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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
連邦王国戦争・孤独な復讐者
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4話

 まな板の上に置いた魚の頭を切り取り、鱗を剥いである身を腹から開いて、三枚おろしにします。

 尻尾のついた骨を避けて、身を手早く切っていきます。

 そうして出来上がった刺身を米と野菜と卵をのせた丼に主役としてのせて、ワサビを添えれば完成となります。

 ヨホホホホ。あとはイクラでもあれば完璧なのですが、異世界の魚ですし、森の中で海産物を提供できるだけでも贅沢なのでしょう。これ以上は望めません。


 完成した主食である丼2つを持ち、すでに多くのおかずが机に並べられている元にお届けします。

 そこでは、雪城さんとリュドミラさんがそれぞれ違う反応で待っていました。


「お待たせしました。さあ、召し上がれ」


「おお〜!」


 雪城さんはお腹が空いていたこともあり、今か今かと目を輝かせて待っていました。


「…すごいです」


 リュドミラさんは、初めて見る生魚を用いた料理に目を奪われています。

 これもアイテムボックスと拠点の召喚魔法を持っていた雪城さんのおかげですね。調理器具まで揃えられるとか、この方の職種も規格外のようです。ヨホホホホ。

 箸を手にした雪城さんは、早速合唱してから食べ始めました。


「では…いただきます。ドクターの料理は和風だぞ!」


「…それはどうでしょうか?」


 和風なのは主役の海鮮丼と味噌汁だけであり、サラダや唐揚げなどのおかずは洋食に該当すると思います。

 まあ、自分はどちらかというと牛丼だの、唐揚げだのといった、揚げるか焼くかの手早く済むジャンクフードを作る方が得意ですから。

 とはいえ、せっかく一切腐らないで生物を保管していた雪城さんがいたので、ここは使用料ということでお腹を空かせたお二人に昼食を提供することとしました。

 雪城さんが召喚した簡易拠点という名の暖房完備のコテージにて、2人は実に美味しそうに食べています。


「〜! ドクター、実に美味いのだ!」


「グノウ1の料亭でもこんな味は出ませんよ!? 一体何者なんですか!?」


「ご満足いただけたようでなによりです」


 ふたりの実に美味しそうに食べてくれる様を向かい合って座りながら見るのは、なかなかに良い光景ですね。ヨホホホホ。

 自分は能面を被っていますし、食材は借り物ですし、回復魔法で空腹は凌げますし、何よりこうして美味しそうに食べている姿を眺めている方が心地よいので、自分の分は不要です。

 雪城さんは自分のことを無視して舌鼓をうつことに夢中ですが、自分が何も食さないことにリュドミラさんは遠慮気味となり、味には惹かれて箸こそ止まらないもののなんだか食べ付かそうな表情を浮かべました。

 単純にわさびが苦手という線もありますが、触れていないことからその線はないでしょう。


「あの…」


「生魚は苦手でしたか?」


「いえ、そういうわけでは…」


 生魚が苦手ならばあのような進み方はしないでしょう。

 自分の推測通り、リュドミラさんは自分だけが何も食べないことが気になってしまったようです。

 どうせ能面なのですから、気にせず食べていただいてもいいと思うのですが。


「その、ドクターは何も召し上がらないのですか?」


 どうしても遠慮がちになってしまうリュドミラさんが、たえかねたのかストレートに尋ねてきました。

 やはり、自分だけが何も食べていないことが気にかかってしまったようです。

 リュドミラさんとは違い、自分のことなど気にも止めずに丼を掻き込んでいた雪城さんも、その言葉を聞いて、ふと自分だけが何も食べていないことに気付いたようです。

 気にしていないというより、気づきもしなかったようですね。ヨホホホホ。


 …さて、どう答えたものでしょう。

 マウントバッテンは勇者補正を持つ、この世界の人族においては次元違いの魔力を持つ治癒魔法使いという設定にしてあります。

 ここは、設定を追加してそれっぽくするとしましょう。


「いえ、自分は回復魔法で空腹も満たせますから」


「万能なのだな、ドクターは」


 雪城さんは自分の能面をしげしげと眺めながらそう言います。

 リュドミラさんの方は、それでは納得しかねるといいますか、そんな感じの表情を浮かべます。


「何も食わなくていいのに、なぜそんな美味いのだ?」


 雪城さんから質問がきました。

 自分は思いついた設定をそこに追加します。


「いえ、自分も元から回復魔法を扱えたわけではありません。以前はお二人のように食を楽しんでいた普通の人族です」


「…それは、どういう…っ、すみません。詮索するようなことではないですよね」


 リュドミラさんが興味を示したようです。

 雪城さんは元から聞きたいという感じでしたね。この人が他人の過去話に興味を持つのは珍しいことです。能面を被っている治癒魔法を扱う人族というのは、おそらくジカートリヒッツ社会主義共和国連邦では見なかったのでしょう。

 …当たり前ですね。自分もネスティアント帝国でも神聖ヒアント帝国でもそのような方は見ませんでした。


 リュドミラさんも気になっている様子ですが、こちらはあまり人の過去話を掘り下げるのを楽しみにしているような性格ではないようすです。自分の口調からあまり愉快な内容ではないことを察したのか、掘り下げようとすることは自粛したようです。

 しかし、隣で満足げに一息ついた雪城さんは食いついてきました。


「ドクターの過去バナか? 聞きたいぞ」


「ちょっと、環菜さん!?」


 慌ててリュドミラさんが窘めようとしますが、自分は首を横に振りました。

 むしろ、内容はそれっぽい作り話ですから聞いてもらわなければ意味がない代物です。


「いえいえ、むしろここは聞いていただきたいのです。自分としても、いつまでも素顔を隠している事情を話さないわけにはいきませんから」


「ドクターの能面って、ファッションではないのか!?」


 雪城さんが驚きの声をあげます。

 隣でも意外そうな顔をしているリュドミラさんが、一度雪城さんの方を見て、また自分の方を向きました。

 それに対して、自分は頷きます。


「ええ。あまり人に話しても気分のよくなる話ではないのですが…」


「聞かせるのだ!」


「いや、あの、環菜さん–––––」


「聞くぞ、太田!」


「リュドミラです。リュドミラ・スヴェルトルフ」


「細かいことはいいのだ、セオドア・ルーズベルト!」


「リュドミラ・スヴェルトルフです!」



 ルイス・マウントバッテンの過去という作り話の内容は、語ることにさほど長くかかるものでもありません。

 ヨブトリカ王国出身のルイス・マウントバッテンは、治癒魔法使いではあったものの、その力は微々たるものでした。

 そのため、旅商の一団における仕事といえば下働きがほとんどです。

 しかし、それが一転したのが、旅商が巻き込まれた火事でした。

 そこで大火傷を負ったマウントバッテンは、顔が醜く焼け爛れてしまい、ものが喉を通ることもできなくなってしまいます。

 生きたいという一心から、マウントバッテンは治癒魔法を頼り、そこで常人離れした治癒魔法と回復魔法を手に入れます。

 食事も睡眠も回復魔法で事足りるようになったマウントバッテンは存命することができました。

 しかし、その対価というように自身の火傷だけはどうしても癒すことができなくなったのです。

 火傷を隠すために自ら面を被り、旅商は全滅したので身寄りもなくなり、やがてマウントバッテンは治癒魔法を扱う旅の藪医者となりました。

 …というのが、ルイス・マウントバッテンの過去の設定です。


 聞き終えたお二人の反応は、まったく違います。

 リュドミラさんはかなり深刻に受け止めたようで、「そのようなことが…」と呟いています。マウントバッテンの作り話に大いに同情してくれた様子です。

 それに対して雪城さんはさして深刻に受け止めていないといいますか、理解できているのか怪しい様子です。


「近藤、ドクターの過去バナはどうだった?」


「環菜さんも聞いていたでしょ。あと、私はリュドミラです」


「ドクターの素顔を見たいぞ」


「人に見せられるようなものではありませんので」


「今の話聞いて平然とよくそんなこと言えるよな!」


 リュドミラさんもテンションが戻りましたね。

 雪城さんは衝撃を受けたような表情となり、身を反らしています。


「な、何を興奮しているのだ。落ち着けパヴリチェンコ!」


「今までで一番惜しいですが、違います! リュドミラ・スヴェルトルフ!」


「ドクター、お嬢様が話を聞いてくれないぞ」


「それはお前だろうが!」


 ガタンと音をたてて立ち上がったリュドミラさんからのツッコミに、思わず自分も気圧されてしまいました。

 しかし、確かに先ほどのが一番惜しい気がします。


「やはり同性同士では気があうというものなのでしょうか。とても今日が初対面と間柄とは思えません」


「ドクターもこう言っているぞ、坂本!」


「リュドミラです!」


 和んだ雰囲気は、しばらく続きました。



 さて、食器を片付けて拠点を収納した雪城さんはボケ〜としながら空を見ています。

 成り行きというか見えたから助けただけなのでその先には興味を持っていないのかもしれません。そのため、雪城さんの代わりに自分が尋ねます。既に事切れている騎士達のことを上げてリュドミラさんに尋ねました。


「ところで、リュドミラさんはなぜ森の中で王国の騎士に襲われていたのですか?」


 リュドミラさんは現在、雪城さんがアイテムボックスの中を探したらあったという高校の制服に身を包んでいます。風呂まで備え付けられていた雪城さんの簡易拠点でお湯に浸かり汚れと疲れをサッパリと落としてから着用していますので、髪もまだ湿っており、かなり危ない格好に見えてしまいます。

 まあ、さすがに先ほどの土に汚れた全裸の上にマントを被っている、危険すぎる格好よりはマシですが。


 リュドミラさんは色の薄い金髪なので、制服はどうも似合いません。

 雪城さんがいうにはこれしかなかったとのことなので、街に行くまでの辛抱というやつでしょう。


 リュドミラさんは自分に森にて王国の騎士に襲われた理由を尋ねられると、暗い表情になりました。

 彼女の所属はジカートリヒッツ社会主義共和国連邦軍ですし、やはりというべきか明らかに訳ありの様子です。話して仕舞えば自分たちも巻き込んでしまうことを危惧しているのでしょう。

 しかし、自分はジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に用件があるのです。その隣国であるヨブトリカ王国の騎士が連邦の兵士を襲っている事態を見過ごすことなどできません。


「で、ですが…」


 リュドミラさんの方は話したくない様子です。

 勇者であることを明かせばすぐにでも説得できるかもしれませんが、雪城さんもいますし、湯垣という勇者は既に死んだことになっています。嘘をついていることがばれますし、信用を失うだけではなく魔族皇国の耳に入ればアルデバラン様やデネブさんにも大きな影響が及ぶでしょう。それはできません。

 なので勇者であることは明かさずに説得を試みます。


「リュドミラさん。自分はこれでも救命を生業としているものです。国家が絡むような事態となろうとも、目の前で何かを抱えている方を放り出すような真似はしたくありません」


「ドクター…」


「話してもらえませんか? 捨てた故郷とはいえ、王国騎士の蛮行を見過ごすことは私にはできません。すでに、私に取っても無関係ではないのです」


「……………」


 リュドミラさんは、黙ってうつむきます。

 かなり悩んでいるということなのでしょう。

 とはいえ、説得はできそうです。


「それに、雪城さんは本人に直接聞いてみないとわかりませんが、自分はいつまでも森をさまようわけにもいきません。街があるならば向かう必要があり、貴女の様子を見る限りそこが平穏である可能性は低いでしょう。やはり、無関係ではいられません」


「ドクター、貴方は…」


「ドクターに制服姿を自慢するとは、不届きだぞ松井!」


 もう少しでしょうか。

 リュドミラさんの声の調子と表情から、あと一押しで説得ができそうになったと感じたときでした。

 いきなり横から駆けつけてきた雪城さんが口を挟んできました。


「ッ!?」


 しょ、正直今は出てきてほしくなかったです。

 せっかくのシリアスな雰囲気を破壊してくれた雪城さんですが、まあ陰鬱な空気になりかけてましたし、これはこれで良いのかもしれませんね。ヨホホホホ。


 リュドミラさんは突然の闖入者に、困惑したような、困ったような表情となってしまいます。

 あれは、「またこの人ですか…」という感じの顔ですね。表情に書いてあります。

 雪城さんはそんなリュドミラさんと自分の間に割り込むように立つと、なぜがリュドミラさんではなく自分の方に抱きついてきました。


「いいか、近藤。ドクターは私の保護者なのだ。奪うなど言語道断だぞ!」


「自分が子供な点は認めるのですね。あと、リュドミラです」


 すっかり毒気を抜かれたといいますか、さすがに慣れてきましたよという感じで落ち着いたツッコミを入れるリュドミラさんです。

 彼女も適応が早いかもしれません。

 そう思いながら、自分の顎くらいの高さにある雪城さんの頭を撫でます。


「不思議なお方ですね…」


 日本にいた頃から、変態で通る自分でさえそう思わずにはいられない雪城さんの頭を撫でながらつぶやきます。

 変人で話は通じません。しかし、それを不思議に感じることが多々あります。


「…ドクターの方が懐かれていると思いますよ」


 能面を被った変態に抱きつき、犬みたいに懐いて頭を撫でられている女子高生という、犯罪の匂いがする絵を見ながら、何を思ったのかリュドミラさんはそんなことを言いました。

 否定したいところですが、当人が本当になぜか自分、ではなくマウントバッテンに懐いているので否定することが出来ません。


「ドクターの妹になりたいのだ」


「申し訳ありませんが、自分に弟はいません」


「いや、ドクターこそ何を真面目に返答してんですか」


 すっかりシリアスな空気は霧散し、リュドミラさんが呆れた表情で自分にもツッコミを入れてきました。

 自分の呼称はドクターで固定されているようです。

 別にマウントバッテンがどう呼ばれても自分にはさほど関係ないです。

 偽名とはいえ関係あるだろ、と? …それもそうですね。

 呆れ気味に自分と雪城さんを見ていたリュドミラさんですが、すぐに息をこぼすと、やれやれといった表情となりました。


「もう、立派な兄妹みたいに見えますよ」


「お姉ちゃんが羨ましいのだろう、近藤?」


「あんたみたいな姉がいてたまるか! あと、リュドミラです!」


 条件反射といいますか、雪城さんがボケを振るとすかさず突っ込んでくるのは相変わらずですが。



 リュドミラさんの事情を聞こうとしていた話の趣旨が、雪城さんの乱入で大きく崩れてしまいました。

 雪城さんが自分から離れて、ようやく戻れるかと思った矢先です。

 どこからか、森の中にまで届く轟音が聞こえてきました。


「ッ!?」


「な、何事!?」


 自分と雪城さんは揃ってその音に驚きます。

 その中で、リュドミラさんだけはその音を聞いて血相を変えました。


「航空戦艦の起動音!? まさか!」


 リュドミラさんがいきなり駆け出します。


「待て、山田! 1人で突っ走るな!」


 慌てて自分と雪城さんもあとを追います。

 出遅れたとはいえ、人族との身体能力に勇者補正から大きなアドバンテージがある自分と雪城さんは、すぐにリュドミラさんに追いつくことができました。

 しかし、そのときにはあれほど先の見えなかった森がいきなり開けた場所に出たのです。

 突然出てきた平原の先に広がっていたのは、その平原の中に立ち鉄道らしきレールを走らせる巨大な要塞というべき建造物と、それを空と陸から重機や歩兵、航空戦艦などを使い攻め立てる多数のヨブトリカ王国の旗を掲げた軍勢でした。

 そこには、とても小競り合いとはいえない国家同士の戦争が繰り広げられる、日本にいた頃は無縁だった戦場という舞台が広がっていました。

100話投稿、達成しました。

召喚された側にも事情があり、それが暴発して国家を転覆させる事態にまで発展したなど闇に当たるような部分があると同様に、召喚した側の人族も褒められたものじゃない国もある。

召喚された側とした側の黒い事情についてというのが題目の1つであります。

あと、国家と民衆が君主に反して望んだ腐った平和よりも力ある戦乱。これもまた1つのテーマとしています。

もちろん、そういったテーマを無視して勇者たちの迷惑な要素も含めた活躍を楽しめる内容でもありますので、読者様それぞれの視点から楽しんで頂ければと思います。

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