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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
異世界召喚・西方国境騒動
23/115

23話

 門の中から現れたのは、コウモリのような羽毛のない皮膚がむき出しとなっている巨大な黒い翼を二枚、背中に宿した赤い瞳の人間に見えるかもしれないが、そこからはかけ離れた気配を放つ、1人の男でした。


 コスプレイヤーにも見えますが、その身に纏う気配が物語っています。

 あれは間違えなく、人間ではありません。

 そして、まともに関わっていい相手でもありません。


「ヨホホホホ。お出迎えですか? ご苦労様です」


 避けられるなら戦闘は避けたいので、まずは軽い挨拶からしてみようと思います。

 まあ、はねのけられる可能性しかないですけどね! ヨホホホホ。


 予想通りと言いますか、目の前のソレは途端に表情にわかりやすいくらいの青筋を立てました。


「てめえ…人族風情が、このサラトガ様に舐めた口を聞きやがって! 偶然ラッキーパンチで粋がるてめえらは、何にも増してムカつくんだよ!」


 凄まじい気迫といいますか、プレッシャーがそのサラトガという男から放たれて、自分の体に槍のように突き刺さってきます。

 しかし、なるほど。人族–––––種族としての呼称を用い、他的な表現として扱い、なおかつ見下している態度で苛立ちを口にする様。

 どうやら、このサラトガという男は魔族のようですね。


「ヨホホホホ。なるほど、これが魔族ですか」


 目の前のサラトガという魔族の発する気配を基準にして城塞都市の方に意識を向けると、その中には数万の魔族がひしめいていました。

 位置や動き、騒ぎの度合いに街を壊す様から推測するに、カクさんと副委員長も魔族の軍勢と戦闘に入っているようです。

 自分に対してお出迎えが来るのも当然ですかね。

 サラトガの口調からは友好的な意思は微塵も感じられる様子はなく、話し合いに応じる気配もなさそうですから。ヨホホホホ。問答無用で戦闘となるのは避けられませんか。

 カクさんに作っていただいた大身槍『御手杵』を手元で回し、構え直します。


 戦闘態勢に入った自分を見ていたサラトガは、いまいましげな表情から小馬鹿にするような笑いを短くあげました。


「ハッ! 飛び道具や装甲車両に頼らなきゃまともに対峙することもできねえくせに、ことここに及んで槍だと!? てめえの頭のネジはへし折れてんのか?」


「ヨホホホホ。全くもってその通りです。自分は随分と昔に頭のネジを折ってどこかにおいてきてしまいましたので」


「…人族風情が、舐めた口を」


 サラトガの軽口に合わせたつもりだったのですが、返事をした瞬間サラトガな顔が青筋を立てたものに変化しました。

 落ち着きのない方ですね〜。カルシウムが足りていないご様子。

 あれ? 魔族にカルシウムは有効ですかね? …生物だし、栄養にはなると思いますが。

 まあ、自分たちの価値観をこの世界の方に押し付けるわけにもいかないでしょう。ヨホホホホ。


 せっかくお出迎えを頂いた以上は、相応のもてなしを受けるのが客の礼儀というものでしょう。

 みたところ、サラトガという魔族の方もそのためにご足労いただいたようですし。

 中に突撃したお二人は大暴れしているでしょうね。海藤氏に重傷を負わせた(すでに治療済みですが)魔族を追っているでしょう。もしくは喧嘩でもしているのではないでしょうか?

 だとしたら、巻き込まれる家屋の持ち主や魔族の方が気の毒ですがね。ヨホホホホ。


 しかし、やはりといいますか魔族相手に人族は基本的に銃火器を用いた戦をするようです。あとは魔法や車両などでしょうか。魔法という存在がこの世界では、人族の技術革新の原動力の1つにもなっているようですし。

 そう考えると、なるほど自分みたいに槍を持って対峙すること自体が、魔族には馬鹿にされていると映るのでしょう。

 人は見かけによらないという諺があるように、傲慢や油断は足元をすくうこともあるものですよ。こちらの世界にそのような言葉があるのかはわかりませんが。ヨホホホホ。


 しかし、サラトガという魔族の方は徒手空拳にしか見えません。

 それこそ自分には大丈夫なのかと心配になることもありますが、それは杞憂でしょう。

 目の前の魔族は戦えばただでは済まないという予感がビンビンする気配をまとっています。油断大敵の言葉は自分に跳ね返ってきました。

 隠し武器があるかもしれませんし、魔法があるかもしれません。

 侮って挑んでいい相手ではないことというのは、理解できます。


「取り敢えず、お前はムカつく。その顔引き剥がして帝国に送り返してやろうか!」


 物騒なことを叫びながら、サラトガが飛び出しました。

 おもてなしの時間ということでしょうか。自分はそうならないよう、ホストを満足させる相対をすれば良いと思います。

 あと、面を引き離されるのは勘弁願いたいですね。ヨホホホホ。


「こちらも参りましょう–––––おぉッ!?」


 槍を構えた瞬間でした。


「遅え!」


 飛び出したサラトガは目にも留まらぬ速さに突如として加速し、こちらが槍を構えるよりも早くに右に接近してきて、強烈な回し蹴りを当ててきました。

 まるで車がぶつかったかのような衝撃が、すんでのところで腕と片足を使い防御した体を貫き、踏ん張りの余裕など微塵も与えることなく自分を吹き飛ばしました。


 今の一撃で、腕がへし折れたようですね。

 回転しながら飛んでいく最中に治癒魔法を用いて折れた腕を治します。


 そのまま自分は城塞都市の壁に激突し、それを強行突破しても尚勢いは衰えず、2、3ほどの家屋を突き破ってようやく停止ができました。

 煉瓦造りの家々が軽々と藁のように吹き飛ぶには驚きましたが、直接サラトガに蹴りつけられた腕以外にはまるで損傷がない勇者補正の体にも驚きを禁じ得ません。


 瓦礫から起き上がると同時に、サラトガの膝が眼前に迫ってきました。

 飛び膝蹴りを食らわせようというのでしょうが、速さの次元が違います。勇者補正ありきでも目で追うのさえもやっとなほどです。

 当然対応できるわけもなく、見事に額に膝蹴りを受けてまたも飛ばされました。

 生成の面にヒビが入る音がします。


 今度は無様に飛ばず、体を回転させて速度を殺してから、危なげなく通路に着地をしました。


「おら、遅えんだよ!」


 間髪入れずに、背後からサラトガが迫り背中を殴りつけてきます。


 ヨホホホホ。防戦一方ですが、さすがに一度くらいは反撃しなければ。

 偶然といいますか、意図的ではないでしょう。サラトガが背中に向けた拳は、自分の千里眼(医療用)を通して見たとき負傷をしていた右側の拳でした。

 サラトガは開戦前から、なぜが右肩を負傷していたのです。

 なぜかはわかりませんが、チャンスならば一度くらい反撃しましょう。


 というわけで、サラトガに殴りつけるれる寸前に背骨に強化魔法をかけ、ぶつかる寸前のサラトガの拳に無駄に伸びた爪が餌食になるようないやらしい形で背中をむしろぶつけていきました。

 いわゆるカウンターですね。


 バキリと、サラトガの親指の爪がひん剥かれて、むやみに突き出している怪我のしやすくなっていた親指に突き指を与えました。


「い、イギィいいいい!?」


 サラトガが悲鳴をあげます。

 まあ、強いとはいえカウンターを受けることを想定していない怪我のしやすい拳の握り方でしたからね。

 次からは気をつけましょう。


「親指を人差し指に乗せるように握る拳は怪我をしやすいものですから気をつけたほうがいいですよ。というわけで、そ〜れっとな」


 想定外の反撃に足の止まったサラトガへ、反撃として掌打を加えました。

 少し特別な技術を用いた一撃でしてね、これは受けた相手に対して一打の衝撃を突き抜けさせず体の中に衝撃をかき回して中身を揺らすという効果があります。

 ヨホホホホ。自分はまだ未熟なので足で繰り出したり地面を伝達して遠距離に攻撃を加えたりということはできません。

 世に言う、『発勁はっけい』ですね。


 うまく決まったらしく、サラトガの顔色が大きく変化しました。


「う、うぐっうううウゥゥゥゥ!」


 ヨホホホホ。内臓が揺れる揺れるの衝撃ですから、慣れてない相手には効果抜群です。

 足元がいうことを聞かずにふらつくサラトガへ、追撃にカクさんに借りた『御手杵』を用いた横薙ぎ攻撃を加えます。

 大振りなのでこんな状態となっているサラトガでなければ、確実に避けられる一撃ですね。

 しかし、発勁で怯むサラトガには避けられないでしょう。


「ホームランですよ〜」


 なんとも気の抜ける掛け声とともに、サラトガに御手杵を直撃させます。

 当然ですが、御手杵を振るう腕には強化魔法が掛かっています。

 加えて狙いは、怪我をした方の肩ですね。

 容赦もへったくれもない一撃ですよ。ヨホホホホ。


「グァアアア!?」


 宣告通り、御手杵のクリーンヒットを受けたサラトガは、ホームランのボールのように空高く斜め60度に向かって打ち出されました。

 途中にいた飛行物体(鳥の姿をした魔族の兵士)を巻き込み、反対側の城壁まで飛んで行きましたね。


「ヨホホホホ。なかなかいい飛距離のようですね」


 反対側の城壁に激突した様子を見ながら、ホームランのコメントを残します。

 取り敢えず、サラトガ氏のお出迎えに対するお礼はできましたかね?






≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 遅い。

 人族の召喚したという勇者らしき連中が攻めて来たとき、サラトガは1人遅れてやってきた男を潰すために出陣した。

 人族が異界から召喚した勇者だから少しは楽しめるだろうという安易な気持ちでである。

 そんなことを考えて挑んだことが間違えだった。


 所詮は人族でしかない。魔族と渡り合えるはずもない。

 奴らは根底から魔族と天族に劣っている。

 たとえ異世界からの勇者だろうが、そんなことは変わらない。

 そう、たかをくくっていた。


 そして目に付いたのが、奇怪な面を被った男だった。


 不気味というより、目障りという印象を抱いた。

 所詮は人族。願掛けか何かは知らないが、そんな面を被ろうとも何も変わらない。

 人族では魔族に蹂躙されるだけ。

 奴らは家畜だ。奴らは畜生だ。

 魔法も弱い。力も弱い。数も少ない。知性も大したことがない。

 魔族と比べて何もかも劣っている。

 奴らにできるのは群れることだけ。

 1人で戦うなど、愚かしいにもほどがある。

 身の程をわからせてやろう。


 そして、対峙して初めて目にした。

 仮面の男は、あろうことか槍を担いでいた。

 銃がなければ何もできない人族のくせに、銃があっても何もできない人族のくせに、事もあろうに槍で挑むだと!?

 サラトガは魔族を侮辱するその勇者に腹が立った。


 見せしめに殺してやる。

 もとより畜生と会話するなど魔族のプライドが許さない。

 問答無用で襲いかかる。


 そして、異世界の勇者に襲いかかり最初に感じたことが、遅いという感想だった。

 遅い。遅すぎる。

 なるほどこの世界の人族よりは多少早い。多少は強い。

 だが、それだけだ。


 大蟻と小蟻が背比べをしている程度、魔族には認識することもできない。

 そんな小さな差だった。


 その、はずだった。


 圧倒的に優勢で殴り蹴りをし、その仮面にヒビまで入れてやったのだが、着地の瞬間を狙った渾身の拳を放ったときだった。

 突然、そいつは背中を自らぶつけてきた。


 バカだと思ったのもつかの間。

 なぜか、サラトガの拳の方が壊れた。

 爪が割れ、親指がいかれてしまった。


 クソクソクソッ!


 人族という連中はどうにも悪運だけは強いらしい。

 ただの偶然。


 だが、次は偶然ではなかった。


 その人族が手のひらでサラトガの腹を突き飛ばす。


 人族の打撃などもろともしない。

 そう思っていたサラトガの体は、異常な衝撃の波が跳ね返るように暴れ狂った。


 なんだこれなんだこれなんだこれ!?


 サラトガはパニックになった。

 体の中身がこみ上げる。

 臓器が揺れる。構成物が逆流する。

 体が、一瞬にしていうことを聞かなくなった。


 どうなってる!なんなんだよ、この人族は!?

 おかしい、こんなの現実じゃない!


 そう、いうことを聞かない喉が鳴らせなかった叫びを心の中で訴えたサラトガに、仮面の男は止めと言わんばかりに初めて手に握っている大仰な槍を振り回した。

 正常なら簡単にかわせた大ぶりの攻撃。


 だが、サラトガは先の謎の攻撃で体の自由がまるで効かなくなっており、それを交わすことはできなかった。


「ホームランですよ〜」


 サラトガの耳に届いたのは、目の前の仮面の男の気の抜けるような間延びした声である。


 それを聞いた瞬間、サラトガは侮辱に対する怒りと、それを上回る得体の知れない仮面の男に対する恐怖心が湧き上がった。


 そして、それが仮面の男から聞いた最後の言葉。

 直後に負傷していた右肩に槍を振るわれて、サラトガは城塞都市の反対方向に吹き飛ばされた。


 たまたま軌道上にいた鳥型魔族の兵隊を巻き込み、城塞都市の壁に激突する。

 身体中がズタボロになったが、サラトガは魔族である。こんなくらいでは死ぬことはない。

 魔族の生命力は人族のそれとは格が違う。


「あの…クソ人族め…!」


 壁から落ちて無様に倒れたサラトガは、先の仮面の男に対していまいましげに歯を噛み締める。

 魔族が人族に圧倒されるなど、あってはならないことである。

 所詮猿と大差ない輩のくせに、なんと小生意気なやつらだろうか!

 次にあったら八つ裂きにしてくれる!


 心の中で叫び声をあげたサラトガは、起き上がる。


「その体を轢き潰して…見るも無残な平坦体型にしてやる、あの猿め!」


「…あ゛?」


 サラトガはリベンジを誓う叫び声をあげた。




 上げたのだが…彼はその先の記憶を完全に失った。

 気づけば、子爵領の屋敷に死に体で落ちていた。


「…は?」


 わけがわからない。

 わからないが…記憶の抜け落ちている箇所を思い出そうとしたとき、頭痛がする。

 そして、逆らい難い恐怖が湧き上がるのである。


「…ひい!? い、いやだァァァァァ!」


 サラトガは何も覚えていない。

 彼の体がその記憶を抹消しようと必死になった結果である。

 ただ、刻み込まれた異世界の勇者に対する恐怖は忘れようがなくなった。


 …サラトガ。

 それは、ネスティアント帝国が召喚した勇者にトラウマを植え付けられた魔族の犠牲者となった。

マジノ線といえば、ご存知の通り有名な巨額の費用の代わりにドイツ軍を追い返すはずが、迂回されて役目を果たせなかったフランスの要塞ですね。中立国を強行突破するという選択をしたドイツ軍の行動はフランスの想定を大きく上回ったといえましょう。

大砲などの攻城兵器、そして航空戦力が出てからの戦場だと、要塞は殆ど役に立たない代物になりつつあります。ロマンを詰め込むにはもってこいですが。

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