2話
目を覚ますと、そこに広がっていたのは石造りの床でした。
教会を彷彿とさせる高い天井。前方には、大きなステンドガラスに彩られた窓と祭壇があります。
今回は、脳髄から発せられるような激痛は無かったです。あったら、今度こそこの役立たずの体にムチ入れてやるところでしたよ。
「起きたのか」
声がかけられました。知っている声です。
振り向くと、そこにはよく知るクラスメイトの一人の北郷佳久、通称『カクさん』がいました。
そして、自分たちの周りには数名のクラスメイトが仰向けで寝かされていました。
幸い、寝ている人の生存もカクさんがとっくに確認されているようです。部屋には扉と呼べるものがひとつしかありませんが、カクさんはみんなが起きるのを待ってくれている様子でした。
ここにいるのは6人だけですが、ひとまずその状態が生存というのは判明しています。他のみんなのことはわからないですがまずは一安心ですね。女神様も責任もって送り届けてくれているとおもいます。
了承もなく何拉致ってんだ! みたいな事は、自分以外の人に言っていただきましょう。みんな無事なら、自分はそれで良いので。
その役目、目の前のカクさんにお譲りします。
「たまには面をとったらどうだ」
ため息まじりにカクさんから指摘が入りました。
カクさんは堅物なので、そういうことを気にしてしまうのです。特に同中の不真面目クラス副委員長との仲が最悪なのです。その人、同じ部屋で寝ていますけど。
自分にも譲れないものがあるので、何回言われてもここだけは曲げられません。
「カクさんは、ここが何処かとかってわかりますか?」
話をそらすと、粘っても無駄であることは承知しているので、カクさんも重要な問題であるその方向に話を移しました。
首を縦にふります。
「何処か?というなら訳の分からん女に『異世界』などと言われた」
「あーらら…」
カクさん、女神様に言われたことを信じきれていないらしいです。
確かに、カクさんそういう性格だし仕方がないかもしれません。
自分はあの女神様のこと信じますけど。こうして、みんなを無事に届けてくれましたので。
「お前もあらすじは聞いているようだな」
「可能性としては、全員に説明が行き渡っているでしょう」
自分の言葉に同意を示すように、カクさんが頷きました。
「ここにいるのは…俺たちを含めて6人か。『異世界』など知らんが、ここがまったく知らない場所であることはわかる。窓はあるが、扉は1枚。みたところ教会か?」
カクさんは意外と混乱することもなく、状況を分析しているようでした。
自分は、とりあえず手持ちの道具を確認してみます。
タブレット、ボールペン…あ、ハンカチもありました。ポケットティッシュは、今切らしていますね。あるのはこの3つのみ、でしょうか。
そういえば、スマホも置いてきてしまいましたね。あっても仕方ないですけど。ヨホホホホ。
幸い、白式尉の翁面には傷一つありませんでした。顔の傷は一生ものですからね、よかったです。まあ、それ以前にこの面自体もかなりの価格がつく代物なので、単純に傷物にできないというだけですが。
まだ起きない他の四人も、相応の面識のあるクラスメイトたちでした。
「ここにいるのは…鬼崎さんに、ケイさんに、カクさんと…」
「カクさんはやめろと言っているだろうが」
「…隠れイケメン筆頭株と、副委員長さんですか」
「無視するな」
起きている自分とカクさんの他には、男子1名と女子3名がいました。
他のクラスメイトたちもそんな感じなのでしょうか? 見ていないのでわかりませんが、女神様が責任持ってくださるならば多分大丈夫でしょう。
この部屋に集まった面子は、だいたい互いに相応の面識と親交のあるもの同士です。
1人目、鬼崎さん。本名は『鬼崎 遥』さん。苗字と外見から誤解を受けることが多いですが、とても親切な方です。個人情報ですし詳細は不明ですが、身長はだいたい175cm前後くらいで、現代人でも女性としては比較的高身長の持ち主です。因みに、自分は176cmなので、鬼崎さんとはほとんど身長が大差ないです。
顔つきはつり目が身長と相成り怖い人に見えてしまいますが、性格は禁句ワードを口にしなければいたって親切な常識人です。身長が高いですが、身体はほっそりしていますし、出るとこ出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる理想体型の持ち主ですし、顔立ちといい所作も綺麗ですからモデルみたいだと、その人柄も相成り男女問わず人気が高い方です。
勉学も優秀で、運動神経も高いです。なお、太陽の下に出る機会が少ないので、色白です。勉強もスポーツも、屋内で済ませる方ですから。あと、外出する際も目立つのを好まないので大抵長袖で歩くと聞きますし。休日に私服で歩こうものなら、芸能のスカウトに遭遇しやすいとのことです。
余談としまして、自転車が乗れないとのことです。知ってる人ほとんどいませんけど。殆ど欠点ない人ですね。
2人目、ケイさん。本命『富山 慧』さん。本人が自分の名前を面倒くさがるので、ほとんどの場合において『ケイ』と呼ばせるとのこと。結構短気な不良さんです。
勉強はクラスの最下層。なお、テスト前になると補習が嫌だとのことから、自分や鬼崎さんに教えてくれと頼み込んできます。性格は面倒臭がり、ですかね。面倒だとか、興味がない事柄をとにかく嫌う性格です。
それと喧嘩っ早い。テコンドーで五輪代表目前まで行った元選手の叔父と警察官である父親に鍛えて貰ったとかで、高校生が持つには過剰な戦闘能力があり、小柄な体躯に騙されて襲えばたちまち返り討ちにあいます。戦闘能力は大げさにしても、不良だからか喧嘩にも慣れているとのことですし、かなり強いのは確かですね。暴力騒動を起こすことも多いので、学校内では孤立気味な日常を送っているようですが。ただ、親とも最近はうまくいっていないとのこと。家庭でも学校でも孤立気味では流石に可愛そうでしょう。
3人目、隠れイケメン株。本名『海藤 和臣』さん。クラスでは自分の隣の席にいるクラスメイトです。くじによる偶然の産物ですが。外見は、一つのキャラとして立っているほどに地味で根暗、いっとき引きこもりとかしたくらいです。一見すると全体的に暗いです。耳を隠すほどに長い髪と、黒ぶちの伊達眼鏡。良くマスクを装着しています。猫背もまた、雰囲気を暗くするのに一役買ってますね。
ですが、その地味で根暗な外見の底に眠るのは端正な顔立ちと、整った超のつくイケメンフェイスです。メガネとマスクを取り、髪をあげて姿勢を正せば、どこの芸能人だよ!?と言いたくなるような男の目から見てもすれ違えば目がおってしまうイケメンとなります。自分の場合、その場に遭遇しても彼以上に目立ってしまう顔ですがね。すれ違いざまに振り向いたのが面を被った変態とか、絵面が強いです。ヨホホホホ。それでも外しませんよ、面だけは。
性格は心優しいですね。人を嫌ったり、恨んだりするよりも、気遣ったりする方ばかりに向かう無垢で優しい方です。まあ、性格がまるで違うのに幼馴染であるケイさんとはうまく噛み合っています。あと、彼をいじめたらケイさんに報復されるので、イジメは受けてません。ケイさんの敵になったら、必然的に鬼崎さんや世話焼きのカクさんも敵に回しますから。ヨホホホホ。
なお、痩身であまり運動神経は良くありません。反して勉学は優秀で、カクさんとかと終始トップ争いをテストにて繰り広げていますね。自分も便乗していますよ、ヨホホホホ。
4人目。副委員長。本名『土師 若菜』さん。この人を例えるなら、怠け者以外にはないでしょう。性格は文字通り、怠け者です。働くこと嫌いを通り越して、動くのも嫌いとのことで、興味の有無にかかわらず何かをなすという行動全てを嫌っている人です。因みに、カクさんの同中。同族嫌悪や磁石といった例えもあるので正反対の性格同士でも案外息の合うかもしれないものですが、副委員長とカクさんの仲は物凄く悪いです。今だってほら、カクさん寝ている相手の頭を蹴って起こしたし。他の人たちのことは自然に起きるの待ってたのに。
「…痛い、汚い、 臭い。あとキモい!」
「何といった、コラ! いいからさっさと起きろ」
「ウザ〜」
「(ブチッ)!」
ほら、早速喧嘩になりました。
なら起こすなよと言いたいですが、カクさんはこういう事を副委員長相手なら遠慮なしにやる人です。堅物なのに。
副委員長も、怠けるの好きならわざわざ挑発するなよと何度も思いましたよ。見てる側としては、ね。ヨホホホホ。自分はこの2人の喧嘩、面白いので気に入っていますよ。ヨホホホホ。
喧嘩を見るのは好きですが、やれと言われたら『ウムム…』となります。自分、能面で素顔隠していますし、笑い声が不気味だとか気持ち悪いとか言われるのでラスボス感漂うとかいう評価受けることもありますが、そんな大層なもんじゃないですからね。ただの能面かぶった頭のネジ折れてる変態ですよ。ヨホホホホ。
さて、2人は完全な喧嘩モードに入っています。
「この怠慢が…一度ガツンと言わなければわからないらしいな」
「何度も聞いたし。顔近い。キモい。死ね、ゴミ屑」
「貴様を先に葬ってやる!」
どこから取り出したのか、カクさんがパイプレンチで殴りかかりました。
いったいどこにしまう場所あったのでしょうか?
それを特に驚くこともなく副委員長がさらりと躱して、またもやどこから取り出したのか明らかに刃を潰していないサバイバルナイフを突き出しました。
ガキンとそれなりに高めの金属音が鳴り響きます。
見るからに片手で振り回すのも大変そうなパイプレンチを、カクさんはやすやすと扱いナイフの刃を防いでいます。
当たれば怪我確実、打ちどころ刺さりどころによっては死も免れない凶器を持ち出した2人が喧嘩を始めた時、自分は大抵…止めません。
「カクさん! 頭より脛狙ったほうが当たりやすいですよ! さあ、皆さんの安全は確保したので、存分にやって下さい!」
寝ている3名を喧嘩から距離を置いた場所に運ぶと、そこに腰を据えて観戦に入ります。大いに煽りますとも、面白いので。イシシシシシ!
2人も2人で、そんな自分のことは大抵気にせずに喧嘩に没頭します。
「ほら、来いよ。眼鏡かち割ってやる」
「できるものなら、な。少し預けるぞ、じじい」
カクさんが自分にメガネを放ってきました。
ちなみに、カクさんの眼鏡は伊達ではなく老眼鏡です。本を読むとき以外は別に必要な代物でもありません。カクさん若干の老眼ですけど、視力はさほど悪くはないので。
視力はともかく、気は短いですよ。特に、副委員長との絡みが加わると、ね。
あんな風に。
挑発に乗って思いっきり殴りかかっていきました。
「うおおおお!」
「キモいんだよ、脳筋!」
「あ、そーれ♪ あ、そーれ♪ お二人とも頑張ってくださいね。自分、煽りはしますがどっちつかずなので。イシシシシシ」
中立ですよ。肩入れはしません。ヨホホホホ。
外道、ですか? 照れるじゃないですか〜。ヨホホホホ。自分に対しては褒め言葉ですよ、ヨホホホホ。
あの堅物、カクさんは優秀な生徒です。真面目で品行方正。悪いことは悪いと正面から言いますし、陰口やいじめは大嫌いです。生徒会にも努めており次期生徒会長確実と言われていますので、さすがに素手で殴り合いなんて宜しくない噂が立ち生徒会の先輩にまでも迷惑がかかりかねないからこそ、こうして工具を使っているわけです。あれはあくまで『工具』ですし、凶器じゃないからいいんです。
一方で副委員長も怠け者ですが、れっきとした女子高生です。女の子が素手で殴り合いなんて、あまりいいことではないでしょう。なので、刃物なのです。あれは『刃物』であって、凶器ではないからいいんです。
…何て、通用しないはずなんですけどね。見られなければいいんです。バレなければいいんです。ヨホホホホ。
でも、面白いので自分は止めません。止めに入れば巻き込まれかねませんから。
「頑張って下さいね」
「ぶっ殺してやる!」
「こちらのセリフだ!」
自分は、彼らとは高校にて初めて会ったのですが、喧嘩の内容はよく変わります。
多くは消化器、机、包丁、金属バット、グラインダーといった、学校にあるような設備を使いますが、時にはどこから持ってきたのかバイクとか持ち出して喧嘩することもあります。
凶器じゃないかと? いえいえ、傷害沙汰にならなければ凶器なんて存在しないからいいんです。
もはや名物ですね。それだけ騒動を起こしながら、二人は一度も怪我をしたこともなければ教師に喧嘩を目撃されたこともないのです。
理由は、不明。自分でもどうしてか分かりません。
さて、今日はどんな結果になるのやら。
そうワクワクしながら観戦していたのですが、なにやら二人の様子が普段と違います。
「この!」
「ばーか! 当たるわけねーって!」
「フザケルナ、怠け女!」
2人の動きがいつもより激しく、そしてやけに息切れしないなという違和感はあったのですが、それは大したことではないように感じていたのです。
いたのですが…。
カクさんの大ぶりの攻撃が外れ、勢い余ってパイプレンチを石造りの壁に当てた直後に、どう考えてもおかしい事態が発生したのです。
「チッ!」
ゴン!
ドカン!
ドンガラガッシャーン!
「…は?」
カクさんが唖然とした。
そのパイプレンチの当たった壁が、いともたやすくぶっ壊れたのです。
しかも、奥がスカスカの壁一枚ではなく、1メートル以上の厚さをみっちり埋め立てた頑強な壁を、です。一撃で、ぶっ壊しました。
呆然とする自分とカクさん。
その中で、怠け者の副委員長は腹を抱えて笑い出しました。
「アハハハ! バカじゃん! どんだけパワー有り余ってんのさ」
「「…いやいやいや」」
珍しくカクさんと声が重なりました。
パワー有り余ってるで済む話じゃないでしょ!?
どこをどうしたらこんなことできるの!? 人間のやることじゃないっしょ!
つか、目の前でこんなこと起こされてよくそんな笑えますね、副委員長。落ち込むのも億劫だとか言ってる人ですが。
ほら、カクさんなんか頭抱え出しましたし。
「ああ…こ、壊してしまった…一体、いくら請求される…?」
いや、金かよ。多くの人はそう突っ込みたくなることでしょう。
こんな轟音にも起きる気配のない他の三名。副委員長が小突かれたくらいで起きたのに対して、随分な差ですね。
などと自分もまたどうでもいいことを考えていたところに、この部屋の唯一の入り口であった(もう一つの出入り口がさっき出来た)ところからばたばたという足音が聞こえてきました。
6人…いや、7人ですな。足音がやけに重なっている人がいるので音だと6人分に聞こえたのですが、気配は7人を示しています。
そして、転げるように息を切らして見ず知らずの他人が入ってきました。
「勇者様、ご無事ですか!?」
先頭に入ってきたのは、金髪の欧州系の美女でした。
白式尉は、もっとも神様に近い面とされているそうです。
この小説書くまでは、恥ずかしながら自分、能面は小面だけしか種類がなく、あれを能面と称しているのだと思っていました。
能楽・能面についても少しずつ調べながら書いていこうと思っています。