18話
装甲車は、どんな悪路でもスイスイと進んでいきます。
帝都を後にした一行は、ネスティアント帝国とソラメク王国の国境である西へとひたすらに進んでいきました。
それはもう、街道も獣道も御構い無しのケイさんの運転の元で。おかげで、小川とかまで強行突破(水深が浅かったので問題はなかったですが)して進み続けました。
避けるのは人と山と大河のみ。獣の群れさえ強行突破します。
車は確かに大丈夫でしょう。
しかし、車内は大いに揺れました。
「な、なあ…ケイ。もう少しまともな道を通るつもりはないのか?」
「ない」
この通り、即答であしらわれます。
結果、副委員長は眠れないと駄々をこね、カクさんと鬼崎さんは散々に車酔いをし、ケイさんに振り回されているために大抵のことは耐えられる海藤氏は終始苦笑いを浮かべていました。
自分ですか?
ヨホホホホ。真相は面の下に隠してありますとも。
…目、目が回ります〜。お助けを…。
日がすっかり暮れましたが、ケイさんは止まる気配がありません。
「…気持ち悪いです」
「…夜か」
「………(もう意識を保つのさえ面倒くさい)」
「目〜が回る〜目が回る〜♪ 日付が変わって目が回る〜♪ 深夜も進もうこの悪路〜♪ 朝日が出るまで、生きてられるっかな〜♪」
「…奇術師、その歌やめろ」
「目〜が回る〜♪ 目が回る〜♪ 明日も進むぞ、この悪路〜♪ 車内はゲ〜ロで埋め尽くされて♪ 腐った脳に、落ちるぞ撃–––––」
「(銃声)!」
「…バカ(笑)」
2日目の夜はこんなやりとりがありました。
まあ、自分たちにとってはとにかくきつい悪路だったと言いましょう。
平均時速80㎞は出しながら、ケイさんによって動かされる装甲車は、異世界召喚から3日目の昼ごろに、ネスティアント帝国の西方国境へと到着しました。
到着早々、完全に車にやられた自分とカクさんと鬼崎さんはすぐに転げ落ちるように出ました。副委員長は意識を失っています。
バタバタバタ、と出るなり倒れこみます。立てません…。
「こ、ここが…事件の場所?」
「ったく根性の無い奴だな」
後から降りてきた2人は全く平気の様子ですね。
どういう三半規管持っているのでしょうか?
来たはいいですけど、このざまではどうしようもありません。
止めてくだされば酔い止めも自分が魔法で仕掛けておいたのですが、この人たち待ったなしといいますか、ケイさん一度も止まりませんでしたので。
結果、対応できず。自分、治癒師失格ですね。
今やれ、と? …ヨホホホホ。魔法はある程度集中しなければ失敗して取り返しのつかないことになります。攻撃魔法なら標的が敵から自分に変わる程度で済みますけど、自分の扱う治癒魔法だと変な病気を誘発したりしますので。
酔い止めしようとしたら肺炎なったとか、目も当てられない事態と言えるでしょう。
鬼崎さんとカクさん、申し訳ありません。
「…静かだな」
ケイさんが辺りを見渡して呟きます。
うつぶせで倒れている自分は周囲を見渡すことはできませんが、気配を探ることに何しては特に問題ありません。
えーと…確かに。周辺に人の気配が全く無いですね、我々以外に。
「つ、疲れた…」
「立て、ない…」
鬼崎さんとカクさんには、ケイさんのつぶやきは聞こえていない様子です。
対して、海藤氏はしっかりと聞こえたらしく、ケイさんの言葉に頷きました。
「…本当だ。誰も、いない…」
紙のこすれる音が聞こえました。
おそらく、海藤氏が出発時にカクさんの魔法により量産、配布された個人用の大陸全図からネスティアント帝国を拡大して記した地図を取り出したと思われます。
自分もまた記憶を掘り起こしてみます。
たしか、この西方国境には幾つかの村落が点在し、その中心になるように王国との国境に存在する山脈の切れ目には城塞都市が1つあったと思います。見たことないですけど。
戦国時代の波には逆らえずといいますか、ネスティアント帝国はソラメク王国とは子爵領の魔族の一件があったことにより今は味方同士ですが、その前には敵対関係にあったと言います。航空戦艦のあるこの世界の人族の戦場において山脈は超えられないものではないものの、やはり地上軍との連携を考慮するにはこの山脈の切れ目となっている渓谷が狙われやすいのでしょう。この城塞都市(スミマセン、名前忘れました)は、王国軍から帝国を守るため、そして帝国が滅ぼされた時は王国を守るため、渓谷に蓋をするように配置されています。
そして、周辺の村落とは街道が整備されており、各地の産物が集まり王国からの商人などと交易の場にもなっているため、軍事的にも経済的にも重要な立地に存在しています。
とにかく、この近辺には村落が点在し、中心にはある程度大きな規模の都市があるのです。
街道が走り交易が盛んだというのに、昼から周辺に人の気配が一切ないというのは、さすがにおかしいと思いますね。
近くの村に行って様子を覗いてみるのも一つの手かもしれません。ひょっとしたら、戦争状態にある隣国が軍を動かし始めたので周辺の村人たちが警戒し、引越しをした可能性もあります。
城塞都市を目指したと仮定するならば、疎開というよりも籠城に近いですね。
帝国にはマスメディアのような機関は存在しないらしく、中央帝都より離れた村落に戦争の状況が伝えられることは殆どないでしょう。そう考えると、何かあるという噂が流れれば村人が離れるということもありえますね。
隣国のソラメク王国が動いているというのは、あくまでも帝国がアンネローゼさんの誘拐に端を発する一連の事件にて捜査をした結果、国境近くの領地を治める子爵家が魔族に乗っ取られているという情報に辿り着いたからです。その件をソラメク王国に知らせた事により、ソラメク王国は国境の方に軍勢を派遣したと言います。
要するに、ソラメク王国にはネスティアント帝国に攻め入る意思はないということでしょう。
人族の国家は大陸制覇を目指すライバル関係にあるとはいえ、長い歴史において争い続けてきた天族と魔族が出た場合は一致団結して対応するといいます。
ソラメク王国軍は、むしろ味方ということになります。
しかしながら、それにしても人の気配が皆無ですね。
首だけ持ち上げて周囲を見渡します。
静かな緑が広がっています。
確か、地図によるとこのすぐ近くに村があると思うのですが。
カクさんは何とか立てるようになったらしく、海藤氏の手を借りつつ起き上がっています。
地図を覗き込んだカクさんは、西の方角に目を凝らしました。
「地図によれば、ここから一番近い村は西だな。山もないし、目視が可能な距離にあるはずだ」
「少し見てくるよ。北郷君は少し休んでいた方がいい」
「ああ…そうさせて貰う」
海藤氏の手を借りつつ、カクさんは近場の岩に腰を下ろしました。
そして海藤氏は村の方に単独で偵察に向かうつもりのようです。
しかし、当然ながらそれに異議を唱える人がいました。
「おい、カズ。1人でどこ行くつもりだ?」
ケイさんです。
過保護なのでしょうか? いや、それとも1秒でもいいから近くにいたいといった感じなのでしょうか?
海藤氏が返事をする前に、その腕を取りに行きました。
「いや、近くの村に–––––」
「待てよ。オマエを1人にできるか」
海藤氏の腕を引きつつ、ケイさんが反対します。
確かに、何かあった場合はマズイですよね。誰か1人で偵察に向かうのは危険です。
しかし、ここにいるのは倒れているのが2人と酔いが収まらないのが1人と気絶しているのが1人。海藤氏とケイさんが離れれば、それこそ無力な勇者たちです。単なる車酔いなのですが。
情けないとか言わないでください。ケイさんの運転に耐えられる人間がいたら、それこそ勇者が人外ですよ。
勇者だろうが、と? ヨホホホホ。確かにそうですね〜。
そういうのはともかくとして、海藤氏は止めようとするケイさんに対して、首をかしげながら反論します。いや、本人は反論というよりは単純に行かせようとしないことを疑問に思ってのことなのですが。
「アキちゃん、どうしたの?」
「単独行動するな。オマエ、方向音痴なんだから、見失うだろ」
なんか、面白い言い分ですね。
ヨホホホホ。自分の記憶が確かならば、中学時代に修学旅行でフラフラどこかへ行ったケイさんを海藤氏が探し回ったという逸話を聞いていますが。
ケイさんは地図読むの苦手な上に東西南北関係なしに自分の見ている向きを中心として地図を回して読む癖があるので、むしろ海藤氏よりもはるかに方向音痴だったと思います。
「アキちゃん、何言ってるの。迷子になるのはアキちゃんの方でしょ?」
「なっ!?」
正論で返されましたね。
ケイさん、下手くそですな。
そして、反論できないので顔真っ赤になりました。
「う、うるさい!」
「ヘヴッ!?」
ケイさんは理不尽な逆ギレをして、海藤氏を殴り飛ばしました。
酷いことしますね、ケイさん。
「な、何でさ…?」
海藤氏は仰向けに倒れながらそうつぶやきを漏らしていました。
一方で、カクさんが回復したようです。
「はあ…ようやく治まってきた」
自分もしばらく休ませていただいたことにより回復してきました。
とりあえず、自分に酔い覚ましの回復魔法をかけておきます。
すー…と酔いが消えて行きました。
ヨホホホホ。治癒師は本当に便利な魔法を扱える職種ですね。女神様には感謝してもしきれません。
何とか立ち上がることができた自分は、まずまだ酔いに苦しんでいる鬼崎さんの元に向かいます。
「うう…」
「ご無事ですか?」
「あ…湯垣君。ごめん、何かできない?」
鬼崎さんが注文が入りましたので、早速回復魔法を施します。
「ヨホホホホ。少々お待ちを。すぐに回復魔法をかけますので」
熱を測るように鬼崎さんの額に手を当てて、回復魔法を施します。
やがて鬼崎さんの顔色が元に戻りました。
「…? す、すごい。治ってる」
「ヨホホホホ。自分はこれでも皆さんの生命線を担う身です。この程度は造作もありません。感謝はこの職種を授けてくださった女神様にお願いしますね」
「…ありがと」
鬼崎さんに肩を貸して起こしてから、車の方に誘導します。
鬼崎さんは装甲車に対して先ほど酔いがまわるまで乗り回されたので、あまりいい顔をしませんでした。
ケイさんの場合、またあの運転をやらかしそうな気もしますし。ここは鬼崎さん達に酔い止め薬を生成して差し上げましょう。
「ヨホホホホ。本当は最初のうちに渡しておくべきでしたので今更という気がするかもしれませんが…」
青い液体の詰まった小瓶が4つ、自分の製薬魔法により作り出されます。
酔い止め(強)です。如何程振り回されようとも、これ一瓶飲めば1日は車酔いになることはありません。効果は車に限り、アルコールは回避不能ですが。
「それは?」
「酔い止めです。効果は1日ですね。今のうちに飲んでおくことをお勧めします」
鬼崎さんの質問に答えつつ、小瓶を一つ手渡します。
鬼崎さんは薬を受け取ると、怪しげな仮面奇術師が作った薬にもかかわらず迷いなく飲み干しました。
「…。うん、ありがとう。もう酔う気がしないよ」
「ヨホホホホ。なによりですね」
笑顔で礼を言う鬼崎さんに、自分も仮面の下で笑いながら答えました。
鬼崎さんはエアコンの効いている装甲車の中に戻りました。
入れ替わるように、いつの間にか起きていた副委員長が装甲車の出入り口まで来て、自分に手を出した。
「…ん」
『その酔い止め、寄越せ』と言いたいのでしょう。
短文を口にするのも面倒という事ですね。流石は副委員長です。
拒否する理由もないですし、副委員長に瓶を一つ手渡します。
「…大儀」
「ヨホホホホ。お粗末様です」
返事も相変わらず適当ですね。
まあ、副委員長はこういう人ですから。
副委員長も小瓶を受け取ったので、自分は最後の1人であるカクさんの方へと向かいました。
ケイさんと海藤氏の問答はどうなったのでしょう。
そんな疑問を抱きつつカクさんの座っていた岩の方を向くと、いつの間にかカクさんがいなくなっていました。
?? いつの間に…。どちらへ行ったのでしょうか?
ちなみに、海藤氏はまだ倒れています。
ケイさんは…あれ?
ケイさんまでいなくなっていました。
とりあえず、小瓶の一つを開き自分の分の酔い止めを飲みます。
能面の上からどう飲むんだよ、と?
この薬は自分が生み出した薬ですよ。他人が開けたのは重力に従いますが、自分の分の薬は操作して綺麗に口の中に運びますとも。
ヨホホホホ。やはり便利ですね、これ。
まあ、解毒薬とかならば体中に即座に回せる事もできますし。ガスを生成しても味方を巻き込む事もありません。
ヨホホホホ。便利です。栄養ドリンクもこれならば面を取らず、ストローも使用しないで飲めますね。
そんな事するくらいならば面をとって飲め、と? 面は顔ですよ。剥がされるくらいならば、省ける苦労を背負う事も厭いませんとも。これだけは何と言おうと外せませんね〜。ヨホホホホ。
海藤氏のところに向かいます。
海藤氏は頬をさすりながら、西の方角を眺めていました。
「海藤氏?」
「あ、湯垣君…」
何だか、海藤氏の表情が暗いです。
何かあったのでしょうか?
いや、多分わかりました。
西の方角は海藤氏が行くと言って、不安になったケイさんが行くのを止めようとしていた村がある方角です。
海藤氏はそちらを寂しげに眺めており、ケイさんとカクさんがいません。
多分、海藤氏を置いてケイさんがカクさんとともに村に向かったのでしょう。
そして、それを寂しげに眺めているのは…ケイさんが道に迷わないか心配なのでしょう。
「アキちゃん、村に行ったんだ。北郷君がいるけど…道に迷わないかな?」
「カクさんが付いていれば大丈夫でしょう」
ドンピシャでした。
予知もクソもない、この人たちの感性を知っていればすぐに出る結論ですので。ぴったりと当てはまったとしても大して驚くこともありません。
それに、たとえケイさんが方向音痴だとしてもカクさんが付いていてくれるのであれば特に問題はないはずです。カクさん、頭はいいですから。
「うん…わかってはいるけど、それでもアキちゃんは心配だな」
「ヨホホホホ」
過保護なことですね。
ケイさんが聞いたら、愛されているんだと勘違いしそうですな。
ケイさん。それは愛は愛でも、恋愛ではなく我が子に向けるような愛情の類ですよ。残念ながら、ケイさんのそういうところには海藤氏の場合、好意を抱くことがない気がします。
今朝は何らかのイベントがあったようですが。ヨホホホホ。
とりあえず、海藤氏の肩に手を置きます。
「どうしたの?」
「海藤氏。心配ですか?」
「…アキちゃんの迷子は、すごいから」
海藤氏が、どこか遠くを見つめるように言いました。
何らかの事情でもあるのでしょうか。
思い出したくない過去を思い出したというよりは、思い出した記憶は相応に色の付いている懐かしげな口調です。
どこか、聞き手を欲しているような様子でしたので、その話を掘り進めて聞いてみることにしました。
「海藤氏とケイさんは幼馴染だそうですね?」
「うん…僕にはもったいないけど、ね」
「ヨホホホホ。謙遜なさらずとも。人間関係は事実が物語として存在しています。才覚に差があれど、築かれたその関係を誰に批判する権利がありましょうか」
築かれた人間関係は偶然の産物。
それを運命と呼ぶのならばそれはそれでいいですが、才覚を持ち込むような話題ではないでしょう。個人個人があるように、知人友人関係は迫害されるような事柄ではないと、自分は考えます。相応しいとか、相応しくないとか、そんな第三者の意見に左右されることはないでしょう。人間関係は当人同士の問題ですから。
これは自分の個人的な意見といいますか、考えですがね。
海藤氏は海藤氏で、ケイさんはケイさんです。2人が幼馴染であるのは偶然にできた関係であり、その間柄に無関係な立場の連中の視線を気にすることはないでしょう。そんなので崩れるほど、君たちの関係は弱いものではないと思いますよ。
「…湯垣君。君は優しいよ」
「ヨホホホホ。そこは、意地汚いと言ってください。優しいと言われるのは、正直嬉しくありません」
「…ハハ」
この通り、海藤氏は自分のふざけた言動にしっかりと付き合ってくださいます。
「海藤氏の昔話、教えてください。こういう機会に親睦を深めるのもアリでしょう」
「…じゃあ」
海藤氏は、いつものネガティヴ思考からは離れた嬉しそうな顔で、中学時代のことを語り始めました。
…ケイさんにばれたら殺されるのでは、と?
ヨホホホホ。そんなこと百も承知です。でも、面白ければいいんですよ。ヨホホホホ。
登場人物の設定にて、一部変更箇所があります。
※富山の父親『柔道日本代表選手』→『警察官』
唐突の変更、申し訳ありません。