30話
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獣のようで、全く知らない生物の頭骨の形状を取る頭。
三つ目であるリゲルの姿は消え去り、額の目だけが青白く光っている。
そして、かつて対峙した時と違い、その身にデネブの炎を宿していた。
「GHAAAAAAAAAAAAA!!」
その頭骨が裂け、巨大な轟音があたり一帯に響き渡る。
異世界の侵食者の魔力を燃料に、復活を避けるように白い炎が荒れ狂い、闘技場を飲み込んでいく。
建物が燃えてゆく様、そしてそこに立つガヴタタリの姿は、シャルル6世をはじめとする多くの人族に見える。
本物の異世界の侵食者の姿に、洗脳魔法の大元であるデネブが消えた今、正気を取り戻していたリリクシーラの民衆たちは大パニックに陥っていた。
帝都の民が逃げ惑う中、シャルル6世は逃げることなく白炎を纏うその異形の怪物に目を奪われていた。
「大使、どの…?」
彼が知る限り、あの白炎を駆使することができるのは、デネブだけだ。
実際、現状に白い炎を持つ魔族はデネブしかいない。
ガヴタタリが纏うその炎も、元はデネブのものである。デネブの炎に見えたとしても、それは仕方のないことだろう。
だが、今その炎を纏っているのはガヴタタリである。
その形容し難い異形の姿に、リリクシーラの民は、騎士は、魔族は、心の底から湧き上がる恐怖に押しつぶされ、次々に膝をついた。
「な…なんなのだ、あれは…?」
1度目にして仕舞えば、立ち上がる気力も根こそぎ奪われる化物。
逃げる気力さえ浮かばなくなる、魔族に取っても人族にとっても、圧倒的な存在がそこに立っている。
膨れ上がるガヴタタリはやがて、城と並ぶ巨体に成長した。
デネブの転生魔法を取り込んだ事により、強固な鎧と無限の命を手に入れたガヴタタリ。
デネブだけではない。あの時、倒したはずの際にリゲルもすでに取り込んでいたはずだ。
魔族の元帥の二角を取り込んだ事で、その力はかつて対峙した時とは比較にならないものと化していた。
「くっ…!」
アルデバランはその場に踏みとどまるが、ガヴタタリの放つ白炎の熱気はデネブの時とは桁違いのものであり、近づこうにも体が溶かされてしまう。
たまらず距離をとるアルデバラン。
だが、それに狙いを定めたガヴタタリが、口から白亜の熱光線を放ってきた。
「––––––––––––––––––––––––!!!!!」
その1発で、リリクシーラには巨大な穴が穿たれた。
大地を穿つとは、まさにこのことを言うのだろう。
圧倒的な熱光線の前に、闘技場があった地は赤く燃え上り、周囲にいた多くの人族や魔族が消し炭も残さずに葬られた。
そして、その直撃をかわしきれなかった魔族の元帥は、かろうじて原型をとどめているほどでしかない瀕死の状態となっていた。
「あぅ…」
声が、出ない。
体が、動かない。
焼ける。焼かれてしまう。
この体はダメだ。
…否。
あの敵は、絶対にダメだ。
かつて対峙した時とは、桁違いの力だった。
その圧倒的な力に、他者を力ずくでねじ伏せてきた魔族の元帥は、彼女が超えてきた敵と同じようにねじ伏せられてしまった。
肌は爛れ、体の感覚は無くなっている。
動けるようになることなど、夢のまた夢でしかない。
勝てるわけがない…。
たったの一撃で、デネブを圧倒していたはずのアルデバランは、心まで完全に折られ、戦意を根こそぎかき消されてしまった。
ガヴタタリが近づいてくる。
その炎に包まれた手が伸びてくる。
デネブと同じように、あれに取り込まれてしまうのか?
自分が自分で無くなる、生きながらに壊れていく。他者と混じり合い、溶かされていく。
それを思うと、アルデバランはそれだけは嫌だと、恐怖が湧き上がる。
「やめ…」
言葉が出てこない。
出てきたとしても、ガヴタタリに届くはずがない。
炎が触れる。
肌が焼ける。
肉が溶ける。
骨が朽ちる。
その中で、炎を通してガヴタタリに飲み込まれたものの声がする。
嫌だ!
助けて!
止めて!
私に、私の中に入らないで!
混ぜないで!
消さないで!
デネブの叫び声。
助けを求め、必死に嘆く声。
それが自分の結末で、その先にリゲルのように声さえも聞こえなくなってしまう。
そういう未来が見えた瞬間、アルデバランは我を忘れて、みっともなく叫んだ。
「い、嫌だ…誰か、助けて!」
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デネブを圧倒したはずのアルデバランでさえ、その化物のあまりにも圧倒的すぎる力の前に、ねじ伏せられてしまった。
たったの一撃。リリクシーラのすべてのものたちを絶望の底に叩き落とすのに、たったの一撃で事足りた。
ガヴタタリは、それほどに圧倒的だった。
それだけで、もしかしたら勝てるのでは?などというあまりにも愚かしく脆弱な期待は霧のようにかき消えてしまう。
神聖ヒアント帝国を飲み込めば、次は人族大陸を飲み込む。
やがてはクロノス神の背中を制圧し、この世界の創世主さえも飲み込んでしまうだろう。
強者を喰らい際限なく膨れ上がるそのあまりにも巨大な存在に、見上げるものたちが圧倒され、そして絶望していく。
もう、誰にも止められない。
3人もいた魔族の元帥は、全員飲み込まれる。
シャルル6世は、あの炎の主が自分と共に作り上げた、2つの種族が共存した平和な国が壊されていくのを、ただ飲み込まれていくのを、見ていることしかできなかった。
そんなあまりにも無力な己に、悔しいという気持ちと、情けないという気持ちが同時に沸き起こる。
それでも恐怖が圧倒する世界。
膝から崩れ落ちたシャルル6世は、涙をこぼした。
たとえかりそめでも、たとえ思惑あっての事でも、デネブが作り上げてくれたこの国の平和は何者にも代えがたいものだった。
それにさらされることがなくなった国を見て、彼は大きな希望を抱ける予感がした。
…だが、そんなデネブの炎は、今やガヴタタリの鉾としてこの国に刃を向け、容赦なく破壊の限りを尽くしている。
「何で…!」
こうなったんだ!
そう叫びたくなるが、声が出ない。
苦しい。
デネブの炎で燃え盛る怪物により、空気が焼かれてしまっている。
まともに呼吸もできない中で、叫び声などあげられなかった。
そのシャルル6世に、白い炎が届く。
焼かれる! そう、反射的に身構えるシャルル6世だったが、その炎はまるでシャルル六世を守るように形成されていく。
「えっ…?」
何が起きているのか混乱する彼の中に、デネブの声が聞こえる。
恐怖に嘆く声が。
怯え、取り乱す声が。
そして、助けてと願う声が。
「大使殿…」
シャルル6世が顔を上げる。
転生魔法を奪われた。それにより、ガヴタタリは不死となる。
だが、まだデネブの方は完全には取り込まれていない。
仮初めであったとしても、平和な国というものを、平和な時代というものを教えてくれた彼女を救うこともできずに終わるなど、そんなことはこの国の皇帝としてできない!
だが、自分は無力だ。無力すぎる。
シャルル6世は、この瞬間に自身の無力を最も嫌悪した。
自分にはこれしかできないというのが、苦しい。悔しい。
あの中でデネブが苦しんでいるというのに、これしかできない自分が憎い。
自身の無力を、強く呪った。
そして、見知らぬ誰かに懇願した。
〔誰か…助けて!〕
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リリクシーラの人々にも、その声が伝えられる。
怪物の中で必死に抗い、助けを叫ぶデネブの声が。
それを聞いた多くの人たちが願う。
誰でもいいから、助けて! と。
「GHAAAAAAAAAAAAA!」
そんな彼らをあざ笑うように、ガヴタタリがアルデバランを、リリクシーラを飲み込もうとする。
〔おねがい! 助けて!〕
声にならずに、燃える中に叫ぶシャルル6世。
その声はかき消され、目を閉じた彼にも終焉が訪れる。
…はずだった。
「もちろん、助けますとも。たとえ神様仏様が見捨てようとも、勇者たる自分だけは見捨てませんとも。ヨホホホホ」
その声は、あまりにもその場にそぐわない軽いものであり。
そして、助けを請う彼らがこぞって死の底に叩き落としたはずの存在。
幻聴とも思えたそれは、突如としてアルデバランとガヴタタリの間に降り立つと、その炎に覆われた顔面を赤い槍で殴り飛ばした。
巨大な爆発音とともに、ガヴタタリの巨体が大きく仰け反る。
誰もが絶望した中に現れたのは、赤い槍を携える、壊れかけた烏天狗の面で顔を覆う、1人の勇者だった。
リゲルはオリオン座を代表する一等星の1つです。
ベテルギウスを差し置いてその明るさを持ち、冬のダイヤモンドを形成する構成の1つでもあります。
ちなみに、ガヴタタリ討伐戦に参加したという設定の元帥が、この冬のダイヤモンドを形成する恒星である
・シリウス
・ベテルギウス
・ポルックス
・カペラ
・アルデバラン
・リゲル
・プロキオン
にアンタレスを加えた8騎となっています。
冬の星空は見える日が雲などで少ないですが、一度見えればその輝く一等星の姿は夏の空に引けを取らない美しいものとなります。
冬の星空は日本で見上げるのも十分美しいと作者は思います。




