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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
南部海岸地帯・魔導の森
54/115

22話

 





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 ソラメク王国、南部海岸地帯。

 地上に巨大な港町が広がるその遥か地下には、人々に忘れられた神殿が眠っている。

 かつてはさらに海が狭く、人族の存在しなかったその時代には5つある大陸は2つ、今は魔族の支配する2つの大陸と合わせて巨大な大陸が4つ存在する世界だった。

 魔族も人族も無かった遥かなる太古の世界に、その神殿は立っていた。

 それは、太古の時代にいた時の天族が、異世界より来たる厄災の化身とそれに抗するために召喚された太古の英雄の激戦な証を記した神殿である。

 そして、神殿には厄災の欠片が封印されていた。


 その神殿に、影があった。

 影は、欠片の封印されている祭壇を囲んでいる。


「ユェクピモ…祭壇の封印はどうなっている?」


 影が、もう1つの影に尋ねる。

 尋ねられた影は、首を横に振った。


「々¢⊿#⌘‰〒か。見りゃわかるだろ、全く解けねえ」


 影が答えたうち、最初に問を向けた影の名前。

 それは理解できない発音となっている。

 影の名前を唱える時、それは理解できない発音となってしまう。

 理由は不明だが、本人ですら己の名前を理解できる発音とする事ができない不可解な名前であった。


 とはいえ、名前の発音が理解できないのは別にいい。

 問題は、影の姿もまたそれ以上に理解できない者である事だろう。

 他者に理解できない存在。

 故に、々¢⊿#⌘‰〒は影でしか存在を識別できないこの神殿の中でのみ、他者と会話を許されている。

 そうでなければ、目にするとともに認識ができない深淵にとらわれ、二度と戻ってくる事ができないからである。

 眼で認識できない、耳で認識できない、言葉で認識できない。

 々¢⊿#⌘‰〒にとって、それは周囲の者に対する安全対策でもあった。

 この陰でなく、本来の姿を持って顕現を果たした々¢⊿#⌘‰〒は、英雄ゼフターの手にかかるまで、己の意思と関係なく存在そのものが世界を抉り取る、まさにクロノス神の敵対者としてあった。

 そこに々¢⊿#⌘‰〒の意志は介在しない。

 存在そのものを否定された々¢⊿#⌘‰〒は、バミラスを飲み込み、世界をえぐり、そしてクロノス神の要請に応じて召喚されたゼフターにより葬られる。

 々¢⊿#⌘‰〒は、残滓をかつての異世界よりの災厄の欠片を封じた神殿に収められ、表の世界から姿を消した。

 々¢⊿#⌘‰〒には伝承がない。

 存在を形容できない々¢⊿#⌘‰〒には、伝承として残す術がなかった。

 神殿が埋もれてからは、もはや何1つ々¢⊿#⌘‰〒が存在した爪痕は残らなくなっていた。


 ユェクピモは、々¢⊿#⌘‰〒に対して尋ねる。

 神殿の封印を解くには、大きな存在を贄とする必要がある。

 望むならば、ゼフターやゴピマスカ、重家しげいえのような高位の異世界より召喚された者だが、今時そのような者が召喚されているとは思えない。

 神殿の封印を解く事は、かなり難しいだろう。


「魔族の皇国は敗れ、大戦も終結を迎えた今、封印が解ける機会はねえと思うぞ? こっちとしては、何とかして災厄の欠片に出てきてもらわなきゃならねえんだが…」


 困った様子で後頭部をかく。

 々¢⊿#⌘‰〒は、ユェクピモの言葉に返事を返さず、神殿の階段を下りる存在に目を向けていた。


「?」


 ユェクピモも、々¢⊿#⌘‰〒が返事を返さない事を不審がり、そしてそこに来て神殿に足を踏み入れた存在に初めて気づいた。

 影たちの前に姿を見せたのは、黒ローブと髑髏の面に全身を覆う装束、そして大鎌を担いだ、死神という形容がふさわしい存在だった。

 死神の周囲には、冥府の気が漂っている。


「アンテョラミィ…お前さんが来るとは珍しいじゃんかよ」


 一応、表面上だけでも歓迎の意を示すユェクピモ。

 だが、アンテョラミィはユェクピモを一瞥したのみで、々¢⊿#⌘‰〒には目もくれず、祭壇に向かう。


「おい…ったく、何なんだよ」


 悪態つくユェクピモ。

 々¢⊿#⌘‰〒は我関せずを貫く様子である。

 ユェクピモと違い、々¢⊿#⌘‰〒は無視されるのが当たり前である。認識して仕舞えば、たちまち深淵に飲み込まれるのだから。


 災厄の化身の欠片の封じられる祭壇。

 そこで一通りの工程を済ませたアンテョラミィは、ユェクピモに対して1つの情報を提示した。


「ユェクピモ。朗報だ、今ソラメク王国に異世界よりの勇者が来ている。奴らを用いれば、祭壇の封印を解く儀式の贄とできるはずだ」


「…本当か?」


 ユェクピモにアンテョラミィは頷く。

 ユェクピモは、邪悪な笑みを浮かべた。


「へえ〜それは確かに朗報だ。なら、こうしちゃいられねえ!」


 ユェクピモが神殿の外に出る。

 ユェクピモの消えた影を一瞥したアンテョラミィは、々¢⊿#⌘‰〒に声もかけぬまま、まるでいない者として扱い神殿を後にした。


 ソラメク王国の神殿直上に広がる都市に、奇しくも同時に北郷と江山たちが集まっていた時だった。

 地下の神殿にて、ユェクピモがその魔の手を勇者たちに伸ばす。






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 ユェクピモとは、ヨブトリカ王国に伝わる古代の魔物である。

 魔族と違い、クロノス神に生み出された者ではなく、異なる世界から来た邪悪なる世界の侵食者と言われている存在である。

 伝承によれば、重家しげいえという英雄と戦った逸話が有名だろう。

 ユェクピモという魔物はヨブトリカ王国だけでなく、世界各地の遺跡にその存在が示されており、天族や魔族にも広く認知されている、伝説における創生の神たるクロノス神の敵対者であり、3種族において共通の敵とされた。


「…創造神の敵対者、か」


 アルブレヒトに持ってきてもらったユェクピモに関して記された伝承を読み終えた北郷は、その本を閉じた。

 木陰のベンチで休む北郷の今の膝の上には、エレオノーラがその素顔をさらして規則正しい呼吸を繰り返しながら眠っていた。

 別に意味はない。

 単純にアルブレヒトが膝枕で動かない北郷の暇を潰せればと、気を利かせて持ってきた物である。

 ソラメク王国の南部海岸地帯にはその巨大な港町として栄えている分、多くの国から人々が集い、あらゆる国の物語があるため、かなり広く浸透した英雄重家とユェクピモの物語はかなりの数があった。


 ただ、ユェクピモの物語は決まって大筋が一緒なのである。

 細かいところに差異はあれど、ユェクピモという存在が異世界から来た侵食者であること、英雄重家と戦い敗れたこと、魔族でもなく天族でもなく人族でもなく神でもない異界からの侵食者として全ての種族の敵対者として描かれている点である。

 同情の余地も共感の余地もない絶対なる敵という描かれ方をする存在は、北郷の知る地球の神話においてもほとんどない。

 そんな特異な敵役として登場するユェクピモは、その派生からこの世界の様々な文学作品においても敵役として登場する。

 都合のいい悪役という立ち位置が人気を博しているのだろうと、北郷は考えつつ、その本をアルブレヒトに返す。

 ティルビッツは北郷のそばから北郷とエレオノーラの様子を微笑みながら見ている。

 何となく、北郷はその一線を画して様を楽しむ顔が湯垣に重なって見えたものの、首を横に振る。

 さすがにあの変態奇術師と同列に見られては、ティルビッツが可哀想だろう。


 そして自分の膝の上で眠る女性の顔を覗く。

 群青色の髪を梳く。

 顔の赤みは引き、穏やかな寝顔は幻想的な美しさを持っていた。

 女性の髪に無断で触れるのは礼儀に反することとは知りつつも、兜に収まっていた長髪は絡まりが見受けられ、直さずにはいられなかった。

 後で謝るとしよう。

 北郷がそう考えていた時だった。


「おや、黒髪の方とは珍しいですな」


 アルブレヒトの言葉に、彼の視線の先を見る。

 その先には、北欧系の外見をした男性が1人と、ネスティアント帝国では見かけることもなかった東洋系の人種の黒髪の少女が2人いた。


 〔日本人? いや、まさかな…〕


 そう思いつつも珍しげに3人を見る北郷だったが、男性と顔を見合わせて何かを話しているために黒髪の後ろ姿しか見えなかった2人の少女の1人がこちらの視線を感じたらしく、振り向く。

 無遠慮に見すぎたようだ。

 責められた場合は謝るとしようと考えた北郷だったが、彼女が振り向きその顔を見せた瞬間、驚きから目を見開いた。


「なっ!?」


「ッ!?」


 相手もまた、北郷の姿を見て驚きに目を開いている。


 〔な、何であいつがここに!?〕


 それは、召喚の当日に教室を最後にこの世界で離れ離れとなっていたはずのクラスメイトの1人である、江山(えやま) (りん)であった。






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 江山がその視線を感じ取ったのは、ウリヤノフらとともにソラメク王国にて得たネスティアント帝国に召喚されている勇者たちの活躍したという子爵領における国境騒動の事件の情報をまとめている時だった。

 それまでは東洋人が珍しいという奇異の視線や、かつての地球でも感じていた羨望の眼差しらしきものがほとんどであった。

 ネスティアント帝国の勇者の活躍はソラメク王国でも有名であり、特にこの子爵領における騒動で活躍したという富山たち6人の名前を聞く。

 江山にとってその6人の中でまともに会話したことがあるのといえば、真面目な気質の者同士から意気が合った北郷と、何かとイベントごとがある度に裏方でかなり活躍してくれたことから好印象を抱いている鬼崎と湯垣くらいである。

 富山に関しては警察官に父を持ちながらもあのような不良の道を歩く姿はあまり好きではなく、海藤に関しては顔と名前を知るだけでまったくというほどに接点がない。土師は正直、居眠りしている姿しか知らない。

 江山からしてみても完璧という言葉の合うものの謙遜することを忘れない能力と良識のあるクラスメイトである鬼崎や、他を塗りつぶすほどに理解不能な言動が目立つがその行動に注目すれば同級生とは思えない大人びたフォローをしてくれる湯垣もそうだが、やはり何と言っても江山という人間を偏見も下心もなく正当に見て接してくれた北郷がいてくれた事が江山にとっては朗報だった。

 彼は話の分かる人物である。鬼崎と湯垣も助けを求めた相手の手を拒まない。

 頼る先の国に召喚されていた勇者が彼らであることを知った時は、不幸な事件が続いてきた彼女の心にようやくかすかな安寧がもたらされたような気分になったものである。

 だが、浅利に乗っ取られたジカートヒリッツ社会主義共和国連邦と此処にはいない雪城のこともある。何1つ事件は解決されていない。休んでいられる状況ではなかった。

 そんな中で、六人部からの話を聞いていた時だった。

 六人部からの話はかなり貴重な情報であった。

 何でも、昨日からこの港に見たこともないという形状をした戦艦がネスティアント帝国からやってきており、その中に勇者が乗っていたという話である。


「それは本当なのか!?」


「そっすね。港の方も見てきましたけど、確かに帝国の旗を掲げたウチらの知る形の船があったっす。目撃証言も複数あるみたいですし、勇者の誰かがこの街に居ることは確実だと思うっす」


 その情報に、江山は心の中で歓喜の声を上げる。

 南に来すぎてしまったのが、逆に功を奏したようだ。これほどに幸運が続くと、逆に不安にもなるが、それを差し引いても嬉しい。

 皇宮に押しかける前に、勇者との接触が図れるかもしれない。


「僥倖ですね。希望が見えてきました」


 ウリヤノフもまた、故国を取り戻せる可能性が広がったことに嬉しそうな笑みを浮かべる。


 そんな時だった。

 いくつもの視線に混じって、覚えのあるような視線を感じた。

 それが何なのか、言葉では表現できない。

 しかし、懐かしくも思えるその視線を感じ、江山は反射的に振り返る。


 すると、その視線の先には、忘れようはずもないクラスメイトの1人である北郷(ほんごう) 佳久(よしひさ)の姿があった。


「ッ!?」


 一瞬、幻覚かと思えてしまう。

 だが、北郷もまた江山の顔を見て驚きに目をみはる。

 その反応が、間違えなく彼が北郷本人であるという証しだった。


「よし、ひさ…!」


「リンリン? って、カクカクじゃないっすか!?」


 江山の反応を不審に思った六人部も、その視線の先を見て驚きの声を上げる。

 ただ1人状況についていけないウリヤノフが、声をかけようとする。


「あの、江山様…?」


「ッ!」


 だが、江山はウリヤノフの言葉も耳に入らぬままに、夢中で北郷に向かって走り出した。


「え、江山!? 何でこんなところにぃ!?」


「佳久!」


 そして、夢中で駆けていき、衆目も憚ることなく、再会出来たことに対するの喜びと今まさに誰よりも頼りたかった相手と会えた感動から、その胸に飛び込んだ。

 北郷は困惑しながらも、膝に寝かせていた甲冑姿の人を隣に立つ金髪の男性に預けて、すんでのところでけが人を出さずに受け止めることに成功する。


「佳久…やっと、会えた…!」


「え、江山!? おい、一体どうしたんだよ!」


 北郷は混乱しているが、今はそれどころではない。

 江山は気持ちが落ち着くまで、北郷の胸の中で涙を流した。

フォーマルハウトは南の魚座に属する一等星の1つです。日本を含める北半球では、主に秋頃に見られる星です。ほとんど明るい星の見られない秋の南の空にポツンと浮かぶ1つだけの一等星から、秋の一つ星とも呼ばれています。

地球との距離は比較的近い位置にある一等星です。といっても、光の速度でも20年以上かかる距離なので、近いとは言い難いですね。宇宙規模でモノを言うと、桁数が跳ね上がります。

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