9話
皇女様は、戦国時代の最中にある現在の人族の大陸の地図を示して、ネスティアント帝国の場所を示しました。
沿岸部に位置する国家であり、海洋を隔てた先には人族の敵である魔族の住まう大陸があります。
「ここが、私達の国、ネスティアント帝国です。この国は魔族の侵攻に晒されたとき、最初に戦場となるであろう地に領土を有しています」
「つまり、そのために俺たちを?」
皇女様の言葉に推測を建てたカクさん。
皇女様は、カクさんに対して頷きました。
「情けない事ですが、今のネスティアント帝国には魔族の侵攻にさらされた時、戦えるだけの力はありません。いかに技術を進歩させようと、魔族には人族の遠く及ばない強靭な肉体と強大な魔法の力がある上に、数においても我々をはるかに勝っています。人族が独力で魔族か天族に勝ったという事は、数万年の人族の歴史において、未だに1つもありません。魔族が攻めれば天族が、天族が攻めれば魔族が介入してくる事により人族は存続を続けてきましたが、それは大陸全てが攻め滅ぼされそうになる時です。私は、帝国の皇族としてこの国に生きる民の命を守る義務がある」
そこまで言うと、皇女様は立ち上がり、突然床に座り込むと、あろうことか臣下のいる場で自分たちのような異世界から来た未知の存在に対し、土下座をしてきました。
「なっ!?」
「「皇女殿下!?」」
「ちょっ、何してんの!?」
突然の皇女様の対応に、カクさんと鬼崎さん、双子の騎士がほぼ同時に驚きの声を上げます。
海藤氏は言葉がでず、ケイさんでさえ目を見開いていました。
そりゃ、驚くでしょう! 一国の皇族が、異世界人に頭を下げたのですよ。しかも土下座。
しかし、周囲の反応を無視して、皇女様は懇願しました。
「お願いします勇者様! 身勝手は承知の上、この身がどうなろうと構いません。突然この世界に召喚し、皆様の人生を狂わせる事になったのは全て私の責任です。煮るなり焼くなり慰み者にするなり、私をどうしようと何も申しません。ですが、どうか! 帝国の民を…我らの祖国の危機に、手を貸すことをお約束していただきたいのです!」
それは、皇女様の心からの言葉だったと思います。
本当に、帝国を…この故国を愛しているから、国のためならばどんな目にあってもいいという、君主の最高の姿をしている方でした。
もとよりこういう事に弱いのが日本人です。
鬼崎さんも、ケイさんも、カクさんも、海藤氏も、そして自分も。
えーと、寝ている人は放置しまして…。
ここにいる5人は、皇女様の懇願に言葉をなくしました。
そして、皇女様を止めようとしていた臣下の方々も、こちらを見て次々に膝をついていきます。
君主がここまで国を想っているのならば、臣下である自分たちが何もしないわけにはいかないというわけなのでしょう。
双子騎士とアルブレヒトを含めた全員が、異世界人である、それも高校生の自分達に対して頭を垂れてきました。
自分たちに国を守って欲しいという帝国の方々の願いと、勇者補正付きとはいえ高校生でしかない自分たちに国が守れるのかという不安。
2つの感情が入り乱れているのでしょう。特にカクさんと鬼崎さんは悩んでおり、海藤氏は助けたくても僕なんかというネガティヴ思考から答えが出せず、ケイさんは殴って解決という単純じゃないこと状況に頭を痛めている様子です。
副委員長は、こんな時でも居眠りという稀に見る勇者ぶりを発揮しています。幸いというべきか、カクさんがそれどころではないと真剣に悩んでいるので気づかれませんけど。
さすがに、この場での喧嘩は明らかに不謹慎ですからね。
「…どうする?」
カクさんが、自分の方を向いて尋ねてきました。
カクさんは堅物なので、不器用ですし、こういう事は結構抱え込みがちになるのですが、本当に困った時にはよく自分に相談してきます。
他人がどんな重たい事情で悩んでいようが、いってしまえば冷たい薄情な思考の元にアドバイスをするのが自分という頭のネジの壊れた変態ですから。カクさんは何度かそれに救われたと言っていますので、よく頼られます。
やっぱり思考が回らないのでしょう。自分が戻ってきた事にはスルーです。
本格的に悩んでいる様子ですね。
国1つの命運を握れと言われているのですから、悩むでしょう。
我々は勇者であり、ヒーローではない。できることとできないことを見極めて、その上でこの国の命運を背負うか見捨てるかを選ぶ必要があります。
国防大臣のフェルナンド氏とともにすでに出て行ったもう1つのグループ、物部君達の班はおそらく承諾したはずです。物部くんは博識で頭が回る人ですし、全てを見極めた上で、それでも異世界の人たちを助けるという選択をしたのでしょう。その選択も、軽い気持ちでなんて引き受けていないはずです。…はずですよね?
蹴ったとしても、この国を守る勇者はいます。
物部くん達の選択ですし、押し付けたなんて言わないでくださいよ。
その上で、どうするか。
カクさんは悩み、答えが出せなかったのでしょう。
悩むのは人として当たり前のこと。選択を迫られて答えに詰まることが罪ではないと思います。
それでも見捨てられない。そんな正義を捨てられないとしたのなら、答えは決まっているのではないでしょうか。
少なくとも、自分はこうしますねという参考で、カクさんに答えてみました。
「…知ればいいのでは?」
「…知る?」
カクさんが顔に『何を』という疑問符を浮かべながら問うてきました。
確かに、いきなり言われてハイ納得というわけにはいかないでしょう。
自分は説明不足を補うため、補足事項を伝えます。
「言葉が足りませんね。悩んだなら、結論を急がずに悩めばいいでしょう。皇女様の意志には応えたい、でも自分にそんな責任が負えるかわからない。それで悩んでいるのでは?」
「それは、そうだが…」
「なら、悩んでいる原因を突き詰めればいいでしょう。皇女様がどれだけこの国を愛しているのか、この国が守れそうなのか、自分どころか仲間も巻き込んでも守りたいと思えるものがあるのか、言い方が悪いですが守るだけの価値を見出せる国なのか。国の営みを、人の営みを見て、自分にできることを考えて、試して、調べて、思慮を重ねて、そして結論を導けばいい。国1つの全ての人たちの生活がかかっているのです。重たい責任ですし。そうやって自分で見聞きして、守るかどうかの結論を出す一助とする。重たい責任だからこそ、それくらい思慮を重ねて悩んでから結論を出しても遅くはないと思いますよ。考えなしに軽い気持ちで受けるよりも、ずっと大きいことだと。参考程度に。自分ならばそうしますけど。ヨホホホホ」
「湯垣…」
それが自分の考えです。
悩むのは愚かなことではありません。重い責任ならば、なお苦慮するべきとも言えます。
軽い気持ちで二つ返事の安請け合いよりも、その方がずっと、お互いに失敗したとしても悔いがない選択になると。自分はそう考えます。
最悪、引き受けてくれた物部くんに押し付ける形になりますけど、いいですよね。ヨホホホホ。
なーんて、言ってみたりの自分に対して、カクさんは悩んでいたのが嘘みたいな表情になりました。
ヨホホホホ。一助となったのであれば、幸いです。
「湯垣くん…」
「湯垣君…」
「能面…」
寝ている人を除いた皆さんも、自分の意見に耳を傾けてくれたようですね。
自分は流れるだけですし。皆さんが守るというなら守りますし、逃げるというなら逃げますよ。ヨホホホホ。
「…私も、それで構いません」
う〜んと、皇女様に言ったわけじゃないのですけど。
まあ、皇女様もいいと言っているのだし、どうですかね? 自分の意見は。
役立ちましたか? 役立ちましたかぁ〜? ヨホホホホ。
一同を代表して、鬼崎さんが皇女様の前に膝をつきました。
返答は託されましたけど、皆さんもわかってますよね。
「顔をあげて下さい」
言われた通り、皇女様が顔をあげる。
臣下はそのままです。双子騎士もまだ這いつくばっています。
語弊がありますね。土下座しています。
…変わり、ないですねこれ。
顔をあげた皇女様の目をまっすぐと見据えて、鬼崎さんは言葉を発しました。
「私たちは、元の世界では一介の高校生、子供に過ぎません。平和な国で育ちました。正直なところ、女神様には勇者としての力を得た状態とは聞いていますが、戦いを知らない私たちに国を守るだけの力があるとは思えません。ですが、それでも、あなた達を見捨てられない。見捨てられないからこそ、安易な返答はできないのです」
「それは…」
鬼崎さんの返答は、こうでした。
「もう少し、返事を待ってもらえませんか? 安易に引き受けられないからこそ、私たちはこの世界と、この国と、そして私たち自身の力を知りたい。知った時、もう一度、今度は本当の意味で返事をさせてもらいたいのです」
先延ばしでしかない、自分の案を採用しました。
皇女様からしたら先延ばしにされているだけかもしれませんけど、皇女様はこれまた鬼崎さんをしっかりと見据えて頷きました。
「はい。私の愛する帝国を、皆さんの目で見て、決めて下さい」
そして、少しおびえたような、自信のなさげな、と言っても少しだけの変化ですが。自信なさげな色を目に宿して、一言付け加えた。
「ですが、どうか…。お救いくださる選択を、お願いいたします」
やっぱり、皇女様なんだなと思いました。
そんなこと言われれば、いえ、そんなことを言われたからこそ、やっぱり先延ばしになるとしてもよく考えて決める必要がありますよね。
意外にも、臣下の人たちは鬼崎さんの返答に異議を唱えませんでした。
ふと、隣の人を見てみますと、複雑な表情を浮かべていました。
何でしょう?
いえ、答えはすぐにわかりましたね。堅物の彼が、これほど熱心な視線を送る先にいるのは、皇女殿下です。
ヨホホホホ。まあ、彼の春というものも来るのでしょう。
皇女様は見向きもしていないようですし、できる限りおせっかいをして差しあげましょうか。
「…ッ」
そう思ったのですが、皇女様が一瞬カクさんの方に顔を向けた際に、熱心なその視線に恥ずかしくなったのか、目が合った途端に顔を赤くして即背けました。
カクさんはそれに少しダメージを受けたようです。
「で、では…」
ごまかすように立ち上がる皇女様。
鬼崎さん達も特に気づいていないようですが、自分は見逃しませんでした。
…ん? ひょっとして、兆候ありでしょうか?
「…ヨホホホホ」
だとしたら無粋な肩入れは必要なさそうですね。
自分は、おせっかいを焼くのは極力控えて2人のことを見守る事にしました。
どうせまだ、2人とも自覚ないでしょうし、ね。
すると、ふと視線を感じたもので、そちらの方を向いてみます。
…ケイさんが、なんか睨みつけてました。
なんとなくですが、『ふざけた介入したら殺す』とか言われている気がしたので、反射的に首を横に振ります。
しませんしません! 見守る事にしましたので!
という意思を込めて。
「…フン」
通じたのか、ケイさんは目線をそらしました。
なんとかなりました…。
こうして方針が定まった我々ですが、皇女様のご厚意に甘える事になりました。
まあ、召喚初日ということなので、疲れもたまっているだろうと。
「よろしければ本日はもうおやすみになられますか? 夕餉の刻限には迎えのものを寄越しますので、皆様さえ良いのであればわが皇宮の客室にてお休みください」
確かにいろいろ混乱することもあったということで、全員一致で皇女様の提案というかご厚意に甘える事になりました。
そして、執事と思われる初老の男性の案内のもと、客室に向かいます。
部屋は2人部屋ということで、どうするかという話し合いが案内された客室の1つの扉の前で行われていました。
部屋は3部屋。
男子3名、女子3名で、計6名。
つまりですね〜…。
1つ以上が男女同棲の部屋という事になります。
「仕切はありますし、ベットも2つ用意していますので」
執事さんはそういったものの、どうするか悩みどころとなっています。
順当に考えるならば、危険の少ない組を結成する必要がありますよね。
不純異性交遊の可能性が低いというのを考慮するならば、おのずと理想的な組が出来上がるので自分が声をあげてみました。皆さん悩んでいるようですし。
「こんなのは、どうですか?」
組み合わせ1番、鬼崎さんとケイさん。
組み合わせ2番、海藤氏と自分。
組み合わせ3番、カクさんと副委員長。
誰よりも早く反応を示したのは、執事の男性でした。
肩につかみかかってきて、すごい剣幕で迫ってきました。
「それだけはおやめ下さい! どうか、どうか!」
「ヨ、ヨホホホホ…」
カクさんも反論しようとしたが、あまりにも執事が必死だったために切り出す機会を逸してしまったようです。
しかし、そんなに嫌なのですか?
このふたりの仲は犬猿です。間違いは起こりませんよ。
まあ、喧嘩は起きますがね。ヨホホホホ。
「もう、お前は黙ってろ」
ケイさんに弾かれて、自分の意見は握りつぶされました。
「喧嘩で済むならいいと思うのですがね」
「わざと言ってるのかな〜?」
「い、いえいえ、滅相もありません!」
鬼崎さんに脅されて、引き下がることとなりました。
…怖かったです。
「…これで、どうかな?」
次は海藤氏が提案しました。
組み合わせ1番、カクさんと海藤氏。
組み合わせ2番、ケイさんと副委員長。
組み合わせ3番、鬼崎さんと自分。
「…いや、絶対ダメだろ」
「間違えなくこの中で異性と同じ部屋で寝させてはならないのが、あの奇術師だ」
「さ、さすがにこれは…」
「…ご、ごめんなさい」
当然ですが却下ですね。
めちゃくちゃ危険ですよ、その組み合わせ。
ええ、危険ですよ〜。ヨホホホホ。
「ヨホホホホ…ヨホホホホ…ヒョッヒョッヒョッ…」
顎髭をいじりながら、色ボケジジイの醸し出す変態オーラをまといつつ、不気味な笑い声を鳴らして警鐘を促します。
「あれは、ちょっと、ね…」
流石のお優しい鬼崎さんでも、ドン引きしています。
提案した本人の海藤氏は、それで引き下がりました。
「ゴメン…やっぱり、足引っ張ってばかりで…」
鬱モード突入。
自分と並んで廊下の隅に体育座りを仲良くし始めました。
ちなみに自分は、ケイさんに腹を殴られました。
「次、そんな目で遥を見たら殺す」
脅しもしっかりとつけまして。
…ヨホホホホ。怖いです。
「で、どうする?」
「私はこれでいいと思うよ」
次に意見を出したのは、我らが常識人の鬼崎さんです。
…お前より非常識な奴はいない、と? ヨホホホホ。ですよね。いや〜、照れますな〜。ヨホホホホ。
褒めてないと? いえいえ、自分にとっては褒め言葉ですよ。ヨホホホホ。
鬼崎さんの提案した組み合わせは、こうです。
組み合わせ1番、自分とカクさん。
組み合わせ2番、鬼崎さんと副委員長。
組み合わせ3番、海藤氏とケイさん。
「な、ななな!? そ、そんなの出来るか!」
直後にケイさんが顔を真っ赤にして反論してきました。
わかりやすいですね〜。ケイさん、顔も可愛いし、結構な人気もありますよ。不良ですけど。
そんな幼馴染に片思いをされている張本人はと言いますと…。
「僕なんか…はは、そうだよね…」
キノコが生えてきそうな勢いのため、話し合いに参加できていません。
誰も責めていないのに、どうしていつもそんなことで落ち込むのでしょうか?
自分がこんなであったら、とっくに自殺していましたよ。それだけの事しでかしてきた自覚はありますからね、ヨホホホホ。
一方で、鬼崎さんは予想外といった感じでケイさんの方に問い返した。
「えっ? そうなの? あれれ〜?」
…いえ、楽しんでますね、あの様子。
一方で、ケイさんは得意のツンデレで意地になっているみたいです。
「ち、違う! いや、違わねえけど…。とにかく、できない!」
「なら、私が海藤くんと同室でいいかな?」
鬼崎さんがからかっています。
カクさんは何してんだよと言った呆れ混じりの表情を浮かべています。
そして、ケイさんはそれこそ顔色を反転させて鬼崎さんに掴みかかりました。
「い、嫌だ! オレがカズと同じ部屋がいい!」
あ、引っかかりましたね。
当然のように、鬼崎さんが勝ちました。
すっごい満足げな笑みを浮かべています。意地悪い笑顔です。
そしてケイさんは、自分が何を口走ったのか理解したようで、湯気が出そうなほどに顔を赤くしました。
「へ〜、そっか〜」
「い、いや…だああああアァァァァァ!」
耐えきれなくなって、ケイさん逃亡しました。
その隙に、鬼崎さんがさっさと進めます。
執事の男性に、鬼崎さん自身が出した最終案を提示して、部屋割りをさっさと決めてしまいました。
カクさんはどうでもいいといった感じです。
「行くぞ、奇術師」
「そうですか。ヨホホホホ」
自分も立ち上がり、カクさんの方へ向かおうとして、やっぱり足を止めて後ろに振り返りました。
「僕なんか…僕なんか…僕なんか…僕なんか…僕なんか…僕なんか…」
…海藤氏、どうしましょうか?
一応、この異世界において大戦期に該当する150年もの戦争は、魔族の人族大陸侵攻から魔族の皇太子と天族軍元帥の戦死により帝教枢軸連合が魔族大陸より完全に撤退したまでの期間を指しています。