7話
男2人の気ままな、さりとて目的はあり、そして可能な限り急ぐ、旅の目的は特に重要ではない、という要素をごちゃ混ぜにしたような旅となりました。
深夜。皇宮も寝静まった中で自分は他の皆さんが寝ている事を確認してから、皇宮の裏手の使用人などが利用する出入り口にて近衛の方に事情をある程度説明し居座る許可をもらってからカクさんの到着を待っていました。
そして日付の変わる刻限を前にして、カクさんはやってきました。
やってきたのですが…なぜかいつの間にか大所帯となっていました。
「こ、皇女殿下!」
近衛の騎士さんが膝を即座につきます。
「楽にして構いません。お待たせしました、湯垣様」
カクさんと一緒にやってきたのは、何故かネスティアント帝国の第一皇女であるリーゼロッテ・ヴァン・ネスティアント皇女殿下と、その護衛の双子騎士さん、さらにはアンネローゼさんに侍女であるアリスさん、ネスティアント帝国の外務次官であるシューゲルさん、近衛大隊『イラストリアス』の中隊長の1人であるエリザベートさん、近衛大隊『ヴァリアント』の中隊長の1人であるティルビッツ氏、両中隊所属の近衛騎士の方々、そして財務大臣であるアルブレヒト氏までいました。そして、自分は初対面となる全身甲冑の人物が立っていました。
皇女殿下の隣に立っているカクさんは、やや一行の中央からずれています。これではカクさんではなく皇女点が率いる一向に見えますね。
実際そうなのでしょうが。
しかし、何でしょう。
カクさんは少し見ない間にこれだけの人数を率いて賑やかな一行を作り上げる才能があるという事なのでしょうか。
「えーと…カクさん? 何ですか、これ?」
少数、と言いますが自分とカクさんだけでササッと行ってサクッと調べてチャッチャと帰る事を考えていたのですが、えらい大所帯になりました。
見送りという気配ではないように見えるのは、自分の気のせいだと思いたいです。見送りですよね? ついていくとか言わないですよね?
しかし、自分の言葉にカクさんは平然と返してくれました。
「すまん、湯垣。リズがついていくと言ったら、芋づる式にこうなった」
いや、なったじゃねえよ。
思わずそう言いたくなりました。
「芋づる式、ですか? えーと、つまり…全員ついていくという事ですか?」
「そうなる」「そうなります」
カクさんと皇女様が同時に答えました。
事情は大方この受け答えで飲み込めました。
報告に行ったカクさんに対して、皇女様は自分もついていくと言い出したのでしょう。
それにライバル意識を燃やしたアンネローゼさんが皇女様の護衛を名目についていくと言い出し、本来の護衛である双子騎士さんもついていくと言い出して、皇女様に護衛が足りないと中隊長たちが部下を叩き起こしてついていくと言って、そのまま芋づる式となって人数が膨れ上がって…その多数意見に完全に折れる形となったカクさんが諦めて連れてきたというところでしょうか。
常識人であると信じていたアルブレヒト氏とかも参加してますし。
これは、なかなか楽しいと言いますか、とても賑やかで退屈などという言葉とは無縁で済む一行になりそうですな。ヨホホホホ。
「…楽しそうなので、いいでしょう」
「良いのかよ!?」
カクさんがすかさず突っ込みます。
連れてきたのはカクさんですから、そこで阻止役を自分に期待されてもどうしようもありません。
それに、自分にとっては何と言っても面白ければ良いのですから。
「賑やかで良いではないですか。ヨホホホホ」
「そんな事–––––」
「ええ、湯垣様もそう思われますよね!」
結構、皇女様も無茶をやらかしている自覚があるのか、必死で食らいついてきました。
自分の事が苦手だと思っていたのですが、それどころではないという事なのでしょう。
恋に突き進む乙女恐るべし、ですな。
しかし、これだけの人数となると相当な装備が必要になりそうです。
今朝に出発という事はできないのでは? とは思いましたが、それに対する答えはアルブレヒト氏が提示しました。
「いえ、今回は村上様に船を一隻借りております。帝都から東部の軍港であるバフレイデンへ向かい、そこで船に乗り込み南の海峡を渡ってソラメク王国に向かいます」
なるほど。
迂回になるものの、足を提供してくれるのであればありがたいです。
それだけで足の問題という懸念事項の1つが解決しますし、船旅の中で皇女様かアンネローゼさんとカクさんの関係発展のチャンスがありますし、陸路に比べて安定した道を進める海路を使えますし、道に迷う事もほぼなくなるでしょうし…といった具合にかなりの数の利点があります。
メリットが大きいので、むしろ皇女様たちには同行していただいた方が良いでしょうな。
そうなると、なるほど。
それで外務次官どこまでここに参加したというわけですね。
「外務次官殿はソラメク王国との仲介を、アルブレヒト氏は城塞都市の復興状況の現地確認というところですか」
「話が早くて助かります」
アルブレヒト氏にも感心されました。
こう考えると、自分はとっくに取り込まれてますね。
まあ、否定はしませんけど。ヨホホホホ。
「おい、能面。何言いくるめられているんだよ」
「ならばカクさんが最初に説得してればよかったではありませんか」
「今日の貴様、冷たくないか!?」
多数決の波に押された自分は、結局皇女様の側につきまして、今度こそカクさんの反対意見は完全に押しつぶされる事になりました。
そもそもの発端はカクさんの根拠もない感覚の正体を探るというものなので、カクさんとしても断れそうになさそうですね。
今回の遠征といいますか、子爵領に向かうのはあくまでも復興事業の訪問、視察という事にしておきます。
アルブレヒト氏は本当にその復興事業の視察が目的なので、実際に仕事をしていますが。
その日、自分とカクさんは皇女様の一団とともに帝都を出発し、東の海岸に存在する軍港を目指して旅に出ました。
結構な大所帯となりましたが、船で行くとなればこれもまた良いでしょう。
ところで、この甲冑の方は誰なのでしょうか?
門をくぐる前に目が合いましたが、互いに無言で頭を下げ会うだけで終わりました。
…まあ、船旅の最中で自己紹介の機会は何度でもやってくるでしょう。
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これは、北郷がリズに子爵領へ出る件を伝えた直後、ついていくと言い出して芋づる式が発動した際の事である。
双子騎士の1人が、皇女の要請を受けて、ネスティアント帝国に召喚されていたもう1つのグループである村上の班のリーダー、村上 定将の元を訪れた時の話である。
足が欲しいという要件を聞いた村上は、北郷を名前を出された時快く協力してくれた。
「カクが? …そうか。なら、船を召喚してやろう。あんたらの蒸気船とほとんど操舵は違わねえ。ボイラーの燃料は俺の魔力から注ぐから、その辺も大丈夫だ」
「おお! お貸しいただけますか!」
「まあ、カクには世話になったからな、結構…」
村上には、あまり誇れない過去がある。
異世界召喚される前の事だ。
父親が事業で失敗し、多額の借金を背負う事になった。
それで少しでも家計を助けるために、身分を偽って深夜業務のアルバイトをしていた。
そして、それを北郷にばれたのである。
堅物で有名な北郷が、それを見逃すはずがない。
身を削って働く母を思い、脅してでも口止めさせようとした村上だったが、それに対して北郷は告げ口をする事もなく手を差し伸べたという。
「あの堅物が先公にバレないようにいろいろと支えてくれたんだ。そしたら、2ヶ月くらい経って親父の事業が負債をひっくり返す大成功をしてくれてよ…」
当時の事を思い出す村上の目に、自然と涙が浮かぶ。
「あれがバレて稼ぎの良い深夜バイト辞めさせられていたら、母さんが倒れていたと思う。それくらいキツかったからな。だから、すげえ感謝してるんだ」
双子の片割れにはよくわからなかったが、北郷のおかげで彼の母が助かり、父が立ちなおり、それによって彼が北郷に深く感謝していることは伝わった。
「軍港、あっただろ? あそこに船を置いとく。艦名は、これな」
村上が言うには、それは異世界から来た勇者たちの世界に存在したという戦艦らしい。
すでに沈んだ戦艦だが、その経歴があまりにも少なかったというのでこの異世界ではせめて使って欲しいとの事だった。
「俺の贋作だけどな」という笑いも含みつつ、日本語という勇者の故郷の言葉で記されたメモを渡される。
自動化、省人化の設備を新築して改良してあるが、それでも巨大ゆえにかなりの人数が動かすのに必要だという。
双子の片割れがこの報告を届けた事により、とある海軍の重鎮が大規模な部隊とともに参加することとなったが、それは後の話である。
村上から渡された艦名は、日本語で『陸奥』と記されていた。
日本艦の登場です。名前ではなく、艦で登場です。
『長門』はかなり有名ですので、今回は異世界で成しえなかった活躍をまがい物でもいいからしてもらおうということで、事故で沈んだ『陸奥』を持ってまいりました。
ここに登場したのはあくまでも村上の召喚したまがい物の『陸奥』であり、史実の『陸奥』とは様々な点が違いますのでご了承ください。




