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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
南部海岸地帯・魔導の森
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2話

 緑茶を用意しつつ、扉の外にいた鬼崎さんに声をかけると、その扉が開かれて鬼崎さんが入ってきました。


「お邪魔するね」


 その手には、何やら箱があります。

 それに何やらよそよそしいといいますか、普段の鬼崎さんと違い少しばかり引っ込んだ態度とでも申しましょうか、何かを恥じらう様な感情が読み取れる様子です。

 しっかり者の鬼崎さんがどうしてそうなっているのかについては、深く追求するつもりはありません。なんといいますか、簡単に踏み込んではいけない予感がします。

 あと、扉を開けて入ってきた鬼崎さんは、なぜか「お邪魔するね」という一言を背を屈めて上目遣いで言ってきました。

 しっかり者、凛々しい、可愛いよりも綺麗、そんな印象が強い鬼崎さんが上目遣い、それも若干頰を染めながらそんな態度を取ってくれば、ギャップがあり、違和感が出ますね。

 それはそれで失礼というものでしょう。鬼崎さんはしっかり者ですが、まだ多感な思春期ただなかの高校二年生です。年相応の乙女な一面を見せたとしても、何も問題はありません。

 しかし、そんな一面を自分なんかに見せていいのでしょうか。

 よく無いですよね。これはけしからんですな。ヨホホホホ。

 …いえ、何もしませんよ。口では冗談を大量に放出しますけど、節度はわきまえているつもりですから。


 とりあえず座らせましょう。立たせておくのも苦でしょうから。

 鬼崎さんに椅子を勧めて、緑茶を淹れます。


「もう少々で出来ますから。冷やしたほうがいいですか?」


「熱いままでお願いします。ごめんね、わざわざお茶淹れてもらって」


「ヨホホホホ。客人に対する礼儀ですよ。苦でもないのでお気になさらず」


 完成しました。

 お茶を持って、鬼崎さんのところに向かいます。


「どうぞ。熱いのでお気をつけください」


「ありがとう」


 鬼崎さんは柔らかな笑みを浮かべながらお礼を口にして、お茶を一口含みました。

 表情を見る限り、お気に召した様です。


「…いいね、この苦味。本当に湯垣くんって多才で、羨ましいかな」


「ヨホホホホ。過分な評価です。自分は器用貧乏、何をやらせても人並みどまりに過ぎません」


 自分の返答に対して、鬼崎さんは苦笑いを浮かべました。

 どうやら普段の鬼崎さんに戻った様子です。


 もうひとくち、緑茶を口に含んだ鬼崎さんは、その手に持っていた小さめの箱を自分の方に差し出してきました。

 透明では無いので中身が何かは分かりませんが、鬼崎さんの様子を見るにかなり軽いものの様です。…虫や小鳥の気配は無いですね。

 リボンで結ばれた可愛らしい箱は、黄色の水玉模様です。材質は、木のようですね。


「ヨホホホホ。かわいらしい色をしていますね。カクさんへのプレゼントですか?」


 顎に手を当てつつ、その箱をまじまじと見てみます。

 延命冠者の面でまじまじと見るのは、バカみたいな絵面ですね。

 お前はそもそもバカだろ、と? ヨホホホホ。自分をバカと称するのは間違っていますよ。大馬鹿です。大を前に付けていただかなければ、自分という変態は表せませんとも。ヨホホホホ。


 とりあえず、憶測を元に訊いてみます。

 この部屋を借りているのは、自分とカクさんの2人のみです。鬼崎さんがあることを除いて自分なんぞに贈り物を上げることなどありえませんので、恐らくはカクさん宛でしょう。


 そう考えていたところ、鬼崎さんは首を横に振りました。


「いえ、これは私からのお礼。湯垣くんにはこの一週間、かなりフォローしてもらったから」


「…ヨホホホホ。はて、何のことでしょう?」


 冷や汗が出てきました。

 な、何故でしょうか? 自分の行動はバレ…バレてましたね帝国の方々に。

 しかし、帝都まで届く様なことをしでかした記憶はありません。

 これでも、自分は城塞都市では散々暴れたと言いますか、流石に街1つ消し炭にする絨毯爆撃したとか、国境の山を削り取って地形を変えて城塞都市の戦略的な価値を大幅に削り取ったとかはしていませんけど、被害を出していたのは事実です。

 なので、まあ、その罪滅ぼしといいますか。そもそも帝国に住まわせてもらう、さりとて戦争に協力できるかどうかは返事保留。こんな中途半端な状態にしたのは、自分の助言が元ですから。

 結果、城塞都市は崩壊して子爵領は焼け野原となりました。ネスティアント帝国とソラメク王国の同盟が結ばれたものの、穏便に済ませる為に復興事業に協力したというだけです。


 結局、自分の行いは蒔いた種を拾い上げるだけで、特に鬼崎さんたちをフォローするためにやったことなどありません。単なる自己の都合でしかありませんから。


 復興事業に参加したことがばれてから、自分は勇者だけでなく勇者を召喚したネスティアント帝国、最後まで魔族に屈しなかったアンネローゼさん、人質を救出できた勇者たち、そして敵対関係であったネスティアント帝国の要請を引き受け討伐軍を起こしたソラメク王国。これらを祭り上げて壮大な英雄譚として仕立て上げたというだけです。


 …要するに、街を壊して住民を救えなかった自分たち勇者に対する非難を押し殺すためですよ。

 自分は人間、醜い心を宿す者です。誰かに責められる事はしましたが、感謝される様なことはしていません。

 なので、鬼崎さんの感謝を受ける資格はないということです。


 真の目的、ですか?

 それはこの後すぐにわかりますよ。ヨホホホホ。


「ヨホホホホ。フォローですか? いえいえ、自分はこの1週間はダラダラと過ごしただけですので」


 受け取れませんと、拒絶の意思を示します。

 …中身が鬼崎さん唯一の欠点とすれば、断固拒否します。何かと理由をつけて拒否します。


 しかし、鬼崎さんは首を横に振り、箱を開けました。

 中身は…クッキーです。白いクッキーです。

 見た目はとてもよくできたものです。…見た目は、ですが。

 最悪の予感が的中しましたね。


「湯垣くんの嘘は意外とわかりやすいよ。だいたい、私はアルブレヒトさんからこのことを聞いているから。湯垣くんが街の復興を手伝ってくれたり、事故の被害者を治療してくれたり。私たちが壊した街を立て直す役目をずっと押し付けてきたから」


「ヨホホホホ。鬼崎さんの苦労に比べればどうということはありません。体力あれば何とかなる作業ですから。鬼崎さんの方が大変ではなかったですか」


 何とか受け取らない様に言い訳しますが、鬼崎さんは引き下がりません。


「それこそ別に気にしなくていいから。これは私が勝手にやったこと。手作りなんだ、食べてみて」


「て、てて…手作り、ですか?」


 普段の大人びた鬼崎さんではなく、頬杖をつきながら上目遣いで言ってくる鬼崎さんは、すごく可愛らしかったです。

 可愛いですよ。美人の鬼崎さんがそういう仕草をすると、大抵の方は落ちるはずです。ただ歩いているだけでも街ゆく男子の目を奪う美人ですから。


 ですが、ですが…。

 こ、このクッキーは…あの…。


 鬼崎さんが1枚箱から取り出して、わざわざ差し出してきました。


「ほら、ね?」


「ヨ、ヨホホホホ…」


 困りましたね。

 鬼崎さん、思ったよりも強引かもしれません。

 いえ、前々からこれに関しては強引な方でしたね…。


 戸惑う自分に、鬼崎さんはクッキーを突っ込んできました。

 延命冠者の面の口の部位にクッキーが直撃します。

 構わず鬼崎さんは押し付けてきます。


「ね? 一口、一口でいいから!」


「鬼崎さん、積極的ですね〜。ヨホホホホ」


「面取ろう?」


「それはできませんね〜」


 延命冠者の面に伸ばされた鬼崎さんの手を躱し、ついでにクッキーからも逃げて空となった鬼崎さんの器にお茶のお代わりを追加します。

 しかし、鬼崎さんも諦めてくれません。


「私は悲しいよ…」


 両手で顔を隠して、オロオロとされます。

 当然演技でしょうが、これ以上は鬼崎さんの凛々しいイメージが崩れそうなので、ここで折れることにしました。


「ヨホホホホ。これ以上は断りきれませんね。ありがたく、1枚、いただきます」


 期待の眼差しを向ける鬼崎さんの前で、クッキーを齧ります。

 どう齧ったの、と?

 普通に齧りましたよ。面越しに。


「…どう?」


 どうと言われましても…。

 鬼崎さんの数少ない欠点の1つが、料理音痴ということですね。

 並大抵のものではなく、天才の二極性を知ることができると言った感じです。


 クッキーの味ですが…何でしょうか?

 まず、甘すぎます。クッキーなのに、ラードにハチミツ砂糖かけたみたいな、しつこくて不釣り合いな甘さがします。

 つぎに、食感が脂の塊の様な感じです。歯ごたえがなく、それでいて潰れる、そして口の中にまとわりつく感じです。

 香りは申し分ないのですが、それが不釣り合いなため追加の破壊材になっています。

 持っている際はそれなりの硬さがあるのに、何でしょうか? 化学薬品ですかね?

 一言で表すと、腹壊さないか心配になる味ですね。


「ヨホホホホ。自分はあまり舌に自信がありませんが、才能のある方の引き出せる味ですね。他の皆さんにも食べてもらって意見を募ればより良い評価を見出せると思いますよ」


「そう? ありがと」


 鬼崎さんは元の綺麗な笑みを浮かべて、満足げな表情を浮かべました。

 クッキーを持って外に出て行きます。

 他にも犠牲者が出たとしても、自分だって何枚も食べられないのですからしょうがないと認識して下さい。本当にお願いします。これは流石に無理です。

 用件は済んだ様ですね。


「また来るかもしれないけど、そのときはコーヒーをお願いしてもいいかな?」


「畏まりました。お待ちしております」


 鬼崎さんの注文もしっかりと受け取り、部屋から出て行った鬼崎さんの背中をお見送りします。


 …舌の感覚、しばらく戻らないかもしれません。ヨホホホホ。

アルデバランは、牡牛座の一等星、冬のダイヤモンドを形成する恒星の1つです。地球から観測できる恒星の中では非常に明るく見える星、一等星の名は伊達ではないですね。知名度も結構あり、いろいろ場でその名前が登場しますよね。ほか、冬空の一等星で有名なものといえばシリウスやベテルギウス、ポルックスなどが有名どころでしょうか。

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