7話
ドジョウ先生は槍であり、杖ではないのですが、さすがに1人で体を支えることは難しいです。ドジョウ先生を杖代わりにして不安定な立ち姿となっています。結構無様ですね。自分にはお似合いの格好ですけど、ヨホホホホ。
呪いは一度死んでも解除されませんでしたし、治癒魔法を使用して壊れる傷口を修復することにより雷撃の傷が広がるのを防いでいるところですが、拮抗状態ですので良くなる気配は全くありません。
あと、電撃の痛みは生物が非常に嫌う痛みだと聞いていますが、まさにその通りだと思います。
火傷でも火に比べてめちゃくちゃ痛いです。ヨホホホホ。
慣れるまではろくに動ける気がしません。慣れても痛みは変わらないですが。ヨホホホホ。
いい気味だ、と? 全くもってその通りですね。散々対峙する相手をバカにしたような戦いばかりしてきたツケが回ってきたということでしょうか。
日頃の素行の報いが来たという感じです。
それでも煽り魔を降りるつもりはないですけど。ヨホホホホ。
こんな目にあうのを恐れていては、能面被っていたり、煽り魔としてさんざんな迷惑を撒き散らしてなどいませんとも。ヨホホホホ。
今すぐ煽り魔を脱しろ、と? それは出来ない相談ですね〜。これが自分ですから。ヨホホホホ。
しかし…人族、天族、魔族と、この世界の種族3つを相手取る連戦をまた経験するとは思ってもみませんでした。召喚当初は本当に魔族としか争わないと考えていましたので。
自分の場合、職種が治癒師ですから。敵を倒すというよりは、仲間を助ける、支援するにパラメータを全振りしているような職種です。武器と強化魔法で戦闘はできますけど、基本的には敵を攻撃することに関する恩恵は職種の面においてほとんどありませんから。
殆どというのは、一応あるにはあるからです。
医療の反作用と申しますか、薬は時に毒となるということですね。
製薬魔法で毒物を生成することもできます。
案外、『科学者』の職種でも通せるような多才ぶりです。
ヨホホホホ。女神様には感謝してもしきれません。何度かの職種の万能なる性能に我が儚き命を救われたことでしょう。
お前は世界の害虫だからさっさと死ね、と? ヨホホホホ。例えには気をつけてください、それはとても失礼というものです。害虫さんに。
流石に害虫さんでも自分の例えに出されてはその株を落としてしまうでしょう。ヨホホホホ。害虫さんに失礼ですよ、彼らにもプライドというものがあるはずなのですから。
「しかし、これは大変よろしくない状況ですね」
腹を抉る雷撃を見下ろしながら、そう呟きます。
呪いの類ならば浄化魔法か解呪魔法でどうにかなりますけど、これが切れればおそらくあの魔族さんにもわかってしまうでしょう。
そうなれば、あの警告通りに艦隊司令殿の部下が殺されてしまいます。
確か、ハルゼー海軍大将と言っていましたね。艦隊司令殿の名前でしょうな。
自分の記憶によれば、太平洋戦争においてその名前を持つ方がいたと記憶しています。アメリカ軍側の大艦巨砲主義と艦隊決戦こそ至高という考えを持つ海軍大将だったと思いますが。
まあ、こちらの世界のハルゼー大将とは違いますし、関係ないですよね。
ハルゼー大将はアウシュビッツ群島列国の中ではかなり高い地位にいる方だと思っていました。そんな彼が自由に動けず、また配下を用いて秘密裏に自分に接触を求めているような事態と考えるとなると、魔族の静かな侵略は神聖ヒアント帝国だけではなくなりつつあるようです。おそらく、アウシュビッツ群島列国でも、似たような事態が起きつつあるのでしょう。ガヴリール氏と神国軍のことを考えると、アウシュビッツ群島列国は天族に操られているのかもしれませんが、その場合は神聖ヒアント帝国の海軍を領海に入れる上に傭兵海軍までつけるとは考えられません。アウシュビッツ群島列国の傭兵海軍が神聖ヒアント帝国の海軍に同行していたことを考えると、アウシュビッツ群島列国の侵略は魔族側の手によるものと推測できます。
ハルゼー大将は超巨大アノマロカリス戦においても共闘したことから、もしかしたら自分たち勇者を庇って幽閉のような状態にあるのかもしれません。
神聖ヒアント帝国に急ぐ理由はありますが、アウシュビッツ群島列国も見捨てて進むわけにはいかなくなりました。
あの魔族さんが逃げた先は転移魔法発動時に震災ヒアント帝国の帝都であるリリクシーラであるということが判明しています。転移の魔法陣に関しては、その内容を見れば転移元と転移先が読み取れますので。確かに、リリクシーラを示していたはずです。
つまり、人質も神聖ヒアント帝国の方まで連れて行かれてしまったということになります。
アルデバラン様はおそらくですが短気な性格と思われますので、時間がかかって仕舞えば人質の命が危うくなります。
魔族に囚われた人族を助けられないのに仲間を助けられるとは思えませんので。
勇者としての義務感とともに、自分の中での一種の覚悟をかけておりますので、人質は必ず助けだしますとも。ヨホホホホ。
戦友との再会の機会です。手土産が不足しては勇者の面目が立ちませんし、きっと苦労をかけてしまっているであろうハルゼー大将には1つでも多くの朗報を持ち帰りたいですから。
黙れ勇者気取り、と? 気取っているというか、異世界からの勇者というのは事実なのですが。ヨホホホホ。
まあ、似合っていない事実は自覚しているのでご安心ください。
さすがに立っていられなくなり膝をついてしまいました。
つくづく役に立ちませたね、この体–––––おっと失礼しました。怪我をして治せないとなるどどうにも苛立ってしまいまして。ヨホホホホ。
自分、罵声と挑発には耐性がそれなりにあると思っていますけど、痛覚に対する苛立ちというのはあまり得意ではありませんから。ヨホホホホ。
そんな膝をついてしまった自分に、背後からガヴリール氏が近づいてきました。
しかしそれまで湛えていた敵意は霧散してしまっています。無力な相手にまで容赦ない殺気を叩きつけるほど冷徹ではないということかもしれません。
その手に握られていたはずの聖剣は召喚術式を解除したらしく、すでに無くなっていました。
回復魔法も無事に効果を発揮した様子で、足取りや姿勢に問題はないようです。
「もう大丈夫ですか?」
ある程度近づいてきたところで、ガヴリール氏に容体を尋ねてみます。
ガヴリール氏はその質問に対しては何も答えず、自分の隣に立ち顔を覗き込んでこようとしました。
自分の心配をしてくれているのでしょうか? それとも、負け犬の顔を拝みたいというのでしょうか?
どちらにせよ、見えるのは烏天狗の能面だけです。
見世物ではないですし、自分の顔などどの表情でも見苦しいので見せるつもりはありません。それに能面こそ自分の素顔ですから。ヨホホホホ。
「呪詛…いや、寄生魔法か」
自分の能面から、腹に穿たれた傷に視線を移して、ガヴリール氏はそう診断を下します。
それを聞き、自分も穿たれた腹に向けて勝手に名付けました診断用の眼である『千里眼・医療』を発動して自身の腹を診てみました。
するとどうでしょう。
呪いというよりも、寄生魔法という形を取っています。
どうもこの魔法は自分の魔力を食らって限りない稼働と増長をし、寄生した宿主の肉体を魔力の供給源である宿主がある限り駆逐し続ける、魔法版悪性腫瘍とでもいうべき代物のようですね。つまり、正常な細胞を破壊して肥大化を続ける癌細胞が、栄養の代わりに魔力を食らって肥大化し続けている存在ということです。
寄生ですか…。まさかそんな魔法が存在していたとは、この異世界は不思議で溢れていますね。
しかし、知れば知るほどよろしくない状況であることを教えてくれる状態ですね。
いくら勇者補正のおかげで実質無限とはいえ、肥大化する寄生魔法は拡大すればするほどに必要な魔力量も比例して増えていきます。それが無限に成長するというのですから、時間がかかればかかるだけ魔力を枯らされていくということです。
魔力がなくなれば、治癒師の職種の恩恵は受けられなくなります。
それに、今は拡大を防ぐために継続的な治癒魔法を施して傷が広がらないようにしているために成長はしておりませんが、それだけでも常に治癒魔法の行使が必要ということになります。
どうやっても魔力を常時大量に消費し続けなければいけない状況ということでしょう。魔力は燃料のような感覚ですから、枯れては打つ手なしとなりますね。
それに、寄生魔法の拡大を防ぐには治癒魔法の常時行使が必要です。
つまり寝てはその時点で意識をなくして魔法が使えなくなりますから、一晩のうちに寄生魔法に飲み込まれて終わりますね。
回復魔法を使えば疲労や眠気を飛ばせるのでなんとかなりますが。
治癒師である自分だからこそ対応できていますが、この状況を別の仲間が受けているとしたらゾッとします。
あの魔族さんの手の内をこうして有利な状況で知ることができましたから、それは僥倖と言えるでしょう。カクさんとかが受けていたとしたら、仲間の命には代え難いですから自分は浄化魔法を使用していた可能性が高いです。
さっさと飲み込まれて死ね、と? いや、あの…せめて神聖ヒアント帝国の解放と人質の救助を果たしてからにして貰えないでしょうか。欲を言えば、アルデバラン様との一騎討ちを果たしてからだと尚ありがたいのですが。
てめえの願いが叶うだけで虫唾が走る、と? 虫酸くらいは許してほしいものです。世界を股にかけようとも生命のためならば致し方ないと自分は思うのですが。
綺麗事言うな愚図、と? ヨホホホホ。愚図呼ばわりするくらいならばゴミとかカスとか汚物呼ばわりしてください。まだ人間対応の罵倒どまりではありませんか。自分にはその一段上の罵倒をしていただかなければ、自分という奇怪な存在を表現することはできないと考えますよ。ヨホホホホ。
自分1人がこうして引き受けてしまった以上、たらればの過程は論じても無意味なこととなります。国も、人質も、助けられるならば1人残らず助けてみせましょう。ヨホホホホ。
理想論者と言われたとしても、偽善者と言われたとしても、まあ、それはそれで良しとしましょう。自分の職種は『治癒師』です。戦うのではなく、支援し、守り、そして救う職種。これを授かった以上、自分が理想論を振りかざさなくて誰が振りかざすのかというものです。
そのくらいなら煽り魔やめろ、と? いえいえ、自分が煽らなければ誰も煽らないではないですか。そして煽りがなければ面白くありません。
結局のところ、利己帰結ですとも。ヨホホホホ。理想論もそれに過ぎません。ヨホホホホ。
「あの魔族に何を言われたのかは知らんが、理解に苦しむ行いだ」
自分の腹に穿たれた寄生魔法を見ながら、ガヴリール氏はそう評価してきました。
理解に苦しむというのは、おそらく自分がガヴリール氏に回復魔法をかけたことでしょう。
敵に情けをかける行為を理解できないというのは、プライド高い天族ならではの感性かもしれません。
自分は、ようやく慣れてきた暴れる電撃の痛みを噛み締めながら立ち上がります。
「ヨホホホホ。別に理解を求めてやったことではありません。この寄生魔法の存在は知りませんでしたし、敵の手札を死者無く開示させるにこぎつけたのは一種の成功という可能性もあると自分は考えますが。ヨホホホホ」
「能天気なやつだ」
ガヴリール氏の酷評には返す言葉もないというものです。
まあ、自分は能天気な気質という自覚はありますから。ヨホホホホ。
自分はガヴリール氏に向き直ると、とりあえず敵ではないという意思表示をするためにこれだけ伝えておくことにします。
「ヨホホホホ。ガヴリール殿、1つ伝えておきます。ティアレナ氏ならばおそらくソラメク王国にいますよ。命に別状はなければ、束縛もされておりません。会って連れ戻したいというならば、同行している自分の同郷の勇者に自分のことを伝えれば話を聞いてくれるでしょう」
「ティアレナだと!? い、生きていてくれたのか!」
「はい、それはもちろん」
自分の肩につかみかかってきたガヴリール氏に答えると、ガヴリール氏は俯いて目元を片手で覆い隠しました。
それだけ想っているという事なのでしょう。
命がけで助けに来たというのに、おそらく遊び呆けているだろうティアレナ氏と再会したら、どういう顔をするのでしょうか。面白そうなので見てみたいです。
とはいえ、自分には先にやるべきことがありますので。その面白そうなことは想像して詳細を後でカクさんに尋ねてみるだけに置いておきまして、神聖ヒアント帝国に向かうことにします。
「待て」
黙って去ろうとしましたが、背中から声をかけられました。
ガヴリール氏に呼び止められたのですが、何の用でしょうか?
自分もガヴリール氏には尋ねたいことがありましたが、それよりも急ぐべき案件ができましたので神聖ヒアント帝国に急がなければならないのですが。
そんな自分に対して、ガヴリール氏は海の彼方に見える艦隊を指差して問いました。
「あいつらどうするつもりだ?」
…おっと、忘れるところでしたね。ヨホホホホ。
艦隊をツヴァイク島に着けて、天族の皆さんに治療を施し、時間をかけてしまいましたが後腐れ無く出発準備にこぎつけました。
作業の傍でガヴリール氏に話を聞いたところ、アウシュビッツ群島列国では現在、神聖ヒアント帝国からの遣いだという魔族が、アウシュビッツ群島列国の総統であるスプルーアンス氏を洗脳して誤った情報を流しているそうです。
曰く、自分は勇者召喚に紛れた異世界からの侵食者、つまりユェクピモなどと同一の存在であり、クロノス神に敵対する悪しき存在だと言います。
そしてガヴリール氏にはティアレナ氏を誘拐した犯人、いや誘拐したのは事実ですが、それはともかく犯人として教え、協力して倒すべきという提案を持ちかけてきたそうです。
ヨホホホホ。自分の予想に反して、ガヴリール氏ら天族の軍勢は神聖ヒアント帝国を傀儡としている魔族と繋がっていたということですね。
誤解が解けたのは、ガヴリール氏も巻き込んで自分を殺そうとした魔族の剣士が飛来した際に、自分がガヴリール氏を庇ったことが要因だそうです。
異世界の侵食者にしては、明らかに情けがすぎると感じたようですね。
実際には情けというより、条件反射と言いますか、この治癒師の職種を授かってからというもの目につく相手を軒並み助けたいという心情が強くなったものでして。ガヴリール氏には死なれては困るというのもありましたし、そういったことからいつの間にか助けてしまったという次第です。ヨホホホホ。
ガヴリール氏の情報提供から、情勢が一部見えてきました。
連合海軍が襲ってきたときから考えていたことですが、アウシュビッツ群島列国もまた魔族の傀儡となりつつある状態で、神聖ヒアント帝国を征服した魔族の肩がその大きな指揮を取っているそうです。
ガヴリール氏に接触して彼らを自分にけしかけた魔族の名は『マイア』というそうです。
マイアという魔族はアルデバランに使える将帥の1人だそうで、様々な計略や調略を駆使する策士、または嘘上手なことから詐欺師とか言われているそうです。
この事や自分を一騎討ちに誘ったことから、神聖ヒアント帝国における黒幕というか影の支配者たる存在はアルデバラン様というのことになりそうですね。
マイアさんはどうやら自分たち勇者と人族の分裂を狙っているようです。
ひいては自分たち勇者を庇う国と、排斥を訴える国に分けて、人族国家間の戦争を引き起こそうとしている節も見えますね。
勇者を抱える国は北西大陸最大の国家であるサブール王朝と強大な軍事力を持つネスティアント帝国並びにジカートリヒッツ社会主義共和国連邦。反抗する勢力の国々では勇者を加えられると勝てなくなるでしょうから、もしかしたら天族の介入を招くことになります。
そうなれば、双方疲弊したところを魔族が漁夫の利をかっさらうという筋書きが見えてきますね。魔族側の思惑はこんな感じでしょうか。
天族の介入については、ガヴリール氏によると条件次第ではあり得るとのことです。
曖昧ですし証拠もないですが、このような策略があるとすればなおのこと神聖ヒアント帝国は取り戻す必要があります。
当然、寄生魔法という危険な力を持つあの魔族の影がある状況では、他の仲間に頼るわけにはいきません。もちろんですが、人族の国にも頼るわけにはいきません。
ただでさえ勝利の目の薄いアルデバラン様との一騎討ちですが、好機はものにする必要があります。無理してでも、リリクシーラに急ぎましょう。
うだうだ言ってないでさっさと死にに行け、と? ヨホホホホ。休む暇もなしということですか、ヨホホホホ。
「おい」
ツヴァイク島を去ろうとした自分の背中に、またもガヴリール氏の声が呼び止めました。
振り向くと、アイリスの加護を頭に浮かべるガヴリール氏の姿がありました。
「なぜ、そこまで人族に肩入れする?」
唐突な疑問が飛ばされて来ました。
とはいえ、答えられないわけではありません。
自分はガヴリール氏に振り向くと、こちらも当たり前のことなので当たり前の返答をします。
「召喚された勇者である、ということもありますが、『誰かが困っていたら、助けるのは当たり前』だからでしょう。理想とか偽善とか、言い方はあると思いますが、自分の意見は1人くらい理想主義を掲げるのがいてもいいのでは?程度のものですから」
「…本当に理解に苦しむ」
自分の返答にそんな評価を残し、ガヴリール氏は配下たちの方へと戻って行きました。
自分もまた、海を歩いて行くことにします。
顔も素性も知らない誰かを助ける精神というのは、尊い道徳心だと思うことがあります。
最近は聞かないのですが、タイガーマスクを名乗り匿名でランドセルや金銭を無償で寄付した『タイガーマスク運動』が日本に広がりましたね。




