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二度目の数奇な電話相談

作者: 入火

 昨晩、オレと同じ名字の(ひかる)くんから電話があった。


 ――彼とは二十年ほど前に、当時ハマっていたゲーム関係のオフ会で電話番号を交換したんだ。その折「名字が同じだね!」と数分間だけ意気投合したんだっけ。オレらの名字は本当に珍しくって、同じ名字の人に出会ったのもお互いその時が初めてだった。オフ会の参加人数が多く、直接話せたのはたったそれだけで。その後、オレは別の趣味に熱中することになり、そのまま彼とはネットで絡むこともなく、それっきりの関係だった。


 オフ会から数年後のこと。オレは恋愛関係のもつれで辛い目に遭い、深酒の勢いも手伝って、彼に凸電したのだった。誠にはた迷惑な話だけど、オレだって相手が誰でもいい訳じゃなかった、と思う。男心に、この手の話題はむしろぜんぜん知らない人相手の方が全部ぶち撒けられそうだって打算もあったのだ。そんな曖昧な判断で携帯電話の連絡帳を眺めていたら、たまたま、同じ名字の光くんが目に付いたのだ。


 何コールかして、電話を取った光くんは、最初ずいぶんと戸惑っていた。それでも、面倒そうな感じを出さず、オレの話をしっかりと聞いてくれた。共感してくれた。どうでもいいところばかりダメ出ししてきて、最終的に笑い話になるように話題を転がしてくれた。光くんは聞き上手だな、どんな人なんだろう。沸々と彼に興味が出てきて、そこから彼の趣味やら恋愛観にも話が波及した。


 ずいぶん長話をして、そのまま夜明けがきた。長電話を終えるタイミングを完全に掴み損ねていたオレらは、光くんのリクエストでアニソンを一曲だけ熱唱して、それでもう寝ようって話になった。なんの曲だったか、今では忘れてしまったけれど、あの時流行ってたアニメだったのだと思う。実は二人とも部分的にしか歌詞を知らなくて、しどろもどろに適当に歌詞を作りながら、笑いながらアカペラで熱唱したんだよね。


 歌い終わって、光くんから「僕ら、ものすごく辛いことがあったら、またお互いに電話し合おう」なんて言ってくれた。「そしたらものすごく辛い出来事も、ちょっとは楽しみになるかもな」なんて軽口叩いてオレは応じたんだ。


 電話を切った時、当初の悩みはすっかり吹っ切れていた。そんなことより、ネットの繋がりって割とすげーなって。知人でもないほぼ他人だったのに、勢いで相談したらなんとかなるのすげーなって。そこばっかり感心してた。


 目が覚めた時、ニンマリしながら、ただ少し寂しい気持ちになっていたのを、よく覚えている――。




 さて冒頭の話だ。本題に移ろう。昨夜、その光くんから電話があったんだ。


 きたか。と、オレは心の中でつぶやいた。光くんとの細長くも濃密だった繋がりを維持するため、この十数年で携帯電話の契約先会社を二度変更しても、電話番号だけは維持してきたのだ。そして幸運にも今はゴールデンウイークの真っ只中。今では妻子持ちのオレも、今夜から明日にかけてはどフリーだ。そのタイミングのよさに幸運と興奮を覚えながら、ようやくあの時のご恩をお返しできるのかと意気込んで、2コールで通話アイコンをタップした。


 電話先の光くんはぐしょぐしょに泣いていたんだ。昨日、離婚が決まったらしい。元妻の浮気で、親権は取れず、今後、子供とはあまり会えないそうだ。想像以上に深刻な相談内容でギョッとしたけれど、オレはあの時の光くんがそうしたように、じっと彼の話を聞いて、彼の様子を伺って、時に慰めて、時に質問して、彼ほど上手な冗談は挟めなかったけれど、光くんの鬱憤の膿をすべて出し切ってもらえるように努めた。


 単なる恋愛相談とは違う。子供のことがある。無念さは何倍にも増幅するのだろう。オレも子持ちからそこは分かるよ、と何となし応じてみたら「そうか、キミもあれから結婚していたんだね」と喜んでくれた。そして、このレア名字人口を増やすことに貢献できて、お互いを「よくやった!」と謎に褒め合うのが、この通話中で一時的ブームになった。


 この十年強の間、お互いはどんな人生を歩んだかって話をした。紆余曲折あり、彼はモルティブで働いてるそうだ。単身赴任生活が長くなり、それが祟って妻の浮気だそうだ。オレはそんなことよりも、すでに数時間も話続けてしまっている通話料を気にして青くなった。「そこは問題ない、そういう契約になっている」らしい。「モルティブってどこだっけ?」「機会があったら家族で遊びにおいで、うち無駄に広いから」なんて誘ってくれたりもした。そもそもオレ、顔覚えてないんだけどね、光くんの。


 そうして夜明けがくる。すっかり歳を重ねたけれど、あの時のように、じゃあ一曲歌って終わりにしようかとオレは切り出す。前例に倣い、曲のリクエストはオレからだ。光くんはジョジョ好きだったので、第1部OP曲を無難にチョイス。パソコンでその曲を再生して、手元のケータイに歌詞カードを表示して、光くんの熱唱に合わせてなんとか歌い切った。最後に「じゃ、寝るか!」「また、辛いことがあったらよろしくな!」などとやりとりをした。


 そして、先ほど目が覚めた。


 目覚めとともに、光くんの本名でネット検索するが、見つからない。FBにもそれらしき人は出てこない。オレの通話履歴にも、光くんの名前は確認できない。そうか。彼は実在しなかったか……。


 なんてことはない。十数年の時を経て、オレは『夢の続きを見た』だけ。


 光くんとの出会い、一度目の通話、そんなのは夢の中の設定だ。二十年ほど前にゲームのオフ会なんて参加したこともなければ、そんなゲームすら存在しない。そもそも、今日この時まで、一度目の夢のことすら記憶になかった。


 けれど、不思議なことに、昨晩の夢の中では、十数年前に見たであろう『前回の夢の設定と出来事』を完全に引き継いでいた。こんな風に、以前見た夢の続きが、何年も後にふと再生される経験は何度かあるのだけど、さすがに十数年越しともなると……。奇妙な体験を軽く突き抜けて、懐かしい(・・・・)という感傷の域に至る。


 今度もまた、目が覚めた時、ニンマリしながら、ただ少し寂しい気持ちになっていた。


 きっとまたある三度目を、少しだけ楽しみにしながら。

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