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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
列国首都奪還・不死鳥の謀略
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13話

 






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 カルペア島からハルゼーを救出し、脱出を果たした私は、伊号四〇二に帰還してそのままホルワド湾からの脱出を果たした。

 今回はハルゼーの救出のみが目的である。彼を助けたのち、カルペア島に私たちが残る理由はない。

 アウシュビッツ群島列国が魔族と繋がっているという話をガヴリールから聞いている。今の私達がカルペア島のアウシュビッツ群島列国にいた人族を説得しようとしても、効果はない可能性が高い。

 その為、悔しくはあるが今はとにかくハルゼーを連れて安全を確保できる場所に退避することを優先させた。


 ホルワド湾防衛艦隊はほとんどが伊号四〇二の攻撃により撃沈させられていた為、カルペア島からの追撃は無かった。

 急速潜航から、伊号四〇二はカルペア島を離れていく。

 晴嵐から伊号四〇二に戻った私は、弱っていたハルゼーを抱えながら、伊号四〇二の医務室へと向かう。

 男子と比べても比較的長身だったことからお姫様抱っこは憧れで押しとどめていた私だけど、まさか男性相手にする日が来るとまでは思っていなかった。

 ハルゼーは私よりも身長が低く、幽閉されていた数日間はろくな食事を与えられなかったことによる栄養失調を起こしている不健康な状態からか、軽い。勇者補正もあり、おかげで私は苦もなくハルゼーを運び込むことができた。

 ハルゼーはあまりいい表情はしなかった。自分より若くて大柄な女に運ばれるのは確かに男としては嬉しくないことかもしれない。とは言え自身の状態とか立場とかも理解しているようで、文句は言わなかった。

 ベッドに寝かせると、ハルゼーはやつれている顔に笑みを浮かべた。


「本当に、助かった。礼を、言わせて欲しい…」


「とりあえず安静にしていてください。お互いに聞きたいことはたくさんあると思いますけど、今は療養に専念することが肝心です」


「そうしてくれるとありがたいな。心の底から、礼を言わせて欲しい」


 ガヴリールと接触したという勇者とか、彼がスプルーアンスに異を唱えてまで勇者を弁護した理由とか、アウシュビッツ群島列国にて今、何が起きているのかとか。

 お互いに聞きたいこととかはたくさんあるだろうけど、ハルゼーに今必要なのは体調を回復させる為の療養である。

 医者ではないけど、私にもそれくらいはわかるから、ひとまずハルゼーは医務室にて休ませることにした。

 船医にハルゼーを託してから、ラインハルトらと合流してこれからの方針を話し合うべく、私はブリッジの方へと向かった。



 ブリッジに戻ると、デーニッツとガヴリールが顔を合わせて何かを言い合っていたみたいだった。

 レーダーはいないが、ラインハルトと伊号四〇二の艦長を務めているグスタフがいる。


「どうかしたの?」


 私が剣呑な雰囲気に包まれているブリッジに集まっている面々に声をかけると、全員が同時に私の方を向いて、真っ先にラインハルトが駆け寄ってきた。


「嬢ちゃん、無事だったかい? 俺との空の旅、瞬く–––––」


「グスタフ艦長、どうかしましたか?」


「…んん〜、スルー」


 ラインハルトの横を完全にスルーして通り過ぎた私は、まっすぐグスタフのもとに向かい、このよくわからない状況に対する説明を求める。

 グスタフは困ったような表情を浮かべて、現状の説明を簡単にしてくれた。

 剣呑な雰囲気はガヴリールとデーニッツの間のみであり、他の面々は単に困惑しているだけだという。

 そしてその理由だが、それはデーニッツが唐突に帰還したガヴリールに対してねぎらいの言葉をかけようとしたのが発端であった。

 ガヴリールはそれを素直に受け取ってくれたそうなのだが、デーニッツがガヴリールに対して恋人でもいるのかという他愛ない世間話のつもりで言葉を振ったところからギクシャクした空気になっていったという。

 どこをどうすればそんな世間話が浮かぶのかは不明だけど、ガヴリールがいると答えて、それに対してどこにいるのかとか今どうしているのかとか、デーニッツがしつこく尋ねたところ、突然ガヴリールがいきなり不機嫌になったという。

 デーニッツはその雰囲気の変化を察して退いたつもりだったが、ガヴリールは嘲笑するように私のことを引き合いに出して「異世界の女などに縋る国の何たるや…」みたいな挑発をした事にデーニッツが激昂してしまい、あわや殴り合いになりかかったらしい。

 戦終わりで気が立ってしまうのはわかるけど、この人達って本当に落ち着きがないなと感じた。

 煽り魔がいなかったのが幸いだろう。いたら確実に伊号四〇二に穴が空いていたはずである。

 私は相手が変わろうと役目は変わらないものだなと感じながら、とにかく仲裁に入った。


「ちょっと、2人とも。何をいきり立っているのですか?」


「女の出る幕ではない」


「引っ込んでいろ、異世界人」


 いきり立っているようで、2人とも私に対して普段とは随分違う冷たい口調で突き放してきた。

 とは言え、語彙が子供っぽいし、喧嘩している時点で子供らしく感じてしまい、私は苦笑いをしながら軽く受け流す。


「はいはい、2人ともまずは落ち着いて。女で異世界人だけど、私これでも勇者ですから。仲裁はさせてもらいます」


「「うるさい、ブス!」」


「…うーん、佐野君みたいなこというね」


 別段、喧嘩していきり立っている人たちに安着な言葉を向けられても、私はむしろ可愛らしいとさえ感じてしまうくらいである。こんなことにいちいち反応していては、湯垣の煽りがある状態での北郷と土師の喧嘩の仲裁なんてできない。

 取り敢えず気に入らない異性には『ブス』という小学生みたいな貶しを飛ばす同級生がいた。素行が悪いけど弱いものいじめが大嫌いな性格で、色んな意味で不良という言葉が似合う男子生徒だった。彼もこの異世界召喚に呼ばれているはずだ。

 彼とのやり取りが多少はあったからか、『ブス』呼ばわりに関して、私には大して効かない。

 なだめようと説得を試みる。


「デーニッツさん、落ち着いて下さい。体は大きいのに忍耐は小さかったら格好悪いですよ」


「勇者殿、引っ込んで下さい! こればかりは譲れないのでな、撤回しろ天族!」


 デーニッツは聞く耳を持たない。

 3人がかりで抑えているけど、今にもガヴリールに殴りかかりそうな勢いである。

 国民主権の日本で育った私には、国に対する忠誠心とか愛国心とかはあまり実感がわかないものだけど、デーニッツにとってネスティアント帝国を侮辱されたのは我慢ならないことだったのかもしれない。

 それでも何でもかんでもに対して噛み付いていては、それは帝国の格を自ら落とすような行いなんじゃないかなと、私は思う。多少の挑発なんで笑い飛ばせるくらいに国を愛し、国を誇りに思うくらいの度量を持つ方が、かっこいいと私は思う。

 だけど、男の子の気持ちなんて私には理解できない。譲れないものを持っているというのが、男の矜持みたいなものだろう。

 …北郷や海藤はそういうのを持っていると思うけど、湯垣はそんな感じはしない気がする。全員が全員持っているわけでもないだろうし、あの変態は特別製だろう。


 とにかく、何とか2人をなだめようと試みる。

 しかし2人は頭に血が上っているので聞く耳を持ってくれない。


「ガヴリールさんも、天族なら人族に噛み付いても仕方ないでしょう? 年上なんですから」


「小煩い異世界人だ。悪いが聞く耳は持てない」


 小煩いって、姑みたいな言い方だ。

 何というか、暗に私がババア臭いと言われているような気がする。

 とはいえ精神年齢が高いとかいうことはよく言われていたし、説教くさいというのも自覚しているし、中身が年増とか言われることにも比較的慣れているから、これもまだまだ許容範囲である。


「小煩くて結構です。君たちが喧嘩しなければ私もおとなしくしますから。取り敢えず、その剣呑な雰囲気はやめてください」


「勇者殿…よく耐えられますね。大人ですな」


 グスタフが感心したように言っているけど、私はまだ20歳にもなっていない高校生です。大人っぽいではなく大人だとか言われると、それこと中身がすでに年増になっていると言われているような気がして素直に喜べない。

 もちろんそういうつもりで言っているわけではないというのは私も理解できる。

 とは言え、今はグスタフにツッコミを入れている暇がないので、2人の説得に集中する。


 …だったのだが、私にもどうしても聞き捨てならないワードというのは存在する。

 いわゆる地雷。はたから見ればそんなことで切れるなよと言われるかもしれないけど、私はどうしても気にしてしまう言葉というのがある。

 日本にいた頃は菩薩みたいとかいわれることが多かったけど、私だって人間だ。泣くときもあるし、怒るときもある。沸点くらいは備わっているし、それが他人より高いという認識は抱いていない。


 そして、2人にその聞き捨てならないワードを言われてしまった。


「いい加減引っ込んでいろ、牛みたいな下品な胸が見苦しい!」


「女のくせに鬼みたいなでかい図体が目障りだ!」


 ピキッ!

 私は、自身の額に青筋が立つ音を聞いた。

 自分でも抑えきれないくらいの激怒する感情が溢れ出る。


「…ねえ」


 自分では抑えたつもりでも、その声は今までの宥めようとしたり、晴嵐の操縦桿を興奮しながら握っていた時の声よりも、はるかに重い響きを持っていた。


「「………ん?」」


 ガヴリールとデーニッツが揃って私の声に反応する。

 それまでの剣呑とした空気は霧散して、ブリッジ内の温度は一気に冷え込んだ。


「…2人とも、今、なんて言ったの?」


 2人の顔が青ざめていくが、私の声にこもる重圧はむしろ重くなった。

 2人どころか、周辺のグスタフやラインハルトたちの表情も青くなっていく。


「取り敢えず、正座しなさい」


「「はい…」」


 私の言葉に逆らえるものは、いなかった。






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 神聖ヒアント帝国帝都、リリクシーラ。

 皇帝の居城である都の中心に立つ宮殿の敷地内。広い城の一角に、魔族皇国の使節であるデネブ達が住まう大使館が設けられている。

 そこで、魔族皇国79元帥の一角であるデネブは、同じく魔族皇国79元帥の一角であるアルデバランの麾下の将帥エルナトに指示を出し、洗脳魔法を施している帝国最強の騎士団である六甲騎士団、『サウスダコタ』と『ペンシルベニア』の団長であるミューゼルとフィヨルドを招集していた。

 帝国北部にて、すでにここに近づいている勇者を迎え撃つべく、『ノースカロライナ』の団長であるセシリアとアルデバラン麾下の将軍の1人であるアルキオネが神聖ヒアント帝国の反乱軍を加えた軍勢を伴って迎撃の準備をしている。今頃はすでに戦闘に入っているのかもしれない。

 アルキオネはここで勇者を討ち取ってみせると言っているが、その勇者は元帥の一角であるフォーマルハウトを退けたことさえあるという。策を巡らせているものの、所詮は人族や天族ばかりを当ててきたためほとんど手の内を晒すことも叶わず、まともに消耗すらしていない可能性も高い。デネブはアルキオネが勝てるとは思っていなかった。

 勝てたらそれはそれ。幸運だった程度の認識しかデネブは抱かないだろう。ここまでしても釣れた勇者は湯垣という仮面の勇者1人だけだある。

 デネブはアルキオネが負ける前提で帝都にて湯垣を迎撃するべく、そして魔族が人族大陸と天界全てを席巻する野望成就のための一手を講ずるべく、動き始めていた。

 その第一手段が、2人の六甲騎士団の団長を利用するものだった。


「ミューゼルとフィヨルドを連れてきました」


 エルナトが2人の人族を伴い姿を表す。

 やってきた2人の六甲騎士団の団長はすでに自我を剥奪されており、その瞳は虚となっていた。


「ご苦労です、退がれ」


 エルナトを下げ、デネブは自我を剥奪され操り人形となった2人の人族に対して魔法を追加する。

 強化をさらに理性を対価としてより高く引き上げる『狂化魔法』。自我をなくした2人の人族にとってはすでにデメリットとなっていないが、それでも勇者相手に少しは役に立ってもらえれば程度の認識でその魔法を仕掛ける。

 2人の人族の虚な瞳に、赤い色が宿った。これで狂犬のような、壊れた兵士として活用できる。


 さらに、デネブはもう1つの魔法を仕掛ける。

 勇者がリリクシーラまで来た場合、まずはこの2人の人族を当てる。

 湯垣という勇者は『治癒師』の職種を授かっており、治癒魔法などによる他者の治療が可能であるという。

 しかも、不可解なことに湯垣という勇者は倒した敵などにも治癒魔法を行使しているという。

 高位の世界からということで勇者としての恩恵を受けているが、所詮やつらは異世界の子供でしかない。おそらく、敵にまでも情けをかけるという理解できない青臭い正義感からだろう。

 そう判断したデネブは、湯垣に2人の人族を利用した罠を仕組むことにした。

 その青い正義感がどのような結末を迎えさせるのか、見ものである。


「フフフ…これは、我ながら面白いことを思いつきます」


 暗がりの中、デネブは2人の狂犬の戦士となった人族に罠となる魔法を仕掛ける。

 それが発動するときを思うと、愉快な気分でたまらなくなった。

大変申しわけありません。

プレアデス姉妹に関するあとがきの解説の掲載は、今回も延期とさせてください。


話は変わりますが、主人公達の考える物語の舞台となっている異世界の住人達とは違った歴史、政治、種族における対立構造に対する認識や考え方。天皇家が存続している中で共和制となっている日本国にて育った彼らの考え方が異世界の住人達の国に対する考え方にどう映るのか、という事柄も一種のテーマとして物語に盛り込んでいるつもりです。これらの話題に関しては難しいと感じる方も多いと思いますから、ところどころに挟み込む程度にしています。物語の主軸には何ら影響は与えませんので、気にせずに読んでいただいてももちろん構いません。



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