るということで、俺も一緒にやらないかと話を持ち掛けられていた。
そして、今日に至る。
墓の前で、双葉さんは語る。
「GHQプロジェクト、実は妹さんの案だったんだ。」
「花蓮が?」
「そう。もちろん、ニートを対象にするとか、そういった話はなかったんだけれど、もっと、アニメのキャラとかを使った授業を作れたらなってあの時の妹ちゃんが言ってた。」
「そう・・・だったのか。」
双葉さんは、いつか妹の夢見たこのプロジェクトを実現してあげたいという思いがあった。でも、一人で達成することなんて当然無理だったから、もう一度俺に合うことを望んでいた三条さんを仲間に引き入れた。
双葉さんは、スメラギ、三条さんは、政府、この二つの勢力をそれぞれが説得し、坂本龍馬のごとく引き合わせることで、だんだんと現実のものとしていった。
双葉さんは、妹の眠る墓を見る。
花蓮は、この展開を、予測できたのだろうか?このプロジェクトが壊しかけたものは多かったけど、救われたという人も、多い。
単純な善悪で語ることなんて、当然できるはずもなく、今降り落ちている、紅葉のように、その様相は様々な色に様変わりする。
「じゃあ、そろそろ・・・行かなくちゃ。」
GHQプロジェクトを再編するといった双葉さんの目指す先には様々な障害があるのだろうけど、思った以上に彼女の瞳は澄んでいて、いったん終わりを迎えてしまったこのプロジェクトの行く末を楽しみにしているようだった。
双葉さんが俺の隣を通り過ぎていく。
「バイバイ・・・土屋。」
でも、これだけは・・・言っておかなければならない。
「小説のエンディング・・・」
双葉さんの足が止まり、こちらを振り向く。振り向いた瞬間、双葉さんのツインテールがふわりと舞った。
「俺は好きだよ・・・・あのエンディング。」
「・・・・ありがと。」
双葉さんは、優しく笑うと・・・今度こそ立ち去って行った。