表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
南部海岸地帯・魔導の森
36/115

4話

 日が中天を過ぎた頃、近衛大隊の模擬戦闘訓練が行われている時間帯に差し掛かります。

 この頃は怪我人がよく出るので、自分はアリアンさんの率いる近衛大隊『イラストリアス』とは別の近衛大隊である『ヴァリアント』の大隊長クリューゲル氏の要請を受けて、近衛大隊の訓練中の怪我の治療員として参加することになっています。

 治癒師の力量発揮というやつですな。ヨホホホホ。

 …まあ、自分も治癒魔法の制御をうまくなるためにということで特に近衛の方からの対価などはなく無償で行ってますから、別に参加するのは自由という契約でやっています。帝国軍は復興事業にも参加していますので、衛生兵が足りていないこの時期限定ということですが。

 効果は確かですが、自分は正式な医療資格があるわけではありませんから。信用されないのは当たり前といっては当たり前ですな。

 それ以前に、外見からしてアウトですし。ヨホホホホ。


 日が中天を過ぎた頃とか言いましたけど、この太陽が全くの別物で宇宙もないような世界における昼夜のことに関してはわからないことが多いですが、そのあたりはおいおい暇があれば調べようかなとは考えています。


 そう言うわけで、皇宮からやや離れた場所にあります(一応敷地内にありますが)近衛の皆さんの訓練場にやってまいりました。

 すでに近衛の皆さんは模擬戦に取り掛かっているようです。中から大きな掛け声が溢れ出していますね。

 入り口には出迎えのためにでしょうか。『ヴァリアント』大隊第4中隊長であるティルビッツ氏が立っていました。

 自分の姿を確認すると、こっちだというふうに手を振ってきました。


「湯垣殿、よく来てくださいました!」


 到着するなり、ティルビッツ氏は敬礼で出迎えてくださいました。

 エリザベートさんといい、近衛の皆さんは自分のような怪しい外見のものでも第一印象にとらわれず、中身で判断してくださいます。ありがたいことです。人間ができているとはこのような方々のことを言うのでしょうな。

 ティルビッツ氏も、自分の面は気にもせずに治癒魔法の腕を大いに評価してくださる方の1人です。この治療事業に参加してから、すぐに打ち解けることができました。

 彼ら『ヴァリアント』大隊の大隊長であるクリューゲル氏もまた、自分のことを受け入れてくださっている大隊長の1人です。


 と言いますか、アリアンさん以外の近衛の大隊長の皆さんとは、この一週間で結構打ち解けることができています。

 クリューゲル氏は自分に厳しく、部下に厳しく、他者には優しく接する人物ですね。

 能力主義の大隊であり、女性で統一されている『イラストリアス』大隊と違い、『ヴァリアント』大隊はほとんどが厳つい戦士達で占められています。

 別に『イラストリアス』大隊が弱いとか言うわけではありませんよ。あの大隊も男に負けず劣らずの強さを誇る大隊ですから。


 ネスティアント帝国の皇族と帝都、皇宮を守護するのが主任務である近衛の大隊は、全部で5個大隊存在します。

 内容は『ヴァリアント』、『オーディシャス』、『イラストリアス』、『アーク・ロイヤル』、『グローリアス』の5大隊からなっています。全て英国海軍の軍艦の名前と同じなのは、異世界ですし、おそらく偶然でしょう。

 ネスティアント帝国における最大部隊単位である大隊は、150〜180人で編成されており、国防を担う方面軍は各5個大隊、内戦戦略の主力を担う中央軍が10個強化大隊、対魔族戦の主力である海軍が60個大隊を常備しています。ネスティアント帝国の方面軍は西部方面軍、東部方面軍、南部方面軍、北部方面軍の4つがあり、国防軍は合計で3,000人の帝国軍が常時在籍しています。

 近衛は皇族の配下にある独立した部隊で、国防軍・中央軍・帝国海軍のいずれにも属していません。近衛大隊の総司令官はあくまでも皇帝であり、軍から独立した軍隊という立ち位置にあるそうです。

 方面軍は常備3,000名、中央軍は常備1,800名、海軍が常備9,000名。近衛の常備兵力750名と合わせて、ネスティアント帝国は約15,000名の軍を常備させています。有事の際には非常勤務の兵を徴収し、国防軍と海軍に関しては倍の兵力が補填されると言います。有事の際というのは、おそらく魔族の侵攻でしょうね。

 しかし、人口が1,050,000人に対して総兵力が15,000ですか。この異世界の人族の場合は、とにかく人手、兵士が不足している中で常備軍でもなければ扱えない機械などを用いた兵器が多いですから。妥当な数ではあると思います。

 これでも豊かな国土と自国のみで大半の産業を賄えるほどの国力のあるネスティアント帝国だからこそ持ち得ることができる兵力だそうで、隣国のソラメク王国などは人口が80万人ほどなのに対して常備兵力が約5,000しかいないと言います。前回の子爵領魔族討伐戦に動員した500名の軍勢を出兵させるだけでもかなり大きな負担となると言います。

 そういえば、城塞都市やその周囲にいた帝国民達や、子爵領の王国民、ソラメク王国の討伐軍などはあの事件の後もまだ見つかっていません。魔族は確かに追い払うことに成功しましたが、彼らの安否がわからないことには完全な解決とは言えないでしょう。

 その件に関しても復興の傍、調査していたのですが、人族側にはその行方を知る情報の類は今の所ありません。今回の件でネスティアント帝国も城塞都市に常駐していた西部方面軍の主力と、城塞都市並びに周辺の民間人が一気に行方不明となっていますから。帝国が探しても見つかっていない情報が自分程度で見つけられるとは思えませんし。

 それでも調査することに意義があると思いますので、地道に探すしかないでしょう。


 さて、ヴァリアント大隊の中隊長の1人であるティルビッツ氏の案内のもと、自分は訓練場の中へと向かいます。

 道中、大隊長のクリューゲル氏のことや現在のけが人の状況などを聞いておきます。

 ヴァリアント大隊は特に訓練が厳しいですから、模擬戦ともなればけが人が続出します。


「本日のけが人は、どれほどですかね?」


「すでに10人以上は出ていますね。今回の模擬戦にはクリューゲル大隊長も参加していますから、この機に挑もうとする騎士も多く、それが余計に怪我人を出しています。大隊長は手加減というものを知りませんからね」


「ヨホホホホ。それでもクリューゲル氏のもとに挑もうという騎士の皆さんのことを鑑みれば、慕われているのでしょうな」


 ティルビッツ氏は自分の言葉に頷くように笑いながら答えた。


「ハハッ! 違いないですな。そう言う自分も、大隊長のことは尊敬していますから」


 訓練場に足を踏み入れます。

 円形の屋内ではヴァリアント大隊に所属する騎士たちが30人ごとの中隊に分かれて集団同士による模擬戦を演じているところでした。

 ティルビッツ氏の第4中隊長の空いている席の埋め合わせをクリューゲル大隊長が勤めているようで、大隊長自ら第4中隊の指揮をやっていたところでした。

 丁度よくクリューゲル大隊長の指揮している第4中隊が休憩を取っているようです。

 いつものように、参加できなくなるほどの怪我を負ってしまった騎士は近くのベンチに集められていました。


「湯垣殿、あちらをお任せしてもよろしいですか?」


 ティルビッツ氏が怪我をした騎士たちの集まっている場所を示します。

 もともとそのためにここに来たので、当然ですが異論はありません。


「畏まりました。では、ティルビッツ氏も頑張ってくださいね。ヨホホホホ」


「ええ。終わったら、また奇術あれをやって下さいよ!」


「お任せください。ヨホホホホ」


 大隊長と交代するために、最後の娯楽の約束も取り付けてティルビッツ氏がクリューゲル大隊長の方へと向かって行きました。

 日々訓練に明け暮れる近衛の皆さんは、やはり娯楽に飢えているようです。暇つぶしにでもと見せた手品は想像以上の反響を見せ、今となっては散々警戒してきた近衛の皆さんとはそれを通してかなり相互理解が深まっています。

 ヨホホホホ。奇術はなかなかに役に立つ芸ですから。


 さてと、こちらも役目を果たすとしましょう。

 ティルビッツ氏と別れ、けが人がいる場所に向かいます。


「おお、勇者殿! 来てくださいましたか!」


 顔を腫らしている騎士さんが出迎えてくださいました。

 怪我をしているのは見るからにわかりますが、その状態でよく出せますねと疑問に思うくらいの大声を発しています。

 ヴァリアント大隊の皆さんは強面の戦士が多く、自分んの能面程度、特に今被っている延命冠者の能面程度では全く驚いてくれません。

 それはそれで別にいいのですが。ヨホホホホ。


「ヨホホホホ。また派手にやらかしているようですね」


 駆け付け一杯みたいなノリで、早速その騎士さんに治癒魔法をかけます。

 千里眼・医療(これは勝手に名付けています)により、患部となっている箇所は身につけているものどころか皮とかまで透かしてありとあらゆる箇所を照らしてくださいますので、どんな場所にけがを負っていても見つけることが可能です。この千里眼のおかげで、自分の治癒師としてのスキルはより一層の高みに至っていると言えるでしょう。ヨホホホホ。この力と職種、治癒魔法を使いまくれる無限の魔力を与えて下さった女神様には感謝してもしきれません。この異世界で女神様を信奉する新興宗教をいつか築きたいとさえ思っています。

 さて、最初の怪我人である「ガハハ」の笑い声がトレードマークとも言える騎士さんの怪我ですが、顔のミミズ腫れ以外にも、腕に3箇所打撲、左足の中指が骨折、小さな擦り傷多数といういくつもの怪我がありましたので、まとめて治療します。

 即効性と効能に富んだ治癒魔法により、瞬く間に騎士さんの傷は全てが嘘のように消えました。


「ヨホホホホ。治療完了です。如何でしょう?」


 騎士さんは腕などを回し、体に異常がないことを確認します。

 どうやら、なさそうですね。

 痛みが完全になくなったのでしょう。騎士さんの暑苦しいとも言える顔は、上機嫌な笑顔に変わりました。…子供が見たら泣きそうな強面の笑顔ですけど。ヨホホホホ。


「ガハハ! 苦労をかけますな、勇者殿!」


「ヨホホホホ。怪我人、病人、あるところ治癒師の仕事に終わりなし。自分は治癒師としての義務を全うしているにすぎませんし、ネスティアント帝国の方々には厄介になっている異世界人の身の上です。お気になさらず」


「ガハハ! 懐深いですな、勇者殿は!」


 騎士さんは訓練へと戻って行きました。

 好調のようですね。早速、ティルビッツ氏の中隊に復帰して、模擬戦の訓練に戻っています。


 自分は再び怪我人の騎士さんたちの方に向き直ります。

 一人一人に声をかけ、確実に治療していきます。

 とは言っても、治癒魔法と回復魔法で怪我の復帰と疲労の回復を行うだけですが。


 見事なたんこぶを頭に作り、気絶して横たわっている騎士さんに近づきます。

 状態を見るに、脳震盪を起こしたのかもしれません。

 患部を見たところ、たんこぶはできていますが骨折はないですね。


「ヨホホホホ。すぐに治療致しますとも」


 額に手をかざして、まずは治癒魔法をかけてたんこぶのできた額を修復します。

 それから回復魔法を用いて、意識を覚醒まで持っていきます。

 ゆっくりとですので、即効性の割に叩き起こされるような感覚はないとのことです。つくづく回復魔法というのは便利ですね。


「うっ…」


「意識が戻ったようですね。ヨホホホホ。あと少し休めば訓練に復帰できますよ」


 目覚めで焦点の定まらないもののもう大丈夫と思われる騎士さんから離れ、次の方のもとに向かいます。

 次は腕の骨を折っている騎士さんですね。


「面目ないな、勇者殿」


「ヨホホホホ。構いませんよ、これも治癒師の務めゆえに。ヨホホホホ」


 軽く言葉を交わし、190cm以上は確実にある巨体の騎士さんの腕に治癒魔法を施します。

 普通に固定してくっつくのを待てば全治数ヶ月はかかるだろう骨折も、自分の女神様より授かりし治癒魔法にかかれば関係ありません。

 瞬く間に怪我は修復され、騎士さんの腕は元どおりとなりました。


「ヨホホホホ。治療完了です。動きますか?」


 腕の調子を確かめるように、騎士さんは肩を回して、痛みもなく満足に動かせて剣も握れることを確認してから頷きました。


「ああ。何度見てもやはり素晴らしいな、勇者殿の治癒魔法は。先ほどの痛みが嘘のようだ。感謝いたします」


 深く頭を下げられました。

 素直な感謝はむず痒いと言いますか、あまり受け止められないものなので嬉しくはありませんね。自分、感性が曲がっていますし。

 今更かよ、と? 今更と言いますか、最初から曲がっていることは自覚していますとも。ヨホホホホ。

 それはともかくとして、騎士さんの腕は今や正常に動くようです。大丈夫ですね。


「ヨホホホホ。お大事に」


「感謝いたします。では」


 騎士さんは自分に再び頭を下げてから、訓練へと戻って行きました。

 この調子で次々に治療をしていくとしましょう。まだまだ怪我人はいますし、これから増えるでしょうから。

 そう思っていた所に、クリューゲル氏が小わきと肩に3名の気を失っている騎士を軽々と抱えてやってきました。


「湯垣、来てくれたようだな。すまん、追加だ」


 そう言って、抱えていた騎士たちを下ろしてきました。

 全員、頭を撃たれて気を失っているだけであり、回復魔法だけでも彼らは立てそうですね。

 クリューゲル氏はさすが大隊長というべきでしょうか、相変わらず自分の部下と模擬戦をやった程度では傷1つつかない様子です。患部と言える箇所は全くありませんでした。

 強面の騎士というよりもたたき上げの最前線で戦ってきたような戦士みたいな外見の多いヴァリアント大隊を束ねている大隊長、クリューゲル・ブラウンシュバイク氏。40代後半に差し掛かっていますが体力にまるで衰えを見せない方で、白髪交じりの茶髪を短髪で揃え、猛禽類みたいな鋭い眼光を湛える目と鼻に走る一文字傷が特徴のナイスガイな武人です。

 クリューゲル氏の傷については、本人から新兵だった頃に魔族大陸侵攻戦において遭遇したとある魔族につけられたものだと聞いています。

 アルデバランと名乗ったとてつもなく強い魔族だったそうで、遭遇した時は彼が所属していた中隊をたった1体で蹴散らし、クリューゲル氏を含めて3人の兵を残して全滅させたそうです。

 後に、その魔族が現在の魔族皇国の最上位の将帥である皇国79元帥の1人となっていると知ったそうで、今でも生きているのが不思議に思えてくると当時を物語りました。

 皇国79元帥という言葉は、シュラタン氏と対峙した際にも自分は聞いています。確か、シュラタン氏は自らを79元帥の一角である『アンタレス』の副将だと言っていたと記憶しています。

 魔族は実力主義。強さがものと地位を言うとのことなので、アンタレスという魔族はあのシュラタン氏を凌駕する力を持っている魔族ということになるでしょう。それと同じ地位ということは、アルデバランという魔族も同じくシュラタン氏を凌駕する存在ということになりますね。

 …シュラタン氏でさえあれほど苦戦したのです。魔法を使ってこなかった状態、魔族が慣れない発勁を用いてようやく退けた、本来は負けていたほどの力量差がありました。それより上となると、勝てる可能性が皆無に思えます。

 クリューゲル氏は顔の傷を自身が生き残った証として、いつまでも残すことを決めているそうなので、以前申し出た治療も拒否しています。

 この様に、クリューゲル氏は根っからの武人気質の持ち主です。


 足の骨を折った騎士に治癒魔法をかけて治療しながら、クリューゲル氏の方に振り向きました。


「ヨホホホホ。昨日ぶりですね、クリューゲル氏。自分の治癒魔法は女神様の慈悲と勇者補正により死角なしと言えるもの、多少の追加程度ならばいくらでも対応可能ですとも。…ヨホホホホ。これで足は治ったはずです。お大事に」


「恩にきます、勇者殿」


 足が完治した騎士さんが自分に礼を言い、上官であるクリューゲル氏に一礼してから訓練場の方へ戻って行きました。

 クリューゲル氏は、ベンチの空いた所に座り一息つきます。

 クリューゲル氏の持ってきた追加の皆さんに回復魔法をかける最中、クリューゲル氏が口を開きました。


「…正直、私は初めて君たちの姿を見たとき、我々の戦いに関係ない世界の子供を巻き込むことに激しい嫌悪感を抱いたものだ。もちろん、今では君たちの力を見てただの子供ではない、本当の勇者であるという事実を疑ってなどいない。それでも、どうしても考えてしまう。それこそ皇女殿下と年もほとんど違わないような少年少女を魔族と戦わせるということに、君たちに頼らなければいけないこの現実に…これが、帝国を護る騎士として本当にいいのかということに」


 クリューゲル氏の言葉を怪我人を治療しながら聞きます。

 こちらの世界の軍人が持つ悩みというものでしょうか。確かに、クリューゲル氏の年代にもなると子供を、それも別世界の子供を戦場に駆り立てようとしていることに疑問や葛藤を抱いてしまうのも無理がないかもしれません。むしろ、子供を戦に出すことを嫌悪するのは当然の感性と言えるでしょう。


「分かっているつもりだ。君たちの方が、私たちよりもはるかに強い。本来、我々は一兵卒階級の魔族相手でも5人以上で組を結成して当たるか、対魔族用重兵器を用いなければたやすく蹂躙されてしまう。それを君たちは逆に圧倒して大陸に出てきた魔族に大きな被害を与えて追い返した。たった6人でそれを可能とすることは、我々には天地がひっくり返っても出来ない芸当だ。私の小さな矜持で君達の力に疑問を呈するなど、侮辱と受け取られても仕方がないだろう。…たが、其れでもやはりどこかで納得できない部分があるのだ。子供を戦地に立たせることに」


 あらかた現在の怪我人を治療し終えた頃に、クリューゲル氏が自分の方をしっかりと見据えて言ってきました。


「湯垣、君はどう考えている? 君たちを日常から引き離して召喚し、魔族と戦わせることを強要している我々のことを。正直に答えてほしい」


 クリューゲル氏の顔を見ると、それは真剣なものでした。

 当然と言えば当然でしょう。ふざけた扱いにしていい問題のわけがないのですから。

 まあ、子供を戦場に送ることに嫌悪するなど、自分たちの世界でも同じ認識ですから。…いや、子供を戦場に平然と送る戦場はごまんとありますけど。


 自分としては特にそのことに関して恨みもなければ、悔いもないといったところでしょうか。他の方がどうかはしりませんが、クリューゲル氏が自分に対してこの疑問を提示している以上、ここは自分の意見を述べることとします。


 その前に、これだけは確認しておくとしましょう。


「クリューゲル氏。それに対する答えの前に、1つ訊いてもよろしいですか? 質問というよりは、確認に近いかもしれませんが」


「ああ、勿論だ」


 クリューゲル氏の答えはしっかりとしているようです。

 ならばと、自分はその問いを発しました。


「クリューゲル氏は、こうして異世界から召喚された勇者に対してその問いをする場合、恨んでいる、許せない、お前たちを先に滅ぼしてやる!みたいな回答を望んでいるのですか?」


 一見、意味がないような質問かもしれません。

 実際、問われたクリューゲル氏は困惑した様子となっています。

 しかし、これは結構自分の回答において重要になってくる質問事項です。

 真剣なのは似合いませんけど、今回のクリューゲル氏の訊ね方はかなり真剣なものですから。もしもその葛藤の枷を軽減できるのであれば、相応の回答を返すことが自分にとっての、葛藤の元となっている異世界から召喚された勇者としての義務の1つと自分は考えていますから。

 なので、今回は自分、似合わない真剣モードでいきます。ヨホホホホ。

 その笑いがすべてを壊す、と? 確かにそうですね〜。ヨホホホホ。ヨホ、ヨホホ、ヨホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ。

 …ごめんなさい。真面目に応答しますので。


 クリューゲル氏は悩んでいましたが、30秒ほどの沈黙の末に首を横に振って答えました。


「…望んではいない。だが、恨まれても仕方がないとは思っている。自分達が生き残りたいがために、君たちの人生を壊しかねないことに巻き込んだのだ。そのことで非難され、恨まれたとしても仕方がないと思っている」


「…なるほど」


 クリューゲル氏の回答は、自分の予想していたものに近かったです。

 確かに、そう思えてくるでしょう。良心の呵責がなければ、そもそもこのような葛藤など抱えずにいるはずなのですから。

 ただ、まあ…自分としてはあまりいい答えではないですね。

「仕方がないと思う」そんな曖昧な答えなら、冷たい考えですが自分としてはむしろ恨んでほしいと望んでいるとか思われている方が清々しますよ。

 確認はできましたので、自分の意見は形となりました。

 それをクリューゲル氏に伝えます。


「これは自分の個人的な回答ですが。クリューゲル氏、自分は別にこの異世界に召喚されたことも、ネスティアント帝国に魔族と戦ってほしいと頼まれたことも、特に恨んだりはしていません」


「…そうなのか」


 つぶやくクリューゲル氏は、バツが悪そうな表情となります。

 その様子は大方、あのパターンですね。ちょっと、自分はそれはあまり嬉しくないと言いますか、少しばかりその考え方をされると癪に触ります、むしろ。


 というわけで、続けます。


「ただし、クリューゲル氏の抱いているその感情に対しては、あまりいい印象は抱けません。別にクリューゲル氏のことが嫌いとかいうわけではありませんから、そこは履き違えないでいただきたいのですが」


「あ、ああ…」


 クリューゲル氏が頷くのを確認して、続けます。


「さっきの質問は、自分の意見とクリューゲル氏が抱いているその考えをかみ合わせてみるためのものですね」


 さて、前置きはここまでとしまして、結論から入ります。ヨホホホホ。

 必要な前置きは挟みますけど、長ったらしい説明みたいなのは真剣な場所には似合いませんから。ふざけた場面では遠慮なく挟みますけどね。ヨホホホホ。


「結論から申し上げますと、自分の意見としましては困っている相手がいたら手を差し伸べるのは当たり前というものです。ネスティアント帝国の皆さんが魔族の脅威にさらされて、国民を守るためにやむなく異世界から勇者を召喚し、それに選ばれました。ならば自分はその声に応じるまでです。道端で怪我をしている人がいたら手を差し伸べるというのと大差ありません。助けを求められれば、応じるというのが自分の考えですから。無償の施しなど信用できないとは言っても、『あってもいいじゃないですかそのくらい』程度の考えです。助けてほしいから助けを求めることになんの恥があるというのですか? 助けてくれと訴えるなど、その人の自由でしょう」


「湯垣…」


 クリューゲル氏の強面が、今にも泣きそうなしんみりしたものに変わりました。

 とは言っても、そこで話は終わりません。

 続けます。


「ですが、そこでさっきの質問です」


 クリューゲル氏の顔が途端に?マークを浮かべました

 その反応を確認し、続けます。


「自分の質問に、クリューゲル氏は『恨まれても仕方ない』と答えましたよね?」


「あ、ああ…」


 困惑している様子ですね。

 ここで察しろというのは酷というものでしょう。さすがにわからない様子ですね。当然と言えば当然でしょう。

 続けます。


「勝手に召喚した立場からしてみれば、そう考えるのも無理ないかもしれません。ですが、自分にとってその回答は中途半端な答えです。助けを求めておきながら、仕方ないとか言って相手を疑うというのはさすがに嬉しくありませんよ」


「そ、それは…」


 クリューゲル氏が、言葉を詰まらせた。

 反論しようにも、出来ない様子です。

 気づいていますし、気持ちもわかりますが、あえて無視して続けます。


「助けを求めることは恥などではありません。自分の窮地に際し、相手の都合などガン無視してただ自分たちを助けてくれと訴えるなど、人として当たり前ですよ。差し伸べられた救いの手を受けるも拒絶するも、助けを求める側の自由です。ですが、差しのべられた手に対して相手の都合を無視した言い訳を求める、良心の呵責の言い訳にするというのは、それは差し伸べられた手の持ち主を侮辱する行為に等しいと思います。そんな中途半端で他者に言い訳を押し付けるような感情を持ち言うくらいなら、恨んでくれと頼まれる方がまだマシです。「恨まれても仕方ない」なんて、そっちの自己満足にまでこっちを付き合わせるなよって感じですね。求めに応じた手を跳ね除ける以上に、それは相手にとっての侮辱に当たります。あくまでこれは自分の持論に過ぎませんけど。他の方がどう考えているかなど、自分にはわかりませんから」


 それが、自分の考え方です。

 困ったら助けを求めるのは当たり前。助けを求められたら手を差し伸べるのは当たり前。無償の施しはあり得ない、でもそのくらいあってもいいじゃないですか。差し出された救いの手を受けるのか跳ねるのか、その選択は求めた側のすることです。

 ただし、それでも助けを求めた側に『恨まれてもいい』なんて言われるのだけは、助けた側を言い訳に立てているみたいでちょっと気分悪くなります。


 他の方がどうかはしりません。「ふざけるな! 恨んでやる!」とかいうのも、その人の意見です。

 それでも、自分の考えは上記の通りです。


「言い訳にしないでくれ、か…」


 一通り自分の意見を聞いたクリューゲル氏は、神妙な顔つきになりました。

 しかし、それも1分ほどで受け入れたらしく、溜息を零します。


「そうだな…こっちが助けてくれと頼んだのに、勝手に召喚したというのに、その上向けられてもいない仮想の罪の罪悪感をなくすために君たちを利用するなど…確かに、侮辱でしかないな」


「ヨホホホホ。あくまでも自分の意見ですから。考えは千差万別、十人十色。正解が欲しければ他の方の意見も聞いてみればいいでしょう」


 クリューゲル氏の顔は、少しホッとしたような、胸のつかえが取れたような穏やかな表情となっていました。

 どうやらクリューゲル氏の葛藤に対して一石を投じる効果はあったようですね。甘楽甘楽。


「湯垣、君は一体いくつなんだ?」


「ヨホホホホ。16ですね」


「とてもそうは思えない。説教を受けたような気分だよ」


 突然人の年齢を尋ねてきたと思いきや、クリューゲル氏は苦笑いを浮かべました。


「君の心根は信用に値する。ありがとう」


「ヨホホホホ。どういたしまして」


 クリューゲル氏の素直なお礼の言葉に返したところで、次の怪我人が運ばれてきました。


「勇者殿! お願いいたします!」


「ヨホホホホ。お任せ下さい」


 その日は、訓練が終わるまで治療役として訓練場にて治癒魔法を行使し続けました。

 これだけやっても、魔力に底は見えません。

 ヨホホホホ。本当に、女神様には感謝してもしきれませんね。

アンタレスはさそり座の一等星です。

その大きさは太陽やアルデバランをはるかに凌ぐものだそうです。直径は太陽の約720倍に上ると聞きます。

さすがは宇宙、広いですね…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ