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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
南部海岸地帯・魔導の森
56/115

24話

 





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 冷たい床に頰が付いている感触から、意識が覚醒していく。

 目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。

 冷たい風を発する木々と石造りの床に囲まれた、暗い神殿らしき建物の中。

 松明が所々あることで視界は確保できるものの、その細部は見えない。


「うっ…」


 北郷は頭を抑えながら起き上がる。

 記憶が多少混乱しているが、すぐに思い出した。

 江山と再会し、彼女がソラメク王国にきた経緯を聞いて、力を貸すことを約束した。

 それにティルビッツとエレオノーラも賛同し、参加を表明してくれた。

 そして早速動こうとした時だった。

 北郷たちの取り囲んでいたテーブルの床が光り、それが転移の魔方陣だということさえも気付けないうちに意識を失った。


「っ! 皆はっ!?」


 そこに来て、北郷は慌てて周囲を見渡す。

 周りを見渡して、近くに1人倒れている姿を確認して慌てて駆け寄る。


「江山!」


 江山を抱えて揺さぶる。

 目立った外傷はないが、2度と目が覚めないのではという錯覚に見舞われている。


「江山? おい、しっかりしろ!」


「…ッ」


「江山!」


 江山の表情が動いた。

 更に強く呼びかけると、彼女は目を開いた。


「ここは…?」


「江山…よかった…!」


 江山の目が覚め、声を聞けたことに安堵した北郷は、普段の堅物ぶりを崩して、ただ素直に彼女の生存を喜び、その体を抱き寄せた。

 普段のヘタレぶりからは離れた大胆な行動ではあるものの、それだけ北郷が喜んでいた証である。さすがに江山たちの境遇を聞いてようやく助かった、などという矢先に死んでしまってはと、不安で仕方がなくなっていた。


 江山は覚醒していく意識の中で、自分を抱きしめている相手が北郷であるとわかると、場所が見たこともない地になっていることなど気にもせず、最も頼りになる相手がいてくれたことに安堵しながらその背中に手を回した。


「佳久…君の腕の中は、本当に安心できるな…」






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 転移魔法の影響を受けながらも、『偵察兵』の職種の恩恵からなんとか意識を保つことができた六人部は、森のようにも建物の中のように見える見知らぬその場所で、周囲をとにかく警戒していた。

 北郷の連れ人であった2人のネスティアント帝国の人たちと、ウリヤノフ総裁が六人部の近くには意識を完全に失って倒れている。

 そして、彼らを守るように立つ六人部の前には、1つの影があった。


「…誰っすか? ウチらにはやることがあるっす。潰されたくなければ、さっさの元の世界に戻してくれないっすか?」


 その影に、六人部は敵意をあらわにして言うが、影は勇者の脅迫を柳を撫でる風を相手にするように嘲笑う。


「ヒヒヒ…そいつは無茶な要求だぜ、勇者さんよ。こっちにだって目的があるんだ、あんた含めて全員には、ここで死んでもらうぜ」


 不気味な影の声が反響する。

 あまりにも未知数な敵。魔族とは会ったことがないが、六人部の直感は目の前の影が生物という概念で収まるような相手ではないように感じている。

 逃げ出したい。

 平和な国で不自由なく暮らしていた女子高生だった。こんな敵を前にして、逃げ出したいと思ってしまうのはなんら不思議ではない。

 だが、それでも六人部は退く気はなかった。

 ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦にて味わった己の無力が、喪失した心で散々に仲間たちに迷惑をかけてきた過去が、六人部の心に絶対に退けない線を作っていた。

 だから、勝てなくても立ち向かう。

 もう、2度と…誰にも死んでほしくないからこそ。


「ウチの目が黒いうちは…誰も殺させなんてしないっすよ!」


 決意を胸に、六人部は背中の槍を装備する。

 仕込武器が備わる、『偵察兵』により召喚ができる武装である。


「行くっすよ!」






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 ユェクピモも前に立ちはだかったのは、勇者の1人だった。

 この勇者が妨害してくれたおかげで、他の2人の勇者は迷宮の何処かに飛ばされてしまった。

 全く、とんだ厄介者だった。

 とはいえ、大丈夫だろう。

 戦力を分散させて貰えば、こちらとしても好都合である。

 まずはこの勇者を血祭りにあげることから始めるとしよう。

 所詮、奴らは異世界の人族。それも子供だ。痛めつけで騙して、人質として、そうすれば簡単に3人の生贄は手に入る。

 1人では難しいかもしれないが、3人もいればさすがに封印は解けるだろう。


「さて…さっさと–––––ゴホォッ!?」


 片付けてやろう、と言おうした時だった。

 目にも留まらぬ速さで飛び出した勇者によって、ユェクピモは蹴り飛ばされた。


「!?」


 信じられないという目を向ける。

 顔面左上部分にある3つの目は、その動きを捉えようとするが、その前に勇者の姿は消える。

 直後には、側頭部を蹴り飛ばされた。


「うガァ!?」


 かつての戦いで、迷宮内でなければ干渉できないユェクピモに対して攻撃ができたのは、クロノス神の要請に応じてこの世界に召喚された異世界の英雄『重家』である。

 クロノス神の世界の者に対して無敵を誇ったユェクピモは、英雄重家によって葬られる。

 重家は、まるでユェクピモに対抗するために選ばれたような英雄であり、異世界の勇者ですら及ばない力を持つはずのユェクピモをその相性によって最終的にねじ伏せて首を討ち取った。

 ユェクピモは自らのかけらを壊れた迷宮に貼り付けて生きながらえた。

 重家のようなものはもういない。

 そう思っていたユェクピモだったが、しかし、勇者の動きはまるでユェクピモには認識できなかった。


 〔どうなってやがる!?〕


 立ち上がるユェクピモの前で、勇者は槍を回して構え直した。


「言ったはずっすよ。誰も殺させないって」


 勇者は不敵に笑う。

 それに対して、ユェクピモは立ち上がると3つの目を赤く染めた。


「なめるなよ…異世界人!」






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 北郷と江山の周囲には、他には誰もいなかった。


「ひとまず、他の皆を探すべきだろう」


「そうだな…」


 江山の言葉に頷く。

 転移魔法の光は、あのテーブルにいたものたち全員を飲み込んだように見えた。

 それは江山も同じだったという。

 ならば、エレオノーラたちもここのどこかにいるということだろう。

 彼らと合流するべく、北郷は江山とともにこの内部を捜索するべく立ち上がる。


 …だが、その2人の道を遮るように、木々の間から巨大な骸骨が歩いてきた。


「待て、佳久。何か来る」


「…ああ、俺にもはっきりと見えた」


 グルルルル…

 北郷と江山の前に現れたのは、ただの骸骨ではない。

 それは、腐肉を被った八つ足の巨大な爬虫類らしき骸骨の化け物だった。


 それも一体ではない。

 複数の骸骨の化物は、2人を包囲するように集まってくる。

 それに対して、北郷は太刀を、江山は長刀を召喚して構える。

 奇しくも、2人が与えられた職種は同じ『武士』であった。


「君も『武士』なのか?」


「ああ。という事は、江山もか」


 背中を預ける相棒となった江山に、特に気にすることもなく頷く北郷。

 それに対して、江山の顔は若干赤くなった。


「佳久と一緒か…偶然、いや、これは運命とも言えるだろうな」


「何か言ったか?」


「何でもないよ。行くぞ、佳久!」


「ああ! 背中は任せるぞ!」


 2人は互いに正面から迫り来る骸骨の化け物を相手に、その手に持つ刀を振り上げて向かっていった。






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 六人部の職種『偵察兵』には、相手を見極めるということと、相手に見つかりにくくなるという2つの特性を持っている。それにより隠密や斥候に向いた能力を行使可能となり、単独で行動することが前提となるために連携には向いていないものの、回復手段も充実していた。

 そして、相手を観察することと相手に見つからないこと。2つの偵察兵の特性は、相手の死角を瞬時に見抜き、相手からの発見を回避する事によって、実際の動き以上の効果を与えて、相手を錯乱させることが可能となるのである。

 ユェクピモが六人部を捉えられないのは、これによる効果が大きい。


「チッ! クソッタレが!」


 罵声を飛ばすが、ユェクピモには六人部がとらえられない。

 その隙をつき、六人部は確実にユェクピモに対して攻撃を加えていく。


「そら!」


「グォッ!?」


 背中に叩きつけられた槍に、ユェクピモが顔をしかめる。

 確実に効いている。倒せない相手じゃない。

 六人部は、常に相手の視界から外れることで攻撃を加えていく。


 〔倒せないわけじゃないなら、戦えるっす!〕


 六人部は確かな手応えを感じる。

 ユェクピモの目が赤くなったのは不気味であるが、それでもむしろ怒りで動きが単調となっていた。

 破壊力が上がろうとも、当たらなければどうという事はない。

 六人部は槍に魔力を集中させて、その穂先をユェクピモの心臓に向けた。

 そのまま背中を狙う。


 〔これで、決めるっす!〕


「ッ!?」


 六人部の攻撃に、間一髪で反応したユェクピモが身をよじるが、槍はその体を貫いた。

 急所を交わす事はできたが、六人部はとにかく当たればよかった。

 その槍の先から、魔力が雷に変換されてユェクピモに突き刺さる。


「痺れろ!」


「ギィャアアアアアア!?」


 ユェクピモが悲鳴をあげる。

 内部から雷撃を食らえば、ユェクピモといえどたまらないだろう。


 六人部はトドメを刺すべく、槍の仕込武器を発動させようとする。

 だが、その前にユェクピモの手が槍をつかんだ。


「う、嘘!? まだ動けるんすか!?」


「なめるなと言ったよな、勇者さんよ」


 睨みつける3つの目は、黒くなっている。

 異変に気付いた六人部はすぐに槍の武器を発動させようとしたが、その槍はなぜか黒く変色していた。


「え!? な、何スカ、これ!?」


 慌てる六人部に、槍を通して黒く染まっていくユェクピモの影が伸びる。

 六人部は諦めることなく、ユェクピモを睨みあげ、槍に魔力を込める。


「なめるなは、こちらのセリフっすよ!」


 炎を付与した雷撃魔法を放つ。

 だが、ユェクピモには全く効かなかった。


「ヒヒヒ…効かねえよ!」


 ユェクピモの影が伸びる。

 瞬く間に六人部の体に絡み付いて、そこから無数の針が伸びて六人部の体を串刺しにする。


「ああああアァァァァァ!」


 悲鳴をあげる六人部に、影は容赦ない追撃を仕掛ける。

 針を通じて毒が流し込まれ、六人部の体から力が抜ける。


「うぁ…」


 槍から手が落ちる。

 その姿に、ユェクピモは満足げな笑みを浮かべる。


「ヒヒヒ…まず、1人だな」


 〔リンリン…皆…ゴメンなさいっす…〕


 六人部は、結局歯が立たなかった事に悔し涙をこぼす。

 意識が遠のいていき、毒の痛みも感じなくなってきた。

 冷たい暗闇に意識が沈んでいく中、影が他の誰かに目を向けるのが見える。


「–––––ッ!?」


 何かをユェクピモが叫んでいるのが聞こえる。

 遠のく意識の中で、沈みかけた六人部はそれを感じ取った。

 影が離れていき、それを誰かが受け止める。

 とても温かい手だった。

 そこから、魔力が流れ込んでくる。

 体を満ちていく魔力は、六人部から毒と怪我をまるでなかった事にするように取り除いていく。

 体を癒しの魔力が満ちていくのを感じながら、六人部は疲労から意識を手放す。


「間に合いましたね〜」


 六人部が意識を手放す前に聞いた声は、聞き覚えがあるような、ないような、それでいながらどこかなつかしく感じる声だった。

最近の冷え込みは冬の到来が迫ることを訴えてくるようです。

眺められる星座も冬の星が見えてきています。綺麗に見える日は夜空を見上げてたくなります。

冬空の星といえば、やはりシリウス、ベテルギウス、プロキオンの大三角形でしょう。オリオン座を構成する星は明るいのが多いですから、特に見つけやすいですね。


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