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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
列国首都奪還・不死鳥の謀略
72/115

9話

 






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 アウシュビッツ群島列国領海に浮かぶ、とある島。

 パルミノ島というらしいこの島に伊号四〇二が到着したのは、出航から4時間ほどが経過した頃だった。

 浮上すると、そこには聞いていた傭兵海軍にしては明らかに規模が違うアウシュビッツ群島列国の旗を掲げる大艦隊の姿があった。

 私が聞いた話だと、アイゼンハワーの率いる艦隊は潜航戦艦が4隻だけだったはず。

 だが、パルミノ島にいるのは優に60隻はいる大艦隊である。

 潜望鏡から物々しいその島の様子を見ながら、私は隣にいる金髪碧眼のライオンみたいな厳つい顔と巨躯の持ち主であるデーニッツに思わずそうたずねる。

 別に回答を期待しての問いではなかったが、アイゼンハワーを雇ったのは彼だ。ひょっとすると、何かを聞いているのかもしれない。

 だが、案の定デーニッツから返ってきたのは、的を得ない返事だった。


「いや、俺も聞いてねえな…アイゼンハワーの奴がそんなに護衛を増やすわけがないのだが。悪いが勇者様、俺にも見せてくれねえか?」


 デーニッツに潜望鏡を譲る。

 デーニッツは男性と比較しても日本にいた頃は高い部類にあった私よりも、さらに背が高い。ラインハルトも高いが、デーニッツは190cmを超えているだろう。もしかしたら2mあるかもしれない。

 さすがにデーニッツと並べられると、私でも小柄に見えてしまう。この長身をあまり気に入っていない私としては、小柄に見えるデーニッツの隣というのは案外気に入っていた。

 潜望鏡からパルミノ島の様子を見たデーニッツは、表情を変えた。


「おいおい…ありゃアウシュビッツ群島列国だけじゃねえ。ほとんどが神聖ヒアント帝国の海軍旗を掲げていやがるぞ」


「はあ? そんなことあるわけねえだろ、あの古いだけの鎖国国家だぞ」


 デーニッツの言葉に周囲の帝国兵に動揺が走る。

 ラインハルトは否定したが、ならば見てみろというデーニッツに潜望鏡を譲られて、パルミノ島の様子を見る。

 すると、ラインハルトの顔も変わった。


「マジかよ…神聖ヒアント帝国だけじゃねえ。神国の兵が島にいる」


「はあ!?」


 今度はデーニッツも驚いた。

 周囲の帝国兵も、ラインハルトの言葉には驚きを隠さない。

 その様子に、私は疑問を感じる。


 神聖ヒアント帝国というのは南に広がる南方大陸にある人族の国家の1つだと聞いている。世界中にスパイを散らばらせて、人族の国々だけではなく天族の住まう雲の上の神国やはるか海洋を隔てた先にある魔族皇国の情報まで集めているという国だと聞く。

 ここはアウシュビッツ群島列国の領海のはずなのに、なんでここにそんな国の軍隊がいるのだろう。


 そして、神聖ヒアント帝国以上に驚きなのが、神国の兵がいるというラインハルトの言葉だった。

 神国というのは、天族が住まう雲の上に広がる世界にある天族の国家である。

 天族は大戦期が有耶無耶のうちに終わりを迎えると、人族を見捨てて空の上に引きこもったとネスティアント帝国から聞いている。天族はかつて人族大陸を侵略しようとしたこともあり、人族にとってはその時々で魔族も天族も敵になったり味方になったりするそうだ。

 つまり、天族は決して人族の味方であるということはない。

 そんな天族が人族の領域にいるのは、明らかに異常だった。


 当初の予定がいきなり狂ったことに、私たちは一度現状の把握と対策を練るべく、主要なメンバーを集めて会議を開くことになった。

 伊号四〇二はこの世界の潜航戦艦に比べて安全潜航深度が深く、村上が召喚した潜水艦だからなのか、その深度は本来の伊号四百型潜水艦を上回る150mに及ぶ。現在は深く潜航しているため、巨体ではあるけど見つかることはないと思う。

 長机を囲み、私とラインハルト、デーニッツが中心となって憶測を立てていた。

 

 現状を整理すると、パルミノ島にいるのはアウシュビッツ群島列国のデーニッツが雇った者たちとは別の傭兵団で、正規の海軍ではないという。

 アウシュビッツ群島列国には正規軍の他に、各島に仕える私設軍や、海賊対策や商船の護衛などを生業とする金次第で雇える傭兵海軍があるという。この傭兵海軍はアウシュビッツ群島列国と無関係な戦争であれば他国が雇うこともあるのだとか。

 今回パルミノ島にいるのは、天族の神国軍、南方大陸の神聖ヒアント帝国海軍、そしてアウシュビッツ群島列国の傭兵海軍の三勢力である。そこにデーニッツが雇ったという傭兵海軍の姿は無い。

 時刻的には既についているはずだというが、もしかしたら私たちと同様にこのパルミノ島の状況に姿を隠して様子を伺っているのかもしれない。

 確か、デーニッツが雇ったという傭兵海軍も、潜航戦艦のみで構成されている艦隊だったはず。身を潜めている可能性は十分にあった。


 パルミノ島では、3つの勢力が集っているにもかかわらず争いになっている様子はない。

 人族を見下している傾向の強いはずの天族が、人族の艦におりて人族と言葉を交わしている姿もあるという。

 このことから、この3つの勢力は敵対関係にも服従などの魔法をかけられたような状態にもないという可能性が高く、総合的に見れば転属と人族が共同で何かをしている様子にも見えるとのことだった。


「流石にその可能性は少ないと思うけどな…」


「天族が人族に歩み寄るなど異常な事だ」


 ラインハルトとデーニッツは現状の説明として最も当てはまりそうなこの仮説を真っ向から否定した。よほど天族という種族が人族とともにあるのが信じられないのだろう。

 私は異世界から来た勇者なので、この世界における種族間の確執は知らない。この世界の歴史ということで知識としては教えてもらったけど、それでもピンとはこなかった。

 どうするべきか。

 彼らと接触を図るべきか、それでも排除するか。

 いきなり排除にかかるのはさすがに物騒だと思うが、人族の常識では天族と魔族には油断すればすぐに殺されるという認識が多い。

 何しろこの世界において数も力も2つの種族に多いに劣っている人族は、長らく迫害と両種族の覇権を巡る戦争の舞台にされ蹂躙を受けてきた。

 多くの英雄たちが散っていった大戦期が落ち着いてから、長い年月は経過していない。

 親兄弟や自身が受けた戦争の痛みという者がある以上、人族は割り切れないところがあるのだろう。

 言葉は通じるのに、本当は誰も勝ちを流すことは望んでいないと思うのに、彼らの歴史は争うことでしか相手と対話をしてこなかった。

 人族は話し合う場に立たせてもくれなかったから、反抗するしかなかった。

 それは、とても寂しいことだと、平和に浸って生きていた日本人の私にはそう感じた。


 そんなんじゃ、いつまでたっても憎しみの連鎖は断ち切れない。

 人族は弱かったから、天族も魔族も同じ席に座らせてくれなかった。

 なら、その力の差を埋めるのが、私たち勇者だと思う。

 綺麗事を言っているのはわかるけど、それでも話をしたい。

 私は…決めた。


「彼らと接触しよう」


 私がそういうと、周囲の人族たちが目を見開いた。

 いきなり決定されることはともかく、その内容に不満があるのは明らかだった。

 真っ先に抗議をしてきたのは、ラインハルトとデーニッツだ。


「いやいや、何考えてんだよ!?」


「考え直されよ、勇者殿! 天族は人族の話を聞くような者ではありませんぞ!」


 2人に同調するように、他の人たちも繰り返し頷く。

 しかし、私も譲れなかった。

 この世界のことも、戦争のことも、知識でしか知らない。親しい人を殺されて失ったという経験もない。

 それでも、私は勇者だ。私が召喚された理由は人族を助け、守ることであり、魔族や天族を見境なく殺して2つの国を滅ぼすためじゃない。

 わがままなのは分かっている。

 それでも、私は譲れなかった。


「譲れません。私は、彼らと接触し、交渉を試みます」


 決意を変えない私に、それでもラインハルトとデーニッツは説得しようと試みてくる。


「嬢ちゃん、考え直そうぜ? 天族と交渉なんかしたら、何されるかわかったもんじゃねえんだぞ!? 特に嬢ちゃんなんか…」


「勇者殿、天族は人族を家畜同然にしか見ません。言葉が通じたとしても、彼らには話し合いが通じない。それにいかに勇者殿といえど、あれだけの戦力の敵の中に入ってしまっては捕まってしまいます」


「天族の連中は女に目がない。俺はヒンデンブルクの親父さんから嬢ちゃんの身の安全を確保する護衛を命じられているんだ。天族と交渉なんかさせられねえ」


「所詮奴らは全員同じ。壊し、攫い、殺し、犯す。奴らの頭の中はそれしかないのです」


「そういう固定観念で種族をみなすから、争いはいつまでも続くんじゃないですか! 言葉が通じても話し合いの余地がない()()だからと全部括って…話し合いの余地なんてないと言われるのは、それで家族を殺された相手の種族の考え方になるんですよ! 話し合いの余地を自ら放棄して、それで相手には文句を言う資格があるんですか!」


 バキリ!

 盛大な音を立てて机を真っ二つにしてしまった。

 2人の言葉は、個人を見ようとせず、観念に囚われて種族をひとくくりにしかみなしていない。

 天族も、魔族も、人族も…被害者と加害者はあるかもしれないけど、言葉が通じるのにみんな種族ごとに括って最初から話し合いをしようとしない。

 私はこの世界のことを知らないけど。

 それでも、争いの火種を自ら生むようなその考え方は聞きたくなかった。

 種族という括りに、全部の個体を押し込めて、話し合えないからと一方的に敵対して、話し合えたかもしれない相手も殺す。

 そんなんじゃ、争いがなくなるわけがない。

 先人が固めた固定観念に囚われ、話し合おうという意思を放棄している。

 日本でも紛争のニュースを見る度に、先祖の復讐とかにいつまでも囚われて歩み寄ることそのものを拒絶しているテレビの画面の先にいる人たちの考えには、絶対に賛同できなかった。

 それが、ラインハルトやデーニッツも抱いている。

 平和を目指して同盟を結ぶために作って貰った使節団なのに、その中に言葉をかわすことを拒絶するような人達がいたのが、無性に腹が立って、思わず苛立ちを机にぶつけてしまったのである。


「「……………」」


 ラインハルトとデーニッツはそれで黙ってしまった。

 私に怯えただけじゃない。きっと、私の口走った言葉に思うことがあったのだろう。

 急に怒鳴ってしまって申し訳ないとは思うけど、私には謝る気持ちが微塵も浮かんでこなかった。


 口調を落ち着かせて、割れた机から片手を上げて、ラインハルトたちを見る。


「私は、親しい人を戦場で失う気持ちも、この世界における3つの種族の因縁も詳しくは知りません。それでも、天族と一括りにして話し合いの余地のある人がいたときまで敵と言い張ってしまっては、憎しみあいの連鎖が止まることはない。それくらいは分かります」


「そ、それは…」


 デーニッツが何か言おうとしたが、その言葉は途中で途切れた。

 ラインハルトは何も言わない様子だ。

 私は言葉を続ける。


「私は、皇帝陛下に使節の許可を頂きました。使節の目的は宣戦布告ではなく、和平を結ぶことです。使節である私たちが相手を突き放しては、和平なんか結べない。憎しみ合うだけでは何も解決できない。私の、勇者の役目は人族を守ることであり、天族と魔族を滅ぼすことではないのですから」


 使節は勇者が率いていることになっているから、実質的な交渉はレーダーがするとしても方針を決めるのは私に任されている。

 それに、私の言葉に思うところがあったのだと思う。

 彼らは決して憎しみにとらわれているわけではない。それは、天族や魔族にもきっといると思う。


「彼らと接触します」


 私の方針に異を唱える声は、もう出なかった。

帰国できなくなってしまった日本人を助けた台湾警察の所長さんが、話題となっています。

言葉が通じるのにいがみ合う例もあれば、こうして言葉が通じないのに伝わる親切というものもあると思うと、世の中いい人は探せばいくらでもいるものですね。

世界平和を謳うわけではないですけど、国とか組織とか人種とかひとくくりにして固定観念を押し付けるのは話し合いを拒絶しているも同義だと思います。悪人善人がいるのはどこでも同じですし、何が悪でどれが正義かというのもその評価する時代や立場で大きく違いますし。とはいえ、悪の概念がそれだけ曖昧でも固定観念というのは生まれるものですけど。


世の中親切な人はたくさんいるのに…平和って、難しいですね。

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