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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
南部海岸地帯・魔導の森
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29話

 鱗が逆立ち、トゲ状となった腕が大きく振り回されます。

 それを姿勢を低くして躱し、同時に両手を支えとして足を振り回し、ユェクピモの足を蹴り崩します。

 しかし、それを狙っていたかのように、ユェクピモが大ぶりの攻撃を落としてきました。


「死ね、クソが!」


 ユェクピモの足は思ったよりも頑丈で、自分の蹴りは効きませんでした。

 即座にその場を飛び退いて、ユェクピモの攻撃を躱します。

 飛び跳ねて距離を取る自分に、ユェクピモの追撃が襲いかかってきました。


「串刺しになりやがれ!」


 飛来する影の軌道を見極め、紙一重でそれらをやり過ごします。

 頭に血が上っているようで、数だけ揃えて狙いの雑な攻撃が目立ってきました。

 影をかわしつつ、距離を詰めにかかります。


「クソが! 避けんな!」


「お断りします」


 目の前まで距離を詰めたところで、そこに迫るユェクピモの攻撃を躱し、その頭上を通り過ぎようとした腕を捕まえて、肘を無理やり上にあげます。

 ユェクピモの腕が勇者補正により跳ね上がった力によって、へし折られて脱臼どころか千切れてしまいました。


「くそ–––––グアッ!?」


 悪態つくユェクピモの顔面の3つの目に、その隙をついて発勁を打ち込み砕きます。

 3つの目は見事に砕け、体液を撒き散らしました。


「うガァ!?イッテェ!」


 ヨホホホホ。悪態ついているからこうして隙をつかれるのです。

 我武者羅に影がユェクピモから伸びて暴れますが、そんなあてずっぽうの攻撃程度であれば数を増やしたところで見切ることは容易です。

 至近距離でそれらを交わすと、反撃というかまだ何も食らってませんが、とにかくガラ空きのユェクピモの胴体に発勁を打ち込みました。


「うガッ!?」


 派手に吹き飛ばされ、ユェクピモが床を転がります。

 そこから影が崩れて離れ、新たな影が周囲の闇より集まりユェクピモの体を再構築していきます。

 さらに追撃を警戒してか、別方向の影が次々に自分に四方から迫ってきました。

 それらには防護魔法を展開して直撃を阻止します。

 防護魔法によって影が隔たれて自分に届かなかったのを確認し、ユェクピモの方を向きます。

 その体は既に完全に修復されていました。頭に上っている血はそのままのようで、その目は怒りに赤く染まっています。

 修復速度は速いようですね。自分も人のことは言えませんが。


「クソが…!」


 ただし、頭に上った血を落ち着かせることはできていない様子ですが。

 今の睨みつけているユェクピモは、何度目になるか飽きもせずにまた悪態つきました。


 攻防が続きますが、自分は治癒魔法と回復魔法を、ユェクピモは迷宮の支援を受けて互いに傷つきながらも即座に回復しての攻防が続きます。

 ユェクピモの伸ばす影は呪いを帯びており、触れればたちまち呪いを受けてしまいます。浄化魔法や解呪魔法で呪いを解くことはできますし、呪いを解いて仕舞えば治癒魔法が効きますので、それほど大きな問題ではありません。

 影は防護魔法で防ぐこともできますし、数が多くとも効果的に使われていないので対応はそれほど難しくはありません。冷静に見極めて避けています。


 暫くの攻防を続けながらも、自分はユェクピモの弱点などを探りながら攻撃してきました。

 一応、攻略のための作戦を1つは立てることができましたが、効くがどうかまではまだ判別できませんので、これについては機会をうかがうとしましょう。機会を得られれば試す程度の感覚で、あくまでも弱点を探りながら戦います。

 今の所、どこを攻撃しても必ず再生されることは判別できています。首を捻ってもそのダメージを押し付けた体の一部を切り離されましたので、おそらくどこでも再生できるのでしょう。

 弱点については、ユェクピモがキレながら雑な攻撃を繰り返したおかげで、隙だらけだったので色々試してきました。

 打撃による攻撃も、床の残骸や岩を用いた斬り付けでも、即座に影が修復していきます。

 修復に関する影はユェクピモが操作しているというよりは、迷宮内でかすかな負傷をした場合でも勝手に集まってくるという感じるのでしょう。

 攻撃、防御、回復の役を同時にこなす影の存在はなかなかに厄介です。


 影は迷宮がある限りいくらでも湧いてくるようです。

 影をどうにかするには迷宮を壊すべきでしょうが、暴れて壁を崩した程度では迷宮には響かない様子です。それくらいならば迷宮の主人であるユェクピモを倒した方が早いです。

 そしてそれをなすには影が邪魔と、それぞれがそれぞれを支えている循環ができています。

 ユェクピモの迷宮は、かなり効果的なもののようですね。迷宮内においては無敵であると豪語するのも頷けるでしょう。


「ふざけやがって、ゴミ屑野郎が!」


 ユェクピモが大ぶりの攻撃をしてきました。

 振り下ろされる腕に対して、自分はその手首の部分を掴み取ると、捻って姿勢を崩させて、ついでに発勁をうなじに叩き込みます。


「クソがっ!」


 影が多数伸びます。

 それを躱し、距離をとって危なげなく着地します。

 ヨホホホホ。普通だったら脊髄に響いている一撃なのですが、そもそも脊髄がないかもしれませんけど、ユェクピモにはうなじも修復可能な範囲のようです。

 また影が集結して、ユェクピモの体を修復しました。

 これで何度目でしょうか。

 カクさんたちの無事を確認したくはありますが、ユェクピモの足止めは自分が申し出たことですので、ポルックス氏たちに任せます。

 蘇生の薬も持たせましたし、きっと大丈夫でしょう。


 ユェクピモは、なぜか動くことはせず、影による追撃もしませんでした。

 頭に上った血は目の色を見る限り引いているようには思えないのですが。違う行動に、自分も思わず動きを止めて様子を見ます。

 なんでしょうか?

 すると、ユェクピモの目の色が黒く変化しました。


「…埒があかねえ。テメエの相手もそろそろムカついて嫌になってきた。生贄用にするのは止めだ。跡形もなく消しとばしてやる!」


 ユェクピモのセリフから、何かを仕掛けてくるようです。

 保険としての蘇生魔法の仕込みはまだ使用していませんので一度は生き返ることができますが、跡形もなく殺されては蘇生魔法が発動しても生き返れずにまた即死する可能性があります。

 自分以外にも迷宮内に勇者はいますし、彼らを生贄用として自分のことは本気で潰しにかかるということでしょう。


「ヨホホホホ。隠し玉というやつですか?」


 構えをとり、迷宮にも警戒を向けながらユェクピモと対峙します。

 ヨホホホホ。こういう場合は、受けて立つのが自分の流儀です。何故なら面白いですから。

 ぶれない奴だな、と? 自分は面白い方向に向かうだけです。一種の探求者という奴ですな。ヨホホホホ。

 それに、対峙しないとどんな攻撃であれ未知のそれは見切りようがないですから。


 ユェクピモは自分の態度を挑戦を受け取るものではなく、見下した挑発の類と受け取ったようです。面もありますし。

 ギリリというここまで聞こえる歯ぎしりを鳴らしました。


「ふざけられるのもそれで最期だ、ゴミが」


 果たして何が出るか。

 そう考えながら敵の動きを見逃すことなく構えていた自分の前で、ユェクピモは口元を歪めました。


「ヒヒヒ…喚こうが遅い。お前に特別に見せてやろう、俺様の『邪法』をな!」


「…ジャホウ?」


 聞きなれないというか、初めて聞いた単語に首を傾げます。

 魔法とは違うものでしょうか? それとも魔法の一種でしょうか?

 どちらにせよ、ユェクピモが何かを仕掛けてきたことは察しがつきました。

 防護魔法を展開してその『邪法』とやらに備えます。

 ユェクピモが片手を自分に向けてきました。

 そして–––––


「イヒヒヒヒ! 食らえやクソ勇者! 俺様の邪法の餌食になれ! 『ダトロ・エガ・ヘヴラニ・オズラフ・リガ』!」


 ユェクピモが詠唱らしきそれを唱えた瞬間、突如として金縛りにあったように身体が動かなくなりました。

 あれ? 声が出ません。身体が動かなくなりました。

 …魔力の動きを全く感じませんでした。

 何があったのか、混乱する自分の視線の先で、ユェクピモの体から腕の形を模した影が伸びてきます。

 それは、周囲の影とは明らかに何かが違うように見えます。

 見た目の違いは関節まで備わる腕の形をかたどっていることと、色が赤いことでしょうか。

 ただ、そんな外見だけの違いではなく、自分にはその腕が異質で異様なものに感じました。

 あれはまずい。あれだけは触れてはならないという気配を強く感じます。

 ですが、体は金縛りにあって全く動きません。

 その様子を見るユェクピモの顔は、嘲笑うものでした。


「ヒヒヒ…動けねえだろ? 言ったよな、お前はここで死ぬって。ヒヒヒ…その時だ。心臓を抜き取られて、死ね」


 そう、冷たい瞳で言い渡された直後、赤い腕が猛烈な速度で自分のところに迫り、自分の防護魔法をあろうことか何もないかのようにすり抜けて、自分の胸部を鷲掴みにするように掌を広げて自分の胸の上に止まります。

 何をするのでしょうか? それ以前にどうやって防護魔法を突破したというのでしょうか?

 疑問は絶えませんが、それ以上にこの腕が不気味で、本能が警鐘を鳴らしているようにさえ思えます。

 早く離れろという危険信号ですね。

 とはいえ、金縛りで動かなければどうしようもありません。

 なされるがまま、でした。


 すると、赤い腕の中に何か脈打つものがうっすらと浮かんできました。

 それは、赤い腕の手のひらにすっぽりと収まるもので、色は赤く血管らしきものが浮かんでいるように思えます。

 それはまるで、心臓のようで–––––


 ブシュ!


 赤い腕がそれを握りつぶしました。

 直後、自分の喉元から血が湧き上がり面の裏を汚して盛大に溢れ出しました。


「ゴフッ!」


 呼吸ができなくなりました。目の前がいきなり回り始めました。胸に激痛が走り、急速に体の末端から感覚が消え出し始めました。

 何があったのか、それは理解できます。

 しかし、それが可能な手段など魔法には無かったはずなのです。

 先ほどの赤い腕は、自分の()()を握りつぶしたのです。


 たった数秒の出来事でしか無かったですが、自分の意識が黒い海に沈むのには長い時間がかかったように思えます。

 これは魔法ではなく、呪いに近い、いやそれとも違う別のものでしょう。

 ジャホウ。じゃほう。

 なるほど、『邪法』ですか。

 ユェクピモの言った言葉に、自分は合点がいきました。

 魔法ではない。ユェクピモの異世界から持ってきた異質で呪われた力というやつでしょう。

 赤い呪怨。確か文献ではユェクピモに赤い呪怨で掴まれては最期、必ず死ぬという呪いの腕のことをそう称していたと記憶しています。


 邪法、迷宮、魔導の森、影、異世界…それらが揃い、身にその力を受けて、自分は合点がいきました。

 なるほど、そういうことですか…。

 それならば、プランは…。


「ヒャハハハハ! 死ね死ね、ゴミクズ野郎が!」


 ユェクピモの言葉を最期に、視界が暗闇に沈み、倒れこみます。



 そこで意識はプッツリと途絶えて、そして直後に蘇生魔法で引っ張り上げられました。

 急速な意識の覚醒にはあまり慣れていませんので、叩き起こされたことに混乱してしまいます。

 その中で、自分は治癒魔法を発動させて即座に動きました。


「ヒョッヒョッヒョッ。道は立ちました。こちらもフィナーレといきましょう」


「…は?」


 倒れこんだ自分を見て、赤い呪怨の邪法を受けた自分を見て、完全に勝利を得たと確信していたユェクピモの顔が、立ち上がって平然と言葉を発した自分を見て、とっても間抜けな顔を見せてくれました。

 ヨホホホホ。面白い顔ですな。


「な、何で、立って…? いや、はぁ?」


 混乱するユェクピモをよそに、自分は動きます。

 答えが出た以上、ユェクピモを倒す道は立ちました。ヨホホホホ。勝負をいただきましたよ。

 自分は心臓を握りつぶして動かなくなっていた赤い呪怨に触れ、その腕の中に自身の手をめり込みます。


「ヨホホホホ。ひんやりして気持ちいですな」


 赤い呪怨の中は冷たいです。

 ユェクピモはまだ混乱しているので、その隙にさっさと済ませましょう。


「確か…これをこうして…ヨホホホホ。セット完了です」


 赤い呪怨の書き換えをしました。

 これでこの邪法は自分の制御下に入ります。

 赤い呪怨に入れていた方の手に、赤い腕は瞬く間に集まり一振りの槍を形成しました。


 そして、その工程を見ていたユェクピモの顔が一気に変わりました。


「な!? な、ななな!? 俺様の邪法を…乗っ取っただと!? な、何だよお前!? はあ!? 何がどうなっているんだよ!?」


 大混乱でわめきだしましたね。

 ヨホホホホ。確かに、勇者であればこんなこと知るはずもないので当然でしょう。

 勇者補正の恩恵があったからこそ赤い呪怨改めまして…名前は後にしますか。この赤い槍を制御下に起き書き換えを成功したとはいえ、そのやり方を知るはずがないのですから。

 ですが、ユェクピモは少々手札の開示をしすぎました。

 傲慢の時点で、すでに出ていましたから。死亡フラグ。

 ヨホホホホ。では、綺麗に回収していただきましょう。


 ユェクピモは状況が理解できず、わめいています。

 影を自分に飛ばしますが、如く防護魔法で完全防御しています。

 一方通行型の防護魔法ですので、こちらがなげる槍とかは通りますよ。ヨホホホホ。


「何でだよ!? ざけんな! 俺様の邪法が支配されるなど…あってたまるか! そんな手品に騙されるものか! てめえはさっき確かに心臓を握りつぶされて死んだ!」


「そうですね〜」


「うるせえ、アンデット! 浄化されろ!」


「ヨホホホホ。残念ながら、生きてます」


 蘇生魔法が発動したおかげです。

 またも女神様に授かりし力で命拾いをしました。感謝を捧げなければならないでしょう。

 その前に目の前の敵ですけどね。

 しかし、アンデット呼ばわりとは…。

 ゾンビに劣るから仕方ない、と? 自分、幽霊ではないですよ。変態ですけど。ヨホホホホ。

 

「あり得るか!? お、俺様が、こんな…!」


 ユェクピモの喚きが途絶えます。

 …言いたいことは言い終えたようですね。では終わりにしましょう。

 というわけで、槍を構えます。

 この邪法を扱い、そして魔導の森を迷宮とする侵食者というならば、答えは1人しかいません。

 こんな場所にもいたのは驚きですが、そういうのですから仕方がないといえば仕方がないでしょう。


「俺、様は…」


「ヨホホホホ。見納めですよ、()()()()()()


「てめえ、何で–––––ッ!?」


 ユェクピモの言葉は最期まで紡がせませんでした。

 心臓を穿つようにされている赤い槍を投擲し、その心臓を貫きます。

 ビキリ、と迷宮にヒビが走ります。

 影が集いますが、それはユェクピモを幽閉するように自分の展開した防御魔法を阻まれ、ユェクピモには届きません。


 こんなの、あってたまるかあ!


 そう、防護魔法の箱の中でユェクピモが叫んでいます。

 しかし、赤い呪怨が変化した槍は一度心臓を貫いた相手を逃すことはありません。

 防護魔法の中で、その世界を渡る侵食者は、自身が出した邪法に飲み込まれ、その存在を欠片の1つも残さずに心臓を中心に崩壊させていきました。



 迷宮の主人の死に、魔導の森が崩壊を始めます。

 赤い呪怨から姿を変えた赤い魔槍を回収し、手頃な場所にある森の木に触れます。

 壊れゆく迷宮の絡繰の中から、カクさんたちが戦っている場所を捜索し、そこに迷宮の出口を制定します。

 これでカクさんたちは脱出できるはずです。

 それから自分のいるところにも、出口を制定します。

 この迷宮に用はありません。

 それでは、戻るとしましょうか。ヨホホホホ。

気づけば第2章で早々に暴走する6人勢揃いが崩れています。おかげで被害が少ない様子です。

揃ったら簡単に街1つが消えるので、揃わないことを願いましょう。異世界の人の為に。


…はい。

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